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ついに やって来ました~♪<br />あこがれの『遥かなるペルー』 光と影のインカ帝国。。。<br /><br />リマに到着した翌日。。<br />この日は、「ナスカの地上絵」を見る為に、約4時間かけて<br />ナスカの近くのパラカスまで移動しました。<br /><br />その途中で寄った「パチャカマク遺跡」<br />ペルーの遺跡と言えば「マチュピチュ」に代表される石の遺跡が頭に浮かびますが、「パチャカマク遺跡」は、日干レンガ(アドベ)を積み上げた遺跡。<br /><br />インカ時代以前から長年“聖地”と崇められてきた広大な遺跡です。<br />侵入してきたスペイン人たちに破壊されましたが、現在も発掘中…。<br />まだまだ、ごく一部しか復元されていないとか…。<br /><br />ペルーは「マチュピチュ」だけではない…。<br />砂漠の中に赤い日干しレンガ(アドベ)の遺跡。。<br />とても印象が深かった遺跡のひとつです。。。<br /><br /><br /> 【1日目】<br />  伊丹 ⇒ 成田 ⇒ (ヒューストン乗換)⇒ 深夜、リマ着<br />    ≪アトン・サン・イシドロ 泊≫<br /><br />◎【2日目】<br />  リマ ⇒ パラカスへ<br />  250㎞、 約4時間の「パンアメリカン・ハイウェイ」をドライブ<br />    ~途中、「パチャカマク遺跡」観光~<br />    ≪ ダブルツリー パラカス 泊(海の見える部屋)≫<br /><br /> 【3日目】<br />  ナスカ地上絵 パラカス(ピスコ)空港より出発<br />    ホテル ダブルツリー パラカス に戻り、<br />    串焼き&シーフードライス(“アロス・コン・ポヨ”)のランチ♪<br />  パラカス ⇒ リマ (約4時間)<br />    ≪ アトン・サン・イシドロ 泊 ≫<br /><br />

あこがれ続けた『遥かなるペルー』の旅 光と影とインカ帝国。。。 ③ 光と影の街・リマ~海岸リゾートの街・パラカスへ 「パチャカマク遺跡」特別編

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2012/05/23 - 2012/06/02

84位(同エリア679件中)

2

61

kuritchi

kuritchiさん

ついに やって来ました~♪
あこがれの『遥かなるペルー』 光と影のインカ帝国。。。

リマに到着した翌日。。
この日は、「ナスカの地上絵」を見る為に、約4時間かけて
ナスカの近くのパラカスまで移動しました。

その途中で寄った「パチャカマク遺跡」
ペルーの遺跡と言えば「マチュピチュ」に代表される石の遺跡が頭に浮かびますが、「パチャカマク遺跡」は、日干レンガ(アドベ)を積み上げた遺跡。

インカ時代以前から長年“聖地”と崇められてきた広大な遺跡です。
侵入してきたスペイン人たちに破壊されましたが、現在も発掘中…。
まだまだ、ごく一部しか復元されていないとか…。

ペルーは「マチュピチュ」だけではない…。
砂漠の中に赤い日干しレンガ(アドベ)の遺跡。。
とても印象が深かった遺跡のひとつです。。。


 【1日目】
  伊丹 ⇒ 成田 ⇒ (ヒューストン乗換)⇒ 深夜、リマ着
    ≪アトン・サン・イシドロ 泊≫

◎【2日目】
  リマ ⇒ パラカスへ
  250㎞、 約4時間の「パンアメリカン・ハイウェイ」をドライブ
    ~途中、「パチャカマク遺跡」観光~
    ≪ ダブルツリー パラカス 泊(海の見える部屋)≫

 【3日目】
  ナスカ地上絵 パラカス(ピスコ)空港より出発
    ホテル ダブルツリー パラカス に戻り、
    串焼き&シーフードライス(“アロス・コン・ポヨ”)のランチ♪
  パラカス ⇒ リマ (約4時間)
    ≪ アトン・サン・イシドロ 泊 ≫

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
一人旅
交通手段
観光バス 徒歩
航空会社
ユナイテッド航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
JTB
  • リマを出発して、ナスカの地上絵見学の為<br />この日は移動日。。<br />約4時間かけてパラカスに移動します。<br /><br />バスは「パンアメリカン・ハイウエイ」を走ります。。<br />「パンアメリカ・ハイウエイ」は海岸砂漠地域(コスタ)の中を走って行きます。<br /><br />その途中、リマから約30?(約1時間)のところにある<br />「パチャカマク遺跡」に寄りました。<br />

