萩旅行記(ブログ) 一覧に戻る
9月26日<br /><br />5時には起きだしてしまった。半袖でジャンパーを羽織ればいいと思っていたのだが、肌寒い。長袖を出して、さらにベストを着、ご丁寧に長いズボン下まではいた。これじゃ〜、完全な冬支度だ。もっとも新幹線の車内は風が当たるから、このくらいでもいいか。恒例のやきものを訪ねる旅。今回は萩焼を訪ねて萩、長門をめぐる。総勢7人。<br />                                               <br /><br />萩焼というと萩だけと思いがちだが、長門の深川にも同じ歴史をもつ萩焼の里はある。「一楽、二萩、三唐津」と茶人たちに愛されてきた。<br /><br /><br />萩の土は瀬戸内側に近いところでとれる大道土、これに萩から海上およそ40kmにある見島でとれる鉄分を含んだ見島土を混ぜる。釉薬をかけ登り窯で焼く。ただし何日もかけて焼くのではなく、1日かそこらの焼成、だから言ってみれば生焼け状態、それが萩独特の柔らかさを出している。萩の「七化け」という言葉がある。使っているうちに色合いや光沢が変化していくさまが楽しめるからである。<br /><br />                                                <br />小田原からひかり、名古屋でのぞみに乗り換える。乗換まで時間を利用してお弁当を選んでいる。名古屋コーチンの弁当とお茶を買った。11時半ごろお弁当を開いた。一口食べる。炊き込みご飯の味は美味しい。けど・・弁当だから冷えても美味しいように濃く味付けされていることは百も承知だが、濃い味付けに慣れていないので、さすがにのどが渇いた。お茶をがぶがぶ飲んだ。でもまだのどが渇く。ちょうど電光掲示板で車内販売のアイスクリームの宣伝をしていた。そこへ売り子さんがやってきた。「あの電光掲示板のアイスある?」「あります」「じゃ~、それ頂戴」と買った。アイスなんて日頃食べることは皆無なのだが。こちこちなので、手で温めながら、溶ける間、表示をじっくり眺めている。内容は悪くない。こそげるようにして舐めるので、のどの渇きをいやすには足りない。思い切って大きな塊を口に放り込んだ。とたん、虫歯にしみて痛い!参ったな。<br /><br />                                               <br /><br />12時37分、新山口の改札口に藤本運転手さんが、ステッカーを持って待っていてくれた。お世話になります。よろしく!3日間、同じく藤本さんの担当。みな、萩は何度も訪れているけど、窯元巡りは初めてなので、三輪清雅堂さんに案内をお願いしてある旨を伝える。<br /><br />                                              <br /><br />今日の宿、萩一輪に前もって荷物だけ預かってくださいと頼んでおいた。みながトイレを借りている間に、海に面したロビーから夕日が見えるのを確認して、外に出ると、道路の向こう側に豆子郎の販売店があるのに気がついた。あとで買ってみよう。<br /><br /><br />さっそく三輪清雅堂へ向かった。お城の近くを通って、寺町を通って、あれ、と思う内に三輪さんのお店の前に着いた。こんなに近いんだ、というのが初印象。この来るまでに近かったという思い込みが後でとんでもないしっぺ返しとなって返ってくることになるのだが。三輪さんが出迎えてくれた。三輪さんは思ったより若かった。ジャンボタクシーは今日はここまで。<br /><br />                                              <br /><br />三輪さんに案内をお願いしたのは、萩観光協会の「萩ぶらり」に紹介されていたのを見つけたからだ。結論から言えば、三輪さんに案内をお願いしたのは正解だった。三輪さんの説明もよかったし、朝鮮半島から唐津、萩、美濃と地層がつながっているのだと地質の説明までしてもらった。私たちだけだったら、この3軒の窯元は行かれなかったろう。<br /><br />                                               <br /><br />タクシーと三輪さんの車に分乗して、先ず案内されたのが波多野指月窯。静かな屋敷街にある。通りに面した飾棚には、備前や信楽を思わせるような大きな壺、火色の大鉢、茶碗、そして花を生けた花瓶が飾ってあった。<br /><br /><br /><br />ガラス戸を開けると、そこはギャラリー。作品が並んでいた。作品を眺めていると、三輪さんが連絡してくれていたのだろう、陶芸家の波多野善蔵さんが出て見えた。応接室に招かれ、夏ミカンの砂糖菓子とお薄をいただいた。波多野さんは、お顔も話し方もとても優しい。壁に一見、東山魁夷のような雰囲気の絵がかかっている。視線に気がついて波多野さんが説明してくれた。この作者は、東山魁夷の友人で、絵具も同じものを使っている。絵は萩の○○(忘れた)を描いたものだそう。夜のしじまの中に明かりを灯した館が池の水面に映っている情景を金泥で描いている。<br />いろいろ伺った。大道土と見島土を主原料に、小畑土やみたけ土は強度を高めるために使うのだそうだ。