2012/05/23 - 2012/06/02
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kuritchiさん
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ついに やって来ました~♪
あこがれの『遥かなるペルー』 光と影のインカ帝国。。。
リマに到着した翌日。。
この日は、「ナスカの地上絵」を見る為に、約4時間かけて
ナスカの近くのパラカスまで移動しました。
その途中で寄った「パチャカマク遺跡」
ペルーの遺跡と言えば「マチュピチュ」に代表される石の遺跡が頭に浮かびますが、「パチャカマク遺跡」は、日干レンガ(アドベ)を積み上げた遺跡。
インカ時代以前から長年“聖地”と崇められてきた広大な遺跡です。
侵入してきたスペイン人たちに破壊されましたが、現在も発掘中…。
まだまだ、ごく一部しか復元されていないとか…。
ペルーは「マチュピチュ」だけではない…。
砂漠の中に赤い日干しレンガ(アドベ)の遺跡。。
とても印象が深かった遺跡のひとつです。。。
【1日目】
伊丹 ⇒ 成田 ⇒ (ヒューストン乗換)⇒ 深夜、リマ着
≪アトン・サン・イシドロ 泊≫
◎【2日目】
リマ ⇒ パラカスへ
250㎞、 約4時間の「パンアメリカン・ハイウェイ」をドライブ
~途中、「パチャカマク遺跡」観光~
≪ ダブルツリー パラカス 泊(海の見える部屋)≫
【3日目】
ナスカ地上絵 パラカス(ピスコ)空港より出発
ホテル ダブルツリー パラカス に戻り、
串焼き&シーフードライス(“アロス・コン・ポヨ”)のランチ♪
パラカス ⇒ リマ (約4時間)
≪ アトン・サン・イシドロ 泊 ≫
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ユナイテッド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
リマを出発して、ナスカの地上絵見学の為
この日は移動日。。
約4時間かけてパラカスに移動します。
バスは「パンアメリカン・ハイウエイ」を走ります。。
「パンアメリカ・ハイウエイ」は海岸砂漠地域(コスタ)の中を走って行きます。
その途中、リマから約30?(約1時間)のところにある
「パチャカマク遺跡」に寄りました。 -
まずは、ガイドさん(Yさん)の力作の資料から…。
“アンデスのクラブサンドイッチ”
これを参考にすると、
プレ(前)・インカの時代の文化がよく分かる。。
パチャカマ文化は、プレ・インカ時代
600年頃に発生したと言われています。
そして「パチャカマク遺跡」は、
AC200年頃興ったリマ文化⇒
ワリ文化⇒チムー文化⇒インカ帝国(〜1533年)
までの長い間、“聖地”と崇められてきた遺跡。 -
バスが停まり、バスから降りた私たち。。
ガイドさんが
「これが『パチャカマク遺跡』の入り口の門です!」
???
≪ 何処 ??? ≫ -
よ〜く見ると。。。
積み上げられた建造物らしきもの。。。
そうなのです…。
この赤い日干しレンガを積み上られた建造物、門が
「パチャカマク遺跡」の入り口。。 -
ガイドさん曰く。。
「後ろを振り返っていただくと
『パチャカマク遺跡』の全景がご覧になれます。。」
言われて振り返ると…
赤い土の山。。
この赤い山が「パチャカマク遺跡」。。 -
赤い砂漠の中の風化された“壁”。。 -
そして、これが
「パチャカマク遺跡」の入り口。。 -
スペイン侵略者たちは、
長い間“聖地”として崇められてきた
「パチャカマク遺跡」に火を放ち、破壊し。。
この神殿は、砂漠の中に埋もれてしまいました。
彼らは黄金を探しましたが、
その時には皇帝アタワルパの密命により
既に、どこかに隠された後だったと言われています。。 -
私たちは、更にバスで約10分進み
この“赤い土の山”に見えた
「パチャカマク遺跡」の神殿へと向います。。 -
“赤い土の山”の神殿のふもとには
博物館がありました。
(博物館の裏には、小さな売店やWCもありました) -
1920年「パチャカマク」は、ドイツのマックス・フォン・ウーレに最初に発掘されました。
その功績を称えて、マックス・フォン・ウーレの胸像が置かれています。 -
「パチャカマク遺跡」の発掘の様子。。
2005年には、南イリノイ大学島田泉教授により、
40体以上のミイラが発見され話題を呼びました。