    リマを出発して、ナスカの地上絵見学の為
    この日は移動日。。
    約4時間かけてパラカスに移動します。

    バスは「パンアメリカン・ハイウエイ」を走ります。。
    「パンアメリカ・ハイウエイ」は海岸砂漠地域(コスタ)の中を走って行きます。

    その途中、リマから約30?(約1時間)のところにある
    「パチャカマク遺跡」に寄りました。

  • <br />まずは、ガイドさん(Yさん)の力作の資料から…。<br /><br />“アンデスのクラブサンドイッチ”<br /><br />これを参考にすると、<br />プレ(前)・インカの時代の文化がよく分かる。。<br /><br />パチャカマ文化は、プレ・インカ時代<br />600年頃に発生したと言われています。<br /><br />そして「パチャカマク遺跡」は、<br />AC200年頃興ったリマ文化⇒<br />ワリ文化⇒チムー文化⇒インカ帝国(〜1533年)<br />までの長い間、“聖地”と崇められてきた遺跡。   <br />


    まずは、ガイドさん(Yさん)の力作の資料から…。

    “アンデスのクラブサンドイッチ”

    これを参考にすると、
    プレ(前)・インカの時代の文化がよく分かる。。

    パチャカマ文化は、プレ・インカ時代
    600年頃に発生したと言われています。

    そして「パチャカマク遺跡」は、
    AC200年頃興ったリマ文化⇒
    ワリ文化⇒チムー文化⇒インカ帝国(〜1533年)
    までの長い間、“聖地”と崇められてきた遺跡。   

  • バスが停まり、バスから降りた私たち。。<br /><br />ガイドさんが<br /><br />「これが『パチャカマク遺跡』の入り口の門です!」<br /><br />   ???<br /><br />≪ 何処 ??? ≫<br />

    バスが停まり、バスから降りた私たち。。

    ガイドさんが

    「これが『パチャカマク遺跡』の入り口の門です!」

       ???

    ≪ 何処 ??? ≫

  • <br />よ〜く見ると。。。<br /><br />積み上げられた建造物らしきもの。。。<br /><br />そうなのです…。<br />この赤い日干しレンガを積み上られた建造物、門が<br />「パチャカマク遺跡」の入り口。。


    よ〜く見ると。。。

    積み上げられた建造物らしきもの。。。

    そうなのです…。
    この赤い日干しレンガを積み上られた建造物、門が
    「パチャカマク遺跡」の入り口。。

  • ガイドさん曰く。。<br /><br />「後ろを振り返っていただくと<br /><br />『パチャカマク遺跡』の全景がご覧になれます。。」<br /><br />言われて振り返ると…<br /><br />赤い土の山。。<br /><br />この赤い山が「パチャカマク遺跡」。。<br />

    ガイドさん曰く。。

    「後ろを振り返っていただくと

    『パチャカマク遺跡』の全景がご覧になれます。。」

    言われて振り返ると…

    赤い土の山。。

    この赤い山が「パチャカマク遺跡」。。

  • <br /><br />赤い砂漠の中の風化された“壁”。。<br /><br /><br /><br />



    赤い砂漠の中の風化された“壁”。。



  • <br /><br />そして、これが<br /><br />「パチャカマク遺跡」の入り口。。<br /><br /><br />



    そして、これが

    「パチャカマク遺跡」の入り口。。


  • <br /><br /><br /><br />スペイン侵略者たちは、<br /><br /><br /><br />長い間“聖地”として崇められてきた<br /><br /><br /><br />「パチャカマク遺跡」に火を放ち、破壊し。。<br /><br /><br /><br />この神殿は、砂漠の中に埋もれてしまいました。<br /><br /><br /><br />彼らは黄金を探しましたが、<br /><br /><br /><br />その時には皇帝アタワルパの密命により<br /><br /><br /><br />既に、どこかに隠された後だったと言われています。。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />





    スペイン侵略者たちは、



    長い間“聖地”として崇められてきた



    「パチャカマク遺跡」に火を放ち、破壊し。。



    この神殿は、砂漠の中に埋もれてしまいました。



    彼らは黄金を探しましたが、



    その時には皇帝アタワルパの密命により



    既に、どこかに隠された後だったと言われています。。






  • 私たちは、更にバスで約10分進み<br /><br />この“赤い土の山”に見えた<br /><br />「パチャカマク遺跡」の神殿へと向います。。<br /><br />

