2012/10/13 - 2012/10/13
1424位(同エリア2034件中)
滝山氏照さん
八王子市大谷町にある観池山往生院・大善寺(だいぜんじ、東京都八王子市大谷町))は天正13年(1585)当地域を治めた小田原北条氏照(ほうじょう・うじてる、1542~1590)の命により自らの菩提寺として讃誉牛秀上人を開山として往時は氏照の居城である滝山城下に創建されました。
その後氏照に従い八王子城下に移るも八王子城の落城、関東入府の徳川家康の命を受け関東代官頭となった大久保長安(おおくぼ・ながやす、1545~1613)主導による新八王子区割りに従って浅川の南側の大横町に転じます。
江戸時代は徳川幕府の厚い保護のもと寺領を拝領するなど発展し、関東十八檀林(僧侶養成の場、学問所)の一つとして僧侶の他多数の人材を輩出しています。
現在の場所は昭和36年に大横町から一時大和田町に本堂を移した後昭和56年に本堂が新築され現在に至ります。
2022年8月3日追記
現地入手したパンフレットには下記の通り紹介されています。
『 大善寺略史
当山は正式な称を観池山往生院大善寺と号し、天正13年(1585)開基北条氏照が讃誉牛秀上人を開山に迎え創建されました。氏照は当時関東一円を統治していた小田原北条氏の第三代氏康の三男に生まれ、長じて武州滝山城を治めるに至り牛秀上人に篤く帰依し、滝山城下に当山を建立しました。ゆえに昔は「滝山の大善寺」と称されました。
江戸時代になると徳川将軍家の庇護により御朱印地10石が与えられ、1万
5千坪の境内には本堂をはじめ諸堂宇が建ち居並ぶ大伽藍を誇っておりました。また当山は関東十八檀林(浄土宗における僧侶育成のための学問所)の一つにも数えられ、二十余寺を超える末寺を有するなど、寺勢は盛でありました。また当山の歴代でも第三世住持の呑龍上人は「子育て呑龍」の名で全国に知られております。
当山は罹災や社寺の移転などが重なり、檀林当時の面影を偲ぶことは叶いませんが、明治天皇以来の勅願所の寺格はいまだに色褪せることはありません。』
『 子育て呑龍
呑龍上人(1556~1623)は、戦国期から江戸時代前期に活躍した浄土宗の僧侶。武蔵国埼玉郡(埼玉県)の出身で、同郡平方(越谷市)の林西寺?弁のもとで出家し、長じて増上寺に移り修学されました。
慶長5年(1600)幕府の命により当山の第三世住持となり、その後、同18年(1613)には上野国太田(群馬県太田市)の大光院が開かれると同寺の開山として請ぜられましたが、国禁を犯した子供をかくまったために幕府から譴責され、一時大光院を退きました。
その後咎も赦され、元和8年(1622)には紫衣のりん旨を賜るなど栄達を極めました。その活動は庶民の救済に根ざしたもので、とくに子供を救い教育に努めたことから「子育て呑龍」と尊称されました。』
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
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