2012/10/27 - 2012/10/27
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KawakamiKenさん
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熊本城に行ってきました。
ずっと行きたかった日本三名城の一つである熊本城。
今回の九州旅行の目的の1つでした。
古いわけではないのですが魅力があります。
実際に行ってみると石垣だらけの城といった感じです。
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夜に長崎から熊本へ到着。
※ 写真は翌日のもの。 -
熊本駅です。
※ 写真は翌日のもの。 -
熊本城近辺です。
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正面は 「横井小楠」 。
後列は左から 「坂本龍馬、勝海舟、松平春嶽、細川護久」 です。 -
「谷干城」 の銅像。
「熊本鎮台司令長官」 で 「西南戦争」 にて熊本城を死守した人。 -
「須戸口門」 です。
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ここから入場。
「熊本城・旧細川刑部邸共通入場券」 で 「640円」 とお得。 -
天守閣に一番遠い入口を選んだのかもしれません。
側面は日本一長い「長塀(242m)」ですが、外から見ないとわかりません。
長いので 「流鏑馬」 なんかも行われます。 -
「竹の丸」 辺りです。
「飯田丸五階櫓」 が見えてきました。 -
「南側」 では、ここが 「正面」 かな・・・
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「日本三大名城」 の1つ 。
他は、
「名古屋城」
「大坂城」
です。 -
「難攻不落」 の 「鉄壁の城」 です。
過剰すぎる石垣の量と櫓と言われてます。 -
「独立櫓跡(どくりつやぐらあと)」 です。
「櫓」 は全てで 「60」 もありました。 -
「枡形」 の作りです。
直線ではなく、「90度」 の曲がってます。
当然、「敵」 の侵入を防ぐためです。 -
幾重にも屈曲した通路を通らないと、上段へは行くことができませんでした(HP)。
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「5重」 の 「枡形」 を抜けます。
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「二様の石垣(にようのいしがき)」 。
「左側」 が加藤清正が造ったもの(穴太積)。
「右側」 が、その後に細川忠利が造ったもの(算木積)。 -
細川忠利が 「本丸御殿」 を増築するために石垣を付け足しました。
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この木は 「桜」 です。
「日本さくら名所100選」 に選定されています。 -
天守閣へ向かう前に、
「飯田丸五階櫓」 に寄ります。 -
重臣の「飯田覚兵衛」 が管理していた櫓なので 「飯田丸」 です。
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平成17年と、新しく再建された櫓です。
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入り口付近です。
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外の眺め。
歩いてきた場所が一望できました。 -
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職人が遊び心で彫った 「梟(ふくろう)」 があります。
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特別に見せてくれた、本来の「出入口」です。
蓋ができて敵に攻められにくいようになってます。 -
本丸の 「天守閣」 へと向かいます。
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「熊本城おもてなし武将隊」 でしょう。
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「竹の丸」 「飯田丸」 を通ってきて 「本丸」 です。
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「清正流石垣」 が有名です。
始め緩やかな勾配のものが上部に行くにしたがって垂直に近くなる「武者返し」と呼ばれる形状の石垣を多用している(ウィキペディア)。
要は登りにくいってことか。 -
天守は、
「連結式望楼型」 、
大天守は、
「3重6階地下1階」
です。 -
この辺りは 「千葉城・隈本城」 が建ってました。
そこに、「加藤清正」 が 「1591年」 に築城を開始。
「1600年(諸説あり)」 に完成しました。 -
戦国時代とと違って平和な 「江戸時代」 にはコストがかかり大変だった模様。
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西南戦争で一部の建物を残して天守を含む御殿や櫓など主要な建物を焼失した(ウィキペディア)。
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秋には 「銀杏」 が多くなるそうです。
別名は 「銀杏城(ぎんなんじょう)」 。 -
怪力無双の横手五郎が、花岡山から首にかけて運んできた石だそうです。
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郷土料理の 「いきなり団子」 を売ってます。
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団子の中に 「サツマイモ」 が入ってます。
美味しかったです。 -
日本人ガイドが止てましたが 「韓国人観光客」 が石垣に登っています。
日本人ガイドは怒って帰ってしまいました。
降りてるところで、実際は、もっと高く登ってました。 -
城の入場は、「本丸御殿」 の下の 「闇り通路」 を通って向かいます。
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本丸御殿の真下です。
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やっと一番の撮影スポットに到着。
集団で並んで 「記念撮影」 をする所でもあります。 -
熊本城は、清正の朝鮮出兵の経験から 「籠城戦」 を想定して造られてます。
井戸が 「120」 あったり、城の壁も食べられる「かんぴょう」が使われてたそうです。 -
ここが入口です。
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現在の天守閣は 「1960年(昭和35年)」 に復元されたもの。
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この人も 「熊本城おもてなし武将隊」 か。