    私たちは、更にバスで約10分進み

    この“赤い土の山”に見えた

    「パチャカマク遺跡」の神殿へと向います。。

  • <br />“赤い土の山”の神殿のふもとには<br /><br />博物館がありました。<br /><br />(博物館の裏には、小さな売店やWCもありました)


    “赤い土の山”の神殿のふもとには

    博物館がありました。

    (博物館の裏には、小さな売店やWCもありました)

  • <br /><br />1920年「パチャカマク」は、ドイツのマックス・フォン・ウーレに最初に発掘されました。<br /><br />その功績を称えて、マックス・フォン・ウーレの胸像が置かれています。



    1920年「パチャカマク」は、ドイツのマックス・フォン・ウーレに最初に発掘されました。

    その功績を称えて、マックス・フォン・ウーレの胸像が置かれています。

  • <br />「パチャカマク遺跡」の発掘の様子。。<br />2005年には、南イリノイ大学島田泉教授により、<br />40体以上のミイラが発見され話題を呼びました。<br /><br />現在も島田泉教授が発掘を続けられており…。<br /><br />島田教授の「パチャカマク遺跡」プロジェクト<br />    ↓↓↓<br />(http://www.pachacamac.net/)<br /><br />   地図と写真<br />    ↓↓↓<br />(http://www.pachacamac.net/photos-maps.html)


    「パチャカマク遺跡」の発掘の様子。。
    2005年には、南イリノイ大学島田泉教授により、
    40体以上のミイラが発見され話題を呼びました。

    現在も島田泉教授が発掘を続けられており…。

    島田教授の「パチャカマク遺跡」プロジェクト
        ↓↓↓
    http://www.pachacamac.net/

       地図と写真
        ↓↓↓
    http://www.pachacamac.net/photos-maps.html

  • <br /><br /><br /><br /><br />ペルーの“考古学の父”と呼ばれる<br /><br />ジュリオ・セザール・テジョ<br /><br />( Julio César Tello )<br /><br /><br /><br />彼は、パラカス文化の発掘に多くの成果を上げました。<br /><br />最初に発掘したマックス・フォン・ウーレの後を受けて<br /><br />「パチャカマク遺跡」発掘に深く関わったそうです。<br />






    ペルーの“考古学の父”と呼ばれる

    ジュリオ・セザール・テジョ

    ( Julio César Tello )



    彼は、パラカス文化の発掘に多くの成果を上げました。

    最初に発掘したマックス・フォン・ウーレの後を受けて

    「パチャカマク遺跡」発掘に深く関わったそうです。

  • <br />博物館内にある「パチャカマク遺跡」全体の模型<br /><br />先ほど“赤い土の山”に見えた『太陽の神殿』は<br />右上の小高い丘の一番高い部分(赤い○)になります。<br />この博物館は、③(手前黄色い○)にあります。<br /><br />いかに広大な遺跡であるか、おわかりいただけると思います。<br /><br />【博物館内は原則撮影可(フラッシュの使用不可)】<br /><br />


    博物館内にある「パチャカマク遺跡」全体の模型

    先ほど“赤い土の山”に見えた『太陽の神殿』は
    右上の小高い丘の一番高い部分(赤い○)になります。
    この博物館は、③(手前黄色い○)にあります。

    いかに広大な遺跡であるか、おわかりいただけると思います。

    【博物館内は原則撮影可(フラッシュの使用不可)】

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br />青銅製?の壺<br /><br />壺の底部を地面で安定させて(突き刺して?)利用したのだそうです。<br /><br />(描かれている人の表情は、ナスカの地上絵のそれと似ていませんか?^^)

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物

    青銅製?の壺

    壺の底部を地面で安定させて(突き刺して?)利用したのだそうです。

    (描かれている人の表情は、ナスカの地上絵のそれと似ていませんか?^^)

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br />※鐙型注口土器(あぶみがたちゅうこうどき)※<br />プレ・インカに見られる球形の胴部から二股に分かれた<br />注口がひとつになる形の土器<br />用途は、酒器など儀礼に用いられたと考えられ、液体を別の容器に注ぐときに独特な音を発する。<br />(Wikipediaより)

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物

    ※鐙型注口土器(あぶみがたちゅうこうどき)※
    プレ・インカに見られる球形の胴部から二股に分かれた
    注口がひとつになる形の土器
    用途は、酒器など儀礼に用いられたと考えられ、液体を別の容器に注ぐときに独特な音を発する。
    (Wikipediaより)

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br />仮面<br /><br />発掘されたミイラに付けられていた?

