2012/10/03 - 2012/10/03
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mochanさん
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1963年からの高校3年間、ペンフレンドだった私の叔母みどりと、オランダ人バート。
バートは後に船乗りになり、1966年7月に彼の乗った船が福岡県の門司港に来たとき、二人は初めて顔を合わせます。
その後、彼が来日するたびに、叔母は出かけ、少しずつ関係を深めていったのですが、父親(私の祖父)の大反対にあい、唯一の連絡手段だった手紙を隠されてしまったこともあって、泣く泣く別れることに。。。
その後、日本人男性と結婚したみどり叔母さんでしたが、2010年の旦那さんの死後、あらためてバートに会うべく、彼を探す旅は始まりました。
最初は、みどり叔母さんひとりでオランダに旅行に出かけ、3日間アムステルダムの街中を着物を着て彼が見つかることを期待しつつ歩き回りました。
帰国後、外国の旅行者たちのもてなし活動をする私の着物着付け体験のサポートをしてくれ始めたのですが、今年の夏に活動に参加してくれたオランダ人の方で、人探しのテレビ番組のレポーターをしている従姉妹がいるとのことから、話しが伝わり、本格的にオランダのテレビ番組でバートを探すことが決定しました。
とはいえ、当時みどり叔母さんが交換していた手紙は全て処分され、バートの写真もなく、手がかりは非常に少ない状態。
果たして、みどり叔母さんとバートは再会することが出来るのでしょうか?
※写真は、45年前のみどり叔母さんの写真
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
-
45年前のみどり叔母さんと私。
バートは、一度実家を訪ねており、当時両親と一緒に実家の離れに住んでいた赤ん坊の私は、バートにもその時、会ったとのこと。
もちろん記憶はないのですが。。。 -
当時のみどり叔母さん
バートの船が日本に来るときには、着物を着てでかけたそうです。
最初に会った門司港のほかにも、神戸や横浜などで会い、会いはじめて2年ほど経ったときには、婚約指輪も買ってもらっていました。
英語が得意でなかったみどり叔母さんでしたが、頑張ってバートの手紙に返事を書いたり、バートの家族へのお土産を送ったりしていたそうです。 -
高校卒業当初、みどり叔母さんは、病院の看護婦をしていたので、寮宛に手紙が来ていましたが、仕事を変え、実家に戻ると、なぜか連絡がうまくとれなくなってきました。
後からわかったのですが、大反対していたお父さん(私の祖父)が、バートからの手紙を内緒で処分してしまっていたのです。
結局、説得の末、バートとの関係をあきらめ、日本人男性と結婚したときに、一通だけ住所の切り取られた数ヶ月前に送られたクリスマスカードを渡されました。
そこには、「まだ愛してる。返事をください」とのメッセージ。
すでに結婚相手との長男を身ごもっていたみどり叔母さんは、あきらめるしかありませんでした。 -
クリスマスカードの入っていた45年前の封筒。
消印は、イギリスから。
ここに、バートの足取りの手がかりがあるかもしれません。。。 -
2010年に旦那さんを亡くし、胸の奥にしまっておいた思いを整理すべく、みどり叔母さんは動き始めました。
単独でオランダ旅行をし、帰国後英語の勉強もはじめたのです。 -
2012年春、私の母が他界し、葬儀のときに、ひさしぶりにみどり叔母さんと再会。
母が生前から私の活動(外国人旅行者のもてなし活動)のことを叔母さんに話していたことから、彼女の趣味である着物の着付け体験を提案してくれました。
写真は、はじめての着物体験希望者ステファニーを連れて行ったときのものです。
やはりご縁があるのでしょうか。
彼女の出身は、オランダでした。 -
みどり叔母さんは、着物の着付けだけでなく、料理も得意なので、着物体験とランチの合わせ技で、お世話になっちゃいます。
もちろん、みんな喜んでくれ、日本での思い出のハイライトのひとつになっています。 -
今年7月のある日、オランダの母娘が訪ねてきてくれました。
オランダということもあって、彼女たちにバートの話しをすると、お母さんのクリステル(写真)が、「私の従姉妹、オランダのテレビ局に勤めていて、人探しの番組のレポーターやってるのよ。もしかしたら探してくれるかもしれないわ」と言って、連絡をとってくれました。
しばらくすると、本人と番組ディレクターの方から連絡があり、「興味深い話しなので、本格的にバートを探して、よければ番組もつくりたい」ということになりました。
ただ、うる覚えのバートの苗字は、どうやら間違っているらしく、手紙は処分されてしまって住所もわからず、さらに写真もない。
唯一みどり叔母さんの記憶だけが手がかりで、探すのが大変そうなのですが、テレビ局側から送られてきたたくさんの質問を翻訳し、みどり叔母さんに答えてもらいました。
記憶が不確かになってしまっている部分も多く、どうなるかは全くわかりませんが、とりあえず現地へ行ってバートを探すためのインタビュー撮影のために、10月末にオランダに行くことが決まりました。 -
外国人旅行者のもてなし活動で、九州まで行ったので、みどり叔母さんとバートがはじめて出会った門司港に立ち寄りました。
写真は、門司港駅。
思っていたより、昔の風景をとどめていて、「ここで二人が初めて出会ったんだぁ」と自分のことのようにセンチメンタルな気分になりました。 -
海上保安庁に行って、1966年当時の入港船籍を調べに行きました。
残念なことに、3年間しか入港船籍の資料は保存せず、バートが乗っていた船の名前を知ることは出来ませんでした。 -
海上保安庁にて
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海上保安庁にて
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今年九月に一緒に旅していたフランス、デンマーク、スペインの旅行者たち。
彼らも、みどり叔母さんのところで着物体験を楽しみました。
関門海峡大橋をバックに。
※門司港周辺の様子を動画撮影してみました。
http://www.youtube.com/watch?v=z-Dfrv0i2IE -
門司港にて
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門司港にて
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門司港にて
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門司港にて
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