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■はじめに<br /> 「シベリア鉄道」――たとい鉄道や旅行に疎い人であっても、今回のこのテーマに関しては殊更な説明は必要ないであろう。モスクワからウラジオストクに至る約9,300キロの鉄路は大陸横断鉄道の中でもその長さで最長を誇り、その区間を走行するロシア号は最長の「国内鉄道路線」として今もその名を誇っている(ちなみに、国際列車ではウラジオストクからキエフに行く列車などの方が走行距離は長い)。<br /> 今回は、ロシア号に乗ってシベリア鉄道を横断することにした。観光要素の強いイルクーツクを通過することには躊躇いも覚えたが、乗るからには通しで乗りたいということと、途中下車しなくても前後合わせて10日間の旅程となる(さすがにそれ以上は休みが取り難い)ため、1本の列車で乗り通すことにした。イルクーツク周辺は、そのうちまた観光で来ればいいだろう。<br /> 逆に通しで乗ることの最大の難点は、清潔に関する問題である。シベリア鉄道には原則的にシャワー等がないため(乗務員用の設備があり、それを幾許かの金銭で使用させてもらったという旅行記はある)、1週間も風呂なしで生活しなければならないのである。仕様がないため、体はウェットタオルで拭き、洗髪はトイレの洗面所で済ますことにした(男ならではの対処法であろう)。<br /><br />【旅程】<br />1日目:成田→ウラジオストク(S7航空)[ウラジオストク泊]<br />2日目:ウラジオストク近郊列車乗車(ウゴリナヤまで)、夜にロシア号乗車 [車中泊①]<br />3日目:ロシア号(ハバロフスク、ベロゴルスクなど)[車中泊②]<br />4日目:ロシア号(スコヴォロディノなど)[車中泊③]<br />5日目:ロシア号(ウラン・ウデ、イルクーツクなど)[車中泊④]<br />6日目:ロシア号(タイシェト、クラスノヤルスクなど)[車中泊⑤]<br />7日目:ロシア号(オムスク、エカテリンブルグなど)[車中泊⑥]<br />8日目:ロシア号(キーロフなど)[モスクワ泊]<br />9日目:モスクワ近郊列車乗車(セルギエフ・パッサードまで)、モスクワからアエロフロート航空に搭乗 [機内泊]<br />10日目:午前、成田着<br /><br /> ウラジオストクへの航空便といえば、これまではウラジオストク航空のみであった。しかし今年の3月末よりシベリア航空(S7航空)が成田-ウラジオストク便(名目上はチャーター便)を週に2便運航し始め、しかも土曜日の便があるため仕事がある身としてはかなり使い勝手が良い。ロシア号の出発日(ウラジオストク発は偶数日)に合わせて、7月の2週目に出発することにした。<br /> 例のごとくロシア入国にはバウチャーとビザが必要であるため、個人手配を主義とする私ではあるが、今回も旅行社を通じて手配をしてもらった。<br /><br /><br />@エカテリンブルグ駅にて

シベリア鉄道9300キロ(前編)

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2012/07/07 - 2012/07/16

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国電

国電さん

■はじめに
 「シベリア鉄道」――たとい鉄道や旅行に疎い人であっても、今回のこのテーマに関しては殊更な説明は必要ないであろう。モスクワからウラジオストクに至る約9,300キロの鉄路は大陸横断鉄道の中でもその長さで最長を誇り、その区間を走行するロシア号は最長の「国内鉄道路線」として今もその名を誇っている(ちなみに、国際列車ではウラジオストクからキエフに行く列車などの方が走行距離は長い)。
 今回は、ロシア号に乗ってシベリア鉄道を横断することにした。観光要素の強いイルクーツクを通過することには躊躇いも覚えたが、乗るからには通しで乗りたいということと、途中下車しなくても前後合わせて10日間の旅程となる(さすがにそれ以上は休みが取り難い)ため、1本の列車で乗り通すことにした。イルクーツク周辺は、そのうちまた観光で来ればいいだろう。
 逆に通しで乗ることの最大の難点は、清潔に関する問題である。シベリア鉄道には原則的にシャワー等がないため(乗務員用の設備があり、それを幾許かの金銭で使用させてもらったという旅行記はある)、1週間も風呂なしで生活しなければならないのである。仕様がないため、体はウェットタオルで拭き、洗髪はトイレの洗面所で済ますことにした(男ならではの対処法であろう)。

