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東急電鉄・東横線の妙蓮寺駅の踏切を渡ったすぐの所に大規模で荘厳な雰囲気を醸し出す寺院があり、ここが日蓮宗大本山池上本門寺の末寺で長光山・妙蓮寺(みょうれんじ、神奈川県横浜市港北区菊名)です。<br /><br />当時院は伊豆から生麦に移り住んで日蓮聖人に帰依した大檀越の波木井(はぎい)一族による開基で、その後横浜線(現JR横浜線)引込線敷設のための移転、他の末寺である浄寿山蓮光寺との合併を経て現在に至っています。<br /><br />特筆すべきは、東急電鉄・東横線新設に関しては当寺院の境内に敷設地を無償で提供したという出来事です。これは当該寺院の過去に経験した移転に伴う様々な混乱等の回避を優先したいという判断があったと思われます。<br /><br />従って結果として駅の新設と共に当該寺号の名前がそのまま東横線の駅名になっている理由は歴史的背景により納得できる話ですね。<br /><br /><br />当該寺院のホームページによればその沿革が次のように紹介されています。<br /><br />『 妙蓮寺について<br /><br />当山は、日蓮宗大本山池上本門寺の末寺で長光山妙蓮寺と申します。お祀りする日蓮聖人の御尊像は、池上本門寺第二祖日朗上人の九鳳(優れた弟子)のお一人、日像上人の作です。<br /><br />当山は、観応元年(1350年)今の横浜市神奈川区神明町にあり大経院妙仙寺と称しました。<br /><br />日蓮聖人に帰依(仏の威徳に心を傾けて信仰すること)の深かった大檀越である波木井公の一族で伊豆から生麦に移り住んでいた波木井善太郎公は、池上本門寺第三祖日輪上人の熱心な信者でした。<br /><br />当時日輪上人は鎌倉の妙本寺に住んでおられ、池上本門寺にある日蓮聖人の御廟所に詣でるのを常としておられました。そこで、波木井善太郎公はその往還に宿とする草庵をつくり、日輪上人を請じて開山とし寺と致しました。<br /><br />後に小田原北条家、徳川家より寺領五百のご朱印を賜りました。<br /><br />明治41年(1908年)横浜鉄道臨港線(JR横浜線)の引込み線の敷設に際して大経院妙仙寺は止むなき移転となりました。<br /><br />当時の住職第四十一世慈性院日ほう上人は、池上本門寺の末寺で檀家も少なく不便な地にあって維持困難な浄寿山蓮光寺(現在の妙蓮寺の地)を移転先に選びました。<br /><br />蓮光寺は天正年間(1580年頃)正乗院日運上人が池上本門寺第十二世日せい上人を請じて開山とし、自らは第二世となり創設した寺院です。<br /><br />そして両寺の住職及び檀信徒があいはかり一寺とすることとし、妙仙寺の「妙」と蓮光寺の「蓮」を合わせて、妙蓮寺と改め日ほう上人が第一世となりました。ときに明治41年(1908年)8月8日のことです。<br /><br />妙蓮寺第二世慈開院日偉上人は、大正15年(1926年)東京横浜電鉄(現在の東急東横線)の開通による境内の軌道敷設に快諾し、妙蓮寺境内を無償で提供しました。ここに妙蓮寺駅ができ、付近一帯の発展に寄与されました。当山はまことに鉄道と縁があります。<br /><br />昭和44年(1969年)11月4日、妙蓮寺第三世慈篤院日仙上人は、宗祖御降誕七百五十年を記念し、5年の歳月をかけて現在の本堂・客殿を完成いたしました。さらに昭和50年(1975年)9月には客殿及び庫裏を増築しました。<br /><br />そして、当山現住職(第四世日英)へと引きつがれ現在に至っております。<br /><br />長年踏切の前に立ち、平成17年(2005年)に境内に移設された石塔(池上本門寺第六十八世慈秀院日迦上人染筆)は当山の合併を記念して建立されたもので、朱塗りの山門は池上本門寺の山門を模して作られております。<br /><br />又、本堂北脇の小鐘は蓮光寺の什物で享保20年(1735年)木村将鑑安成作、中庭入口の門は中門として立てられましたが本堂新築の際現在地に移しました。<br /><br />墓域には開基波木井家の墓碑、大正の米騒動の鈴木べん蔵氏、甘庶(サトウキビ)の栽培に努力した新井忠兵衛氏の墓があります。<br /><br />本堂右手から境内周辺にかけて四季の移り変わりを味わって頂く庭園を設けており、本堂裏手には当地の昔の地名にちなんで「菊池(くくち)の滝」と称される落差4メートルの滝があります。<br /><br />現在境内は人々の憩いの場所として広く開放しています。しばし、四季折々の緑あふれる境内で、滝からの水音に耳を傾けて雑念を忘れる一瞬の安らぎを得られれば幸いと存じます。』<br /><br /><br /><br />2022年8月21日追記<br /><br />上記「妙蓮寺について」で記載されている波木井(なぎい)氏については<br />インターネットで見ると甲斐武田氏の庶流で南部氏の一族として甲斐国南部の河内地方に居館があったとして紹介されています。河内地方は日蓮宗の本拠である身延山と同一地域につき関連性があると思われます。<br /><br /><br /><br />

