2012/10/19 - 2012/10/19
390位(同エリア1141件中)
くまゆさん
1日目の後半です。
高野山の麓、慈尊院から町石道を歩いて(歩いたのは少しだけですけど)高野山に着き、奥の院に来ました。
去年の春にも行きましたが、特別な空気感を改めて強く感じました。
パワースポット・ブームに興味ない私でも、ここは”霊気”という言葉を使いたくなります。
前回は小さなお地蔵さんを表紙にしたので、今回はお墓の写真。
明智光秀の墓です。
何回建て直してもひびが入るという……
トレックトラベル
http://www.trektravel.co.jp/ttour.htm
旅程(→は、電車や車での移動 ⇒は、徒歩)
1日目:新大阪→日根野駅→慈尊院⇒丹生官省符神社→丹生都比売神社→花坂⇒(町石道1時間)⇒車道出合→高野大門→奥の院口⇒(1.5時間)⇒奥の院前→宿坊
2日目:宿→壇上伽藍⇒金剛峯寺→龍神→本宮→発心門王子⇒(熊野古道3時間)⇒熊野本宮大社⇒大斎原→川湯温泉
3日目:宿→熊野速玉大社→神倉神社→大門坂→那智大社・青岸渡寺→那智の滝→紀伊勝浦駅→新大阪
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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一の橋から入って、振り返りました。
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すぐにお墓が!
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前回は会えなかったお坊さまに遭遇しました!
失礼して、一枚。
有難うございました。 -
可愛い赤い実、発見!
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お、たくさん!!
お墓の写真を始める前に、このようなショットを集めます。 -
苔 もえ〜♪
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前回の表紙にした小さいお地蔵さんがあまりにも可愛かったので、今回もたくさん撮りました。
でも、前回と同じのは見つかりませんでした。
まめに着せかえられているのかもしれませんね。
どなたがなさっているんでしょう。 -
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イチオシ
この迫力あるお顔!!
今回のイチオシです。 -
ここからお墓を始めます。
といっても、小さいお地蔵さんに比べて、熱意がありませんので、あしからず。
実際に見て、お、こんな人のが! と発見してくださいな。 -
江崎グリコのお墓に立派な名刺受けが。
便利なようだけど、チェックが怖いかも… -
弘法大師が腰かけて休んだという「腰かけ石」
そんなに古くは見えないけど… -
上杉謙信廟
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表紙の明智光秀墓
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イチオシ
何度建て直しても割れるという石!
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市川団十郎の墓
前のお地蔵さんの衣装がおしゃれ! -
中間点、中の橋を渡ると左に「汗かき地蔵堂」があります。
このお地蔵さん、世の中の人々の苦しみを身代わりになり、一心に受けているので、いつも汗をかいているんだそうです。 -
汗かき地蔵のお堂の右に「姿見の井戸」があります。
この井戸を覗きこんで自分の顔が映らなければ、三年以内に死んでしまうと言われているんだそうです。
覗いたら…… 見えました。
水が多ければ、見えると中野さん。
そういうことね。
前回は気がつかずに通り過ぎた所です。
ガイドさんがいる利点ですね。 -
こんな石段もあります。
横の杉の脚がすごい! -
ここを左に曲がると、江姫の墓があります。
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崇源院:徳川秀忠夫人(江姫)の墓
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駿河大納言忠長が慈母(江姫)の追善供養のために1627年に建てたもので、奥の院で一番大きい(6.6m)ことから、「一番石」と呼ばれている、そうです。
ふ〜ん、家光(竹千代)じゃなく、忠長(国松)が建てたのね。
忠長にとっては慈母だったけど、家光にとっては慈母じゃなかったんでしょうね。
お江の死後、忠長は高崎で自害させられたとか。
しかもその墓は家光の死ぬまで造らせず、出来てからも鎖で繋がれていたとか。
昔の人は徹底していますねぇ。 -
千姫の墓もあります
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横に本多家墓所が。
気持ち、手抜き? -
前回、やたら立派なのに驚いて、結城秀康って誰? と書いたまま、調べなかったものを今回はwikiで調べました。(徳川家康の次男であることは札で分かります)
母は、家康の正室・築山殿の奥女中、於万の方。
