2013/04/30 - 2013/04/30
91位(同エリア530件中)
れいろんさん
ポンペイのイメージは、どうしても「悲劇の街」
ベスビオ火山の噴火によって、突然、時を止められた街。
・・・このイメージは、子供のころに読んだ科学雑誌の「挿絵」から受けた衝撃が強すぎたからだと思います。
夫の今回の旅行のマスト訪問地が、ここポンンペイ。
私は行きたいような、行きたくないような、どっちつかずの気持ちでした。
ところが、実際に見学したところ、この街の悲劇性はあまり感じることがなく、ポンペイは2000年前の生活を垣間見ることのできる「貴重な都市遺跡」として、私の頭に整理されたのです。
頭でっかちになっていないで、「足で見る」べきだよなぁ・・・と、警察ドラマみたいなことを思ったりしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
暑い中での遺跡見学は、とても疲れるから、午前中の涼しいうちにやっつけよう。
と、開場時刻にポンペイに到着しようと思っていたのですが、豪華な朝食をゆっくり食べてしまい、ソレント発○時の電車で向かいます。
ソレント駅からポンペイ遺跡駅(Villa de Misterri)までは、30分のあまりの乗車です。
ソレントから「おじさん流しグループ」が同乗してきて、車内を演奏してまわります。
案外、チップをあげている人が多い事に驚きました。(文化なのね〜。) -
また、入口(切符売り場やゲート)の写真がなく、
いきなり「ポンペイ遺跡」内部の写真です。申し訳ありません。
ポンペイ遺跡駅(Villa de Misterri)の側にあるマリーナ門へ。
切符売り場はガラガラで全く並ばずチケットを買う事ができました。
料金は11ユーロ。
写真はアポロ神殿です。 -
入場ゲートからは登り坂。
足場の悪い石畳には注意してくださいね。
登りきった場所の左側にアポロ神殿があります。 -
右手はバシリカ(Basilica) 。
バシリカって聖堂のことかと思っていたら、裁判所という意味もあるのですね。
ここは、裁判所のことです。
図書館も併設されていたとか・・・。 -
フォロに面している方が「入口」みたいですね。
大理石の白い柱があります。 -
フォロです。
背景にこの街を飲み込んだベスビオ火山が見えます。 -
石畳の素敵なメインストリート。
アボンダンッツア通りです。 -
歩道も完備。
そして、この横断歩道は「歩行者の安全性」という面で、
現在の物より優れていると思いませんか? -
アボンダンッツア通りの両側には、裕福な民家が多いのかな?
この家は床のモザイクも素敵ですねぇ。 -
こちらは側道。
手前はシンプルですが・・・ -
奥の方には飛び石(横断歩道)もありますね。
-
涼しい(だろう)午前中にやってきたのですが、やはり、日差しを遮る所がほとんどない遺跡の中は暑いです。
犬も涼しい日陰に寝っころがっています。
私もこの子の側に座ってしばし休憩。 -
広い中庭を持つ建物があります。
-
壊れたアーチにも装飾が残されています。
-
こちらの回廊には、赤の目立つ壁画や、彫刻。
この大きな建物はなんだろう。 -
浴場のようです。
あのくぼみは着替を置いた場所ではないのかなぁ〜。 -
・・・と、今回もいい加減に遺跡内をまわっていますが、
ここは、スタビアーネ浴場。
ポンペイを滅亡させたベスビオ山の大噴火で犠牲になった人の石膏像が展示されています。 -
この石膏像は、火山灰に埋もれた人達が、灰の中で空洞となった所に、石膏を流し込み、石膏の固たまった後、火山灰を取り除いたもの。
ポンペイ遺跡を一躍有名にした残酷な見せ物です。
この流し込んだ石膏により、被害者の骨格等が石膏等で汚染されDNA検査が不可能になり、また、乱暴に火山灰を取り除いたことにより、降灰状況の研究にも支障がでたという事です。 -
う〜ん、見なくてもいものを見てしまった。
気をとりなおして、元気にいきましょう!
このバーで一杯やっていきますか?
カウンターに水壺を固定する穴があいています。 -
アボンダンッツア通りとスタビアーナ通りが交わる所。
大きな交差点です。 -
スタビアーナ通りのほうが一段低くなっているんですね。
この大きな石の横断歩道、すごく気に入っちゃいました。 -
スタビアーナ通りを左折し、緩く下って行きます。
この通り下部の右側には、見どころが固まっています。 -
オデオン座を右に見て進むと、
-
剣闘士の宿舎
この側にスタビア門があり、この門から遺跡に入ってくる人達もいました。
グループツアー専用なのかな?