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物

    仮面

    発掘されたミイラに付けられていた?

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br />※『キープ(ス)』※<br />インカ帝国は文字を持たなかったとされていますが、<br />その代わりの役目を果たしていたのがこの『キープ(ス)』だと言われています。<br />『キープ(Quipu、khipu)』とは、ケチュア語で「結び目」を意味します。<br />紐に結び目を付けて数を記述する方法で、<br />結び目の形、紐の色、結び目の位置などによって、<br />色々な情報が含まているそうです。<br />王や役人は必要な情報などをキープに記録し、<br />“キープカマヨック(キープ保持者)”と呼ばれた役人が<br />作製、解読をしていたそうです。<br />しかし、侵略してきたスペイン人達は<br />一番先のこの“キープカマヨック(キープ保持者)”を殺害してしまい、現在に至っても解読されていません。<br /><br />

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
    ※『キープ(ス)』※
    インカ帝国は文字を持たなかったとされていますが、
    その代わりの役目を果たしていたのがこの『キープ(ス)』だと言われています。
    『キープ(Quipu、khipu)』とは、ケチュア語で「結び目」を意味します。
    紐に結び目を付けて数を記述する方法で、
    結び目の形、紐の色、結び目の位置などによって、
    色々な情報が含まているそうです。
    王や役人は必要な情報などをキープに記録し、
    “キープカマヨック(キープ保持者)”と呼ばれた役人が
    作製、解読をしていたそうです。
    しかし、侵略してきたスペイン人達は
    一番先のこの“キープカマヨック(キープ保持者)”を殺害してしまい、現在に至っても解読されていません。

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br />(左)『キープ(ス)』<br /><br />(右) 幾何学模様の描かれた 壺

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物

    (左)『キープ(ス)』

    (右) 幾何学模様の描かれた 壺

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br />酒器<br /><br />チチャ(トウモロコシなどから造られた酒)をこの酒器で醸造した?<br /><br />チチャの原材料を左の壺に入れ、蒸留。<br />蒸留されたお酒が細い管を通り<br />右の壺に蓄積される…。

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物

    酒器

    チチャ(トウモロコシなどから造られた酒)をこの酒器で醸造した?

    チチャの原材料を左の壺に入れ、蒸留。
    蒸留されたお酒が細い管を通り
    右の壺に蓄積される…。

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br />酒器の口の細工の見事なこと。。<br /><br />織物を織る女性が表現されています。

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物

    酒器の口の細工の見事なこと。。

    織物を織る女性が表現されています。

  • <br /><br /><br /><br /><br />「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br /><br /><br />インカの世界観を表したポール。。<br /><br /><br />インカの世界観では三つの世界に分かれています。<br /><br /><br />コンドルが守る“天上”の世界<br /><br />ピューマが守る“地上”の世界<br /><br />蛇が守る“地下”の世界






    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物



    インカの世界観を表したポール。。


    インカの世界観では三つの世界に分かれています。


    コンドルが守る“天上”の世界

    ピューマが守る“地上”の世界

    蛇が守る“地下”の世界

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br />(左)“天上”を表わした部分<br /><br />(右)“地上”を表した部分<br /><br /><br />kuritchiには、どこが“天上”らしいのか…<br />どこが“地上”を表しているのか<br />イマイチよく分かっていませんでしたが…(^^;

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物

    (左)“天上”を表わした部分

    (右)“地上”を表した部分


    kuritchiには、どこが“天上”らしいのか…
    どこが“地上”を表しているのか
    イマイチよく分かっていませんでしたが…(^^;

  • 「パチャカマク遺跡」博物館内展示物<br /><br />織物<br /><br />インカ、プレ・インカ時代の織物はどちらも<br />現在でも十分通用する美しいものが多かったです。<br /><br />

    「パチャカマク遺跡」博物館内展示物

    織物

    インカ、プレ・インカ時代の織物はどちらも
    現在でも十分通用する美しいものが多かったです。

  • <br />神殿だけでなく、<br /><br />かつての館跡なども発掘されています。<br /><br />博物館近くの遺跡は、実はプレインカのものだそうで…。


    神殿だけでなく、

    かつての館跡なども発掘されています。

    博物館近くの遺跡は、実はプレインカのものだそうで…。

  • <br />余りに広大な「パチャカマク遺跡」。。<br /><br />遺跡内もバスで移動します…。<br /><br />“赤い土の山”に見えた<br /><br />『太陽の神殿』に向います。


