2013/03/20 - 2013/03/20
1212位(同エリア3575件中)
ねいちゃさん
お彼岸だったので、両親の墓参りを済ませて
折からの雨模様の中ではあったのですが、
もう見納めだろうなと思いつつ
北野天満宮の「梅花祭」にお邪魔しました。
新聞などではまだ「満開」と掲載されてますが
さすがに3月末ともなると終わりのようです。
「東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花
主なしとて 春を忘るな」
−東風が吹いたなら 香りを起こして届けてくれ 梅の花よ
主人がいなくなったからといって 春を忘れるな−
道真の梅の花の和歌といえば
これを越えるものはありません。
出典によっては「春な忘れそ」で終わるものも
ありますが、「な・そ」でも「を・な」でも
意味は同じです。
専門的に言えば(古典の専門家ではありませんが)
「な」という副詞が「そ」という終助詞を呼ぶ関係で
「決して」というと「禁止・否定」などの言葉が
続くようなものという理解でいいのかなと思っています。
ただ、最近では「全然」という言葉は
従来は否定だけで使用したものですが
今では違和感がありながらも肯定にも用いますね。
(全然OK!)なんてね〜。
また「逆に」といいながらも順接であったりして
(どこが「逆」やねん!)と
ツッコミも入れたくもなりますが
言語もまた生き物なんでしょうね。
あら、またいらんおしゃべりが過ぎたようです。
それでは「逆に」?旅行記に参りましょうか。(笑)
★ 2013年3月20日 京都・北野天満宮 ★
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
北野天満宮
実家はこのすぐ近くだったので
子供の頃の「遊び場」でした。
今は「太閤井戸」とか「御土居」とか
整備(観光地化?)が進んでいますが
昔はそれこそ何もなくて・・・
どこ行くのも自由でタダでしたよぉ。 -
高校の頃なんかは彼女と
デートがてら寄ったりしてね。
ま、いちゃついてたものです。*^^*ポッ
懐かしいなぁぁぁぁぁぁぁ。
あん時の彼女
今どうしてるんだろ???
消息すら聞かないなぁ。 -
などと「遠い目」になってる場合では
ありませんねぇ〜。
今回は「菅原道真公」を語ります。
えぇ、語り前提で・・・お願いします。
とても「語り」甲斐のある人物なんですよ。 -
「めんどくせぇー」と思った
そこの「あなた」、今よそ見した「あなた」です。
そんな方にはちょっとした写真を掲載してますので
お目汚しでなければ、ちょいと覗いてやって下さい。
文章どうでもいいんで、写真だけでも。
雨の中、頑張って撮ってきたんですから・・・。 -
イチオシ
菅原道真(すがわらのみちざね)公
といえば、学問の神様でつと有名。
受験前に天神さんのお札やお守りに
お世話になった方も多かろうと思います。
その菅原氏、元は土師氏(はじし)で奈良の
菅原という所に住んでいたことから
派生した氏族だそうです。 -
土師氏というのは、野見宿禰(のみのすくね)を
祖をする一氏族なのですが、土師器(はじき)の
名前からも類推できるように、素朴な土器を
作って朝廷に納めていた職能集団でした。
土器っていうと縄文とか弥生を思い浮かべますよね。
まぁあんなものを作る手工業者だったのでしょう。
野見宿禰も殉死者を埋葬する代わりに
埴輪をつくって納めるようにした人ですから、
「土」に関わりのあった人だったんですね。 -
古墳時代のヤマト政権では「氏姓制度」が
取られており、豪族たちは何かしらの技術を
もって、朝廷や天皇に仕えていたのですが
土師氏は土器制作を担う技術者として
「連(むらじ)」という「姓(かばね)」を
与えられていたということになります。
難しくなってきましたか? -
えっと、御飯をたべる茶碗は「陶器」ですよね。
陶器も土で作られてますよね。
高温で焼かれている土器は「須恵器(すえき)」で
「須恵」と「陶」は同じ「すえ」と読みます。
安芸の戦国大名「毛利元就」に破れた「陶晴賢」
ってご存じでしょうか?