ぐい呑みを2個買った。陳列してある店内を撮るのはさすがに遠慮した。<br /><br /><br />波多野指月窯:<br />http://www.hagishi.com/search/detail.php?d=700004<br /><br />萩焼の歴史はここに<br />http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%A9%E7%84%BC<br /><br />(開けるのが面倒な人のために簡単に説明しておくと、「やきもの戦争」と言われた慶長の役(秀吉の朝鮮出兵)で朝鮮半島から多くの陶工を各藩が連れ帰って、窯を築かせた。毛利藩も例外ではなく、朝鮮人陶工、李勺光(山村家)李敬(坂家)の兄弟を連れ帰った。関ヶ原の戦いで西軍についた毛利藩は、領地を3分の1に減らされる。そこで広島から萩に移る。李兄弟も萩に移り、窯を築いたのが始まりとされている)<br /><br />                                               <br />続いて晴雲山岡田窯に行った。<br /><br />先ずは裏手にある登り窯を見た。三輪さんの説明だと、現役で働いている登り窯では、一番古いものだという。窯焚きが終わったばかりらしく、そばに寄ると、熱気が伝わってくる。萩の登り窯はだいたい20時間ぐらいの焼成、だから生焼け状態なので独特の柔らかさが出るのだそうだ。<br />外には、水簸した粘土が水切りのために並べられていた。水分が残っているせいか、黄土色が濃かった。見島土の含有量が多いのかも。そっと触れてみるとまだ柔らかすぎた。<br /><br />店内に入ると、先ず目が行ったのは大きな壺。白い地に褐色や炭の雲のようなデザインがムードを出している。このムード、何かを感じる。と、三輪さんが「シルクロードを表現されています」と説明してくれた。何か感じたのはシルクロードの褐色の大地と大地に影を落とす雲だったのか、と思った。心惹かれたが、もうこういう大物は飾りようがない。菊池ビエンナーレ展で大賞を受賞されたとかで、そのポスターが飾ってあった。「菊池ビエンナーレって?」「智美術館です」と三輪さん。「あ〜虎の門のね、二度行ったことがある。一度は楽さんの作品展、2度目は真鶴の陶芸家の・・・あら、名前が出てこない、岩に住んでいる方なんだけど・・」<br />「そんな方、真鶴にいらっしゃるのですか?」「えぇ、小松石を陶器にしたり、大きな精緻な花を作ったりしていますよ」<br />岡田裕さんも出て見えた。ここでもお抹茶を頂いた。お茶碗は手の中にすっぽり包まれて誠に持心地がいい。<br /><br />夫のために大きめの湯のみをコーヒー用に買った。自分用に火色の地に白い点、通称蛍の茶碗を買った。うふ、奥さんに美味しい地酒の銘柄を伺った。晩酌のために。<br /><br />登り窯の中で、釉薬をかけられた陶器は、還元や酸化の炎に焼かれる。それによってさまざまな表情の萩焼が生まれる。もちろんプロはそのあたりは熟知して、効果をねらうわけだが、なるほど、萩は奥深い。と萩に対する認識を新たにした。窯変と呼ばれる赤は、焚口の次の部屋でないと出ないのだそうだ。<br />                                                 <br /><br />岡田窯:<br />http://www.hagi.machi-navi.jp/html/hagiyaki_43.html<br /><br />天寵窯を訪ねた。すぐギャラリーに入ったが、その斬新さに目を奪われた。普通、茶器は轆轤をひいて作品を作る。天寵窯の兼子昌尚さんは、三輪さんの言葉を借りるなら、「萩の作陶の歴史始まって以来初めて、粘土の塊を刳りぬいて作品を作り上げている」のだそうだ。フォルムの斬新さも目を引いたが、釉薬の白にも心奪われた。当然ながら値段は高い。ほしいのはまやまだが、カードが効かない。で、明日もある、とぐっとこらえた。またの出会いはあるだろう。兼子昌尚さんの作品をメトロポリタン美術館が買い上げたそうだ。あ〜わかるな。<br /><br />天寵窯 :<br />http://www.hagishi.com/search/detail.php?d=700069<br />http://www.gallery-kurimoto.co.jp/kaneta_masanao.htm<br /><br />三輪清雅堂に戻った。座敷に通され、素敵なティカップに入れられた紅茶をいただいた。お薄ばかりいただいていたので、紅茶は美味しかったし、ほっとした。三輪さんが本阿弥光悦の話をしてくれた。そして三輪さんが所蔵する5点の光悦の茶碗を見せ、触らせてくれた。本阿弥光悦は学校では習ったが、それほど造詣があるわけではない。京都の楽家の「お茶わんや」ののれんが光悦の書であることぐらいしか知らない。三輪さんは光悦の研究家である。案内を頼んだとき、それを知ってつけ刃的に光悦のことは調べてはきたが。