
2013/05/23 - 2013/05/23
29位(同エリア1080件中)
こあひるさん
仙台に転勤が決まって、ガイドブックをパラパラとめくり、先ず一番に行ってみたい〜〜!と思ったところが、山寺だった。
松尾芭蕉の俳句でも有名な山寺は、平安時代から修験の地として多くの僧が訪れた霊山。
でも寺社・・・ではなく、切り立った崖の上からの眺めにとても惹かれたのだが・・・。
1000段ほどの階段を登るらしいよ・・・と話すと、連れ合いは同行を拒否・・・。
目が悪いので、苦労して登っても、あの景色が見えないんじゃ意味がないもんねぇ・・・と思い、ひとりで行ってみることにした。
行くなら、ガイドブックの写真のような新緑の季節に・・・と決めていた。
引越した直後は、まだ落葉した冬の木々の季節だったので、5月に入り、周りがすっかり新緑に包まれるようになったお天気のよいある日、満を持して・・・山寺へ・・・。
登りきれるものだろうか・・・と覚悟していた1000段あまりの石段だったが、予想していたよりもしんどさは感じられず、途中の風景や建物やお花を楽しみながら登ることができた。
崖の上の展望所である五大堂からの眺めは、それは素晴らしく・・・清々しく・・・期待通り・・・いや期待以上だった。
ちょうど薬師如来坐像の御開帳の時期にあたってしまい、おそらくいつもより人が多かったと思われるが、新緑の木立に包まれた石段を登っていくにつれ、心が洗われるような・・・心が吸い込まれていくような・・・とても心地よい道行なのだった。
是非、秋の紅葉時期にも行ってみたいな〜と思ったのである。
- 交通手段
- JRローカル
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自宅のある北仙台駅から、仙山線・山形行きに乗り、1時間弱で、山寺駅に到着〜。
1時間に1本なので、帰りの時間もチェックしとかなきゃ・・・。山寺駅 駅
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5月31日まで、何十年かに一度の薬師如来坐像の御開帳中と知り、混雑するだろうから、6月に入ってからにしようかな・・・とも考えましたが、6月に入って梅雨に近づくと、お天気が崩れがちになるだろうし、何よりも新緑の色鮮やかなうちに・・・と思い、天気のよい今日、出かけることに決めました。
しかし・・・山形県に近づくにつれて、快晴の仙台では予想だにしないほどの怪しい曇に空が覆われてきたのでした・・・。
山寺駅には、展望台のようなものがあります。帰りに時間があったら上ってみましょう。 -
山あいを走る列車の窓からも、新緑の木々に絡みつくような山藤をたくさん見かけました。
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すぐに立谷川があり、橋を渡ります。
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晴れ間が見えてきました。よかった・・・。
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橋を渡ると、おみやげ屋や飲食店のある参道に、おいしそうなおせんべいを焼いているお店が目についたので、買っていきま〜す。
焼き立たてで、熱いっ!です。
すぐに食べるとおいしいんだろうな〜。でも、今はお腹空いてないので・・・。 -
山寺がまだどこかもわからないのに、薬師如来坐像の御開帳見学の列がすっご〜いことになっています〜〜\(◎o◎)/!
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ほとんど興味のない私は(撮影できないって時点で興味をだいぶ失う・・・こら!)、御開帳なしの人用に区切られた、階段の左側を上ります。こちらは、全くスカスカ・・・。
青空がキレイです。初夏らしい空です。 -
山寺・・・正式名称は、宝珠山立石寺。
860年に、慈覚大師によって開かれた霊山。
松尾芭蕉が奥の細道で訪れ、「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」という名句を詠んだ地としても有名です。
正面が、国指定重要文化財の根本中堂。
1356年、初代山形城主・斯波兼頼が再建した入母屋造りの建物で、ブナ材の建築物では日本最古といわれ、天台宗仏教道場の形式がよく保存されています。
この中に安置されている御開帳中の薬師如来坐像は、慈覚大師作と伝えられています。
また、伝教大師が比叡山に灯した灯りを立石寺に分けたものを、織田信長の焼き討ちで延暦寺を再建したときには、逆に立石寺から分けた・・・という不滅の法灯も拝することができるそうです。宝珠山立石寺 寺・神社・教会
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参道は、根本中堂から左のほうへ続いているようなので、歩いていきましょう。
