2013/01/07 - 2013/01/11
1520位(同エリア2526件中)
onlyさん
2013/01/10
ポツダム広場を中心に東西分断の歴史を学ぶ
主に東ドイツ(DDR)の地域を回っています。
時差ぼけは一切無かったのですが、筋肉痛で歩くのが大変でした。
2日目のツアーガイドさんにベルリンの名所を回るヒントを頂き、回った数はこの日が一番多くなっています。
写真の通りこの日も曇。
そして雪に見舞われます。
詳細は「ドイツの歴史を学ぶ ベルリン4泊6日間 1日目」をご覧ください。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- びゅうトラベルサービス
-
観光最終日です。天の恵みなのか一番天気がよかったです。
イーストサイドギャラリー
最寄りのSバンのオストー駅に着いて遠目で見ただけでわかる大きな壁のアートです。
ブレジネフとホーネッカーの「兄弟のキス」
眼鏡の方が東ドイツ最後のリーダー。
他にもトラバントが壁を突き抜けているのもあるのですが、こちらと同じように落書きが酷かったです。 -
こんな感じで近代美術って感じですね。
いかにも西側のアートというのがひたすらに続いています。
早朝という事もあり、ジョギングを楽しむ女性にすれ違った以外誰にも会いませんでした。 -
有名なお見上げ屋さんらしいですが、早朝のため開いていませんでした。
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東西冷戦のいろんな出来事がコミカライズ(外人には通じないよな・・)になっています。
-
遠目に見えるのはU1のWarschauer Str駅
ベルリン歩いてきた中で一番綺麗な風景かも? -
Warschauer Str駅からU1でGleisdreieck駅へ
U2に乗り換えてポツダム広場駅へ
ソニーセンターも早朝のためどこも空いていません。
2000年代に高層ビルの建築ラッシュが起こり、ここやベンツ本社などが建ったもののサブプライムローンの一件で当時の企業は権利を売り渡してしまったそうです。 -
徒歩で絵画館へ。
この頃には雨が降り出し、いつもの感じになってまいりました。 -
ソニーセンター、DB本社、ベンツ本社、フィルハーモニーなどがここから一望出来ます。
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絵画館は13〜18世紀の絵画の傑作がたくさんあります。
わくわくして入ると宗教画やフレスコ画がたんまりありました。 -
たぶん、ペストが流行った頃に書かれたんだろうなぁ。
-
ブリューゲルの「ネーデルラントのことわざ」
これは教科書に載るくらいに有名な作品ですね。
この絵の前では御婦人方が座り込んで美術館職員の説明を受けていました。 -
怪物の様な妖怪の様なよくわからない生き物が一杯書かれています。
この頃の人達の表現力には現代人は勝てないですね。 -
たぶんフェルメールじゃないかな?
解説のほとんどが読めな為に誰が書いたかわからなかった。
ただ、見たときに思わず写真を撮ってしまう位に迫力があった。
他にもエリザベス王女やら宗教家やらの人物画。
印象派の風景画もたくさん。
好きな人はたまらないと思う。 -
昨年、日本に来ていたフェルメールの「真珠の首飾りの少女」。
うん。凄いな。 -
こちらもフェルメールっぽい。
-
こちらも日本に来ていたレンブラントの「金の兜の男」
レンブラントも見たらすぐにわかりますよね。
光と闇の使い方が巧みです。 -
絵の具が生まれる前はこんな感じに天然の石を調合して色を作っていました。
顔料ってやつですね。
産業革命までの絵はこの様なものを使って書いていたので、絵を書く=高価なものっていう印象があります。 -
昔の画家アトリエ風景も展示してありました。
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絵画館の横にある新ナショナルギャラリーへ
絵画館の入場券を見せれば入れます。
ピカソ、クレー、カンディンスキーなどの近代美術がありました。
個人的にはこちらの方が好きです。作品数は少ないけどゆったり見れて良かった。 -
ジョセフ・コスース「A Four Color Sentence」
こんなところで見れるとは感動。
アイデア・アートとかポップアートが凄い好き。 -
こちらもジョセフ・コスースと一緒にアート・アンド・ランゲージに参加していたメル・ラムズデン。
哲学書などから言葉を抜き出してアートにしてます。
「the content of a painting is invisible」ってフレーズに貪欲な芸術性を感じる。 -
早朝出発のため妙にお腹が空いてきたので新ナショナルギャラリー内にあるカフェへ。
コーヒーもケーキも激甘。
あかん。死んでまう。 -
ポツダム広場まで戻り、テロのトポグラフィーへ。
地○の歩き方やガイドさんが言っていた地下牢跡に併設している展示は全て取り払われていました。凄く残念。 -
ハインリヒ・ヒムラーとヒトラー。
ハインリヒ・ヒムラーは親衛隊(SS)の第3代親衛隊全国指導者(RFSS)ですね。
ナチ党の政権運営の中で長いナイフの夜(突撃隊の上層の粛清)などを行い、警察権力と強制収容所の管理を掌握した人間です。
要は有名なゲシュタポや強制収容所などの恐怖政治を指揮した張本人ですね。 -
親衛隊(SS)の活動記録。
さも、正しい事をしていますよと訴えかけている。 -
当時の事務所や教育風景が見てとれる。
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終戦直後1945年にはまだ建物の形を保っています。
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終戦後の1954に廃墟になり倒壊したままに放置されています。
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そして、1977年のはほとんど当時の面影は見れなくなる。
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それを1985年に西ドイツ市民が掘り返し、記念館にしようと活動を開始して現在に至ります。
もし、本部が東側にあったら記念館はできてたのかな? -
この様に見せしめを行い、ナチ一党でのドイツ支配を保っていました。