現在も島田泉教授が発掘を続けられており…。
島田教授の「パチャカマク遺跡」プロジェクト
↓↓↓
(http://www.pachacamac.net/)
地図と写真
↓↓↓
(http://www.pachacamac.net/photos-maps.html) -
ペルーの“考古学の父”と呼ばれる
ジュリオ・セザール・テジョ
( Julio César Tello )
彼は、パラカス文化の発掘に多くの成果を上げました。
最初に発掘したマックス・フォン・ウーレの後を受けて
「パチャカマク遺跡」発掘に深く関わったそうです。 -
博物館内にある「パチャカマク遺跡」全体の模型
先ほど“赤い土の山”に見えた『太陽の神殿』は
右上の小高い丘の一番高い部分(赤い○)になります。
この博物館は、③(手前黄色い○)にあります。
いかに広大な遺跡であるか、おわかりいただけると思います。
【博物館内は原則撮影可(フラッシュの使用不可)】 -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
青銅製?の壺
壺の底部を地面で安定させて(突き刺して?)利用したのだそうです。
(描かれている人の表情は、ナスカの地上絵のそれと似ていませんか?^^) -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
※鐙型注口土器(あぶみがたちゅうこうどき)※
プレ・インカに見られる球形の胴部から二股に分かれた
注口がひとつになる形の土器
用途は、酒器など儀礼に用いられたと考えられ、液体を別の容器に注ぐときに独特な音を発する。
(Wikipediaより) -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
仮面
発掘されたミイラに付けられていた? -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
※『キープ(ス)』※
インカ帝国は文字を持たなかったとされていますが、
その代わりの役目を果たしていたのがこの『キープ(ス)』だと言われています。
『キープ(Quipu、khipu)』とは、ケチュア語で「結び目」を意味します。
紐に結び目を付けて数を記述する方法で、
結び目の形、紐の色、結び目の位置などによって、
色々な情報が含まているそうです。
王や役人は必要な情報などをキープに記録し、
“キープカマヨック(キープ保持者)”と呼ばれた役人が
作製、解読をしていたそうです。
しかし、侵略してきたスペイン人達は
一番先のこの“キープカマヨック(キープ保持者)”を殺害してしまい、現在に至っても解読されていません。 -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
(左)『キープ(ス)』
(右) 幾何学模様の描かれた 壺 -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
酒器
チチャ(トウモロコシなどから造られた酒)をこの酒器で醸造した?
チチャの原材料を左の壺に入れ、蒸留。
蒸留されたお酒が細い管を通り
右の壺に蓄積される…。 -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
酒器の口の細工の見事なこと。。
織物を織る女性が表現されています。 -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
インカの世界観を表したポール。。
インカの世界観では三つの世界に分かれています。
コンドルが守る“天上”の世界
ピューマが守る“地上”の世界
蛇が守る“地下”の世界 -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
(左)“天上”を表わした部分
(右)“地上”を表した部分
kuritchiには、どこが“天上”らしいのか…
どこが“地上”を表しているのか
イマイチよく分かっていませんでしたが…(^^; -
「パチャカマク遺跡」博物館内展示物
織物
インカ、プレ・インカ時代の織物はどちらも
現在でも十分通用する美しいものが多かったです。 -
神殿だけでなく、
かつての館跡なども発掘されています。
博物館近くの遺跡は、実はプレインカのものだそうで…。 -
余りに広大な「パチャカマク遺跡」。。
遺跡内もバスで移動します…。
