2012/08/17 - 2012/08/17
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Weiwojingさん
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大連滞在中は旅順に一日を割きました。もう10年くらい前に一度来たことはありますが、その時は外国人が入れない未開放地区で、中国人の友人と一緒に行ったので問題なく見て回ることが出来ました。
その後、すでに数年前から旅順は外国人に開放され、特に、日本人観光客に人気のある場所です。最近は司馬遼太郎著『坂の上の雲』の影響から大勢の日本人(特に年配者)を見かけます。
今回も中国人の友人たちの案内で車を利用して一日回りました。あちこちで日本の観光客を多く見かけましたが、もちろん中国人の姿も多く、彼らにとっても関心のあるところなのかと改めて再認識させられました。
* このカバーの写真は白玉山から旅順港を見た風景で、かっての日露戦争の激戦地だったところです。
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■ 「中国東北地方への旅 ① ー 先ずは大連から出発」
http://4travel.jp/traveler/srilanka/album/10712669/
■ 「中国東北地方への旅 ③ ー 大連の旧日本人街を歩く」
http://4travel.jp/traveler/srilanka/album/10715916/
■ 「中国東北地方への旅 ④ ー 大連の教会とそこに集う中国の基督教徒たち」
http://4travel.jp/traveler/srilanka/album/10713537/
■ 「中国東北地方への旅 ⑤ ー 満州国(偽満州国)の首都・長春で日本統治時代の建造物を見る」(前編)
http://4travel.jp/traveler/srilanka/album/10713537/
■「中国東北地方への旅 ⑥ ー 満州国(偽満州国)の首都・長春で日本統治時代の建築物を見る」(後編)
■ 「中国東北地方への旅 ⑦ ー 長春を歩く、見る、そして食べる」
http://4travel.jp/traveler/srilanka/album/10716849/
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旅順で先ず訪ねたのは旅順港を見下ろすことが出来る白玉山です。中央に見える港が旅順港で、入口ガ狭く、日露戦争の時に、ロシア艦隊が逃げ込んだ港です。 -
白玉山塔に登ってみました。狭い階段を登って一番上の展望台に出ると、360度の風景を見ることが出来ます。 -
塔の入口に「白玉山塔」と書かれた文字が見えます。 -
塔の展望台まで登ってみましたが、狭い階段を通って上がって行くので、登りきるのはかなり大変でした。登りきると、周りの光景が一変し、100年前以上も前の光景が頭を過ぎりました。 -
旅順の街並がよく見えます。旅順の街は思っていた以上に大きいです。 -
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眼下に旅順軍港が見えます。軍艦が停泊しているのが分かります。ここは軍港なので、長い間外国人の立ち入りが禁止されていました。 -
港に向かって大砲が設置されています。 -
その大砲の脇の方にこのような説明があります。 -
日露戦争に際して第三軍司令官の陸軍総大将であった乃木希典の2人の息子たち(長男:勝典、次男:保典)も戦争に加わりましたが、2人ともこの地で戦死しました。次男が亡くなった場所がここに示されています。
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かっての激戦地203高地の頂上まで登ってみました。ここには「爾霊山」と書かれた記念碑が建っています。 -
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大砲が目指す方向は旅順湾です。
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昼食には「班魚鍋」という鍋料理を食べてみました。この鍋がそれぞれ一人分です。 -
右側下に何枚も重ねた班魚の皿が見えますが、これをほんの数秒ほど鍋に入れて、たれを付けて食べます。 -
付け汁や薬味です。 -
ピータンと豆腐の和えものです。暑い日だったので、このようなさっぱりした料理はちょうどよかったです。 -
野菜を中心とした冷たい前菜で、こちらもさっパリしていて食が進みました。 -
ロシア風の美しい姿をした「旅順駅」です。この駅では列車の運行が一日に上下各2本しかないそうで、うまい具合に乗車するのは難しいです。 -
入口付近の装飾です。 -
「旧旅順刑務所」です。今では「旅順日俄監獄舊址」となっていて、戦前の刑務所の様子が再現されています。 -
ここから入ります。ここには前にも一度訪れています。その時の強烈な衝撃が忘れることが出来ず、再度訪れました。 -
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廊下を挟んだ両側には独房が並び、4帖半くらいの小さなところに何人も収容していたようです。 -
独房がそのまま残されていて、当時の様子が窺えます。コンクリートの床に粗末なべットがあるだけで、冬は相当寒かっただろうと思われます。 -
拷問を加えるための部屋があり、背筋が寒くなるような器具がたくさん置かれています。 -
この建物は処刑室があったところです。多くの政治犯がここで処刑されました。
1909年(明治42)10月、ハルピン駅で伊藤博文を暗殺した朝鮮独立運動家の安重根がこの刑務所に収容され、処刑されたのはこの場所でした。 -
処刑室の中も見学出来ます。当時のまま再現されていて、見ているだけでぞっとさせられます。
部屋の中央に大きなスペースが地下に向かって空いています。絞首刑になった人々が下に落ちるようになっていて、そこには大きな樽のようなものが置かれ、死体を収めるようになっていました。 -
処刑された人々の遺骨がこのような形で埋められていることを示す、模型です。ここでは中国人も朝鮮人も多数殺害されました。
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外務大臣だった小村寿太郎の記念碑が残されています。 -
その小村寿太郎に関する中国語による説明文です。 -
戦死したロシア人兵士を悼む慰霊碑も残されています。
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刑務所はかなり広いです。敷地内に点々と建物があります。そのような建物を一つ一つ見学して回りました。
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