武蔵菊名 14世紀中頃伊豆から移住してきた波木井(はぎい)氏の開基で小田原北条氏の寄進や徳川将軍家の御朱印を賜る『妙蓮寺』散歩

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2013/05/01 - 2013/05/01

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滝山氏照

滝山氏照さん

東急電鉄・東横線の妙蓮寺駅の踏切を渡ったすぐの所に大規模で荘厳な雰囲気を醸し出す寺院があり、ここが日蓮宗大本山池上本門寺の末寺で長光山・妙蓮寺(みょうれんじ、神奈川県横浜市港北区菊名)です。

当時院は伊豆から生麦に移り住んで日蓮聖人に帰依した大檀越の波木井(はぎい)一族による開基で、その後横浜線(現JR横浜線)引込線敷設のための移転、他の末寺である浄寿山蓮光寺との合併を経て現在に至っています。

特筆すべきは、東急電鉄・東横線新設に関しては当寺院の境内に敷設地を無償で提供したという出来事です。これは当該寺院の過去に経験した移転に伴う様々な混乱等の回避を優先したいという判断があったと思われます。

従って結果として駅の新設と共に当該寺号の名前がそのまま東横線の駅名になっている理由は歴史的背景により納得できる話ですね。


当該寺院のホームページによればその沿革が次のように紹介されています。

『 妙蓮寺について

当山は、日蓮宗大本山池上本門寺の末寺で長光山妙蓮寺と申します。お祀りする日蓮聖人の御尊像は、池上本門寺第二祖日朗上人の九鳳(優れた弟子)のお一人、日像上人の作です。

当山は、観応元年(1350年)今の横浜市神奈川区神明町にあり大経院妙仙寺と称しました。

日蓮聖人に帰依(仏の威徳に心を傾けて信仰すること)の深かった大檀越である波木井公の一族で伊豆から生麦に移り住んでいた波木井善太郎公は、池上本門寺第三祖日輪上人の熱心な信者でした。

当時日輪上人は鎌倉の妙本寺に住んでおられ、池上本門寺にある日蓮聖人の御廟所に詣でるのを常としておられました。そこで、波木井善太郎公はその往還に宿とする草庵をつくり、日輪上人を請じて開山とし寺と致しました。

後に小田原北条家、徳川家より寺領五百のご朱印を賜りました。

明治41年(1908年)横浜鉄道臨港線(JR横浜線)の引込み線の敷設に際して大経院妙仙寺は止むなき移転となりました。

当時の住職第四十一世慈性院日ほう上人は、池上本門寺の末寺で檀家も少なく不便な地にあって維持困難な浄寿山蓮光寺(現在の妙蓮寺の地)を移転先に選びました。

蓮光寺は天正年間(1580年頃)正乗院日運上人が池上本門寺第十二世日せい上人を請じて開山とし、自らは第二世となり創設した寺院です。

そして両寺の住職及び檀信徒があいはかり一寺とすることとし、妙仙寺の「妙」と蓮光寺の「蓮」を合わせて、妙蓮寺と改め日ほう上人が第一世となりました。ときに明治41年(1908年)8月8日のことです。

妙蓮寺第二世慈開院日偉上人は、大正15年(1926年)東京横浜電鉄(現在の東急東横線)の開通による境内の軌道敷設に快諾し、妙蓮寺境内を無償で提供しました。ここに妙蓮寺駅ができ、付近一帯の発展に寄与されました。当山はまことに鉄道と縁があります。

昭和44年(1969年)11月4日、妙蓮寺第三世慈篤院日仙上人は、宗祖御降誕七百五十年を記念し、5年の歳月をかけて現在の本堂・客殿を完成いたしました。さらに昭和50年(1975年)9月には客殿及び庫裏を増築しました。

そして、当山現住職(第四世日英)へと引きつがれ現在に至っております。

長年踏切の前に立ち、平成17年(2005年)に境内に移設された石塔(池上本門寺第六十八世慈秀院日迦上人染筆)は当山の合併を記念して建立されたもので、朱塗りの山門は池上本門寺の山門を模して作られております。

又、本堂北脇の小鐘は蓮光寺の什物で享保20年(1735年)木村将鑑安成作、中庭入口の門は中門として立てられましたが本堂新築の際現在地に移しました。

墓域には開基波木井家の墓碑、大正の米騒動の鈴木べん蔵氏、甘庶(サトウキビ)の栽培に努力した新井忠兵衛氏の墓があります。

本堂右手から境内周辺にかけて四季の移り変わりを味わって頂く庭園を設けており、本堂裏手には当地の昔の地名にちなんで「菊池(くくち)の滝」と称される落差4メートルの滝があります。

現在境内は人々の憩いの場所として広く開放しています。しばし、四季折々の緑あふれる境内で、滝からの水音に耳を傾けて雑念を忘れる一瞬の安らぎを得られれば幸いと存じます。』



2022年8月21日追記

上記「妙蓮寺について」で記載されている波木井(なぎい)氏については
インターネットで見ると甲斐武田氏の庶流で南部氏の一族として甲斐国南部の河内地方に居館があったとして紹介されています。河内地方は日蓮宗の本拠である身延山と同一地域につき関連性があると思われます。



交通手段
JRローカル 私鉄

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