俗にいう警察がこの様な事を行い、それが日常化していたのが怖い。 -
死人の扱いもだんだん麻痺してくるのでしょうね。
危険分子とみられた人物は出頭命令や拉致され、ゲシュタポによって「夜と霧」の中に消されました。トポグラフィーの敷地内には今も森が残っていて、当時そこで多くの人がこのように射殺されていました。
なので、その後の消息を家族は知ることはありませんでした。
出頭や拉致=死というわけです。 -
ユダヤ人のヒゲを笑いながら切るゲシュタポ。
アーリア人の支配民族思想から来る「ユダヤ人に対する蛮行が合法や正義である」という当時の異常な風潮がこの写真からは伝わってくる。 -
歴史の教科書に載っていた有名な写真ですね。
どうやらこの写真もゲシュタポに関係したものだったようです。
ハインリヒ・ヒムラーの犯した多くの罪の中でユダヤ人の虐殺を合法化したという物があります。1942年ヴァンゼー会議で「ユダヤ人問題の最終的解決」を行ないました。
そして、彼本人は「労働を介した絶滅」と表現したそうだ。 -
さて戦後の風景です。
ハインリヒ・ヒムラーは自殺を図ったため、この席にはいません。
しかし、ナチの6組織はニュルンベルク裁判で「人道に対する罪」で告発を受け、有罪を宣告されています。
この「人道に対する罪」は日本の東京裁判にも関係する言葉です。
このパネルの前でつい声が出てしまいました。
また、一部の構成員はその経験や能力を買われ、東ドイツのシュタージや西ドイツのBNDなどの構成員になったと言われています。
結局、戦後の裁判というのは異常な結果に終わるものなんですね・・ -
U2でアレキサンダープラッツ駅まで行き、U5に乗り換えマグダーレン駅から徒歩でシュタージミュージアムへ
ここは「善き人のソナタ」で舞台になった東ドイツ国家保安省(シュタージ)の元本部です。
東西ドイツの国民が名を聞くだけで震えた組織であり
その詳細は西側の監視と壁を超える人間の暗殺や東側に運営に邪魔となる思想家やその活動の抑止です。
たぶん、映画を見なかったら組織や博物館の存在を知ることは無かったと思います。 -
逮捕された人間はこの様な一般の車を偽装した護送車で運ばれました。
この様に通常生活に潜みながら、多くの人が尋問を受けていたんですね。 -
盗聴に使ったテープのゴミ。
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何に使ったかは定かではないけど、印鑑の山。
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今の技術のならこんな大掛かりな設備は必要ないですが・・・
こんなことまでして監視する彼らの執念を感じる一枚です。 -
今は監視カメラという存在がありますが、この時代の隠し撮りは世の中に不信感しか感じないだろうな。
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映画の中で書類を出すシーンがあったのですが、まさしくそれと同じ棚。
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善き人のソナタの冒頭にでてきたシーンの現物です。
この様なことをしてまで、国の威信を保ちたかったのか・・・ -
この様に国民を監視し、人間関係を洗い出していた。
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何件かの表面化されたシュタージの事例が掲示されていました。
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映画のスパイが着ている様な仕込み道具です。
-
仕込み道具パート2
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人を監視していた風景は写真によって残っています。
西側の人間も恐れたそれは東の日常に潜んでいたのです。 -
映画の中で偉そうに座っていた組織のトップの椅子。
他にもビリヤード台などの娯楽部屋や食堂などがそのままの形で残されています。 -
昼間は入場に人が並んでいるベルリンテレビ塔も夕方になれば、空いています。
3日間で唯一その全形を拝むことができて正直ほっとしました。 -
共産主義独特の東ドイツ建国20周年を祝う記念碑の意味合いを持つこの塔はベルリンのどこからでもその姿を見ることができます。
西側の人間からすれば、忌々しい存在だったに違いない。 -
3日間歩き周った街並みが遠くまで見えます。
正直、観光客があまりいない時期に訪れたので、ここでたくさんの観光客に遭遇しました。 -
Sバンがあんなに小さい。
ちなみに最上階には展望レストランがあり、なかなかのお値段でした。
綺麗なカッコをした人たちがたくさん居て、おしゃれな感じでした。 -
また来れたらいいなぁなんて考えながら、しばらく佇んでいました。
-
Sバンのアレキサンダープラツ駅からハッケシャーマーケット駅方面に歩いていくと見えるベルリン・カレっていうショッピングモールにあるオストパッカード
東ドイツの日用品がたくさん売っています。
少しチープな材質ながら、こじゃれた雑貨はお見上げにピッタリです。
DDR文化が現代にも根付いている事を確かめたい方はどうぞ!
ここに2日目で購入したザントマン人形も売ってました(´・ω・) -
そして名所ハッケシャーホーフ。
夜に来て良かった!!ライトアップしていて綺麗。
博物館やレストランや雑貨屋が所狭しとあり、お買い物が好きな方はたまらないんでしょう。 -
ハッケシャーホーフにはアルペルマングッズを買いに来ました。
アルペルマンは東側で使用されていた信号表示で、今やベルリンの有名ブランドとなっています。 -
ハッケシャーホーフを離れる際に見かけたアルペルマン使用のミニクーパー。
なんだよ最後にオシャレじゃんか!!と撮ってしまいました。
3日目はこれにて終了。
この日の早朝から帰りたくないと思ってしまうくらいにベルリンの魅力に取り付かれていました。
思い返せば私はドイツ人の気質に惚れたんだなと。
美術館や公共交通機関、ガソスタなどで見受けられた洗練されたドイツに魅了されたんだと思います。
ここまで見てくださった方には感謝と共に是非とも貴方もベルリンへ!!
では次はドイツの別の都市の旅行記でお会いしましょう。
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