陶晴賢(すえはるかた)と読みます、同じでしょ。
土器は
縄文土器→弥生土器→土師器→須恵器→陶器
とレベルアップして今日に至るわけです。 -
長口上で申し訳ありません。
その土師氏は土師器という祭祀道具を提供する
職能だったことから、奈良・平安の時代に
移っても、そういった政(まつりごと)に
関わる豪族であったろうと推測できます。
その延長線上にある菅原氏も朝廷内での立場は
そう変わらないと思われます。 -
もっとも「連」姓をもつ豪族は
物部氏や大伴氏らとは違って、
所詮、手工業者集団なので中小豪族です。
だから菅原氏も決して政権中枢にいられる
レベルの貴族ではありえないわけで、
飛ぶ鳥落とす藤原氏とは一線を画す存在。
ここに悲劇が生まれます。 -
藤原北家興隆の祖、「冬嗣(ふゆつぐ)」
から始まる藤原氏の隆盛は、
承和の変や応天門の変で、摂政という
ゆるぎない地位を気づいた「良房(よしふさ」や
関白の地位を得て、阿衡の紛議で
宇多天皇に謝罪させた「基経(もとつね)」の
代を経て盤石の態勢を迎えてきます。 -
イチオシ
その基経に煮え湯を飲まされた感のある
宇多天皇は、当然のこととして藤原氏の
存在を疎ましく思うわけで、藤原氏に
対抗しうる貴族を模索した。
それが菅原道真だったわけです。 -
それまでの道真は能力は高かったものの
出身が中流だったため、せいぜい国司どまり
だったのですが、阿衡の紛議の折
基経を諫めて、一定の落としどころで
収めたことで、宇多天皇の目に止まることと
なります。
基経の死後を待って、道真を顧問とした
宇多天皇の親政は「寛平の治」と
称されるもので、藤原氏から摂政関白を
出さない摂関政治の空白となったのです。 -
道真は、この宇多天皇の庇護の元
中流貴族ではありえない異例の出世を
とげ、最終的には朝廷ナンバー2の
右大臣となりました。
ナンバー1は、藤原氏はおもんばかって
左大臣「時平(ときひら)」なのですが
それでも時平は何かとやりにくいわけです。 -
この体制は、宇多天皇が譲位して
醍醐天皇の治世でも継続するのですが
世にいう「延喜の治」はそういう
権力闘争のエアポケットの中で
生まれたと考えて間違いないでしょう。
一番面白くないのは藤原時平で、
摂政関白になれないばかりか
道真や三善清行らに何かと邪魔される毎日。
何とか道真を嵌めてやろうと画策したことは
言うまでもありません。
道真は道真で、我が世の春を迎えて
少々ワキが甘くなってもおりました。
好事魔多し。 -
三善清行は、道真に対して
「君は異例の出世をしたけど、それって
藤原氏だけでなく、出世できない他の
中流貴族からも反感を買っているよ。
もう十分だろうから、表舞台から引退して
余生を楽しんだ方がいいよ。」と
助言を与えているようですが、
万事うまくいってる人の耳には
届かないんですねー。 -
宇多上皇は阿衡の紛議以来、藤原氏排斥路線。
醍醐天皇は時平を中心とする天皇親政樹立路線。
政権中枢の温度差はいかんとも
しがたいものがありました。
「昌泰(しょうたい)の変」というクーデタは
宇多法皇が道真の娘婿でもある斉世親王を
皇太弟候補にという表面的な原因だけでなく
かなり根深い問題だったようです。
これは単なるでっちあげ事件なんですが
醍醐天皇グループにとっては、政権奪取の
絶好の口実、最大のチャンス到来。 -
901年1月25日。
突如、醍醐天皇の命によって
道真は大宰権帥(だざいのごんのそち)に左遷。
朝廷のナンバー2が、一夜にして
福岡県の副知事クラスに降格。
我が子らも連座し流罪の憂き目。 -
道真のワキの甘さがあったとはいえ
この処遇はあまりにも厳しいものでした。
宇多上皇も慌てて、醍醐天皇に取りなしを
求めるも面会すらしてもらえない。
その2年後の903年2月25日。
道真は京に戻ることなく太宰府で薨去します。
件の「東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花」は
京を去る時に詠んだ歌。 -
道真はさぞかし無念だったことでしょうねぇ。
道真がこよなく愛し、屋敷に植えられていた梅が
京の都から一晩で太宰府に舞い降りて、
朝めざめた道真の目の前に梅の花が咲き誇る。
これが「飛梅伝説」なのですが
太宰府天満宮に植えられている梅を「飛梅」と
いうのはこの故事を由来としているのですね。 -
九州まで飛んで行ったという梅の
子孫を私が今目の前にしている
梅なんでしょうか。
実際にそういうことはあり得ないけれども
そういう話が生まれることが歴史の
面白さなんでしょうねぇ。 -
でもね、お話は綺麗事では終わりません。
この道真の無念さは別の形で現れてきます。
道真薨去のわずか6年後の909年、
藤原時平は39歳の若さで亡くなります。
続いて醍醐天皇も病を得て臥せることが