ガイドマップには「入口」とは書いていないのだけど。 -
上に位置する三角フォロに登る途中で、見降ろした剣闘士の宿舎です。
ポンペイの街中は、意外と高密度に家が詰まっているので、この広さは目に嬉しかったです。 -
雑木林の中の三角フォロから、大劇場の上部客席に入ります。
大劇場は「大」とついているのですが、
今までスペインやトルコで見てきたローマ劇場より、かなり小振りでした。 -
ほとんど修復されたものだそうです。
(他のツアーのガイドさんの説明の盗み聞きです。) -
オデオン座。
小劇場とも呼ばれています。 -
この大理石の床はオリジナル。
観客席もほとんど当時のままだそう。
・・・だから登れないのね。 -
再びスタビアーナ通り街の中心へ登って行きます。
ここにもバーがあります。 -
こんな風に甕がカウンターに組み込まれていたのですね。
ちょっと良いですよね〜。 -
次は豪邸の集まっているエリアを見学します。
メナンドロの家。 -
地球の歩き方(※)に解説がないのですが、ここは見応えがありました。
※私の旅のお供で〜す。
この美しい中庭! -
赤いく塗られた壁のお部屋。
壁の中ほどには四角い壁絵も描かれています。 -
こちらはお風呂?
大きな水槽のようですが、洗濯槽??
この家の側に「ステファノの洗濯屋」という家があります。
ステファノの洗濯屋は、地球の歩き方に解説が書かれています。 -
こんな絵画もありました。
-
入ってすぐの広間(ロビー)には、おそらく水が張られていたのでしょう。
-
2階へあがる階段。
-
おじゃましました〜。
-
円形野外闘技場(Anfiteatro)にやってきました。
本当は円ではなく楕円形。
長編が135m、短編が104mと大きな闘技場です。 -
あの出入り口の向こうには、ポンペイ市街側の入口があります。
遠足の子供達がやってきましたね。 -
オリジナルの座席も残っているんです。
当時の観客席の数は2万人あまり。
スタンド席は35段だったとか。 -
スタンド席は35段だったとか。
スタンド席には登れません。
残念!では、次へ行きましょう・・・。 -
この円形闘技場の隣には、大体育場(Palestra grande)というものもあります。
この辺りは、いわば「街外れ」。
アミューズメントエリアといっても良いのかもしれませんね。 -
暑くてばててきました。
ちょっと長めの休憩〜。 -
アゴラまで戻ってきました。
あの建物の後にカフェがあるというので、とりあえず冷たいものを飲みにいきます。
カフェは意外と空いていて、ゆっくり座って、ピザと果物を食べることができました。
冷房も効いているので、ここでの休憩はお勧めです。 -
カフェ話続き・・・「ポンペイ遺跡の飲食所はカフェが1か所あるだけで、高いのでパニーノを持って行くのも良い」という口コミもありますが、暑い季節は外で食事なんてできませんよ。
さて、写真は・・・「猛犬のモザイク」@悲劇詩人の家
なんだか判りまっせ〜ん。
写真も下手ではあるのですが、この金網もなんだかなぁ。 -
フォロの浴場は豪華でした。
-
天井の「こて絵」見事。
その下には・・・ -
天井を支える柱、1本1本に「支える人」の彫刻。
-
素敵な水盤だなぁ。
大理石造りです。 -
しかも、色付きの大理石で文字が描かれています。
中央のおへそ部分から、水が昏々と湧いていたんでしょうね。 -
ローマの浴場(銭湯)文化、今のイタリアには残っておらず、
トルコにその流れが受け継がれているというのは面白いですね。 -
午後になるとグループツアーの人達が増えてきます。
-
牧神の家。
豪邸です。 -
この人とは、後日、ナポリの国立考古学博物館で再見します。
-
庭にはヤシの木が植えられ、その奥にべスビオ火山が見えています。
-
回廊にあるアレキサンダー大王の戦いを描いたモザイク画。
これはレプリカで、本物はナポリの国立考古学博物館に保管されています。 -
ポンペイ遺跡では、今日も、そこここで修復作業や、保守作業が行われています。
この「街、丸々1つ分」の遺跡を維持管理するのは、とても大変ですよね。 -
「もう、帰ろうか」という話もでたのですが、頑張って秘儀荘まで歩いてきました。
有名な「ポンペイの赤」の壁画を見たかったので。 -
火山灰に埋められたからこそ、残っていた・・
といっても過言ではない、良好な保存状態。
2000年以上前に描かれたとは思えない鮮やかさでした。
秘儀荘から遺跡の外にでて、アップダウンの少ない道で鉄道駅まで戻りました。
う〜ん、がっちり疲れました。 やるな〜、ポンペイめっ!