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少しだけクリンソウが・・・。
このお花、実物を見てみたかったんですよね〜。可愛らしいお花です〜。 -
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山寺を勅願時とした清和天皇の供養塔は、この山では最も古い石塔だそうです。
木陰には、涼しげな色のシャガの花がぎっしり咲き誇っています。 -
次にあるのは、日枝神社。
5月17日に山寺山王祭がおこなわれるところだそうです。 -
今朝、天気を見て、急に思い立って出かけてきたので、こんな大きな重要な寺社に来るのに、御朱印帳を忘れてきちゃったんですよね〜・・・バカだ〜〜ぁ・・・。
で、余分な出費ですが、新たに1冊買うことにしました。いつもなら、まぁ、今回はいいか・・・と思いますが、さすがに今日は、御朱印帳を忘れちゃいけませんよねぇ・・・。 -
日枝神社脇で、薬師如来のものと、日枝神社といっぺんに2つ頂けるようになっています。
私の前に、十数冊の御朱印を、ツアーガイドさんがまとめて提出していたので、けっこう待たされました〜。いちいちこんなに待たされたんじゃ、最後まで到達するのに何時間もかかっちゃうな・・・御朱印もらうの・・・やめといたほうがいいのかな・・・なんて早くもくじけ気味・・・。
ツアーって、ガイドさんがまとめてもらってくれるんですね〜。それ、何かありがたみがないような気がするけどなぁ・・・。 -
みんなが撮影しているのは、門人たちが、1853年に建てた松尾芭蕉の句碑。
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11時頃に山寺に到着したのですが、もうすでに30分ほど経っちゃいました。
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鐘楼。
除夜の招福の鐘として知られています。 -
そして、ここが山門。
もうとっくに始まっているものと思っていたのに、本番はこれから〜〜!!だったのね・・・。
鎌倉時代に建立されたといわれる茅葺き屋根の山門は、開山堂などへの登山口で、大佛殿のある奥之院までの石段は800段を越えるそうです。
ここで、巡拝料を支払って入ります。 -
山門を入ると、周りは新緑の木々で鬱蒼としています。
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登り始めは、わりと幅の広い、規則的な石段が、くねくねと曲がりながら続きます。
途中で立ち止まったり、写真を撮ったりしながらなので、一気に登るのとは違って、そんなにしんどくはないですね〜。 -
しばらく登ると、姥堂があります。
この堂の本尊は、奪衣婆の石像です。
ここから下は地獄、ここから上が極楽・・・という浄土口で、そばの岩清水で心身を清め、新しい着物に着替えて極楽に登り、古い衣服は堂内の奪衣婆に奉納します。 -
こちらがご本尊の奪衣婆です。ちょっと怖いです。
ひとつひとつの石段を登ることによって、欲望や汚れを消滅させ、明るく正しい人間になろう・・・というものです。 -
石段の脇の森林には、色々な石碑や石塔などがたくさん置かれています。
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マイペースで登りましょう。
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曲がりくねった石段なので、見かけほどつらくはないです。
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途中で休みながら登ります。お年寄りや子供もいました。でもやっぱりお年寄りには辛いかな・・・。
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こういう険しい岩むき出しのところがたくさんあって、いかにも修行の場って雰囲気の山ですね。
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ところどころに、このように説明書きや、あと何段くらい・・・という標識があります。
今はまだ三分の一くらい・・・ですね〜。 -
お山の自然に沿ってつくられた参道は、昔からの修行者の道です。
一番狭いところがここ・・・約14センチの四寸道で、開山・慈覚大師の足跡を踏んで、私たちの先祖も子孫も登るところから、親子道とも子孫道とも言われています。 -
だいぶ登ってきたな〜って感じになってきました。
まわりは鬱蒼としており、森の向こうの風景は、全然見えません。 -
岩の崖と森林は、まだまだ上の方まで続いていますね〜。頑張りましょ〜〜!