<br /><br />三輪清雅堂:<br />http://hagi-miwa.com/<br /><br />本阿弥光悦:<br />http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E9%98%BF%E5%BC%A5%E5%85%89%E6%82%A6<br /><br />                                               <br /><br />参考:<br /><br />国宝に指定されている茶碗は8個。うち、国産は2個。<br />1.【国宝】志野茶碗 銘 卯花墻(三井文庫)桃山時代<br />http://www.mitsui-museum.jp/collection/collection.html<br /><br />2.【国宝】楽焼白片身替茶碗 本阿弥光悦作 銘 不二山(サンリツ服部美術館)桃山時代<br />http://www.sunritz-hattori-museum.or.jp/masterpieces/index.html<br /><br />3.【国宝】曜変天目茶碗(静嘉堂文庫美術館)南宋時代<br />http://www.seikado.or.jp/040201.html<br /><br />4.【国宝】曜変天目茶碗(龍光院)南宋時代<br />http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E5%85%89%E9%99%A2_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E5%8C%97%E5%8C%BA)<br /><br />5.【国宝】曜変天目茶碗(藤田美術館)南宋時代 <br />http://www.city.okayama.jp/museum/fujita/yohen-tenmoku.html<br /><br />6.【国宝】玳玻天目茶碗(承天閣美術館)南宋時代<br />http://www.shokoku-ji.jp/j_nyukan.html<br />http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=71152<br /><br />7.【国宝】油滴天目茶碗(大阪市立東洋陶磁美術館)南宋時代<br />http://www.emuseum.jp/detail/100022?d_lang=ja&amp;s_lang=ja&amp;word=%E6%B2%B9%E6%BB%B4%E5%A4%A9%E7%9B%AE&amp;class&amp;title&amp;c_e&amp;region&amp;era&amp;cptype&amp;owner&amp;pos=1&amp;num=1&amp;mode=simple&amp;century<br /><br />8.【国宝】井戸茶碗 銘 喜左衛門(孤篷庵)李朝時代<br />http://homepage3.nifty.com/yakimono_gallery/2007_koten/ohido_kizaemon.htm<br /><br />                                              <br /><br />光悦の「不二山」は諏訪湖のサンリツ服部美術館が所蔵している。萩に行く前に見たいと思って、美術館に問い合わせると「不二山」の展示は、私たちが出発する前日からの展示なので、帰ってから行くことにした。<br /><br />三輪さんの光悦研究によると、三輪さんが所蔵している光悦の茶碗も「不二山」も萩で焼かれたものではないかという。多くの文献、歴史的背景、そして三輪さんが所蔵している5碗の光悦作の茶碗との類似性、方向性をあげて、証拠づけている。歴史のミステリーだねぇ、と野次馬は喜んでいる。<br />                                                 <br /><br />5時半、夕食を6時半にお願いしてあるから、その前までには帰らないと旅館に悪いから、と外に出る。車で送ってるくれるというのを、近いからぶらぶら歩いて帰ります、と断って歩き始めた。日暮れていく町並みは風情がある。シャッターを切りながら歩いているうちはよかったが、だんだん腰が痛くなってきた。それからが長かった。宿に着いたのが6時過ぎていた、30分以上歩いたことになる。目の前の豆子郎は6時閉店、もう間に合わない。明日にしよう。<br /><br />フロントが食事の時間を7時にしてくれた。部屋は4人用と3人用の2部屋。私は初めに入った4人部屋からもう動かない。汗をかいたので、着替えて、顔を洗った。あ~疲れた。1年分歩いた。<br /><br />疲れた上に、ちょっとばかりだがお酒を呑んだので、いい気分になって、お料理をこと細かく覚えていない。写真も撮らなかったようだ。もっとも撮っているうちにいつも酔っぱらってしまい、最後まで撮ることはなかなか。特注したから、ふぐのたたきだけは覚えている。さっとあぶって、引いてあるのだそうだ。初めて食べたが美味しかった。その頃になってようやく夕日百選の夕日の宿に来て夕日を見なかったことに気がついた。夕日は歩いているうちに沈んでしまったのかもしれない。あ〜あ。<br /><br />萩一輪:http://www.hagi-ichirin.co.jp/<br /><br /><br /><br />

