Uzbekistan in 2011 vol.7 ~友達に会いに初の中央アジアUz&Kzへ!なぜか旅したくなる不思議な響き・サマルカンド シャーヒズィンダ廟群、ビビハニム・モスク、そしてサマルカンド・ペーパー~
2011/06/11 - 2011/06/11
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babyananさん
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ブハラから列車で約3時間、サマルカンドへやってきました!
サマルカンド
ココのことをよく知らなくても、なぜか訪れたくなるような不思議な響き。
「茶のブハラ」に対して「青のサマルカンド」
さらに「青の都」「イスラム世界の宝石」「東方の真珠」とガイドブックには多くの異名が載っています。これらに躍らされた旅行者の一人ですが、青い建物はここサマルカンドに限りません。タシケントにもブハラにもありましたし。
それでも「青のサマルカンド」には納得してしまったのでした。
ホテル近くや旧市街中心のレギスタン広場を見学した後は、アフラシャブの丘方面へ進みビビハニム・モスク、シャーヒズィンダ廟群、そしてサマルカンドペーパー工房「コニギルメロス・紙すき工房」を訪れました。
青いタイルやモザイクの素晴らしさで、時の流れに酔ってしまいそうになりました☆
写真は、サマルカンド・ペーパーで作られたポストカード
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
タシケント通り
とっても広くて、きれいに舗装されていて。
アフラシャブの丘方面へ向かいます〜 -
学生達から「こんにちは〜」
手を振ってくれました。
ホントーに、日本語で挨拶してくれる人が多いのです。
嬉しいけど、違和感あり、いえやっぱり嬉しい♪
こうやって気に留められると、ただ道を歩いているだけでも嬉しくなってきます☆
みんな同じ格好なので、制服なのかな?
女性のそれは青くて、やっぱりサマルカンドだから? -
こんな建物も並ぶ道を歩いていると。。。
-
急に現われてくるんです。
巨大なモスクや廟がw
見えるのは、ビビハニム・モスク
中央アジア最大のモスク。かつてはイスラム教世界で最大と誇ったモスク。
ビビハニムとはティムールが大好きだった、何番目かの妃の名前だそう。
様々な逸話が残されているようです。 -
この正面の壁とモスク1つが修復中でしたw[6600Cym]
といっても、内部は修復中どころか廃墟のままと思える部分も多々…w
この巨大なモスク、もちろんティムールの命で。
1399年にインド遠征から戻ったところ、そこで見てきた建築の壮大さに感銘を受け、比べられないくらいの巨大なモスクを造ろうと決意、結果1404年に完成させました。この建設にはもちろん多くの職人や労働者が各地から集められ、かなり急かした様子…(と言ってもたった5年で??)
急ぎすぎた建設、そしてその構造が原因で?、後に崩壊が徐々に進み、また度重なる地震でほとんどが崩れ去ってしまいました。
逸話①
ティムール遠征中に、彼を喜ばせようと妃・ビビハニムが建設を急かしました。すると妃に惚れていた建築家の一人が「キスをしてくれたら希望に応えよう」と言い、断り続けていた妃は最後には折れてしまいます。が、たった一度のキスがアザとなり(仇?)頬に残ってしまいます。戻ったティムールはアザを見て事実を知り、建築家の首を切り、妃はモスクの横のミナレットから投げ落としました。
逸話②
最後、妃は処刑こそ免れたものの、代わりに黒いベールで顔を覆わねばならないことに。美しい容貌は誰の目にも触れられなくなりました。
などなど。。 -
中庭へ〜
-
中庭中央には、大きな石・・・「ラウヒ」という、書見台だそう。
もちろん、コーランの。
って、コーラン、そんなに大きいの? -
「本当の石は、指で削ると、削り落ちてしまうんだよ」
と言いながら、削るブニヨドさん!
「修復後は削り落ちなくなるから大丈夫!」
…大丈夫って、よく意味が分からないw -
そして、どこにでもありがちな、またまた逸話。
このラウヒの周りを願いを唱えながら三周すると、願いがかなうのだそう・・・ガイドにも書いてあったけど無視してたらブニヨドさんにも言われたので。
周ってみましたw
願いが叶ったかどうかは、ノーコメント@ -
ちょっと端のほうへ〜
ココには、大モスク1つと小モスク2つが建っています。
ちょっと覗いてみます。 -
無理矢理、全部を納めてみました
-
中に入れるようです
-
廃墟のまま。。。
でも、コレはこれでよいような気もするんです。
復元することもとても大切なのだろうけど。
きっと、私の中で「サマルカンド」というか「ウズベキスタン」のイメージが「興亡盛衰」だからなのかもしれません。
これ以上には崩れてほしくないけど。 -
-
一部タイルが残っているのが、かえって生々しい。。。
-
このまま建っていて、大丈夫なのかしら?