多くなりました。 -
イチオシ
その後も923年には、醍醐天皇の皇子で
東宮の保明親王(時平の甥)が。
925年には、その息子の
皇太孫の慶頼王(時平の外孫)が病死。
時平と醍醐天皇にまつわる人々が
次々に亡くなっていきます。 -
930年、御所の清涼殿に雷が落ちました。
道真左遷に暗躍した多くの貴族が
落雷に打たれ死亡。
醍醐天皇もその惨状を目の当たりにして
三ヶ月後に崩御されます。
当然の帰結として、これらの災厄は
道真の怨霊と噂されることになるのです。 -
朝廷は、さすがに慌てて、
道真の祟りを免れるため、道真の罪を赦し
道真の子供たちを京に呼び返しました。
923年には、道真を右大臣に戻し、
993年には、左大臣から太政大臣へ。
名誉回復にもう必死なんですよね。 -
イチオシ
清涼殿の落雷事件は
道真の怨霊が雷を操っているという理解から
やがて道真を雷神として、京都の北野で
火雷天神が祀られていたことから
ここに北野天満宮が建てられることになります。
古来日本では、祟る怨霊を
神として祀ることによって
鎮めるという慣習があります。 -
日本最大最悪の怨霊である崇徳上皇も
京都今出川にある白峯神社のご神体と
なっておられます。
災厄をもたらす怨霊を
朝廷のいわば監視下に置いて
何とか手なずける手法のようですが
あまりうまくいってるとは言い難いです。
皆さんがよくご存じの祇園祭にしても
本来、祇園御霊会から発展したもので
怨霊の力を善の力に変えて
京都を守るという信仰が元なのですね。 -
長刀鉾がなぜ刃をいただくのか。
また、巡行の折にも、天皇が住まい
される御所には刃は決して向きません。
このことからも
祇園御霊会は怨霊を封じ、道にたむろする
怨霊たちを取り込んで、浄化した上で
京都守護の役割を担わせているものと
解釈できるわけです。 -
怨霊封じの一機能であった北野天満宮ですが
災厄が一段落つき、風化していく段になって
詩歌や学問に優れた菅原道真にあやかって
今日の「学問の神様」という地位を
得ていかれたこととなるのです。
これがまぁ、北野天満宮の沿革なわけですが
納得していただけましたでしょうか?
道真公は決して悲劇のヒーローではありません。
政権闘争の敗者で、祟りをもたらす怨霊です。
いわゆる、道真いい人、時平悪人という評価は
一面をとらえているだけなんですね。
怨霊になって京都に災厄をもたらした人って
本当の善人だったのでしょうか?
私は何か違うような気がするのですがね。 -
などといってる内に
「御土居」に来ちゃいました。
中国では都を守るための城壁って当たり前の
存在なんですが、京都はそういうのがない。
そこで、豊臣秀吉は京都を守るという観点から
御土居の建築を命じたわけです。 -
京都ってなんか知らんとこで
微妙な高低差があったりしますが
それはたぶん御土居が関係しています。
ただもう風化しちゃてて、名残しかないんですが
それを感じるのが、この北野天満宮の西辺と
堀川通が御園橋にぶつかる北辺だけです。 -
「京の街に城壁作ったれ」というのも
秀吉らしい思いつきだと思いますが
聚楽第から政治を運営しようと考えていた
秀吉にとっては当然の帰結なんでしょうね。
ただまぁ、気の変わるのも早い秀吉なんで
早々に聚楽第は破却させられていますが。 -
まぁそういう後先は別にして
御土居の遺構が残ってるというのは
歴史好きの私にはとっても
嬉しいことなのです。
それにしても
何十年ぶりかで、御土居に来たのですが
こんな舞台なんかができたんですねぇ。
いやもうビックリでした。 -
この茶室にしても
何かしら由緒があるんでしょう。
さすがに今回はここまで
調べ切れてませんから
ここは普通にスルーってことで・・・。 -
御土居の説明書きです。
興味を持たれた方は拡大して
お読みいただけるとありがたいです。 -
御土居から見下ろした北野天満宮
高さが少しわかりますか。
こんな厳重な柵なんて
幼少の頃はなかったもんです。
自由に紙屋川に行き来してたんですがね。 -
おや、歌碑があります。
おぉぉ、「日吉神社編」のタイトルを
パクった和歌じゃないですかー。
微妙につながっていくのが面白い。 -
ふむふむ。うんうん。
やっぱ、有名な歌だったのですね。
勝手にアレンジしてしまったことに
今猛烈に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
宇多天皇に対する想いというものが
この和歌には出ています。 -
御土居の上から紙屋川までは
このような階段で下ることになります。
逆に天神さん方面へも下りますから
御土居の存在が足で理解できる場所でも
あるのです。
しかし、綺麗に整備されてますやん。
何度も言いますが、昔はつづら折りの
急な階段だったんですよ。
変わったなぁ。 -
何?この朱塗りの太鼓橋?!