萩・長門をたずねて

6いいね!

2012/09/26 - 2012/09/28

635位(同エリア943件中)

0

17

buchijoyce

buchijoyceさん

9月26日

5時には起きだしてしまった。半袖でジャンパーを羽織ればいいと思っていたのだが、肌寒い。長袖を出して、さらにベストを着、ご丁寧に長いズボン下まではいた。これじゃ〜、完全な冬支度だ。もっとも新幹線の車内は風が当たるから、このくらいでもいいか。恒例のやきものを訪ねる旅。今回は萩焼を訪ねて萩、長門をめぐる。総勢7人。
                                               

萩焼というと萩だけと思いがちだが、長門の深川にも同じ歴史をもつ萩焼の里はある。「一楽、二萩、三唐津」と茶人たちに愛されてきた。


萩の土は瀬戸内側に近いところでとれる大道土、これに萩から海上およそ40kmにある見島でとれる鉄分を含んだ見島土を混ぜる。釉薬をかけ登り窯で焼く。ただし何日もかけて焼くのではなく、1日かそこらの焼成、だから言ってみれば生焼け状態、それが萩独特の柔らかさを出している。萩の「七化け」という言葉がある。使っているうちに色合いや光沢が変化していくさまが楽しめるからである。

                                                
小田原からひかり、名古屋でのぞみに乗り換える。乗換まで時間を利用してお弁当を選んでいる。名古屋コーチンの弁当とお茶を買った。11時半ごろお弁当を開いた。一口食べる。炊き込みご飯の味は美味しい。けど・・弁当だから冷えても美味しいように濃く味付けされていることは百も承知だが、濃い味付けに慣れていないので、さすがにのどが渇いた。お茶をがぶがぶ飲んだ。でもまだのどが渇く。ちょうど電光掲示板で車内販売のアイスクリームの宣伝をしていた。そこへ売り子さんがやってきた。「あの電光掲示板のアイスある?」「あります」「じゃ~、それ頂戴」と買った。アイスなんて日頃食べることは皆無なのだが。こちこちなので、手で温めながら、溶ける間、表示をじっくり眺めている。内容は悪くない。こそげるようにして舐めるので、のどの渇きをいやすには足りない。思い切って大きな塊を口に放り込んだ。とたん、虫歯にしみて痛い!参ったな。

                                               