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満を持して来ただけのことはあって、明るい新緑が美しく、ちょうどいい時に来ることができたようです。
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弥陀洞。
長い歳月の風雨が直立した岩をけずり、阿弥陀如来の姿をつくりだしました。
一丈六尺(約4.8メートル)の姿から丈六の阿弥陀ともいい、仏のお姿に見ることができる人には、幸福が訪れるといわれています。 -
山寺の岩は、新第三紀中新世の凝灰岩から成っており、自然の景観を土台にして、宗教文化の殿堂が築きあげられています。
仏のお姿よりも、どこをどう写そうか・・・ばかり考えている私には、幸福は来ないのでしょうか・・・。 -
どんどん登って進んでいくと・・・仁王門にたどり着きました〜。
1848年に再建されたけやき材の優美な門で、左右に安置された仁王尊像は、運慶の弟子たちの作といわれ、邪心を持つ人は登ってはいけないと、睨みつけています。
後方の閻魔王が、この門を通る人たちの過去の行いを記録するといいます。 -
紅葉が映えますね〜。
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太い格子の中にいる仁王像・・・。
邪心丸出しの私・・・通っても大丈夫でしょうか・・・。 -
仁王門の高さのあたりからは、このような感じで、周りの風景が開けてきて、山々や下方が眺められるようになり、風景が変わってきます。
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周りには、色鮮やかな春のお花も咲き乱れ・・・。
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険しい岩山なのですね・・・。
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山内には、江戸時代まで12の塔中支院があり、多くの僧が修行に励んでいました。
今も、斜面にある参道に沿うように、性相院、金乗院、中性院が並び、その面影を残しています。 -
こちらは、性相院。
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こちらでも、2つまとめて御朱印を頂けます。
先ほどのように、団体客の御朱印には出会わず、すぐに頂けました。 -
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参道が左右に分かれ、右に行くと奥之院・大佛殿、左に行くと開山堂・五大堂へ・・・となっています。
まずは、左へ行くことにします。 -
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このあたりは、石段・・・というよりも、山道のような参道で、幅も狭いところが多いです。
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性相院の上に、金乗院。
院が斜面に並ぶこのあたりは、けっこう急な坂ですが、院に寄りながら登るので、休み休みマイペースで登ることができます。
山門を入る際、山にはトイレは無いので、すませてから・・・と貼ってありましたが、山内の途中に、少なくとも2ヶ所はトイレがあるので、心配ありません。山は賑わっていましたが、トイレは混んでいませんでした。 -
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このあたりから正面に見える、岩に巌をかさねた岩場は、釈迦が峰と呼ばれ、危険な岩場を通って、お釈迦さまのみもとにいたる行場で、出世や欲望のための修行者が、岩場から転落死したことも多かったと伝えられており、今では修行者以外の登山を禁じています。
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それにしても、このあたりからは・・・素晴らしい眺めが丸見えです〜〜!
参道の先・・・岩の崖の上に、赤い納経堂が見えます。 -
さらに登って行きます。
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ここにも山藤が・・・。
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切り立った崖の上に建つ納経堂と開山堂です。
右の開山堂は、立石寺を開いた慈覚大師のお堂で、大師の木造の尊像が安置されており、山内の僧侶が、朝夕、食飯と香を供えてお勤めをしています。
江戸時代末期の再建です。
左の赤い小さな堂は、写経を納める納経堂で、山内で最も古い建物です。
県指定文化財で、その真下に、慈覚大師が眠る入定窟があります。 -
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山あいの町がよく見えます。
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開山堂から、さらに狭くて険しい石段を登ると、五大堂があります。
あ〜、連れ合いと一緒じゃなくてよかったわ・・・。 -
五大堂は、五大明王を祀って、天下泰平を祈る道場で、山寺随一の展望台でもあります。
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恐いくらい爽快!!なパノラマです。
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山藤が満開の時期なんだなぁ。
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重なる山々の緑が美しくて・・・去りがたいです。
1000段以上といわれる石段をはるばる登ってきた甲斐はありますね〜!!! -
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さて、五大堂を後にして、次に、奥之院と大佛殿のほうへ向かいます。
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参道が左右に分かれるあたり・・・支院が並んでいるところに戻ってきました。
こちらは中性院。 -
金乗院と中性院の御朱印。
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分岐点から右の参道の奥にある、奥之院と大佛殿に着きました。
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並んだ2つのうち、右側の建物が奥之院ともいわれる如法堂で、開山・慈覚大師が、中国で修業中に持ち歩いた釈迦如来と多宝如来を本尊としています。
石墨草筆の写経道場で、明治5年に再建されました。
奥之院までの石段を一段一段登ることによって、煩悩が消滅され、幸福になれるといわれています。 -
左側が大佛殿で、像高5メートルの金色の阿弥陀如来像を安置し、毎日、卒塔婆供養が行われています。
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煙っちゃってボケました・・・。
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大佛殿と奥之院・如法堂の御朱印です。
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奥之院と大佛殿の更に奥の方に、まだ何かあるみたいなので、行ってみます。
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奥には、華蔵院がありました。