“赤い土の山”に見えた
『太陽の神殿』に向います。 -
「パチャカマク遺跡」は、まだまだ 発掘中。。
石の文化だと思っていたインカ文化の遺跡に
木の柱跡も。。
木の柱の跡はこの地域ならではの遺跡らしいです。 -
インカ時代に建設された
「Templo del Sol/太陽の神殿」や
「Acllahuasi/アクヤワシ・月の神殿」の他にも
いくつものピラミッドも発見されているそうです。 -
ようやく、神殿に近くなってきました。
道中は、文字通り凸凹(でこぼこ)道。。
バスはゆっくり走行してくれていますが、
まるで、ラクダの背中に乗っている気分。。(笑)
近付いて見上げると、神殿は階段状のピラミッド -
バスは、『太陽の神殿』に到着。。
インカの人にとって一番大切な神様の“太陽”
その神様を祀った神殿です。
その神様に会いに
この石段を登って行きましょうか。。 -
インカ時代に建設された
『Templo del Sol/太陽の神殿』
当時の『太陽の神殿』は建物全体が
真っ赤に塗られていたといわれています。 -
確かに現在も、壁の一部が赤く残っています。。
(わかられるでしょうか? 入り口の向って左側) -
「Pachacamac/パチャカマク」とは
ケチュア語で「大地の創造者」という意味で…
インカ帝国に征服される前のペルーに伝えられていた創造神。。
パチャ カマク
↓↓ ↓↓
大地、天地 宇宙、根源、創造者
後にこの地を征服したインカ帝国によって名付けられました
(それまでの名前は、伝わっていません。。)
この地を征服したインカ帝国は“パチャカマ信仰”を禁ずることなく
そのままパチャマカの信仰を認め
「パチャカマク神殿」に新しく『太陽の神殿』や『月の神殿』を建ててインカの神さまを祀ったのです。
こうして、スペイン人に侵略されるまでの長い間
「パチャカマク」は“聖地”と崇められてきました。 -
なるほど。。。
納得ですが、 ???
“太陽神”と“パチャカマク神”との関係は???
『太陽の神殿』に“パチャカマク神”は祀られていたの? -
実は、元々あった『パチャカマック神殿』はこちら…。
階段状の遺跡が『パチャカマック神殿』だそうです。
(現在修復中)
プレ・インカの時代最も重要だった『パチャカマック神殿』
「Tamplo Pintado/彩られた神殿」と呼ばれ
壁に魚やピューマ、鳥などが赤やクリーム色の塗料で描かれていたとか…。
インカ帝国は『パチャカマック神殿』の更に上の一番高いところに、新たに『太陽の神殿』を建ててしまいました。 -
『太陽の神殿』の中へは入れません。。
まわりのスロープを上へのぼって行きます。。 -
日干しのレンガ(アドベ)。。 -
この見事な“アドベ(レンガ)”の積み上げ。。
インカの隙間のない“石組み”を思わされますね。。 -
その“アドベ”の横を
上って行きます。。。 -
もうひとつ、おまけに。。
積み上げられた“アドベ”のアップ。。。 -
“ El Templo del Sol ”とは
『太陽の神殿』の意。。。 -
“ El Templo del Sol ”
≪ 美しい〜 ≫ -
丸みを帯びた“アドベ”あり…
角張った“アドベ”あり…
レンガらしい形の“アドベ”あり…。
色々な時代の“アドベ”なのでしょうか。。。 -
一番高いところにある
『太陽の神殿』“ El Templo del Sol ”
ガード(guard)がいて、近寄れません。。 -
『太陽の神殿』からではないですが…
では、ここから神さまと。。。 -
プレ・インカ時代、元々の神さまの“パチャカマク神”は、
“魚”だったのではないかと言われています。
お天気が良かったら、ここから近くの「チンチャ(くじら)島」が見渡せます。(この日はほとんど見えず…)
海岸の近くにある「パチャカマク神殿」。。
高台の「神殿」から海が良く見渡せます。。
プレ・インカ時代の人々は、こうやって眺めて
お祈りしていたのでしょうか。。。
遺跡からも魚を模った焼き物や漁に関するものが
たくさん出土しているそうです。 -
因みに、海岸沿いを走った時にバスからかすかに見えた
「チンチャ(くじら)島」です。
右側がくじらの頭で、左の小さな島がしっぽだそうです。 -
この日は、近くの中学生が校外学習に来ていました。 -
『太陽の神殿』のすぐ下にある
やや広い場所(舞台?)。。 -
ここに“くぼみ”が複数あります。 -
さて。。クイズです。。
この“くぼみ”はどうやって使われたのでしょう?