昔は手すりもない
落っこちそうな板切れの橋だったのに。
観光地化ってこういうことなんだぁ。 -
イチオシ
天神さんって
結構儲けたるのかも。
鈴なりの絵馬をみるにつけ
1枚いくらで・・・と考えると
下世話な話で申し訳ないですが
資本主義の有り様の一端を
こんな所で垣間見ましたっ! -
さぁて、十分語り尽くしましたです。
大変満足しております。(笑)
これからは黙りますので
ごゆるりとご鑑賞くださいー。 -
-
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イチオシ
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「英勲(えいくん)」じゃないですか!
京の伏見の地酒、斎藤酒造さんの名酒。
京にお立ち寄りの折には、是非ご賞味ください。
私のおすすめは「英勲 辛口」。
さっぱりして実に飲みやすい。
こんなお酒を考えた人は本当にエライ。
なんでノーベル賞をあげないのでしょうね。 -
-
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イチオシ
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今回の写真はいつも使ってる
タムロンのズームではなくて
純正ニコンの単焦点レンズです。
俗にいうシンデレラレンズという
ヤツで明るくかっちり写ります。 -
単焦点ってこっちから被写体に
よっていって構図を作らないと
いけないのですが、結構面白い。
写真撮ってる感があふれています。
調子にのっていっぱい
撮ってしまいましたっ。
では、今回はこのへんで〜。
次回はやっぱり桜かなぁ〜。
最後までご覧下さり
ありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- サウスピーチさん 2013/04/02 10:12:40
- 道真公のお話、なるほどねぇ〜
- ねいちゃさん、こんにちは♪
冒頭の話から上手くまとめられていて、何だか寄席ででも話を聞いているような気分になり、
すんなりと旅行記に入っていけました(笑)
北野天満宮が子供の頃の遊び場ねぇ。 さらっと言われてますが、これってかなり凄いことですね。
さて、菅原道真のお話、興味深く読ませて頂きました。
話の途中の写真で、一つの枝に白とピンクの花が同時に咲いてるのがあって、
「えっ〜!? こっちの説明なし?」とは思いましたが・・・。 (^^; そんな梅ってあるの?
大宰府天満宮の「飛梅」は何度も見ているし、それにまつわる話も聞いてはいましたが、
それに前後する菅原道真の話は全く知らなかった(いや、学校では習っているはずなので、覚えていなかった ^^;)ので、
なるほど〜と、今回初めて理解しました! ほんと、学生の頃は日本史には興味がなかったですね。
ぼたんの花(かな? イチオシの写真)の『次』の写真、とっても好きですねぇ。
手前の花と背景のボケ具合がすごくいいし、また花のピンク色と地面の緑のこの色具合が好きです。
強いインパクトはないんだけど、とっても優しい写真です。
でも、道真公の怨霊が・・・と言っても、それは彼以外の人が勝手に思い込んで(?)、
一連の不幸を彼の怨霊のせいにしたような気がしないでもありませんが・・・。 まあ、そのお陰で(?)
彼の名誉は挽回(無理やり感は否めませんが)、神としてまで祀られるようになったわけですから、人生どうなるか、
いや、死んだ後でさえどうなるかわからないもんですねぇ。(笑) いずれにしても、興味深いお話でした。
あはは! 美味しいお酒を作った人にノーベル賞ねぇ。 私の夫も大賛成だと思いますよ! (^_-)☆
最後の狛犬くん、お顔が・・・苔ですかねぇ、はっきり見えなくて。 どなたか綺麗にしてあげてほし〜い!(笑)
サウスピーチ :)
- サウスピーチさん からの返信 2013/04/02 10:28:11
- 間違えました〜 (><)
- さっき話したのは、「ぼたん」じゃなくて、「椿」ですよね?