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国指定重要文化財である華蔵院の三重塔が厳重に保管されていますが、厳重すぎて、よく見えません〜〜。
室町時代末期に造られたもののようです。 -
華蔵院の前の花壇(手も入らない柵の向こう)に、絶滅危惧種のクマガイソウが咲いていました。
咲かせているお寺も凄いですが、見逃してしまうこんなもんを見つけたおばちゃんたち、すごいです。
私もちょっと前に、TVで見たばっかりなので、貴重な植物だとわかりました。 -
さて、そろそろ13時になりますね〜。
こちらに来てから2時間・・・登り始めて1時間半ほど経ちました。 -
まだ、紫陽花の季節には早いですが、鉢植えの紫陽花がキレイに咲いていました。
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山の上から、お手紙も出せるんですね。
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ツツジもキレイな季節です。
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草花がたくさんで、癒されます〜。
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斜面の参道に沿って、性相院や金乗院などの支院が並んでいるのが、上から見るとよくわかります。
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こちらの建物は、明治41年9月に、当時皇太子であった大正天皇が、山寺に参詣された時に、ご休息をされた建物であり、その時に自ら植えられた松や、その後建立された記念碑とともに、当時のまま保存しているものです。
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さて、下山しましょう〜〜。
眺めがいいのは、仁王門から上あたりなので、このすばらしい風景も見納めです。 -
降りる時には、もう写真も撮らずに一気に降りちゃいます。
仁王門からは10分もかからずに降りてきました。 -
入ってきた根本中堂のある方と反対側にある、立石寺本坊の方から駅へ戻ることにします。
宝珠山立石寺 寺・神社・教会
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抜苦門を通って、立石寺本坊へ・・・。
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お庭にお釈迦さまの弟子である羅漢像がありました。
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お庭が、なかなか素晴らしいですね。
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立石寺本坊。
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華蔵院と、立石寺本坊の御朱印です。
御朱印も、いっぺんにたくさん頂いたので、かなりの出費となりました〜(御朱印帳も買う羽目になったし・・・)。
今日は、電車賃とおせんべいくらいしかお金を使わなかったはずなのに、御朱印と御朱印帳で、4000円の出費となり、一番お金がかかりました。
でも山寺の御朱印は、さすがに有名なお寺だけあって、文字も立派なものでした。 -
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ステキなお庭ですね〜。
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牡丹もちょうどきれいな時期でした。
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おみやげ屋さんのある通りに出ました。
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山寺駅の正面にある、山寺ホテル・・・行きに気になっていたので、ちょっと寄ってみま〜す。
平成19年まで、現役のホテルとして使用されていましたが、現在は『やまがたレトロ館 旧山寺ホテル』として使われています。 -
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玄関で靴を脱いで、内部を自由に見学できます。
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昭和時代の、電話室だった場所。
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山寺は霊山だったため、かつて旅籠はなく、坊が存在していました。
1715年になって立石寺より旅籠屋営業が許され、当時、山寺に坊を含め24軒の宿があったといわれています。
山寺ホテルの前身は、大正時代に立谷川の氾濫で流されてしまい、その後、医院だったともいわれるこの建物が、移転再建され、ホテルとして引き継がれました。 -
当時は、立石寺に面したこちらの庭園側が正面玄関だったそうです。
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山形県内の古い建物を描いた結城泰作氏のペン画が、『やまがたレトロ館絵地図』として展示されています。
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2階に上がってみましょう。
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2階には、大広間がありました。
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2階の大広間の縁側で、無料で休憩できるようになっていました。
ありがたいですね〜。
お腹がすいてしまったので、行きに買ったおせんべいを少し食べました。冷めてもおいし〜〜! -
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2階の縁側からは、山寺がよく見えます。
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昭和11年に仙山線が全線開通となり、観光地として最盛期を迎えた山寺。
そのころに、現在の駅側を表玄関としました。 -
こちらが駅から見える、旧山寺ホテルの遠景です。
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おそばや力こんにゃくなど、おいしそうな名物もあったのですが、どこも混んでいるし、電車も1時間に1本なので、早めに駅に行って、座って帰ろう・・・と思い、駅のホームで電車待ち・・・。
駅の展望台からも山寺がよく見えます。 -
展望台から見た、駅のホーム。
まだ上りが来るまで30分ほどあるので、電車待ちの人は少ないようです。 -
山寺では、まさかねぇ・・・と思ったけど持ってきたカーディガンを着ないと寒かったです。油断なりません。
天気も、なんとか雨は降らなかったですけれど、途中から、再びかなり怪しい雲行きとなってきており、冷たい風も出てきました。 -
15時少し前の列車に乗り、座って帰りました。
仙台に近づくにつれ、山寺での天気がウソのようにカンカン照りとなりました。 -
おせんべい、さくさくと軽くて、とってもおいしかったです。
山寺は・・・とっても癒される不思議な空間でした。
秋頃にでも、また行ってみたいな〜と思います。
たいへん長くなりまして・・・最後までご覧いただいてほんとうにありがとうございました。
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