-
-
あまりにまん丸で、可愛らしくさえ思えてきた(笑)
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反対側も。
-
所々に白い石が。さっきもありました。
柱の跡だそう。 -
こちらも廃墟のまま。
-
さて、ココを後にします〜
-
ビビハニム・モスクの隣には、シャフ・バザールがありました。
今日は素通り。
明日訪れます!バザールは午前中のほうが活気づいているような気がするし。(勝手なイメージですが) -
多分、遠くに見えるのがアフラシャブの丘
左側に見えるのは「ハズラティ・ヒズル・モスク」 -
右側に、青い建物群が見えますか〜?
シャーヒズィンダ廟群、あそこまで更に歩きます〜 -
丘の麓までやってきました。
ハズラティ・ヒズル・モスク
タシケント通りを更に進むとこの丘を登る事となり、このモスク方面に向かいます。
でも、今は、西へ〜 -
こんな事も、時々(笑)
-
シャーヒズィンダ廟群までやってきました![6000Cym(写真2000Cym含)]
サマルカンド有数の聖地とも。
ティムールゆかりの人々の霊廟やモスクが一直線に建ち並んでいるというものの、あまりイメージが湧かないまま到着w
ティムールゆかり、といってもグリ・アミール廟とは何が違う?と思いましたが、グリ・アミール廟に祀られているのは男性のみ。だそうで、こちらシャーヒズィンダ廟群には一族の女性も祀られているようです。
アフラシャブの丘の南に位置してます。
シャーヒズィンダとは「生ける王(生きてる王)」という意味だそう。
これにもまた逸話が。
予言者ムハンマドの従兄(クサム・イブン・アッバース)は礼拝中に異教徒(ゾロアスター教)に襲われ首をはねられてしまう。が彼は動じず礼拝を終え、自分の首を抱えて井戸の中へ、永遠に生き続けてるようです〜以後、イスラムの危機の時には救いに現れるのだそう。
だからでしょうか、今でも巡礼者が絶えないようです。
そういえば、ブハラの「マゴキ・アッタリ・モスク」でもゾロアスター教の話が出てきてたっけ。 -
当時の浴場の跡
つぼに入れて運んできた水を、シャワーとして使う、ようです。 -
この門は、廟群ができた後にウルグベクさんが建てたそう。
(なぜかこの人だけ呼び捨てできない・笑) -
入口の門をくぐると、階段がすぐ目の前に。
数を数えながら上り、その行きの数と帰りの階段の数が同じなら、
天国へ行けるのだそう。
名付けて「天国への階段」
と言うのなら、数違ったらどうなるんでしょうw -
上りきって直ぐに、まずは水買って一休みw
こんな休憩所?が見えたもので。 -
すごーい!
青い壁だ〜
なるほど。「〜廟群」というのに改めて納得w -
歩いてすぐに見つけられる、左側にある小さな階段を上ると、
ブニヨドさん曰く、view point
だそうで。
2つのドームを持ち、「天国の階段」の途中にあったらしい。。
上るのに一生懸命で、その存在に全然気が付かなかった。
一応名前は「コジュ・グンバズ廟」
ウルグベクさんの天文学の先生の廟、という説とティムールの乳母の廟、という説とあるようです。
でも若い女性の骨が見つかっているらしいので後者の説が有力かな。 -
視線をずらすと
先程訪れた、ビビハニム・モスクが見えます。
こんなに広い敷地だったんだぁ〜
その場に居るよりも、遠くから眺めたほうが広さというのは分かり易い場合もあります。
やっぱり、大きいですねー -
更に視線を下に下ろすと
お墓、お墓、お墓・・・ -
メインストリートに戻ります
(別名「死者の通り」ともいうのだそう。。)
まあ、よく考えればお墓に囲まれてるのですからね。。
建物の違いはあまりわからず、写真は適当に撮ってますw
ついつい、青いタイルに目を奪われて☆
手前の廟は「アミールソダ廟」
階段上ってすぐ左側にあります。
ティムールの部下の将軍の息子の廟、だそう。 -
こちらは多分「トゥグル・テキン廟」
階段上ってすぐ右側にある廟 -
ロゼッタストーンみたい!