12時37分、新山口の改札口に藤本運転手さんが、ステッカーを持って待っていてくれた。お世話になります。よろしく!3日間、同じく藤本さんの担当。みな、萩は何度も訪れているけど、窯元巡りは初めてなので、三輪清雅堂さんに案内をお願いしてある旨を伝える。

                                              

今日の宿、萩一輪に前もって荷物だけ預かってくださいと頼んでおいた。みながトイレを借りている間に、海に面したロビーから夕日が見えるのを確認して、外に出ると、道路の向こう側に豆子郎の販売店があるのに気がついた。あとで買ってみよう。


さっそく三輪清雅堂へ向かった。お城の近くを通って、寺町を通って、あれ、と思う内に三輪さんのお店の前に着いた。こんなに近いんだ、というのが初印象。この来るまでに近かったという思い込みが後でとんでもないしっぺ返しとなって返ってくることになるのだが。三輪さんが出迎えてくれた。三輪さんは思ったより若かった。ジャンボタクシーは今日はここまで。

                                              

三輪さんに案内をお願いしたのは、萩観光協会の「萩ぶらり」に紹介されていたのを見つけたからだ。結論から言えば、三輪さんに案内をお願いしたのは正解だった。三輪さんの説明もよかったし、朝鮮半島から唐津、萩、美濃と地層がつながっているのだと地質の説明までしてもらった。私たちだけだったら、この3軒の窯元は行かれなかったろう。

                                               

タクシーと三輪さんの車に分乗して、先ず案内されたのが波多野指月窯。静かな屋敷街にある。通りに面した飾棚には、備前や信楽を思わせるような大きな壺、火色の大鉢、茶碗、そして花を生けた花瓶が飾ってあった。



ガラス戸を開けると、そこはギャラリー。作品が並んでいた。作品を眺めていると、三輪さんが連絡してくれていたのだろう、陶芸家の波多野善蔵さんが出て見えた。応接室に招かれ、夏ミカンの砂糖菓子とお薄をいただいた。波多野さんは、お顔も話し方もとても優しい。壁に一見、東山魁夷のような雰囲気の絵がかかっている。視線に気がついて波多野さんが説明してくれた。この作者は、東山魁夷の友人で、絵具も同じものを使っている。絵は萩の○○(忘れた)を描いたものだそう。夜のしじまの中に明かりを灯した館が池の水面に映っている情景を金泥で描いている。
いろいろ伺った。大道土と見島土を主原料に、小畑土やみたけ土は強度を高めるために使うのだそうだ。ぐい呑みを2個買った。陳列してある店内を撮るのはさすがに遠慮した。


波多野指月窯:
http://www.hagishi.com/search/detail.php?d=700004

萩焼の歴史はここに
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%A9%E7%84%BC

(開けるのが面倒な人のために簡単に説明しておくと、「やきもの戦争」と言われた慶長の役(秀吉の朝鮮出兵)で朝鮮半島から多くの陶工を各藩が連れ帰って、窯を築かせた。毛利藩も例外ではなく、朝鮮人陶工、李勺光(山村家)李敬(坂家)の兄弟を連れ帰った。関ヶ原の戦いで西軍についた毛利藩は、領地を3分の1に減らされる。そこで広島から萩に移る。李兄弟も萩に移り、窯を築いたのが始まりとされている)

                                               
続いて晴雲山岡田窯に行った。

先ずは裏手にある登り窯を見た。三輪さんの説明だと、現役で働いている登り窯では、一番古いものだという。窯焚きが終わったばかりらしく、そばに寄ると、熱気が伝わってくる。萩の登り窯はだいたい20時間ぐらいの焼成、だから生焼け状態なので独特の柔らかさが出るのだそうだ。
外には、水簸した粘土が水切りのために並べられていた。水分が残っているせいか、黄土色が濃かった。見島土の含有量が多いのかも。そっと触れてみるとまだ柔らかすぎた。