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背景には 「一口城主の寄付金」 の名が連なってます。
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「加藤清正公」 です。
「虎退治」 で有名なんですが弱そう。 -
当時の 「江戸城」 と並んでの大きさだったそうです。
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復元なので、城内は博物館です。
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「清正流石垣」 の説明です。
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「最上階」 です。
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「宇土櫓」 です。
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天気が良ければ、「阿蘇山」 が望めます。
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「銀杏の木」 が見えます。
別名 「銀杏城(ぎんなんじょう」 の由来です。 -
「本丸御殿大広間」 です。
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小天守を撮ります。
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次は 「小天守」 へ登ります。
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「小天守」 の一番上階です。
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大天守を撮ります。
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「本丸御殿大広間」 の入口。
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「平成20年4月20日」 より公開の新しい広間です。
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加藤清正によって創建され、その後 「細川家」 が使用 。
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清正の子の 「加藤忠広」 が改易され、「細川忠利」 が入城 。
「加藤家」 は「豊臣家の子飼い」 の武将だったので改易やむなし。 -
「大台所」 です。
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当時の大きさの 「3分の1の再現」 だそうです。
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一番のウリ 「昭君之間(しょうくんのま)」 です。
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加藤清正が 「豊臣秀頼」 を匿うための部屋だとも言われてます。
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「しょうくんのま → しょうぐんのま」
といった清正は 「ダジャレ好き(隠語)」 だったのか・・・ -
豪華で、かつ格式がありますね。
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総事業費は 「約54億円」 です(HPより)。
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近くにいる監視の人の説明では
「漆塗りの折上げ格天井」
を是非見てほしいとのことです。 -
「王昭君(おうしょうくん)」 の物語が描かれてます。
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この人が 「王昭君」 。
「楊貴妃・西施・貂蝉」 と並ぶ 「古代中国四大美人」 の一人に数えられてます。 -
「銀杏の木」 です。
籠城戦の供えての 「非常食」 として植えられました。
ただし、「雄」 なので 「実」 を付けないんだそうです。 -
「宇土櫓」 へ向かいます。
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熊本城は焼けてしまって古くないお城です。
しかし、「宇土櫓」 は焼け残った唯一の櫓です。 -
「重要文化財」 です。
関係者は 「国宝」 にと頑張って動いているようです。 -
内部です。
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櫓から見た天守閣 。
工事中なのが残念。 -
「大天守」 。
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「小天守」 。
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「数寄屋丸二階御広間」 です。
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主に接客用として茶会、歌会、能などを楽しんだ建物です(HP)。
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「平成元年」 に復元されました。
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「頬当御門(ほほあてごもん)」 辺りです。
ここから入場する方が多い模様。 -
「宇土櫓」 です。
櫓なのに 「天守閣」 ほどあるとよく言われます。 -
「内堀」 ですが水はなし。
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少し歩くと、おそらく 「備前堀り」 です。
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「加藤清正公」 の銅像。
清正の銅像は各地にある模様。 -
兜は 「長烏帽子形兜(ながえぼしなりかぶと)」 。
「賤ヶ岳の七本槍」 でも有名。 -
「加藤清正」 は 「190?」 の大男でした。
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「熊本城」 と 「加藤清正」 。
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「二の丸」 辺り。
撮影のスポットです。 -
「西側二の丸」 から
左から 「宇土櫓、小天守閣、大天守閣」 です。 -
場所は変わって、
「北十八間櫓」 辺りです。 -
高さが 「約20m」 にもなる石垣です。
奥には 「櫓群」 が連なってます。 -
「不開門(あかずのもん)」 辺りと思われます。
開かずの門ですが、ここからも入場できます。 -
最後の1枚。
熊本城の 「石垣」 には圧倒されっぱなしでした。
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