2013/01/26 - 2013/01/26
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マキタン2さん
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言問橋(ことといばし)は、隅田川にかかる橋で、国道6号・東京都道319号環状三号線(言問通り)を通す。西岸は台東区花川戸二丁目と浅草七丁目を分かち、東岸は墨田区向島一丁目と二丁目を分かつ。もともと「竹屋の渡し」という渡船場があった場所である。
2008年(平成20年)3月28日、両国橋と共に東京都の東京都選定歴史的建造物に選定された。また、西詰(浅草方)は東京スカイツリーの撮影スポットでもある。
関東大震災の震災復興事業として計画された橋。両国橋や大阪の天満橋と並んで三大ゲルバー橋と呼ばれた長大な橋である。川端康成は小説『浅草紅団』(先進社、1930年)の中で、その直線的で力強いデザインを曲線的で優美な清洲橋と対比させ、「ゆるやかな弧線に膨らんでいるが、隅田川の新しい六大橋のうちで、清洲橋が曲線の美しさとすれば、言問橋は直線の美しさなのだ。清洲は女だ、言問は男だ。」と記している。
「言問」という名称は在原業平の詠んだ、「名にし負はば いざこと問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしや」という歌に因むが、実際にこの業平の故事があったとされている場所は現在の白鬚橋付近にあった「橋場の渡し」でのことであり、言問橋近辺には地名としては存在していたわけではないため、多くの説がある。
有力な説としては、1871年(明治4年)の創業でこの地に現在もある言問団子の主人が団子を売り出すにあたって、隅田川にちなむ在原業平をもちだして「言問団子」と名づけ、人気の店となったことからこの近辺が俗に「言問ケ岡」と呼ばれるようになり、それにあわせて業平を祀ったことに由来するというものがある。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
言問橋については・・
http://www.city.taito.lg.jp/index/bunka_kanko/skytree/kototoibashi.html
http://www.youtube.com/watch?v=TvEpgfIn2KA
牛島神社は、貞観年間(859-79)の頃慈覚大師が建立したと伝えられています。かつては牛御前社と称しており、その由来については、慈覚大師が一草庵で須佐之男命の権現である老翁に会った際に、「わがために一宇の社を建立せよ、若し国土に騒乱あらば、首に牛頭を戴き、悪魔降伏の形相を現わし、天下安全の守護たらん」との託宣により建立したと伝え、牛御前社と呼ぶようになった」との神託により牛島神社となったとも、或いは牛島の出崎に位置するところから、牛島の御崎と称えたのを御前と転称したものであろうともいいます。本所総鎮守として崇敬を集め、明治時代には郷社に列格していました。(下記より引用)
牛島神社については・・
http://www.tesshow.jp/sumida/shrine_mukojima_ushijima.html
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