暑さに弱い私は、身体が「煮え煮え」です。
早くホテルに帰って、バスタブ(温湯)に浸かりたいな・・・。 -
ホテルでシャワーを浴び、クールダウンしてから、夕方のお散歩に出かけました。
ここは、海風が気持ちいい。
市民公園からのマリーナ・ピッコラの眺めです。
カプリとの間の船が頻繁に行き来しています。 -
明日はあのベスビオ火山に登ります。(あくまで予定!)
今日、公共のバス停が見つけられなかったのが、少し心配です。 -
ソレントはのんびりムードの町ですね。
さて、これから夕飯を食べに行きましょう。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (9)
-
- zzr-cさん 2013/06/17 12:09:07
- ポンペイ
- ねえさん こんにちは!
何気にポンペイって私南の島の名前だと思ってました(笑)
何処だったかで見たような気がしてたんですが、
まさかイタリアの古代遺跡だったとは^^;
マーシャルとかヤップとかあの辺りの島だと本気で思っていました(笑)
これだけの遺跡でも自然の猛威には太刀打ちできないんですね。
どんな文明もそうですが、じわじわと滅亡するのではなく
一瞬で滅亡するのが多いようですね。
そういえばテルマエロマエは古代ローマの浴場と現代日本の風呂が
繋がっていましたが、こんな感じだったのでしょうか(笑)
もしかして「この人」が阿部寛が演じた人かも(笑)
ポンペイは火山灰に埋まっていたお陰で保存状態も良好なんですね。
じぃ〜
- れいろんさん からの返信 2013/06/21 20:18:43
- Pohnpei と Pompei
- じぃ〜sama、こんばんは!
そうそう、私もそっちのポンペイ(Pohnpei (※))島も行ってみたいんです。
マンタが見られるダイビングスポットだもんね。
場所もじぃ〜samaの理解で正しいです。
そっちのポンペイは、ミクロネシア連邦。
同連邦の首都パリキール (Palikir) の所在地なんだよね。
ポンペイとはポンペイ語で「石積み (pehi) の上に (pohn) 」の意味だとか。
島の南東の「ナン・マトール遺跡」という、半海中にある石積みの遺跡も行ってみたいの。
カヌーで見学するみたい。楽しそう!
かつてはポナペ島と呼ばれていましたね〜。
で、今回、私が行ったのはイタリアのポンペイ(ラテン語: Pompeii、イタリア語:Pompei)でした〜。
れいろん
-
- susanaさん 2013/06/11 22:48:01
- 2000年前とは信じがたい
- れいろんさん、コンバンワ★
ポンペイについては、5年ほど前に渋谷のBunkamura・ザ・ミュージアムで展覧会が開催されたときに訪れて、初めて知りました。
高度な文明を持っていても、火山の噴火ひとつで滅亡してしまうだなんて・・・自然は残酷ですね。
それでも、古代にタイムスリップできるだなんて、ワクワクできそうですね!
やばい・・・れいろんさんの旅行記で「イタリア行きたい病」がひどくなってきいました。
- れいろんさん からの返信 2013/06/14 20:46:38
- RE: 2000年前とは信じがたい
- susanaさん、コンバンワ!
書き込みありがとうございます。
人間の文明も「自然の中」にあるんだよね。
火山の噴火(火砕流)で埋もれてしまった所は、日本でもいくつもあるのだけどね。
(ポンペイは噴火の降灰で埋もれてしまったの。)
あの遺跡は2000前の街を見る・・と思って行くと良いと思います。
石膏像を見たい人もいるのでしょうけど・・・。
イタリアって・・スペインの予定が入っているじゃないですか?
もし、周れたら「銀の道」のメリダで、数々のローマ遺跡を見てきてね。
規模が大きくて、なかなか良かったですよ。
(行ったことあるかな?)
れいろん
- susanaさん からの返信 2013/06/15 09:16:57
- RE: RE: 2000年前とは信じがたい
- れいろんさん、おはようございます。
> (ポンペイは噴火の降灰で埋もれてしまったの。)
そんな違いがあったのですね!!
逃げる間もないほどの降灰って、想像つかないです。
> あの遺跡は2000前の街を見る・・と思って行くと良いと思います。
> 石膏像を見たい人もいるのでしょうけど・・・。
石膏像、私も受け入れられないかも・・・
> イタリアって・・スペインの予定が入っているじゃないですか?
来年とか、再来年とか。
まだ「予定」になっていないレベルですが、行きたいです。
> もし、周れたら「銀の道」のメリダで、数々のローマ遺跡を見てきてね。
> 規模が大きくて、なかなか良かったですよ。
> (行ったことあるかな?)
