2007/08/29 - 2007/08/30
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dorompaさん
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8月の最後の週の平日、代休がたまっていたので消化をしなくては、ということで、2日かけて18きっぷの残りを消化がてら旅に出ることにしました。一瞬、遠野、に行こうかと思ったのですが、いろいろ悩んだ末、ぐるっと関東の外周を回ってみることにしました。
この日の宿は小千谷。小千谷のユースに宿泊しました。
翌日は再び、列車の旅。長岡から新津へと抜けました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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越後川口からは上越線に乗車し、隣の小千谷にて下車します。本日の宿泊はここ小千谷。小千谷というとキャスターの桜井よしこ、やあの小林麻耶(TBSアナウンサー) 小林麻央(麻耶の実妹でタレント) 姉妹の出身地だそうです。
越後川口駅 駅
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小千谷の名物と言えば、花火(片貝の花火)、牛の角突き、そして錦鯉
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ということで駅前の地下通路の入り口は鯉の形。
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口から入るのはちょっと不思議な気分。
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小千谷の駅前からバスで宿の場所まで移動するので、バス停に向かいます。バス停は小千谷駅角、というちょっと耳慣れないバス停(なぜ小千谷駅前じゃないのか?)で、の新潟の街並みって雪対策でアーケード(古くは雁木だったのでしょうが)があるのですが、なんか暗くヒンヤリとした雰囲気がします。これってなぜだろう。同じアーケードの街並みでも他の都市ではそう感じないのになぁ。
小千谷駅 駅
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乗ったバスは越後交通のバス。新潟の中越地方では一大勢力を誇るバス網を持っている会社。故田中角栄氏が社長だったこともある会社ですね。(翌朝撮影したものです。)
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バスの料金は整理券方式の後払い。なので、料金表がバスの一番前に掲示されるのですが、はじめて、電光掲示板などではない、紙の運賃表示器でした。区間を過ぎるとパタッと紙が上から自動的に落ちてくる仕組み。びっくりでした。そして乗ったバスは学生の帰宅の時間だったせいか、学生だらけだったのですが、降りるときにちゃんと運転手に「ありがとうございました」と降りていくのが印象的。普通の路線バスではあんまりやらないよな。で、このバスはそのまま乗っていくと山古志村の手前まで行くのですが途中下車。
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今回泊まったのはYH。小千谷ふるさとの丘YH。けっこう、今年は何度かYHを使うケースが多かったように思えます。安いし、けっこう、いろんなところにあるのでぶらり旅には使い勝手良いのです。ただ、前回、他のところで泊まったときも今回もそうですが、YHなのに、同宿者が0という寂しい状況。う〜ん、他の人との交流も若干楽しみにしていたのに、ちょっと残念。
(翌朝撮影したものです。) -
で、この日の夕ご飯。小千谷の名物のへぎそばもでてきました。小千谷のへぎそばはふのりをつなぎとして使うのと、普通はおそばにはわさびがつきものですが、小千谷ではわさびのかわりにカラシをつけて食べるのだそうです。
食後はペアレントさんと花火をしたり、色々、中越地震の時のお話をうかがったりして、夜が更けていったのでした。YHのある一帯でも目の前の川に濁流が流れたり、崖が崩れたり、トンネルを越えた集落では小学生が亡くなったりしたそうで、山古志からも近いと言うこともあり、やはり被害は大きかったそうです。 -
翌日の朝はあいにくの雨模様。雨が降っていなかったら棚田とか見たかったのですが、それはできずに朝ご飯。そういえばご飯のお米は地元のこしひかり。ということでご飯がつやつや、おいしかったです。
このYHは古民家だった感じなので、なんだか帰省をしたような、そんな気持ちになりました。 -
YHから小千谷駅まで送っていただき、小千谷駅で列車待ちをしている間に、ちょっと駅前をぶらぶら。2004年10月23日に発生した中越地震の名残が残っています。まだこういう張り紙をしたままの建物がありました。ここ小千谷はあの地震の震源地近くだったのです。
小千谷駅 駅
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小千谷駅に戻ります。
小千谷駅 駅
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そして駅の構内にはその後に発生した2007年7月16日に発生した中越沖地震の影響で運休になっている区間の説明が掲示されていました。
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列車が到着。上越線の下りの長岡行きに乗車します。
列車接近のチャイムが小千谷駅独特の雰囲気があるのです。乙女の祈りが流れます。小千谷駅 駅
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小千谷の駅を出ると左手に見えるのがこの景色。道路が新しくなっていますがその外側(写真左側)は激しく信濃川に崩落しています。中越地震で記憶に新しい中越地震で当時2歳だった幼児とお母さんが生き埋めになり、幼児だけが奇跡的に助かった現場がこちらです。
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長岡駅に到着、ここで約1時間の乗り継ぎ時間があるので外に出てみることにしました。
長岡駅 駅
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長岡と言えば忘れちゃいけないのが花火。毎年、8月2、3日に行われる日本三大花火大会の一つ、長岡花火が行われる場所です。長岡の花火は三尺玉。駅前にはその実物大のオブジェがあります。いつかは見に行ってみたい花火大会です。
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そして、中越沖地震の爪痕がここにもありました。長岡から柏崎までは運休区間があるため、代行バスが走っております。その乗り場がありました。中越地震の時も長岡〜越後湯沢は代行バスが走っており、利用したことがありました。
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街中を歩いていて目をひいたのがこの幕。再来年の大河ドラマに長岡ゆかりの直江兼続が選ばれたと言うことで飾られているようですが、いつの時点で長岡とゆかりがあったのかは分からずじまいでした。
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この日は平日木曜日の朝10時。新潟第2の都市と言われる長岡の駅前、ほとんど人が歩いていませんでした。これを見てしまうと地方の若者が東京に出てきてしまうこと、そして都市と地方の格差、を感じずにはいられませんでした。
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時間があったので花火ミュージアムでバーチャルですが長岡花火を味わおうと思ったのですが、たまたま小学生の授業がそこで行われたので入れず、近くにあった長岡戦災資料館に立ち寄りました。そこでは凄惨な長岡空襲の様子が分かるように展示されていたのですが、知られざる事実を学びました。
実は長岡空襲があったのは8/1だったのですが、その前の7/20に一発の爆弾が投下されました。この爆弾は実は昭和20年8月9日に長崎に落とされた原子爆弾と同型(パンプキン型)、同重量(4.5トン)の、いわゆる模擬原子爆弾であり、本番前の投下訓練として長岡が選ばれ、透過されたそうです。 -
列車に乗る前に長岡駅ビルの中にあるフレンドでお昼ご飯を調達。なにを調達したかというと、新潟の人にとってはソウルフードというべき食べ物、そして長岡の人は一度は必ず食べているフレンドのそれを購入しました。
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長岡を出ると車窓は水田が両側に広がります。まだ収穫には早いですが少しづつ、稲が緑から黄金色に変わりつつあるそんな感じの色合いの水田が広がっていました。これらがおいしいこしひかりになるんですよね。
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新津駅でここまで乗ってきた電車とお別れです。
新津駅 駅
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