    余りに広大な「パチャカマク遺跡」。。

    遺跡内もバスで移動します…。

    “赤い土の山”に見えた

    『太陽の神殿』に向います。

  • <br /><br />「パチャカマク遺跡」は、まだまだ 発掘中。。<br /><br /><br />石の文化だと思っていたインカ文化の遺跡に<br /><br />木の柱跡も。。<br /><br />木の柱の跡はこの地域ならではの遺跡らしいです。<br /><br />



    「パチャカマク遺跡」は、まだまだ 発掘中。。


    石の文化だと思っていたインカ文化の遺跡に

    木の柱跡も。。

    木の柱の跡はこの地域ならではの遺跡らしいです。

  • <br />インカ時代に建設された<br /><br />「Templo del Sol/太陽の神殿」や<br /><br />「Acllahuasi/アクヤワシ・月の神殿」の他にも<br /><br />いくつものピラミッドも発見されているそうです。<br /><br />


    インカ時代に建設された

    「Templo del Sol/太陽の神殿」や

    「Acllahuasi/アクヤワシ・月の神殿」の他にも

    いくつものピラミッドも発見されているそうです。

  • <br />ようやく、神殿に近くなってきました。<br /><br />道中は、文字通り凸凹(でこぼこ)道。。<br /><br />バスはゆっくり走行してくれていますが、<br /><br />まるで、ラクダの背中に乗っている気分。。(笑)<br /><br /><br />近付いて見上げると、神殿は階段状のピラミッド


    ようやく、神殿に近くなってきました。

    道中は、文字通り凸凹(でこぼこ)道。。

    バスはゆっくり走行してくれていますが、

    まるで、ラクダの背中に乗っている気分。。(笑)


    近付いて見上げると、神殿は階段状のピラミッド

  • <br /><br /><br /><br />バスは、『太陽の神殿』に到着。。<br /><br /><br />インカの人にとって一番大切な神様の“太陽”<br /><br /><br /><br />その神様を祀った神殿です。<br /><br /><br />その神様に会いに<br /><br /><br />この石段を登って行きましょうか。。





    バスは、『太陽の神殿』に到着。。


    インカの人にとって一番大切な神様の“太陽”



    その神様を祀った神殿です。


    その神様に会いに


    この石段を登って行きましょうか。。

  • <br /><br /><br /><br /><br /><br />インカ時代に建設された<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />『Templo del Sol/太陽の神殿』<br /><br /><br /><br /><br />当時の『太陽の神殿』は建物全体が<br /><br /><br /><br /><br />真っ赤に塗られていたといわれています。







    インカ時代に建設された








    『Templo del Sol/太陽の神殿』




    当時の『太陽の神殿』は建物全体が




    真っ赤に塗られていたといわれています。

  • <br /><br /><br /><br />確かに現在も、壁の一部が赤く残っています。。<br /><br />(わかられるでしょうか? 入り口の向って左側)





    確かに現在も、壁の一部が赤く残っています。。

    (わかられるでしょうか? 入り口の向って左側)

  • <br /><br />「Pachacamac/パチャカマク」とは<br /><br /><br />ケチュア語で「大地の創造者」という意味で…<br /><br /><br />インカ帝国に征服される前のペルーに伝えられていた創造神。。<br /><br /><br /> パチャ      カマク<br /><br />  ↓↓       ↓↓<br /><br /><br />大地、天地  宇宙、根源、創造者<br /><br /><br />後にこの地を征服したインカ帝国によって名付けられました<br />(それまでの名前は、伝わっていません。。)<br /><br /><br />この地を征服したインカ帝国は“パチャカマ信仰”を禁ずることなく<br /><br />そのままパチャマカの信仰を認め<br /><br />「パチャカマク神殿」に新しく『太陽の神殿』や『月の神殿』を建ててインカの神さまを祀ったのです。<br /><br /><br />こうして、スペイン人に侵略されるまでの長い間<br />「パチャカマク」は“聖地”と崇められてきました。



    「Pachacamac/パチャカマク」とは


    ケチュア語で「大地の創造者」という意味で…


    インカ帝国に征服される前のペルーに伝えられていた創造神。。


     パチャ      カマク

      ↓↓       ↓↓


    大地、天地  宇宙、根源、創造者


    後にこの地を征服したインカ帝国によって名付けられました
    (それまでの名前は、伝わっていません。。)


    この地を征服したインカ帝国は“パチャカマ信仰”を禁ずることなく

    そのままパチャマカの信仰を認め

    「パチャカマク神殿」に新しく『太陽の神殿』や『月の神殿』を建ててインカの神さまを祀ったのです。


    こうして、スペイン人に侵略されるまでの長い間
    「パチャカマク」は“聖地”と崇められてきました。

  • なるほど。。。<br /><br />納得ですが、 ???<br /><br />“太陽神”と“パチャカマク神”との関係は???<br /><br />『太陽の神殿』に“パチャカマク神”は祀られていたの?

