2012/06/03 - 2012/06/08
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■始まりは600年前!
1383年のこと、ヴャートカ州の農民、セミョーン・アガラーコフは、クルチーツィ村の近くのヴェリカヤ川畔の林の中でろうそくが燃えているように輝く美しい光を見つけた。近づいてみると、それは金色に描かれた聖ニコライの聖像(イコン)だった。イコンを村に持ち帰り礼拝していると近隣の人々が噂を聞きつけてやってきた。病気の人が治り、足の不自由な人が歩けるようになり、イコンは数々の奇蹟をもたらした。イコンを発見した場所に小さな木造の教会が建てられて、イコンが安置され、多くの人々が訪れるようになった。
イコンの評判は大きな教会があるヴャートカの町(現在のキーロフ市)にまで聞こえ、1400年ごろにイコンをヴャートカの教会に移すことになった。町の主教が受け取りにやってきたが、イコンはずっしりと地にめりこんで動かない。主教は祈りをささげ、「1年に一度は必ずこの地にイコンをもどします」と約束して、ようやくヴャートカの教会にイコンを運ぶことができた。ヴャートカの町では新たに聖ニコライ教会が建設され、イコンが安置された。以来、毎年、ヴャートカの町からヴェリカヤ川畔の教会までイコンをもどす十字架行進が行われるようになった。
キーロフ十字架行進の正式名称は、ヴェリコレツキー(ヴェリカヤ川聖像)十字架行進(Великорецкийкрестный ход / Velikoretsky Cross procession)という。毎年行われる十字架行進(例祭)ではロシアで一番規模が大きい行進の一つである。十字架行進とは、先頭の人が大きな十字架を持ち、聖像(イコン)や聖人の旗(ホルーグヴィ)を持って、教会や聖なる場所をめぐる行進で、先頭に十字架を掲げるために「十字架行進」と呼ばれる。ロシア正教の僧侶をはじめ熱心な信者が多く参加する。行進の目的や規模は様々で、たとえば、毎年の復活祭(パスハ)には各教会でその教会の周囲を回る行進が必ず行われる。旱魃時に、降雨を祈って行進する場合もある。モーゼの出エジプトが、十字架行進の由来とも言われている。
ヴェリコレツキー十字架行進のその後の歴史経過をたどると、1555年にはイワン雷帝の命令で、行進はモスクワまで行われた。カザン、ニジニ・ノヴゴロド、コロムナを経由して、イコンはモスクワのウスペンスキー寺院(クレムリン内)に運ばれた。帰路はヤロスラブリ経由の北回りだったが、タタール人の入寇を避けて、イコンはヴォログダに一時かくまわれた。後にその場所に教会が建てられ、模写されたイコンが安置された。1614年にもイコンはモスクワまで運ばれた。
初期のころ、十字架行進の目的であるヴェリカヤ川畔での聖水の儀式は、聖ニコライの日(5月22日)の後の最初の日曜日に行われていたが、1668年から6月6日に行われるようになった。ヴェリカヤ川はヴャートカ川の支流で(ヴャートカ川はカマ川に注ぎ、カマ川はヴォルガ河に流入している)、川畔の町であるヴャートカから十字架行進は船を使って行われていた。現在のように陸上のルートを歩くようになったのは1778年からである。参加者は年々増え、1917年のロシア革命直前には、2万7000人が参加したと記録されている。
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■禁教の時代(ソ連時代)
1934年に暗殺された革命家、セルゲイ・キーロフにちなんで、ヴャートカ市はキーロフ市に改称された。ソ連時代(社会主義の時代)は、ロシア正教にとって弾圧と禁教の時代だった。1935年にイコンが納められていた聖ニコライ教会は取り壊され、イコンも行方不明(注*1)となり、毎年の行進は実質的に禁止された(正式に行進の禁止令が出されたのは1959年)。
それでも取り締まりの目をかいくぐって、十字架行進は続けられた。イコンや十字架を掲げたり、集団で歩いたりすると捕まるので、信者たちは三々五々密かにキーロフからヴェリカヤ川畔まで歩き、ひっそりと儀式を行った。この時代で最も参加者が少なかったのは1962年のことで、その数はわずか30人に過ぎなかった。しかし、禁教の時代にもキーロフ行進は一度も途絶えることはなく、形を変え、規模を変えて、連綿と続けられたのだった。
ソ連時代末期の1989年に、行進の再開を求めるロシア正教会の請願を受けて、十字架行進が許可されたが、それはヴェリカレツコエ村の近くからわずか7kmだけの行進だった。1992年にようやく歴史的なルートで十字架行進を行う許可が出された。キーロフ十字架行進が本格的に復活したのはソ連崩壊後のロシアが社会的経済的混乱期を一応乗り越えた2000年代に入ってからのことだった。2000年以降、参加者は毎年増え続け、キーロフ十字架行進は今では2万人から3万人の人々が参加する一大イベントとなっている。
(以上、キーロフ十字架行進の起源と歴史については、公式ホームページを参考に記述 ⇒ http://www.velikoretsky-hod.ru/ )。
注*1;イコンの本体は今も行方不明のままだ。したがって現在の十字架行進は模写されたイコンを掲げて行われている。 -
* * *
四国八十八カ所1200kmを歩いた経験をもとに、1日30kmから40kmの歩行には十分自信があった。普通の人だけでなく、子供も老人も歩いているのだから、大丈夫だろうと思っていた。しかし、実際に歩いてみたキーロフ十字架行進は、物好きにもはるばる日本からやってきた異教徒にとって、思わぬ困難の連続だった。6日間の行進はロシアとロシア人の底知れぬ奥深さを感じ取る体験となった。
<つづく>
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