いや〜、「ぼたん」じゃないな・・・と思いつつ、「椿」が出てこなくて・・・。
ちょっと引っかかってたもんで・・・。 (これで「椿」じゃなかったらどうしよう! 爆)
サウスピーチ :)
- ねいちゃさん からの返信 2013/04/04 00:59:49
- ボンソワール♪
- ちゃかちゃりん、ちゃりん、ちゃりん、でんでーん。
「えー、しばらくの間おつきあいを願います。」
> 冒頭の話から上手くまとめられていて、何だか寄席ででも話を聞いているような気分になり、
> すんなりと旅行記に入っていけました(笑)
ありがとうございます。究極の褒め言葉ですっ、コレ。
下手に和歌をアレンジしなかったのがよかったですわ。(笑)
> 北野天満宮が子供の頃の遊び場ねぇ。 さらっと言われてますが、これってかなり凄いことですね。
まぁ地元の利なのでしょうが、ほんとに何げによくいってました。
高校も近場だったので、彼女とチャリで帰りによってたし、
25日の縁日は毎月かかさず行ってたかも。
ツレの家も天神さんの前にあったからねぇー。
> 「えっ〜!? こっちの説明なし?」とは思いましたが・・・。 (^^; そんな梅ってあるの?
何でしょうね、桃色系の花粉が飛んできて受精したのかもねー。
植物系はよくしらないので、そういうのは完全スルーです。(笑)
> それに前後する菅原道真の話は全く知らなかった(いや、学校では習っているはずなので、覚えていなかった ^^;)ので、
いやー、高校ではあんまりここまで教えることはないでしょうし、
むしろ、摂関政治の藤原氏の方が中心だと思うので
ご存じなくとも当然だと思いますよ。
> 手前の花と背景のボケ具合がすごくいいし、また花のピンク色と地面の緑のこの色具合が好きです。
> 強いインパクトはないんだけど、とっても優しい写真です。
最近ようやく写真の方をお褒めいただく機会が増えて
当方かなり喜んでおります。とはいうものの、これは意図ではなく偶然。
単焦点レンズはフォーカスがシビアで、少しのズレで後ろにあっちゃう。
ホントは手前にピントあわせて後ろをぼかす予定だったの・・・
まぁかわいい写真になったので、結果オーライなんだけど。
> いずれにしても、興味深いお話でした。
日本史もなかなか面白いですよ。
欧州ではストレートな応酬が(ダジャレじゃないです^^;)当たり前なのですが、
日本ではこう、情に訴えるというか、恨み辛みといった内面的なものが
多いような気がします。結構知ってくるとハマりますよ。
> 最後の狛犬くん、お顔が・・・苔ですかねぇ、はっきり見えなくて。 どなたか綺麗にしてあげてほし〜い!(笑)
この写真は狛犬フェチのピーチさんのためのサービスカットでした。
苔むす姿に、侘び寂びをも感ずるのが、日本人の感性ということで
これはこれでヨシとしてあげてください。
明日は二条城に寄るつもり・・・旅行記待っててねっ! ねいちゃ
-
- るなさん 2013/03/26 10:12:54
- 知恵熱が出そう(笑)
- ハロハロ♪ねいちゃさん。
おぉ〜梅の花見でもするかぁ!とお邪魔したら、古文・歴史のお勉強をしているようで、朝から知恵熱が出そうなるなでやんした(^^;
すっかり桜も満開で、花粉症も落ち着いてきた感じ。
春は色が増えて綺麗な街になりますな。
でも、お花撮るのって苦手なのだ(ToT)
私にはやっぱりあっちゃこっちゃ街歩きの方がいいみたい(笑)
でも、紅梅も白梅も古都にはとっても美しいですね。
いい薫りがしてきそうでした♪
んじゃ行ってきまふ。
るな
- ねいちゃさん からの返信 2013/03/27 01:40:43
- RE: 知恵熱が出そう(笑)
- こんばんは、るなさん。
そして「お久しぶりー」、元気でしたか?(笑)
> 朝から知恵熱が出そうなるなでやんした(^^;
私の旅行記はお勉強主体でやんすから
心してお読みください。(笑)
ただ平易な文章を心がけてはいますので
わからないことは無いと思います。頑張れーーー。
> 春は色が増えて綺麗な街になりますな。
> でも、お花撮るのって苦手なのだ(ToT)
卓越した「街」派ですもんねー、るなさん。
私も植物系は苦手、今回はたまたま天神さんだったので
梅メインになりましたが、ホントは歴史的建造物なんかがスキです。
だって、どっからでも「語れ」ますし。(笑)
> いい薫りがしてきそうでした♪
次もいい薫り、シリーズをちょこっと入れて
また「語る」かもしれません。「大政奉還」ってご存じ?(笑)
あぁ、公開中の「花灯路」の方は、「語り」押さえてます。
るなさんたちが歩いた路の「夜の部」 なので
たぶん朝から頭いたくならないと思いまーす。(爆)
よければご覧下さいませ−。
明日も仕事だし、そろそろ寝るかな・・・。
おやすみなさい。 ねいちゃ
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