店内に入ると、先ず目が行ったのは大きな壺。白い地に褐色や炭の雲のようなデザインがムードを出している。このムード、何かを感じる。と、三輪さんが「シルクロードを表現されています」と説明してくれた。何か感じたのはシルクロードの褐色の大地と大地に影を落とす雲だったのか、と思った。心惹かれたが、もうこういう大物は飾りようがない。菊池ビエンナーレ展で大賞を受賞されたとかで、そのポスターが飾ってあった。「菊池ビエンナーレって?」「智美術館です」と三輪さん。「あ〜虎の門のね、二度行ったことがある。一度は楽さんの作品展、2度目は真鶴の陶芸家の・・・あら、名前が出てこない、岩に住んでいる方なんだけど・・」
「そんな方、真鶴にいらっしゃるのですか?」「えぇ、小松石を陶器にしたり、大きな精緻な花を作ったりしていますよ」
岡田裕さんも出て見えた。ここでもお抹茶を頂いた。お茶碗は手の中にすっぽり包まれて誠に持心地がいい。

夫のために大きめの湯のみをコーヒー用に買った。自分用に火色の地に白い点、通称蛍の茶碗を買った。うふ、奥さんに美味しい地酒の銘柄を伺った。晩酌のために。

登り窯の中で、釉薬をかけられた陶器は、還元や酸化の炎に焼かれる。それによってさまざまな表情の萩焼が生まれる。もちろんプロはそのあたりは熟知して、効果をねらうわけだが、なるほど、萩は奥深い。と萩に対する認識を新たにした。窯変と呼ばれる赤は、焚口の次の部屋でないと出ないのだそうだ。
                                                 

岡田窯:
http://www.hagi.machi-navi.jp/html/hagiyaki_43.html

天寵窯を訪ねた。すぐギャラリーに入ったが、その斬新さに目を奪われた。普通、茶器は轆轤をひいて作品を作る。天寵窯の兼子昌尚さんは、三輪さんの言葉を借りるなら、「萩の作陶の歴史始まって以来初めて、粘土の塊を刳りぬいて作品を作り上げている」のだそうだ。フォルムの斬新さも目を引いたが、釉薬の白にも心奪われた。当然ながら値段は高い。ほしいのはまやまだが、カードが効かない。で、明日もある、とぐっとこらえた。またの出会いはあるだろう。兼子昌尚さんの作品をメトロポリタン美術館が買い上げたそうだ。あ〜わかるな。

天寵窯 :
http://www.hagishi.com/search/detail.php?d=700069
http://www.gallery-kurimoto.co.jp/kaneta_masanao.htm

三輪清雅堂に戻った。座敷に通され、素敵なティカップに入れられた紅茶をいただいた。お薄ばかりいただいていたので、紅茶は美味しかったし、ほっとした。三輪さんが本阿弥光悦の話をしてくれた。そして三輪さんが所蔵する5点の光悦の茶碗を見せ、触らせてくれた。本阿弥光悦は学校では習ったが、それほど造詣があるわけではない。京都の楽家の「お茶わんや」ののれんが光悦の書であることぐらいしか知らない。三輪さんは光悦の研究家である。案内を頼んだとき、それを知ってつけ刃的に光悦のことは調べてはきたが。

三輪清雅堂:
http://hagi-miwa.com/

本阿弥光悦:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E9%98%BF%E5%BC%A5%E5%85%89%E6%82%A6

                                               

参考:

国宝に指定されている茶碗は8個。うち、国産は2個。
1.【国宝】志野茶碗 銘 卯花墻(三井文庫)桃山時代
http://www.mitsui-museum.jp/collection/collection.html

2.【国宝】楽焼白片身替茶碗 本阿弥光悦作 銘 不二山(サンリツ服部美術館)桃山時代
http://www.sunritz-hattori-museum.or.jp/masterpieces/index.html

3.【国宝】曜変天目茶碗(静嘉堂文庫美術館)南宋時代
http://www.seikado.or.jp/040201.html

4.【国宝】曜変天目茶碗(龍光院)南宋時代
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E5%85%89%E9%99%A2_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E5%8C%97%E5%8C%BA)

5.【国宝】曜変天目茶碗(藤田美術館)南宋時代 
http://www.city.okayama.jp/museum/fujita/yohen-tenmoku.html