残念、今回のコースからはちょっと外れちゃっています。
次回のために、メモメモ(笑)
-
- piikoiさん 2013/06/08 19:36:19
- 遠い昔の記憶が〜 蘇る!!
- れいろん姉さま ど〜もです!
ポンペイ遺跡。。かれこれ38年前に初めて行ってみて驚いた!!
紀元1世紀、約2000年もの昔の街(遺跡)とは思えない
この時代に この街づくりの技術があったとは・・・絶句
日本はこの時代だと弥生時代・・・
水稲農耕による食糧生産を中心とした農耕社会だったような
この遺跡が示す文化や文明など まだ存在すらしていなかった!!
この衝撃が鮮明に残っていました
まぁローマを見学していたら納得〜 でしたでしょうが
アテネからアドリア海を渡ってイタリアに入ったので・・・
それはさておき、ポンペイの遺跡の素晴らしさ
このメインストリートの石畳かと!!
あ!あの飛び石って横断歩道の意味合いもあるけど
雨が降ったら川になるので、、、橋の様な役目もあったとか!
それと色彩鮮やかなフレスコ画 これがまた衝撃的でした〜
今も昔も変わらないのだな〜〜ってね って何が〜〜笑
ローマの浴場文化はトルコ風呂に受け継がれてるのですか〜 なるほど!!
いつの時代もお風呂で湯ったり〜して癒されますからね♪
>>明日はあのベスビオ火山に登ります
キョエェ〜 それは素晴らしい!!
この暑さの中での登山とは・・・
オ〜ソレ ミ〜〜ヨ〜〜!!って ならなかったかな〜笑
あ!ご主人のマスト訪問地「マチュピチュ遺跡」へ是非とも〜
きっと もっと感動するかも〜〜(^^)/
Piikoi
- れいろんさん からの返信 2013/06/09 21:41:45
- RE: 遠い昔の記憶が〜 蘇る!!
- Piikoi大佐、こんばんは!
ポンペイの街にはびっくりしましたよ。
このあと、ナポリの国立考古学博物館で、街の模型をみたのですが、ますます興味深かったです。
ギリシア〜ローマは馬車の使用が盛んだったから、石の舗装(石畳)がかかせなかったんですよね。
ところで、ずいぶん前にポンペイに行かれたんですね。
・・・今とはかなり違ったのでしょうね。
次回、見に行って違いを確かめられますね〜。羨ましいです。
> あ!ご主人のマスト訪問地「マチュピチュ遺跡」へ是非とも〜
> きっと もっと感動するかも〜〜(^^)/
う〜ん、セミリタイヤしたらかな・・・。
れいろん
ところで、大佐はビニールビールを飲むことはできるのか?
屋台と同じ環境ではないかと・・・(つづく)
-
- たらよろさん 2013/06/04 22:12:31
- ポンペイの赤
- こんばんは、れいろんさん。
いろいろなTVの特集や、雑誌などで見たことはあるけれど、
実際に目にしたい気持ちの大きいポンペイ遺跡。
この横断歩道、見事ですよねー
水路が端っこにあったりして、本当に2000年前の暮らしを垣間見れて素晴らしい。
大きな家がいっぱいあるんですね。
そして、たくさんの壁画や彫刻が今でも多く残ってて、、、
特にポンペイの赤は、見てみたいです。
色鮮やかな赤色!!
素敵だろうなー
確かにポンペイ遺跡を一躍有名にした、あの石膏像!!
この流し込んだ石膏により、被害者の骨格等が石膏等で汚染されDNA検査が不可能になり、また、乱暴に火山灰を取り除いたことにより、降灰状況の研究にも支障がでたという事で。。。
という、こんな悲劇があったなんて、知りませんでした。
苦しむ姿をそのまま石膏で、、、、ってかなり惨いですよね。
たらよろ
- れいろんさん からの返信 2013/06/05 07:33:50
- RE: ポンペイの赤
- たらよろさん、おはよう〜!
ポンペイ遺跡・・・
解説があまりないので、ガイドツアーが良いのかも。
豪邸や浴場の跡も凄いのですが、街並み・・区画整備にはびっくりです。
2000年前の「歩道」って。馬車が利用されていたとはいえ、びっくりでした。
壁画も(日本でいうと)江戸時代のもの?? くらいの鮮やかさでした。
石膏像は、以前と異なり、かなり展示を控えているそうです。
(でも、見たい人もいるんだと思います。理由は皆さん違うのでしょうけれど・・・)
れいろん
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
9
64