何の目的に使われたのでしょうか? -
答えは。。
王様や高官が、座る椅子。。。
kuritchiも真似?してみました(笑)
本当は、胡座(あぐら)をかいて座っていたそうですが…。 -
今度は、“アドベ”を横から。。。
歴史を感じさせられます。。
“アドベ”は、いろいろな事がらを見てきたのでしょうね。。 -
砂漠の中に生息する緑の植物は“ティランジア”
空気中の水分を吸収する“エアープランツ”です。
(最近、日本でもよく見かけますね…。)
砂漠と言っても、海から上がってくる蒸気で
空気中の湿気が高いペルーの海岸部。。
“エアープランツ”が生息するにはピッタリ! -
そろそろ、坂を下りて戻りましょう。。
この麓は、神官や高官、貴族にのみに許された墓地だったそうで、
少しでも“パチャカマク神”の近くに葬られたいという願いの現れでしょうか…。
今も、このまわりでは人骨が見つかるそうです。 -
“ El Templo del Sol ”
『太陽の神殿』
もう一度、見上げてみました。。 -
砂漠の道を走り。。。 -
インカ時代に建てられた
『 Acllahuasi/アクヤワシ・月の神殿 』へ。。
巫女である“アクヤワシの処女(おとめ)”たちが
暮らしていた『月の神殿』です。
少女たちは10歳になると
各地から見目麗しい者が集められ
“アクヤワシの処女(おとめ)”として選ばれます。
(ガイドさん曰く、今で言う“ミスコン”の様なものだった?)
“沐浴場”の跡も残っています(左手前付近) -
こちらは、現在も残っている
水路の跡。 -
“アクヤワシの処女(おとめ)”たちは
この『月の神殿』の中で
布を織ったり、お酒(チチャ)を造ったりして
神様に仕え、穏やかな一生を送ったそうです。
順番に“生け贄”にされた?!ことはなかったとか…(笑) -
売店で購入した「インカコーラ」で
乾いた喉を、潤しましょう。。
どこか、懐かしい味。。
ペルーに益々、魅惑されていくkuritchiです。。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- eibonさん 2013/01/26 23:26:05
- 迫力満点!
- kuritchiさん
良いですね!魅力のある遺跡です!!!
この茶色一色がより迫力を呼んでるようで!
ほぼ凄みですね。
いまだ解明されない紐文字?
永遠の謎の方が良いのかな〜
でも知りたいし・・・
何れにしても中南米の文明、文化は謎だらけ☆
お金と時間があれば研究したいですね!
eibon
- kuritchiさん からの返信 2013/01/27 00:30:17
- RE: 迫力満点!
- eibonさん、お久しぶりです。。
ご訪問、そして書き込みいただきありがとうございます。
> 良いですね!魅力のある遺跡です!!!
eibonさんも、そう思っていただけましたか?
kuritchi。。 この旅行記、結構気に入ってます(^^
自分で“よく出来た。。”なんて、満足しちゃってます(^^;
この遺跡は、独自性があるというか…
心に残る遺跡でした。。
> この茶色一色がより迫力を呼んでるようで!
> ほぼ凄みですね。
あの、赤い粘土質の“アドベ(レンガ)”が目に焼き付いてます。。
迫力ありましたよ。。。
“石”の文化も迫力ありましたが、こちらもなかなかでした。。。
> いまだ解明されない紐文字?
ガイドさんの説明を聞いていなかったら、全く気に留めてなかったこも知れません。でも、お話を聞いたら、このキープスが不思議でなりません。。
なんで、こんな“ややこしい”伝達方法を取ったのかな…。そこが、また不思議。。
> 永遠の謎の方が良いのかな〜
> でも知りたいし・・・
> 何れにしても中南米の文明、文化は謎だらけ☆
ホント。。
この“謎”の部分に、心惹かれるのかも知れませんね…。
理解できないだけに、魅力倍増!です。。
> お金と時間があれば研究したいですね!
お金と時間があれば、毎年通って、色々と知りたいことがいっぱいのペルーです。。
メキシコ、カクーン遺跡も行きたいなぁ〜♪
kuritchi
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