2012/02/01 - 2012/02/01
23位(同エリア54件中)
piquetさん
- piquetさんTOP
- 旅行記227冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 201,911アクセス
- フォロワー10人
レフコシャ(英ニコシア)
北キプロスの首都で 円形の城壁に囲まれています
緩衝地帯であるグリーンラインが中央に走り
南北は分断されています
北キプロス側のニコシアを歩いてみました
文字や街並みなど雰囲気が
あの緩衝地帯を経て、こんなにも違うのかと感じ
それだけに南北が分断されたままであることは
難しい問題なのだと感じました
ただ、北も南も素敵な街であることには
違いないのです
- 旅行の満足度
- 4.0
-
レフコシャ(ニコシア)の街歩きは
ギルネ門から
トルコのアタテュルク大統領の銅像 -
観光案内所
-
A4サイズの冊子になった
ガイドブックがあり(英語版)
地図も載っていて、参考になりました
夕方には閉まっていました -
-
メイン通りを歩いて
-
アタテュルク広場に
-
-
セリミエ・ジャミィへ
-
トルコと北キプロスの国旗が掲げてあります
-
セリミエ・ジャミィ(アヤ・ソフィア教会)
フランス・ゴシック様式の伽藍
2本の尖塔は、モスクに改装するため
オスマン征服後に付けられれたもの
セリム2世を記念してつけられました
1571年にカトリック教会をモスクへ
もともとは、フランス王ルイ9世が建設
第7次十字軍としてキプロスに滞在し
1326年に完成しました
ジェノア軍の侵攻で傷つき、またマムルークの侵攻でさらに破壊
1432年リュージャニャン朝ジャン2世が修復し
この教会で戴冠式を挙げています
-
-
-
-
現在、建物はモスクとして利用されています
-
-
-
-
-
祈る人
-
モスクの横の建物は
カトリックの司教の家でした
いまは何に使われているのでしょう -
-
-
全体像を近くから撮るのは難しい
-
セリミエ・ジャミィ周辺の路地
-
ジャミィの前にあった骨董品?店
-
ビュユック・ハンへ向かう通りで
ネコちゃん発見!! -
ごちそうにありつけた?!
このあと、通りを行く人に追い払われちゃいました。。。
残念。 -
トルコのお菓子「ロクム」が売っていました
-
-
少し歩いて
-
ビュユック・ハンへ
-
-
-
回廊
-
1572年建設
キプロスにおけるオスマンの最も重要な建築物
キプロスの初代総督に命じられた
ムザッフェル・パシャは、
アナトリアと同じ様式の隊商宿を建てることで
オスマンの威信を示したかったと言う
現在は、修復されてお土産物屋さんが -
当時の写真
-
-
レストランもありました
-
チャイを1杯
-
何を繕っているのでしょうか
-
夕闇に灯りがともる
-
外観
-
近くにあった隊商宿
多分クマルジュラル・ハン
修復中なのか、囲いで覆われていました
2階回廊がアーケイド担っている典型的な隊商宿建築
リュージニャン時代の建築物の跡に建て
中庭への通路にゴシック建築の一部が見られる
クマルジュラルとは、トルコ語で賭博師の意味 -
ちかくにはハマムもあります
-
-
この先に
-
キプロス共和国への国境があります
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
piquetさんの関連旅行記
北キプロス(キプロス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
47