    なるほど。。。

    納得ですが、 ???

    “太陽神”と“パチャカマク神”との関係は???

    『太陽の神殿』に“パチャカマク神”は祀られていたの?

  • 実は、元々あった『パチャカマック神殿』はこちら…。<br />階段状の遺跡が『パチャカマック神殿』だそうです。<br />(現在修復中)<br /><br />プレ・インカの時代最も重要だった『パチャカマック神殿』<br />「Tamplo Pintado/彩られた神殿」と呼ばれ<br />壁に魚やピューマ、鳥などが赤やクリーム色の塗料で描かれていたとか…。<br /><br />インカ帝国は『パチャカマック神殿』の更に上の一番高いところに、新たに『太陽の神殿』を建ててしまいました。

    実は、元々あった『パチャカマック神殿』はこちら…。
    階段状の遺跡が『パチャカマック神殿』だそうです。
    (現在修復中)

    プレ・インカの時代最も重要だった『パチャカマック神殿』
    「Tamplo Pintado/彩られた神殿」と呼ばれ
    壁に魚やピューマ、鳥などが赤やクリーム色の塗料で描かれていたとか…。

    インカ帝国は『パチャカマック神殿』の更に上の一番高いところに、新たに『太陽の神殿』を建ててしまいました。

  • <br /><br />『太陽の神殿』の中へは入れません。。<br /><br />まわりのスロープを上へのぼって行きます。。



    『太陽の神殿』の中へは入れません。。

    まわりのスロープを上へのぼって行きます。。

  • <br /><br />日干しのレンガ(アドベ)。。



    日干しのレンガ(アドベ)。。

  • <br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />この見事な“アドベ(レンガ)”の積み上げ。。<br /><br /><br /><br /><br />インカの隙間のない“石組み”を思わされますね。。









    この見事な“アドベ(レンガ)”の積み上げ。。




    インカの隙間のない“石組み”を思わされますね。。

  • <br /><br />その“アドベ”の横を<br /><br />上って行きます。。。



    その“アドベ”の横を

    上って行きます。。。

  • <br />もうひとつ、おまけに。。<br /><br />積み上げられた“アドベ”のアップ。。。


    もうひとつ、おまけに。。

    積み上げられた“アドベ”のアップ。。。

  • <br /><br />“ El Templo del Sol ”とは<br /><br />『太陽の神殿』の意。。。



    “ El Templo del Sol ”とは

    『太陽の神殿』の意。。。

  • <br /><br />“ El Templo del Sol ”<br /><br /><br />≪ 美しい〜 ≫



    “ El Templo del Sol ”


    ≪ 美しい〜 ≫

  • <br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />丸みを帯びた“アドベ”あり…<br /><br /><br /><br />角張った“アドベ”あり…<br /><br /><br /><br />レンガらしい形の“アドベ”あり…。<br /><br /><br /><br />色々な時代の“アドベ”なのでしょうか。。。<br /><br />











    丸みを帯びた“アドベ”あり…



    角張った“アドベ”あり…



    レンガらしい形の“アドベ”あり…。



    色々な時代の“アドベ”なのでしょうか。。。

  • <br /><br />一番高いところにある<br /><br />『太陽の神殿』“ El Templo del Sol ”<br /><br />ガード(guard)がいて、近寄れません。。



    一番高いところにある

    『太陽の神殿』“ El Templo del Sol ”

    ガード(guard)がいて、近寄れません。。

  • <br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />『太陽の神殿』からではないですが…<br /><br /><br /><br />では、ここから神さまと。。。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />










    『太陽の神殿』からではないですが…



    では、ここから神さまと。。。






  • プレ・インカ時代、元々の神さまの“パチャカマク神”は、<br />“魚”だったのではないかと言われています。<br />お天気が良かったら、ここから近くの「チンチャ(くじら)島」が見渡せます。(この日はほとんど見えず…)<br /><br />海岸の近くにある「パチャカマク神殿」。。<br /><br />高台の「神殿」から海が良く見渡せます。。<br /><br />プレ・インカ時代の人々は、こうやって眺めて<br />お祈りしていたのでしょうか。。。<br /><br /><br />遺跡からも魚を模った焼き物や漁に関するものが<br />たくさん出土しているそうです。

