2012/06/03 - 2012/06/08
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JIC旅行センターさん
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■ザガリエ村からモナスティスコエ村へ
平原のでこぼこ道を30分ほど行くと、ようやく簡易舗装の道に出た。空をおおっていた灰色の雲は消えて、空が晴れ渡り、汗ばむほどの陽気になった。上着を脱いで半袖になる。
11時過ぎにザガリエ村に着いた。古い崩れかけた教会跡がある村だ。ここにもジーマ氏の知り合いの家があり、昼食をごちそうになる。朝早く出発したのでおなかがペコペコだ。細切れに刻んだ野菜に自家製のクワスをかけて作った冷スープがおいしい。食事のあと、「バーニャにはいれ」と家の女主人がしきりに勧めてくれたが、「それよりも睡眠」と、家の戸口のテラスで日光浴をしながら昼寝することにする。ポカポカと暖かい日差しを浴びて1時間ほど熟睡し、すっかり元気を回復した。
13時40分にザガリエ村を出発し1時間ほど歩いて再び休憩。近くに停まった警備の車がアナウンスをしている。
「本日はここまで約19キロ歩きました。残りは21キロです!」
2日目の行程は約40キロだから、10時間以上かかってまだ半分しか来ていない。ザガリエ村を出てから、3回の休憩を繰り返し、その日の目的地であるモナスティスコエ村に着いたのは夜の10時だった。朝4時から何と18時間!歩く時間とほぼ同じ長さの休憩をとっているので実質歩行時間は9時間半程度だが、それにしてもこれはきつい。ジーマ・チームは友人宅に泊まり、私たちは「村一番」というホテルに落ち着いた。ホテルとはいえ普通の民家。3つか4つの部屋と小さなキッチン、庭にバーニャ小屋があるだけだ。食事は自炊。インスタント食品で夕食をとって、早々に眠りについた。与えられた部屋は5人一室。前夜と同じく寝袋での雑魚寝だった。
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<3日目 6月5日>
■突然の異変
朝2:30起床。睡眠時間は3時間半。朝食後、ジーマ・チームと合流し、3:50に出発。少し寒いが、清涼な朝の空気が心地よい。道は簡易舗装で前日よりずっと歩きやすい。背中の荷物の重さにも体が慣れ、快調に歩き始めた。
ところが30分もしないうちに、体に異変が起きた。腕、太もも、首筋、頭、体のあちこちが痒い。虫に咬まれたのか? ポリポリと掻きかけて気がついた。これは年に1、2度襲ってくる蕁麻疹の初期症状だ。原因はわからない。しかし、もう10年以上も続く私の「持病」だ。ここで痒いところを掻くと、掻いた分だけ痒みが広がり、よけいに耐えがたくなる。腕を見るとさっき掻いた部分がポコポコと腫れあがり赤黒く変色しはじめている。1時間も我慢すれば痒みがひくことは経験上わかっている。時々腕や頭を掻きむしりたくなるのをじっと我慢して、歩き続ける。
長い坂道を登る途中で今度は足元がふらつき始めた。何か変だ。頭と体にスーと冷たいものが走り、立ちくらみしそうになる。蕁麻疹を我慢するあまり貧血症状を起こしたようだ。道端に立ち止まり、頭を低く下げてしばし休む。歩いては再び休む。幸いみんなから少し離れているのでまだ気付かれていないが、これは困った。「最後まで歩けるだろうか」。ここでリタイアしたら、唯一の日本人参加者としては不名誉のそしりは免れない。不安を隠しつつ、ペースを落としてゆっくりと歩き続けた。(あとで振り返ってみれば、貧血の原因は、毎日1回飲んでいる血圧降下薬を間違えて2回飲んでしまったためだった。血圧が下がり過ぎたのだ)。
■グロホフ村の教会と「聖母の泉」
5:30に最初の休憩(約30分)。ようやく蕁麻疹も貧血もおさまってきた。6:00再出発。ジーマ氏が平原の遥か遠くに見える白い建物を指差し、「あれが今日の昼に通過するグロホフ村の教会だ」と教えてくれる。まだ10キロはあるだろうか。先は長い。
ジーマ氏の説明は続く。「グロホフ村はかつて大きな村だった。グロフはロシア語で豆の意味、豆が実る豊かな村だったと伝えられる。1930年代、スターリンの共産主義政権にロシア正教が激しく弾圧された時代に、教会の建物は倉庫に変えられ、鐘楼だけが残された。以来、病気の流行や農業の不振で村はすっかり寂れてしまった。教会の壁に描かれた聖像画はペンキで塗りつぶされたが、不思議なことにしばらくすると塗料が剥げ落ち、再び聖像画が現れた。その度に当局は聖像画を塗りつぶしたが、聖像画を完全に消し去ることはできなかった。
ソ連崩壊後に人々が寄金を集めて教会を再建した。教会の裏手には「聖母の泉」と呼ばれる泉が湧き、その泉で沐浴すると万病に効くと言われる。キーロフ行進の重要な中継ポイントとなっている。」
グロホフ村には9時過ぎに到着した。教会で長い儀式が行われるので3時間以上の休憩時間がある。木陰で2時間ほど眠って睡眠不足を補い、11時過ぎに昼食の支度を始めたところで、にわか雨が降ってきた。雨具をかぶり、立ったままカーシャ、味噌汁、パンなどを口に押し込んだ。
12:00になると教会の鐘が鳴り響き、行進の先頭が十字架を掲げて出発した。私たちは人波が少なくなるのを待ってグロホフ村の教会の見学を始めた。
まず、教会の裏手にまわり「聖母の泉」で手を清める。湧き出る水をペットボトルに受け、飲み水を補給する。泉の先には小さな沼があり、その向こうに緑色の小屋が2つ並んでいる。屋根と三方を板壁で囲っただけの粗末な小屋の中に木枠の湯船がある。脱衣場はない。人々は小屋の前の木の枝に脱いだ衣服をかけ、パンツ一つで沐浴している(小屋は男性用と女性用に分かれていて、もちろんその間は高い板壁で仕切られている)。何回か水の中に頭まで沈めて浸かるのが流儀らしい。ジーマ氏にしきりに勧められたが、午前中の体調不良もあり、沐浴を断った。
この泉での沐浴は、健康によく、とくに目の悪い人に効験あらたかという。昔、ある修道士が眼鏡をはずして沐浴したあと、眼鏡をかけずに歩きだし、しばらくしてから眼鏡をかけていないことに気付いた(それくらい目がよくなっていた)という故事があるとジーマ氏は大真面目に言う。「ほんとかな?」とも思うが、そういう奇跡譚が信仰深いロシア人は大好きなようだ。
グロホフの教会はまだ修復の途中だ。浄財を集めて、今も改修が進む。人々が祈りをささげるドームの下に並んだイコンの脇に、セメント袋が積み上げられているのも、見てくれに頓着しないロシアらしさを感じさせる。セメント袋の横には、寄付金を募るカンパ箱が置いてある。箱には10年前の朽ちかけた教会の写真が貼ってあり、修復への協力を無言で訴えている。
グロホフ村を2時少し前に出発し、ベリコレツコエ村に着いた時には夕方6時半を過ぎていた。この日の歩行距離は28キロ。ジーマ氏の知り合いの一軒家を10人で借り切り、久しぶりにバーニャに入ってくつろぐ。今夜はゆっくり眠れそうだ。
(つづく)
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