2012/08/30 - 2012/08/30
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josanさん
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今日は妻の弟の、僧侶のノイ君の僧侶の位が昇級し
たお祝いの儀式の日です。
今日は妻のウドンの親戚が大勢集まり、ノイ君のお祝
いの儀式に参加しました。(祝)
ノイ君は仏門に出家して5年に成りますが、異例の速
さでの僧侶の位の昇級ですので、国王様からも賞状を
頂きました。(祝)
以前は妻のー族から、イサーン(東北)地方でー番の
位の高僧が居ましたが、病気の為に50歳前に若くし
て亡くなって仕舞ったので、ノイ君にー族の期待がマ
ジ掛かって居るので~す。(マジ)
ピムのお母さんも、息子のノイ君が誇らしくて仕方ない
様で~す。(祝)
-
現在、タイ国民の95%は仏教徒であるといわれて居ます。
ちなみに、タイ国王はタイ仏教の最高擁護者であり、また
仏教徒でなければ王位に就くことが出来ません。 -
タイも日本と同じ仏教国ということで、親近感をもつ人も
多いでしょうが、実は両者は仏教でも、基本的には異なっ
ている物なんです。
仏教は、紀元前588年の12月8日、釈迦族出身のシッター
ルダ王子が苦行の末に悟りを開き、仏陀となった日から始
まりました。 -
仏陀はそれ以後の生涯を布教と啓蒙活動に捧げ、地方
を旅して教義を説き、80歳で入滅されました。
仏陀の教えはその後、バラモン教全盛のインドでじわじ
わと信者を延ばし続けて行きました。 -
しかし、入滅から100年後、戒律と修行だけでは人々
を救えないと判断した仏教大衆派の運動が起こり、仏
教教団は保守正統派と改革進歩派の2派に分裂して仕
舞いました。
大衆の救済という大いなる理想この改革進歩派がチベ
ットから中国を経て日本に伝来した大乗仏教(北伝仏教)
です。
この改革進歩派は自らを 「すぐれた乗り物(大乗/
マハーヤーナ)」 と名乗り、その懐の深さを強調し
ました。 -
もう一方の保守正統派は、あくまでも仏陀本来の教えに
こだわり、厳しい修行と禁欲によって選りすぐられた者
だけに救済の道が開かれることから「上座部仏教(小乗
仏教)」と呼ばれるように成りました。
これが、アショカ王の時代にインド全土に普及し、セイロン
(現スリランカ)にて教義編纂され、ミャンマーを経てタイに
伝来した小乗仏教「南伝仏教」なのです。 -
「小乗仏教」と呼ばれているのは 「(大乗に対して)劣っ
ている乗り物」という意味で使われる大乗側からの一方
的な蔑称でも有ります。
つまり、ひとりしか乗ることができないという意味で、その
教義の狭量さを軽蔑しているのです。
以上の仏教の話は昔、義理の弟の僧侶のノイ君に聞いた
仏教の話の受け売りで〜す。(大笑) -
今日のノイ君の昇級のお祝は、隣村の祈祷堂の落成
式を兼ねて行われます。
ですので我が村から楽隊付きで、隣村まで我がー族の
大パレードが行われました〜。(祝) -
嫁のピムの一族が皆仕事を休み、大勢参加しています。
何しろ久し振りに我が一族から、国王様に表彰された
僧侶が出た事で、我が−族は大騒ぎで〜す。(笑) -
小乗仏教には出家者だけで構成されるサンガと呼ばれ
る教団組織があり、227の戒律に違反した僧は、この
サンガを追われます。
これは実質的に仏教界からの追放を意味していて、戒律
は絶対であり、守れない者は涅槃に至る道を断たれるの
です。 -
このように厳格な戒律を守り通し、厳しい修行を経た者
だけに救いのあるのが小乗仏教であり、黙っていても誰
かが救ってくれる大乗仏教とは大きな違いが有ります。
そして出家して僧侶に成っても、毎年サンガが行う試験
に通らなければ、位も上がらず尊敬もされません。 -
タイでは無事成人し、周囲の反対もなく祝福のうちに成長
した男子は、1生に1度は(3週間〜3ヶ月間)僧侶と成り
ます。
この制度は1時僧制度と言い、タイの男性は皆これに従う
のが慣わしです。
-
僧侶の戒律は厳しく食事は1日二度、午前中にのみ採る
こと出来ます。
また、一度出家した僧侶は、一時たりとも僧衣を脱いで
一般人の服装をすることは許されません、街でよく見る
頭髪や眉毛のない僧侶風の若者は1時僧制度が終った
ばかりの者で、僧侶ではないのです。
一時僧制度では、短期間の出家が認められ、一部の大企
業や国家公務員の場合は入社後一定期間内なら、有給で
出家できる制度がある程です。 -
しかし厳しい戒律守護生活が続行できなくなると、僧
侶は僧衣を脱ぎます、これが還俗です、これは修行を
断念したことになるので教義から考えると落伍者と成
りますが、タイの社会はそのようには思って居ません。
それよりも、厳しい出家生活を送ったという事実によ
って、その人の格が上がるとされています。
成人しているのにいまだ出家していないものは未熟者
(コン・ディップ)と呼ばれ、社会的地位がやや下となり
ます。 -
上座部仏教における僧侶の序列は修行年数によって決
まり、5年以下、9年以下、10年以上の3段階に区分され
ます。
しかし、ただ漫然と寺にいればいいというものではなく
タイ仏教界のサンガには階級があり、その階級は毎年
行われる進級試験の結果によって決定されます。
この試験がまた難関で、上位に行けば行くほど難易度
が高まるのは、日本の大学受験と同じ徳の高さより、知
性の深さが勝敗の分かれ目なのです。 -
ですので今回ノイ君の快挙は、素晴らしい物で普通は
35歳〜40歳の僧侶が勝ち得る位を25歳で取得しの
で、国王様からも賞状を頂いた訳です。
そしてサンガから異例とも言える若さで、寺院の責任者
の住職の位に選ばれたのです。(祝) -
この僧侶はヤクザ上がりの僧侶では有りませ〜ん。(マジ)
タイの僧侶は仏教の文字や記号を体に刺青にする習慣
が昔から有り、−般の信者にも刺青を入れる僧侶も居る
くらいです。 -
ワット・マハータートやワット・ボウォニウェートなどには
僧侶のための仏教大学が設立されています、ここでは
特に高度な仏教学講義が行われています。
サンガの仏教大学では、高位にランクされると一般大卒
者と同等の資格も得ることができますが、並大抵の受験
勉強ではランクアップすら難しいとも言われて居ます。
長期出家を自慢すればいいというものではなく、高い理
想と向学心を維持し努力を続けていかないと、タイ仏教
サンガ内で確固たる位置を築くのは難しいのです。 -
ノイ君がウドンのサンガの高僧から、国王様の賞状を
授与されて居ます。
村の世話役や長老達も周りに集まり、祝福しています。 -
これも位が上がらないと貰えない、仏教行事の為の
品物です。
此れからは新しく任される、寺院に行き勉強の毎日
が続くのでしょう。 -
親戚の男衆と、嬉しい記念撮影です。
皆誇らしげな顔をして、ノイ君を見ています。 -
村の世話役も、国王様の賞状を持ち上機嫌です。(笑)
-
ピムのいとこのお偉い軍人さんも、村の長老と
賞状と楯を持ち、記念撮影で〜す。(祝) -
白装束の親戚の仏教教義の勉強会の村の女性達
も、みんな遠くからノイ君を見守って居ます。
タイでは女性は仏門に入れないので、出家は出来
ませんが、タンブンを積みみなさん勉強に励んでい
ます。(祝) -
出席者ー同で、記念写真を撮り本日の式典も終わ
りです。
これからみんなで、ノイ君が住職に就く寺院に向か
いパレードを行いま〜す。(祝) -
最初にノイ君に逢ったのは、未だ彼が19歳で出家
の事を考え中の時期でした。
タイでは20歳に成り、初めて正式な出家(プラ)が
出来る様に成ります、それまではネンと呼ばれ正式
な出家では有りません。
ネンは母親に、プラは父親に功徳をもたらし、よって
出家により家族全員にタンブン出来るのです。 -
ノイ君はタイの若者にしては、無口で遊びを好まず、
真面目な性格の青年でした。
その青年が今では、街の大人たちの間でも尊敬さ
れる、立派な僧侶に成りました。(祝) -
「タンブン」とは修行中の僧侶だけが対象とされる上
座部仏教ですが、タイでは一般大衆にも救済の道が
開かれています。
その道とは「タンブン(徳を積む)」のことで寺院や僧
侶に喜捨寄進して善行を積む事で、いわば他力本願
に近いものです。
現世で身に降りかかる出来事のすべては前世での徳
の高低によって決定されていると考えるのが、このタン
ブン思想の原点なのです。 -
タイの仏教徒は「輪廻転生」を深く信じて居ます。
徳は積めば積むほど高くなり、それは次の転生時まで
持ち越すことができる、幸福は前世で積んだ徳が高か
ったことを示し、不幸は努力の至らなさを、表している
との考え方なのです。 -
判り易く言いますと、タンブンは輪廻の中における善行
の長期預金の様な物で、運命の善し悪しは先天的なも
のだが、それも結局は個人の前世での努力量によって
決まると教えられて居ます。
となれば現世ではなにをなすべきか?、一心不乱に来
世に向けて徳を積む作業に没頭するのが、正しいと言
う事なのです。(マジ) -
この現世での生活は苦しいかもしれないが、苦難の道
を乗り切れば、来世での安穏とした日々が待っている。
長い輪廻の輪の中には、いい一生もあれば、ツキのな
い一生もあるというわけです。(笑) -
早朝、僧侶たちはそれぞれがこもっている寺を出て、托
鉢(ピンターバーツ)に廻ります。
「坊主は乞食(こじき)であるべし」 という仏陀の教えに
従っているのです、人の残したものを食べ、人の捨てた
布切れを身にまとい、欲望雑念を捨てて、解脱するの
です。
人々は施しを与え、それが僧侶の修行の糧となることに
よって徳を積むのです。 -
しかし、彼らの鉢(バーツ)の中には、とても残飯とは思え
ないほど立派な食品ばかりが詰まっています、施しを希
望する人はあとを絶たないし、早朝の市場に行くと「喜捨
セット(米・おかず・飲み物が小さなビニール袋に入って
いる)」 まで売られて居るのです。
どんなにすばらしいものを与えられても、僧侶たちは絶対
に感謝しません、それはあくまでも残飯であり、彼らに向
かって捨てられた物だからです。 -
タンブンとはすなわち喜捨(喜んで捨てる)することです、
人々は僧侶に捨てることによって徳を積み、喜びを得ま
す感謝するのは施された方ではなく、捨てた方なのです。
ですので朝の托鉢もお寺に頼み、町に来て貰うのですタ
ンブンを積める事が庶民には喜びなのです、ですので僧
侶は感謝しません、感謝するのは庶民なのです。(マジ) -
タイにはひと月に、4回の仏教日「ワン・プラ」が有ります
(新月と満月とその中間日)この日は絶好のタンブン日と
なり、各寺院では法要が行われ、喜捨寄進の品々が各家
庭から山のように寄せられます、ここでも喜ぶのは徳を積
むことができた一般の人々なのです。
庶民の生活の中にもこの「ワン・プラ」は重要で、生き物
の命を絶つ精肉業などは、この日を定休日にして刹性を
禁じて居ます。(マジ) -
小乗仏教徒の最終目標は、仏陀(個人名ではなく、悟り
を得て涅槃に入った人を指す)の域に達することです。
そして、人間を苦しめる艱難辛苦から切り離され平穏の
世界に至るためには、厳しい修行と禁欲で苦悩の根源と
なっている、煩悩や欲望を捨て去る努力を積む事です。 -
すなわち、すべての信徒はゴータマ・シッタールダ
(仏陀)の歩んだ道程を行くべきであり、その実践
のため、タイ仏教には227条の戒律が、用意されて
居ます。
これは、日常生活全般にわたる広範なもので、中でも、
①性交、②窃盗、③殺生、④悟りを得た、と嘘をつく事
の四戒は、絶対に犯すべからざるものとされて居ます。
あとの戒律はこれら四戒の拡大解釈の様な物ですが、
一般の仏教徒(出家して居ない物)は、これに⑤禁酒
を加えた、「五戒」を守るべくよう義務づけられて居ます。 -
この五戒だけでも俗人にはむずかしいですが、僧侶は
227の戒律全てを順守しなければ成りません。
このため、真の小乗仏教徒(出家中の者)は、婚姻す
ることが許されず、僧侶の姦通の事実には宗教裁判の
断罪をもって償わされます。(マジ) -
ゴータマ仏陀の教えによると、世俗の一切を捨ててい
ない者は、出家したとは言えない、欲得の一切から隔
絶されなければ悟りを得ることが不可能だからだと説
いています。
僧侶は女性に触れてはならないし、触れられてもいけ
ない、ですのでタイの乗り物には僧侶専用の席が有り
、僧侶はー番先に乗車して、女性と触れ合う事を避け
るのです。(マジ) -
贅沢を禁じられている僧侶にもかかわらず、高級なサン
グラスをかけている僧侶が多いのは、それはたぶん誰
かが「捨てた」物なのでしょう。(笑)
捨てたものなら、もらっても平気、だから、人々は喜ん
で僧侶に物を捨てる、そこから喜捨という言葉が生まれ
そうです、タイらしいですね。(大笑) -
タイの仏教それ自身は「サンガ統制法」なる国法で厳粛
に体制が確立されており、教義を曲げて解釈するような
派閥の存在は認められて居ません。
そしてサンガの最高指導者はタイ国王であり、サンガに
逆らうことはすなわち、国王に逆らうことでも有るので
、タイでは僧侶の地位は高いのです。 -
此方の老僧は、バンコクの総本山から来られた高僧
でウドンの僧侶達皆が、挨拶に集まって居ました。
現タイ仏教界のサンガの主流はマハーニカイ派と呼
ばれる在来派閥で、圧倒的大多数とともに、タイの
仏教界を制圧して居ます。 -
タイでは裕福な階級の人々は財力を生かしてどん
どん徳を積む事ができるが、経済力のない人は積
める徳の量も限られて居ます。
回数、質、量がモノを言うタンブンの世界ですので、
成り上がりのチャンスは少ないのです、はっきり言
うと、タイでは「タンブンの金額」が非常に重要視
されて居ます。
しかも、喜捨することによって浄化されるので、金の
出所は問われないし、またタンブンはサンガに対して
行えばよく、どの僧侶、どの寺院であってもかまわな
いと都合の良い制度なのです。(汗) -
私はこの「タンブン」思想には多くの功罪が有る
様に感じています、これでは何時まで経つても貧
富の差が無くならず、下層の人間のヤル気が無く
なるのではないかと、思われます。(マジ) -
タイの小乗仏教では、教義で女性は「不浄な者」と
して居ますので、出家も出来ずタンブンでのみ、救
済されるとの教えです。 -
ですのでタイの女性で最高のタンブンは、「自分の
息子を出家させ僧侶として、高みに昇らせる事。」
と信じられて居ます。(マジ)
ですのでピムのお母さんは、村の女性達の憧れの
的の様な存在なのです。(祝) -
現在は僧侶になるためには多額の準備金が必要
で、手軽なように思える出家でさえも、実は楽では
有りません。
不平等の声はあちこちで聞きますが、それでも人々
は熱心にタンブンに励みます、それしか幸福に至る
道はないのだから、励まざるを得ないのです。 -
ちなみにタイにおける最高のタンブンとは、寺院を
建立する事で、高位階級への転生は、庶民にとっ
てかなり遠い道でも有るのです。
タイのお寺に行くと、圧到的に信者の女性の比率が
高いのに、「不浄の者」とはマジ失礼だと思います。(怒) -
タイ人は輪廻転生を信じ、現世の不幸は前世での徳
が足らなかったためと思っている人が多く、自分の
地位の低さ、能力のなさ、度重なる不幸を生まれつ
いての業と考えて、何事においてもすぐに諦めの境
地に達してしまう傾向があると思います。 -
徳を多く積んだ人ほど救われる上座部仏教では、人
々は平等に救済される、事など有りません。(怒)
仏教はそもそも反バラモン&カーストの立場から発生
しており、仏陀は人間の身分の差を認めず、平等を説
いていたはずだったのに、現在のこの状況はいったい
どうしたことでしょうか。(?) -
女性は上座部仏教において、不浄の存在とされてい
るから、僧侶となって修行することが認められてい
ないのでタイでは女性は、必然的に解脱に至る道が
閉ざされて居ます。
これは戒律を守る以前の問題で、尼僧になることは
できるが、彼女たちは僧侶では有りません、バスに
乗っても席を譲ってはもらえないし、あまり敬意は
払われません。 -
タイ人達が言うところの、「僧侶の法衣の裾にすがって」
はじめてタイの女性は救いを得ることができるのです。
タイの女性達は、自分だけの努力では、涅槃に行く事が
出来ません、タイの仏教はまったく公平では有りません。 -
私は今回初めて僧侶が、聖なる糸で祝福される所
を見ました、何時もは僧侶は祝福する立場ですの
で、不思議な感じでした。(マジ) -
ピムも弟の昇級を心から喜んで居る様です。
そして最近では弟に、敬語を使い話して居ます。 -
ノイ君は村人や親戚達から、お祝のお金を沢山貰
いますが、全てサンガにー度収め、後にお寺にお
金が帰されるそうです。
タイの僧侶は、自分の財産を持つ事は教義で禁止
されて居ます、「常に僧侶は、乞食で有れ。!」との
仏陀の教えなのです。 -
ウドンの高官のセレブな奥様も、式典に参加さ
れて、ノイ君にタンブンをして居ます。(祝)
明日からはこの寺院をノイ君が住職として、管理
して行きます。(祝) -
暫くはこのタイの王様から頂いた、賞状がこの寺
院の本堂に飾られるのでしょう。(祝)
ノイ君、此れからも勉強に励み上の位を目指して、
精進して下さい。(マジ)
もうノイ君では、行けませんね〜、「ノイ師」と呼ぶ
事にしま〜す。(大笑)
(終)
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この旅行記へのコメント (6)
-
- NAOさん 2012/09/06 18:24:33
- JOSANのタイ仏教に対する知識の豊富さに、感服しました。
- JOSANさん。こんにちわ。
やっと、ログインできるようになりました。
ノイさんの高僧への出世(で、良いのかな?)。おめでとうございます。
それにしても、今回のブログを読んで、JOSANさんのタイ仏教に対する知識の
豊富さに、感心しました。
私なんぞは、小乗仏教と上座部仏教が、どう違うのかも解りません。
‘タンブン’にしても、お坊さんに喜捨することであるとは、知っていましたが、お坊さん達は、‘乞食’の精神を持って喜捨を受け入れていることなどは、知りませんでした。
でも、タイの人々のタイ仏教に対する信心深さは、たいへんなものですね。
- josanさん からの返信 2012/09/06 20:22:11
- RE: JOSANのタイ仏教に対する知識の豊富さに、感服しました。
- > JOSANさん。こんにちわ。
> やっと、ログインできるようになりました。
> ノイさんの高僧への出世(で、良いのかな?)。おめでとうございます。
> それにしても、今回のブログを読んで、JOSANさんのタイ仏教に対する知識の
> 豊富さに、感心しました。
今晩は〜NAOさん、私のタイの仏教の知識は、殆どノイ君の受け売り
です、多少は仏教に興味を持ち勉強しましたが、とても奥深く難しいので
マダマダで〜す。(笑)
> 私なんぞは、小乗仏教と上座部仏教が、どう違うのかも解りません。
> ‘タンブン’にしても、お坊さんに喜捨することであるとは、知っていましたが、お坊さん達は、‘乞食’の精神を持って喜捨を受け入れていることなどは、知りませんでした。
> でも、タイの人々のタイ仏教に対する信心深さは、たいへんなものですね。
NAOさん、小乗仏教と上座部仏教は同じ物で、大乗仏教側からの侮蔑を
込めた呼び名が、小乗仏教なので〜す。(笑)
「托鉢」は私も最初は、何故僧侶はお礼を言わないのか不思議でしたが
人々に「タンブン」させて挙げて居るので、得を積めて喜ぶのは「タンブン」
した人なのです。(マジ)
タイの人達の生活は、仏教無しでは有りえません、人生の全ての事を僧
侶に聞いてから決めるので、タイ人は仏教無しでは生きて行けないと言
っても、過言では有りません。(汗)
タイ人の信仰心は、日本人にはマジで信じられませんが、彼らの中で暮
らして居ると、その信心深さに驚かされますね〜。(マジ)
ウドンよりJOSAN。
-
- モエさん 2012/09/06 08:01:38
- もう5年!
- Josan,おはよう〜。
そっか、ノイ君が出家してからもう5年なんだね。
本当に月日の流れは早いね。
ブログを読む限りでは本当にタイでは稀有だよね、ノイ君は。
無免許でバイクを乗り回して、
ムエタイ等のギャンブルを楽しんで、
奥さんや彼女がいても浮気をしまくるのが
私の勝手なタイ人男性のイメージ。(笑)
今度ウドンに行ったら、
ノイ君のお寺に連れて行って下さい!
モエ
- josanさん からの返信 2012/09/06 09:13:03
- RE: もう5年!
- > Josan,おはよう〜。
>
> そっか、ノイ君が出家してからもう5年なんだね。
> 本当に月日の流れは早いね。
> ブログを読む限りでは本当にタイでは稀有だよね、ノイ君は。
> 無免許でバイクを乗り回して、
> ムエタイ等のギャンブルを楽しんで、
> 奥さんや彼女がいても浮気をしまくるのが
> 私の勝手なタイ人男性のイメージ。(笑)
>
> 今度ウドンに行ったら、
> ノイ君のお寺に連れて行って下さい!
>
> モエ
お早う〜モエさん、マジでノイ君は普通のタイの若者とは
違い稀有な存在です。(マジ)
あれだけ厳しい修行をしても、尚更またタイ全土の高僧の
所に教えを請いに行く、姿勢は頭が下がります。(祝)
そして今度は彼はパスポートを取り、聖地インドでの修行
を考えて居ます、親類の者として誇りに思える若者です、
そして彼の将来がとても楽しみで〜す。(祝)
ウドンよりJOSAN。
-
- ビルさん 2012/09/05 17:31:15
- またまた、おめでとうございま〜〜す
- ノイさんの出家祝いのブログを拝見してからもう5年も経つのですね〜。
その間、頑張って国王陛下から賞状をもらうくらいの出世をしたノイ
さんも偉いもんですね。
出家するだけでも親孝行だと言われる仏教国のタイで、最高の親孝行
で、さぞかしピムさんのお母さんも嬉しいでしょうね。
陽子ちゃんの名門学校への入学や、陽子ちゃんの家の新築等々、めで
たい事が目白押しで、逆に心配なくらいです、って言おうとして考え
てみたら、josanの当て逃げ事故がありましたね。
あんまり良い事が続くのも怖いものだから、ちょうど良いバランスと
言うか考えもので、差し引きで考えたらものすごいプラスですよね。
なんか、josanには「おめでとう」ばっかり言ってる気がします。(笑)
でも、他人事と言うよりも、感情移入しちゃってるので、こっちも嬉し
くなっちゃいます。
これからもこのブログで幸せのおこぼれを感じさせて下さい。
ビル
- josanさん からの返信 2012/09/05 23:51:18
- RE: またまた、おめでとうございま〜〜す
- 今晩は〜ビルさん、いつも訪問有難う御座いま〜す。(祝)
ノイ君は実に真面目な青年で、暇を惜しんではタイ中の高僧
の居るお寺に、修行に行き良く仏教を勉強して居ます。
本人は中学卒ですので、僧侶の傍ら頑張り高校の通信講座を
受け資格を取り、将来は仏教大学まで視野に入れて居ます。
タイの若者としては、稀な性格で、私も頭が下がる思いです。
ピムのお母さんも、勿論ノイ君は自慢の息子で〜す。(祝)
そしてノイ君は、我がー族の誇りでも有りま〜す。(マジ)
ウドンよりJOSAN。
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