    プレ・インカ時代、元々の神さまの“パチャカマク神”は、
    “魚”だったのではないかと言われています。
    お天気が良かったら、ここから近くの「チンチャ(くじら)島」が見渡せます。(この日はほとんど見えず…)

    海岸の近くにある「パチャカマク神殿」。。

    高台の「神殿」から海が良く見渡せます。。

    プレ・インカ時代の人々は、こうやって眺めて
    お祈りしていたのでしょうか。。。


    遺跡からも魚を模った焼き物や漁に関するものが
    たくさん出土しているそうです。

  • <br /><br />因みに、海岸沿いを走った時にバスからかすかに見えた<br /><br />「チンチャ(くじら)島」です。<br /><br />右側がくじらの頭で、左の小さな島がしっぽだそうです。



    因みに、海岸沿いを走った時にバスからかすかに見えた

    「チンチャ(くじら)島」です。

    右側がくじらの頭で、左の小さな島がしっぽだそうです。

  • <br /><br /><br /><br /><br />この日は、近くの中学生が校外学習に来ていました。






    この日は、近くの中学生が校外学習に来ていました。

  • <br /><br /><br />『太陽の神殿』のすぐ下にある<br /><br />やや広い場所(舞台?)。。




    『太陽の神殿』のすぐ下にある

    やや広い場所(舞台?)。。

  • <br /><br />ここに“くぼみ”が複数あります。



    ここに“くぼみ”が複数あります。

  • さて。。クイズです。。<br /><br />この“くぼみ”はどうやって使われたのでしょう?<br /><br />何の目的に使われたのでしょうか?

    さて。。クイズです。。

    この“くぼみ”はどうやって使われたのでしょう?

    何の目的に使われたのでしょうか?

  • <br />答えは。。<br /><br />王様や高官が、座る椅子。。。<br /><br />kuritchiも真似?してみました(笑)<br /><br />本当は、胡座(あぐら)をかいて座っていたそうですが…。


    答えは。。

    王様や高官が、座る椅子。。。

    kuritchiも真似?してみました(笑)

    本当は、胡座(あぐら)をかいて座っていたそうですが…。

  • <br /><br /><br />今度は、“アドベ”を横から。。。<br /><br />歴史を感じさせられます。。<br /><br />“アドベ”は、いろいろな事がらを見てきたのでしょうね。。




    今度は、“アドベ”を横から。。。

    歴史を感じさせられます。。

    “アドベ”は、いろいろな事がらを見てきたのでしょうね。。

  • <br /><br /><br />砂漠の中に生息する緑の植物は“ティランジア”<br /><br />空気中の水分を吸収する“エアープランツ”です。<br />(最近、日本でもよく見かけますね…。)<br /><br />砂漠と言っても、海から上がってくる蒸気で<br />空気中の湿気が高いペルーの海岸部。。<br />“エアープランツ”が生息するにはピッタリ!<br /><br />




    砂漠の中に生息する緑の植物は“ティランジア”

    空気中の水分を吸収する“エアープランツ”です。
    (最近、日本でもよく見かけますね…。)

    砂漠と言っても、海から上がってくる蒸気で
    空気中の湿気が高いペルーの海岸部。。
    “エアープランツ”が生息するにはピッタリ!

  • <br /><br />そろそろ、坂を下りて戻りましょう。。<br /><br /><br />この麓は、神官や高官、貴族にのみに許された墓地だったそうで、<br /><br />少しでも“パチャカマク神”の近くに葬られたいという願いの現れでしょうか…。<br /><br />今も、このまわりでは人骨が見つかるそうです。<br />



    そろそろ、坂を下りて戻りましょう。。


    この麓は、神官や高官、貴族にのみに許された墓地だったそうで、

    少しでも“パチャカマク神”の近くに葬られたいという願いの現れでしょうか…。

    今も、このまわりでは人骨が見つかるそうです。

  • <br />“ El Templo del Sol ”<br /><br />『太陽の神殿』<br /><br />もう一度、見上げてみました。。


    “ El Templo del Sol ”