6.【国宝】玳玻天目茶碗(承天閣美術館)南宋時代
http://www.shokoku-ji.jp/j_nyukan.html
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=71152

7.【国宝】油滴天目茶碗(大阪市立東洋陶磁美術館)南宋時代
http://www.emuseum.jp/detail/100022?d_lang=ja&s_lang=ja&word=%E6%B2%B9%E6%BB%B4%E5%A4%A9%E7%9B%AE&class&title&c_e&region&era&cptype&owner&pos=1&num=1&mode=simple&century

8.【国宝】井戸茶碗 銘 喜左衛門(孤篷庵)李朝時代
http://homepage3.nifty.com/yakimono_gallery/2007_koten/ohido_kizaemon.htm

                                              

光悦の「不二山」は諏訪湖のサンリツ服部美術館が所蔵している。萩に行く前に見たいと思って、美術館に問い合わせると「不二山」の展示は、私たちが出発する前日からの展示なので、帰ってから行くことにした。

三輪さんの光悦研究によると、三輪さんが所蔵している光悦の茶碗も「不二山」も萩で焼かれたものではないかという。多くの文献、歴史的背景、そして三輪さんが所蔵している5碗の光悦作の茶碗との類似性、方向性をあげて、証拠づけている。歴史のミステリーだねぇ、と野次馬は喜んでいる。
                                                 

5時半、夕食を6時半にお願いしてあるから、その前までには帰らないと旅館に悪いから、と外に出る。車で送ってるくれるというのを、近いからぶらぶら歩いて帰ります、と断って歩き始めた。日暮れていく町並みは風情がある。シャッターを切りながら歩いているうちはよかったが、だんだん腰が痛くなってきた。それからが長かった。宿に着いたのが6時過ぎていた、30分以上歩いたことになる。目の前の豆子郎は6時閉店、もう間に合わない。明日にしよう。

フロントが食事の時間を7時にしてくれた。部屋は4人用と3人用の2部屋。私は初めに入った4人部屋からもう動かない。汗をかいたので、着替えて、顔を洗った。あ~疲れた。1年分歩いた。

疲れた上に、ちょっとばかりだがお酒を呑んだので、いい気分になって、お料理をこと細かく覚えていない。写真も撮らなかったようだ。もっとも撮っているうちにいつも酔っぱらってしまい、最後まで撮ることはなかなか。特注したから、ふぐのたたきだけは覚えている。さっとあぶって、引いてあるのだそうだ。初めて食べたが美味しかった。その頃になってようやく夕日百選の夕日の宿に来て夕日を見なかったことに気がついた。夕日は歩いているうちに沈んでしまったのかもしれない。あ〜あ。

萩一輪:http://www.hagi-ichirin.co.jp/



同行者
友人
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
タクシー 新幹線
旅行の手配内容
個別手配
  • 波多野指月窯<br />字は榊莫山かな?

    波多野指月窯
    字は榊莫山かな?

  • 通りに面した飾り棚<br />表紙の壺も並んでいたひとつ、波多野さんの作品である。

    通りに面した飾り棚
    表紙の壺も並んでいたひとつ、波多野さんの作品である。

  • 岡田窯

    岡田窯

  • 干してある年度

    干してある年度

  • 登り窯<br />未だ熱かった

    登り窯
    未だ熱かった

  • 私はご飯茶わんに使っている<br />ほたる焼

    私はご飯茶わんに使っている
    ほたる焼

  • 天寵窯

    天寵窯

  • 三輪清雅堂<br />通りの反対から

    三輪清雅堂
    通りの反対から

  • 三輪さんが見せてくださった本阿弥光悦の茶碗

    三輪さんが見せてくださった本阿弥光悦の茶碗

  • 光悦の茶碗

    光悦の茶碗

  • 光悦の茶碗

    光悦の茶碗

  • 光悦の茶碗

    光悦の茶碗

  • 光悦の茶碗

    光悦の茶碗

  • 三輪清雅堂前より反対側の寺院の木

    三輪清雅堂前より反対側の寺院の木

この旅行記のタグ

6いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP