2013/01/24 - 2013/02/06
406位(同エリア769件中)
風のヨータローさん
- 風のヨータローさんTOP
- 旅行記51冊
- クチコミ10件
- Q&A回答0件
- 101,140アクセス
- フォロワー3人
統一鉄道はダナンに到着した。深夜までと早朝から、けたたましいアメリカ婦人団体客がフエで午前中列車を降り、爽やかな空気の中列車はダナンに40分遅れで到着。何年か前より行きたかったホイアンの街を訪れる。16〜17世紀にかけて多くの日本人が訪れ、日本人町を形成していた。日本人の血もこの町には生き続けているだろう。そして、ベトナム阮王朝の都として1802年から1945年まで栄えていた。いわば日本の京都のような古都だ。ホーチミンでも、ハノイでもなかった陽だまりのような空気の中に、ベトナムの古都は佇んでいた。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 自転車 飛行機
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イチオシ
ホイアンの街はコンパクトで港町。レンタサイクルで回るのにぴったりだ。ハノイやホーチミンのような混雑もなく観光客にやさしい。
-
ホイアンで3泊したホテル。旧市街の一角にある、Puoc-Anホテル。ダナンから乗ったタクシードライバーの紹介だ(ダナンーホイアン間40万ドン)。1つ星か二つ星クラスで、朝食・バス付きで20ドル以内のリクエスト。
朝食・バス付きに加えレンタサイクル・フリー、パソコンフリー。部屋は3階の角(エレベータなし)。1泊18USドル。部屋は広いし清潔でおすすめ。 -
アンホイ橋を渡ったところにあるインテリアやテーブル、椅子など竹で作ったレストラン「Mango & Guava Restaurant」。中部ベトナム名物のミークアンとビール、コーヒーで60000ドン。
-
マンゴー・グアバレストランのウエイトレス。簡単な名前も発音が難しい。一人はツンと言ったが、日本語式のツンは間違い。ツゥッムが近いか。
-
ホイアンのフルーツ売り。ベトナムの女性は良く働く。重いものをかついで、右へ左へ。「フルーツ安いよーーー}
-
小学校の休み時間。門の前のアイスクリームを学童が買いに来る。売り子のほうが小さい子供だったりして。なかなか複雑な気分。しかし売り子は堂にいった振る舞いで売りさばいている。20年後の売り手と買い手が楽しみだ。
-
ホイアンはランタンの街。月に一度は大々的なランタン祭がある。水面に写る夜のランタンは郷愁をそそる。
-
来遠橋(日本橋)はホイアンのシンボル的存在。観光客はいつも群がる。
-
ミーソン遺跡。2世紀からチャム人が築いたチャンパ王国の遺跡。1999年世界文化遺産に認定された。ベトナム中部、南部からカンボジアにかけてチャンパの遺跡は広がっている。ホテルからバスに乗ってミーソン遺跡を見学し、帰りはボートにのって、簡単なランチを頂いてホテルに戻るツアーがあり、6ドルなり。
-
野生かどうかわからないが、すぐ近くにサイが草を食んでいる。
-
ヒンズーの文化で成り立っている。案の定、王国が滅ぶとともに顔はつぶされている。
-
雨季には大雨が降ることもあり、崩れつつある遺跡を修復中。
-
ミーソン遺跡の帰りは、シンプルなランチ付きクルーズでホイアンに帰る。帰りもバスなら、ランチなしで4ドルなり。
-
帰途の船は、民芸品の製造直売所に寄り道。木工品を黙々と作っている。
-
作られた木工品は、街中の土産品店でも売られる。
-
ホイアンは水の都。年に何回かは、トゥボン川が溢れ洪水になる。数年に一度は2階までの大洪水に見舞われるらしい。
-
ゼロがいっぱい並んだベトナム紙幣。どの紙幣もホーチミン元大統領の肖像なので10000ドンと100000ドンを間違えそう。色が異なるが・・・
-
ホイアンの街は夜にはランタンが灯されて、エキゾチック。
-
PHUOC AN HOTELのカウンター。親切で英語の発音もクリアー。
-
イチオシ
ベトナム人はみんな愛想がいい。カメラを向けるとにっこりほほ笑む。中東などでは、怒鳴られることがあるが・・・
-
日本が鎖国になり、変わって中国人の貿易商がホイアンで栄えた。中国寺。
-
チョ・ホイアン(ホイアン市場)の中の食堂。並べてあるのをご飯やホーにのせて頂く。
-
おばさんに任すと、こんな風に盛ってくれた。
-
マーケットの野菜売り。水と太陽に恵まれた東南アジアはどこも野菜たっぷり。おおむね働いているのは、ここでも女性だ。
-
自転車で20分くらい走れば、日本人墓地に。日本人とベトナム人が恋に落ち、谷弥次郎兵衛という男が、江戸時代の鎖国令に反して、帰国できないと知りながら、ホイアンに再訪し、この地で一生を終えたという「マダム・バタフライ」の逆バージョン。うろうろしてるとこの男性が案内してくれたが、供養料を出せ出せと要求。2万ドンは先祖が喜ばないと5万ドン出す。あとで獲りに行っているはず。
-
自転車を日本人墓地からもう少し東へ走ると、南シナ海に。クアダイ・ビーチ。泳ぐのには、2月の水は冷たい。
-
イチオシ
夜になるとランタンに川に流すと幸運があるという。ランタンを売っているのは、小さな女の子ばかり。1ドルを払って、川に流す。
-
夜は昼に比べてかなり温度が下がる。どこもランタンが眩い。
-
バイクに乗って家族で帰宅。
-
これもホイアン名物「揚げワンタン」。食感がグッド。
-
イチオシ
ホイアンの瀟洒な家並み。
-
町のあちらこちらに、シンツーリストなどのツアーバスの看板がある。ホーチミン、ハノイ、フエなど主な観光地へはツアーバスが便利で安い。利用者はほぼ観光客。そのうち9割は白人系。ただし、やはり事故も多いらしい。ちなみにホイアンからフエまでツアーバスを利用した。9ドルだった。(翌日同じルートで来た人に聞くと、6ドルだったのこと)所要時間4時間ちょっと。途中休憩1回。
-
ホイアン名物ホワイト・ローズを作っている店。ホイアンで食べるホワイトローズは、どのレストランで食べても、ここの製造とか。
-
ホワイト・ローズ。ベトナム料理はどれを食べてもクセがなく、日本人の食感にあう。この店の名はそのまま「ホワイト・ローズ」。日本語の看板がある。
-
ベトナム戦争時、アメリカ軍の最大の基地があったダナンは、近代的な町だ。
-
フエではTHAI BINH ?ホテルに宿泊。ホイアンのホテルで条件を言って予約。ツアーバスで降りたら、ホテルマンが名札をかざして迎えに来ていた。1泊20ドル。バス、朝食付き。部屋はかなり広かった。
-
城内で燦然と輝く金竜のモニュメント。龍文化だ。
-
世界遺産、ベトナム阮朝時代のフエ城。
-
大和殿。
-
フエ城内に象のりができる。
-
城内の閲是堂では、宮廷舞踊が催される。2時半の開演を椅子に座って待っていたが、3時近くになっても始まらず、入り口の係員に聞くと、「観客はあんた一人だけだから、中止になったよ」。早く言ってくれ。
-
王宮門内のすぐ横のカフェ。喉が渇いたので缶ビールを飲む。なんと50000ドン。レストランで飲むより倍以上。「高い」と思わず言うと、店員はいつものことだという顔で素知らぬふり。あちらでも、こちらでも「エクスペンシブ」の声。要注意。
-
歴史革命博物館。ベトナム戦争当時の戦車。
-
町のあちらこちらに小さな椅子とテーブルを並べたカフェ。ベトナム人はおしゃべり好き。
-
DMZツアーに参加。DMDとはベトナム戦争時の非武装地帯。北緯17度線に沿って4KMが南北ベトナムの境界線として決められた。ガイドさんは何回もベトナムはフランスに勝ち、アメリカに勝ったと力説する。
-
「ボーン・イン・ザUSA」に唄われたケサン米軍基地。飛行機が展示されている。
-
ベトコンの地下基地・ヴィンモック・トンネルのエリアにある戦争記念館。ベトコンの闘いを展示してある。対仏のベトミン、対米のベトコンを通じてベトナムは女性戦士の活躍が目立つ。
-
ヴィンモックトンネル内には家族で暮らす住居もあった。
-
フエ師範大学横のレストラン「ZUCCA」。おいしいし、価格も手ごろでサービスも良かったので、夕食はいつもここ。写真は海老フライと、生春巻きコイ・クオン。
-
フエの町からフォーン川に沿ってさかのぼると、各王朝の帝廟や古刹が点在している。ランチ付きのクルーズ&バス遊覧。
-
カイディン帝廟の中庭。カイディン帝は新し物好きで知られる。
-
ベトナムの美少女、愛想がいい。
-
1601年創建のティンムー寺。ここの住職がベトナム戦争時、平和を願って焼身自殺したことで有名。
-
寺の周りでは線香作りが盛ん。カラフルな線香。
-
旧市街と新市街の間に流れるフォーン川にかかるチャンティン橋。夜はライトアップ。新市街の川べりには夜店が出て、賑わう。旧正月(テト)が近づいて、ハノイへの夜行列車のチケットが取れず、フエには4泊する。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
55