    『太陽の神殿』

    もう一度、見上げてみました。。

  • <br /><br /><br /><br />砂漠の道を走り。。。





    砂漠の道を走り。。。

  • インカ時代に建てられた<br /><br />『 Acllahuasi/アクヤワシ・月の神殿 』へ。。<br /><br />巫女である“アクヤワシの処女(おとめ)”たちが<br />暮らしていた『月の神殿』です。<br /><br />少女たちは10歳になると<br />各地から見目麗しい者が集められ<br />“アクヤワシの処女(おとめ)”として選ばれます。<br />(ガイドさん曰く、今で言う“ミスコン”の様なものだった?)<br /><br />“沐浴場”の跡も残っています(左手前付近)<br />

    インカ時代に建てられた

    『 Acllahuasi/アクヤワシ・月の神殿 』へ。。

    巫女である“アクヤワシの処女(おとめ)”たちが
    暮らしていた『月の神殿』です。

    少女たちは10歳になると
    各地から見目麗しい者が集められ
    “アクヤワシの処女(おとめ)”として選ばれます。
    (ガイドさん曰く、今で言う“ミスコン”の様なものだった?)

    “沐浴場”の跡も残っています(左手前付近)

  • <br />こちらは、現在も残っている<br /><br />水路の跡。<br /><br />


    こちらは、現在も残っている

    水路の跡。

  • <br />“アクヤワシの処女(おとめ)”たちは<br /><br />この『月の神殿』の中で<br /><br />布を織ったり、お酒(チチャ)を造ったりして<br /><br />神様に仕え、穏やかな一生を送ったそうです。<br /><br />順番に“生け贄”にされた?!ことはなかったとか…(笑)


    “アクヤワシの処女(おとめ)”たちは

    この『月の神殿』の中で

    布を織ったり、お酒(チチャ)を造ったりして

    神様に仕え、穏やかな一生を送ったそうです。

    順番に“生け贄”にされた?!ことはなかったとか…(笑)

  • <br />売店で購入した「インカコーラ」で<br /><br />乾いた喉を、潤しましょう。。<br /><br />どこか、懐かしい味。。<br /><br />ペルーに益々、魅惑されていくkuritchiです。。<br /><br /><br />


    売店で購入した「インカコーラ」で

    乾いた喉を、潤しましょう。。

    どこか、懐かしい味。。

    ペルーに益々、魅惑されていくkuritchiです。。


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この旅行記へのコメント (2)

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  • eibonさん 2013/01/26 23:26:05
    迫力満点!
    kuritchiさん
    良いですね!魅力のある遺跡です!!!

    この茶色一色がより迫力を呼んでるようで!
    ほぼ凄みですね。

    いまだ解明されない紐文字?
    永遠の謎の方が良いのかな〜
    でも知りたいし・・・
    何れにしても中南米の文明、文化は謎だらけ☆
    お金と時間があれば研究したいですね!

    eibon

    kuritchi

    kuritchiさん からの返信 2013/01/27 00:30:17
    RE: 迫力満点!
    eibonさん、お久しぶりです。。
    ご訪問、そして書き込みいただきありがとうございます。

    > 良いですね!魅力のある遺跡です!!!

    eibonさんも、そう思っていただけましたか?
    kuritchi。。 この旅行記、結構気に入ってます(^^
    自分で“よく出来た。。”なんて、満足しちゃってます(^^;

    この遺跡は、独自性があるというか…
    心に残る遺跡でした。。

    > この茶色一色がより迫力を呼んでるようで!
    > ほぼ凄みですね。

    あの、赤い粘土質の“アドベ(レンガ)”が目に焼き付いてます。。
    迫力ありましたよ。。。
    “石”の文化も迫力ありましたが、こちらもなかなかでした。。。

    > いまだ解明されない紐文字?

    ガイドさんの説明を聞いていなかったら、全く気に留めてなかったこも知れません。でも、お話を聞いたら、このキープスが不思議でなりません。。
    なんで、こんな“ややこしい”伝達方法を取ったのかな…。そこが、また不思議。。

    > 永遠の謎の方が良いのかな〜
    > でも知りたいし・・・
    > 何れにしても中南米の文明、文化は謎だらけ☆

    ホント。。
    この“謎”の部分に、心惹かれるのかも知れませんね…。
    理解できないだけに、魅力倍増!です。。

    > お金と時間があれば研究したいですね!

    お金と時間があれば、毎年通って、色々と知りたいことがいっぱいのペルーです。。

    メキシコ、カクーン遺跡も行きたいなぁ〜♪

    kuritchi

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