大理石に、アラビア文字ぎっしり@トゥグル・テキン廟 -
-
こんなに立派に残っているのに、誰の墓なのか不明だそう。
だいぶ剥げてしまってますが。元は全て青いタイル模様で覆われていたんでしょうね。 -
「八角形の廟」というその名の通り、8つの壁面を持つ廟
この廟だけ形が違うのでとても目立つのですが、誰の廟なのかは不明だそう。 -
-
これは「シューバニ」という方の墓だそう。
ブニヨドさん曰く。
誰?
今後、この辺りも廟が建てられるらしいです。 -
ちょっとタイムスリップした感覚に陥ります**
-
-
最後のアーチを通り抜けた右側にある木の扉を開けてみました
「クサム・イブン・アッバース廟」の入口。
そう、先の伝説に出てきた名の持ち主が祀られている廟です
モンゴル来襲の際でもこの廟だけは破壊されずに残ったということで、サマルカンドで最も古い建物なのだそう。ミナレットは11世紀に建てられたのだとか。
この廟に3回詣でるとメッカに詣でたのと同じになる、と信じられていて、そのことから「楽園のドア」と呼ばれていたそう。
この廟には多くの方が訪れていました。 -
進んでいくと、モスクのある広間が。
-
天井@クサム・イブン・アッバース廟
中を見学していると、日本人おひとりの方と遭遇。
ブニヨドさんが興味を示し(ガイド魂がうずくのでしょうか?・笑)、夕食を共にすることになりました♪ -
ココで「死者の通り」は行き止まり。
-
「無名の廟」
と言われているけれど、ティムールの妻、クトゥルグ・アカを祀った墓では?との説アリ。
ティムールは一体何人の妻が居たのでしょ? -
「トゥマン・アカ廟」(右)
ティムールのお気に入りの妻、トゥマン・アカを祀った廟 -
「フジャ・アフマッド廟」(正面)
死者の通りの突き当りにあります。
フジャ・アフマッドという方の廟らしいのですが、どんな方なのかは不明だとか。
ココで2番目に古い廟で、この廟の様式がほかの廟の原型になったそうです。
造られた順に並んでいるのではないようで。結構バラバラみたいw
ちなみに、彼がガイドしてくれているブニヨドさん -
ちょっと囲まれてみました☆
-
戻りまーす
-
-
八角形の廟の奥に建つのは「シリンベク・アカ廟」
ティムールの妹を祀った廟 -
お墓群の間を、それも死者の通りと名付けられている通りを歩いてきた訳ですが、
そんな実感がほとんどなく。
美しいタイルに魅了された、という感想です。
あの通りを歩いていると、タイムスリップしたような錯覚に陥りますね☆ -
さて、これからサマルカンド・ペーパーの工房へ行きます!
ガイドにも載っていて気になっていたのですが、ちょっと諦めていたのですが、連れて行ってもらえることに♪
バスやマルシュルートカで行けるようですが、(シャーヒズィンダ廟群前の通りから出ているらしい、が、バス停らしきもの見えないし、元々無い?)
タクシーを探そう!と。
数台通ったものの、相場以上だからとスルー。
と。偶然にも?ブニヨドさんのお友達のタクシードライバーが通りかかってラッキー♪
交渉成立☆ -
15分くらいで着きました。
サマルカンドに紙が伝わったのは751年のこと!