双子であったという説があり、そのため家康は3歳になるまで体面を拒否していた。(双子は「畜生腹」として嫌われていたため)
対面を取りなしてくれた、兄・信康が切腹させられた後、秀康は秀吉のもとに養子(人質)として出された。(だから、「秀康」になった)
秀吉に実子が生まれた後、北関東の名門結城家の婿となり、関ヶ原の戦いの功により、越前65万石に加増・移封された。
武勇抜群、体躯が良く、謙譲の心も大であったと、wikiは逸話で書いています。 -
この案内板では、「松平秀康」になっています。
「松平秀康及び同母霊屋」 重文
向かって右が越前松平家初代当主である秀康を祀る霊屋で、1607年に二代当主忠直によって建立されました。
左側は秀康自身が母公を祀るために1604年に建立したものです。
その当時の粋を凝らし、幅奥行き共7.5mの二基の石廟を並べ、瓦や壁はもちろん、内部の柱や棟木、扉に至るまで全て石造りとし、木材はほとんど使用されていません。壁面に掘りだされたレリーフを含め当時の技術の高さを感じさせます。 -
左が、秀康が母を祀ったもので、右が息子が秀康を祀ったものなんですね。
立派なんだけど、違和感があるのは、普通の建物の形をしているのに扉も含めて全て石造りだからでしょうか。
この中で御霊は安らげるんでしょうか。
忠直は大坂夏の陣の論功行賞の不満から乱行が目立ち、隠居・配流・謹慎になったというし、気のせいか、、、ちょっと怖い。 -
御廟に近づき、右の道の向こうを見ると、無縁仏の塚が見えます。
南無阿弥陀仏 -
御廟橋の手前、右に水かけ地蔵があります。
外人の男の子二人が熱心に? 面白そうに? 水をかけてまわっていました。 -
可愛いので、熱心に? しつこく? 写真を撮っていたら、気がつかれてしまいました。
ごめんなさい、でも、可愛かったのよ、おばさんは。 -
御廟橋(みみょうのはし)
これから先は、写真撮影は出来ません。
中は、本当に特別な雰囲気で、写真が撮れないのは残念ではありますが、それでいいのだと思わされます。
とか言って、つい忘れてシャッターを押して、注意されたのは誰?
しーーー! -
御廟から戻り、橋を渡ったので、川の中の不思議なものを撮影。
これは、なんでしたっけ? 中野さん -
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御供所の前の手を洗う水盤の上に、可愛いものがぶらさがっています。
中野さんにお聞きしたら、なんと手をふくタオルだそうです! -
浅野内匠頭墓所
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これは、なんでしたっけ?
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楽書塚(落書き塚)
右の本のような形の石に、落書きをしていいのだそうです。 -
阪神・淡路大震災の慰霊塔です。
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その向かいに、東日本大震災の慰霊塔を作っていました。
そうです。
是非、慰霊しましょう。 -
企業の墓、やめようと思っていましたが、一つだけ。
シロアリを駆除する会社が
「しろあり やすらかにねむれ」
好きですねぇ、こういうの。 -
今晩の宿坊
遍照光院
(写真は翌朝) -
左が本堂
(これも翌朝) -
これは、夕方着いた時
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お庭(翌朝)
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お部屋
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お部屋の窓から
バケツの行列のようなものは、樋でしょうか?
でも、なんで?? -
お食事の広間
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夕飯
美味しい精進料理でしたが、一乗院に比べると…
比べちゃいけないんですよね、お値段が違うんですよ。
でも、一乗院も一泊12000円ぐらいですから、そんなに高くないです。
このページの下のほうにある高野山周辺のホテルのところにも、一乗院があると思います。
美味しい精進料理が食べたい方にはお薦めですよ、一乗院。 -
ついでに、朝食です。
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この旅行記へのコメント (1)
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- ももであさん 2012/12/01 19:24:58
- 墓男
- うちの近所で、ぼくもしょっちゅう訪れている
大津市の西教寺が、光秀と一族の墓の大元です。
またWikiのデマ情報化と一瞬思ったら、
http://www.m-network.com/sengoku/haka/akechi450h.html
http://www.m-network.com/sengoku/haka/akechi640h2.html
お〜、あちこちに分骨しているって訳ですか。
ちょっぴりお勉強になりました。
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