捕虜となった唐兵の中にいた紙すき職人から製紙法は伝えられたようです。
その後サマルカンドは中近東一の紙の生産地となり、ココからイラク・エジプト・ヨーロッパへと製紙法が伝わって行ったのだそう。そしてこの道はペーパーロードと呼ばれているようです。
そしてサマルカンド・ペーパーはその品質から「王の紙」とも呼ばれ、コーランや細密画にも使われているのだそう。 -
Koni Ghil MEROS(コニギルメロス)
一度途絶えた紙作りを復興させようと、ここコニギル村で再び始まった紙作り。
8世紀からの伝統を伝えるべく、ここの水車小屋で紙すきが行われています。 -
のどかな雰囲気〜
川が流れて、緑もたくさん。とても静かです。 -
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-
-
社長さん登場
ブニヨドさんも、ドライバーのお友達も、お知り合いだそう。 -
紙が出来るまでの説明をしていただきました。
原料である桑の木の枝を削ってます -
だからなのか、仕上がった紙が絹のような光沢をもつことから
シルクペーパーと呼ばれているようです。 -
桑の枝を釜で4〜5時間茹でます
木の繊維を柔らかくするためだそう -
皮を剥がして、中の白い部分だけにします
-
再び4〜5時間茹でます
-
見たところ、もちつきみたいに人が杵をついてますが、昔は外にある水車に杵が繋がっていて、川の水流を利用して杵をついていたようです。
-
こんな風に砕かれます
-
そして、紙すき!
体験もできるようです♪ -
平らになったところで持ち上げ、水を切って
-
-
逆さにし、枠を外します
-
たぶん、この均一な状態にすることって、とても難しいのだと思う。
-
-
このように、ガラスに張って乾かすのだそう
4〜5時間で乾くようです
思ったより早いのねw -
-
コレは乾いた紙
繊維を撮ろうと思ったら、ピンボケw -
そこで終わりと思ったら。
貝で擦り始めました〜磨いてるんだそうw -
磨かれた後(向かって左)と磨く前(右)
磨かれた後は確かにツヤツヤ、光沢が☆ -
ココからはオプション?
トレイの中に適当にインクを垂らして。 -
紙を浮かべて
-
いわゆるマーブリング
小さい頃、学校でやったような(笑) -
私もさせてもらいました☆
-
良し悪しが判りませんがw
-
サマルカンド・ペーパーで作られたという、品物の数々
土産として購入可です
右のは人形?
左のはスザニみたい -
翌年のカレンダーとかetc
-
しおりやレターセットやetc
-
いろんな色の紙が☆ポストカードです
デザインやロゴもとても可愛くて、迷ってします!
そう、いくつかお土産に♪ -
-
水車
ココの目印でもあります。 -
タクシーでの送迎や見学、マーブリングも?含めてtotal6000Cym
たぶん、かなりサービスしてもらったのかな。。
ありがとうございました♪
一度ホテルに戻って一休みしまーす -
さて、夕食はここで at19:30
先程シャーヒズィンダ廟群で出会った方とブニヨドさんとの3人で。
「Sayor」
その彼のガイドさんおススメのお店。
ということは、ウズベキスタン料理でしょうね。 -
「シャシリク」
肉の串焼きのこと。
国が変われば「ケバブ」や「シシカバブ」とも。
やっぱり。肉なんですよね(笑)
好きなのを選びます。
牛、羊が中心で、鳥は珍しいようです(→高い?)
そして同じ肉でもぶつ切りやミンチ状のものやレバーの類も。 -
心地よい気候ですから、もちろん外のテーブルで♪
-
サラダはこの中から選びます
この種類の多さ!
それにサラダとは言え、どれもしっかりお腹にたまりそうなボリュームです。 -
ナンはナンでも、
サマルカンド・ナン!
サマルカンドのナンはとても有名。ナンの王様、というくらいですから!
ナンと言えばサマルカンド、とも言うようです。
確かにブハラで見たそれとは見た目も食感も違います。
もちもち♪…お腹に溜まりそうw -
トマトとキュウリとチーズのマヨネーズ和え
-
「アッチク・チュチュク」という、traditioalなサラダだそう。
トマトとキュウリと玉ねぎのシンプルなサラダ -
「ショールヴァ」という、traditionalなスープ。
意味も「スープ」だとかw
肉も野菜もビーンズも、具だくさんのためか複雑な味(笑)
ちょっと油っぽく見えるけど…油っぽい。お茶必須w -
肉!
なに肉だっけ? -
・・・とりあえず、肉。
ちょっと硬いのもありましたね。
実は、ほとんどサラダとナンでおなか一杯に。 -
食事を終え、ホテルに戻ったのは22時頃
日の入りが遅いのは有難い反面、夜景を見るにはタイミングが少なくてw
明日はサマルカンドで夜景を見るのは難しいので、今夜のうちに!
ライトアップされている「グリ・アミール廟」へ再び
まるで浮かび上がっているよう。。。
美しいです☆
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