【旅程】
1日目:成田→ウラジオストク(S7航空)[ウラジオストク泊]
2日目:ウラジオストク近郊列車乗車(ウゴリナヤまで)、夜にロシア号乗車 [車中泊①]
3日目:ロシア号(ハバロフスク、ベロゴルスクなど)[車中泊②]
4日目:ロシア号(スコヴォロディノなど)[車中泊③]
5日目:ロシア号(ウラン・ウデ、イルクーツクなど)[車中泊④]
6日目:ロシア号(タイシェト、クラスノヤルスクなど)[車中泊⑤]
7日目:ロシア号(オムスク、エカテリンブルグなど)[車中泊⑥]
8日目:ロシア号(キーロフなど)[モスクワ泊]
9日目:モスクワ近郊列車乗車(セルギエフ・パッサードまで)、モスクワからアエロフロート航空に搭乗 [機内泊]
10日目:午前、成田着

 ウラジオストクへの航空便といえば、これまではウラジオストク航空のみであった。しかし今年の3月末よりシベリア航空(S7航空)が成田-ウラジオストク便(名目上はチャーター便)を週に2便運航し始め、しかも土曜日の便があるため仕事がある身としてはかなり使い勝手が良い。ロシア号の出発日(ウラジオストク発は偶数日)に合わせて、7月の2週目に出発することにした。
 例のごとくロシア入国にはバウチャーとビザが必要であるため、個人手配を主義とする私ではあるが、今回も旅行社を通じて手配をしてもらった。


@エカテリンブルグ駅にて

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
20万円 - 25万円

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  • ■2012.7.7 ウラジオストクへ<br /> S7航空の成田発は15時40分であるため、出発には余裕がある。インターネットで偶然発見した京成バス(キャンペーン価格で東京から成田まで800円)で空港へ向かい、JALのラウンジでいつものカレーを頂きながら時間を潰した(S7航空はワンワールド加盟であるため、斯様に恩恵を受けることができる)。<br /><br />@鮮やかなグリーン色が特徴

    ■2012.7.7 ウラジオストクへ
     S7航空の成田発は15時40分であるため、出発には余裕がある。インターネットで偶然発見した京成バス(キャンペーン価格で東京から成田まで800円)で空港へ向かい、JALのラウンジでいつものカレーを頂きながら時間を潰した(S7航空はワンワールド加盟であるため、斯様に恩恵を受けることができる)。

    @鮮やかなグリーン色が特徴

  •  霧模様の成田空港は混雑しており、ひたすら待たされた挙句に飛び立ったのが16時25分頃であった。新設路線なので色々と心配していたが、機体は真新しいエアバスであり、自動音声ながら日本語のアナウンスもあった。18時前(ウラジオストク時間で20時前)には下界に森林が見え始め、到着はほぼ定刻の20時14分であった。<br /><br />@ウラジオストク空港(タラップを降りてから撮りたいが、そういうことをしたら厳しく注意されること必至)

     霧模様の成田空港は混雑しており、ひたすら待たされた挙句に飛び立ったのが16時25分頃であった。新設路線なので色々と心配していたが、機体は真新しいエアバスであり、自動音声ながら日本語のアナウンスもあった。18時前(ウラジオストク時間で20時前)には下界に森林が見え始め、到着はほぼ定刻の20時14分であった。

    @ウラジオストク空港(タラップを降りてから撮りたいが、そういうことをしたら厳しく注意されること必至)

  •  歩けばすぐの距離(50メートルくらい)を移動するためにバスを待たされ、入国審査を終えたのが20時45分頃、ホテルまでの送迎と切符の配達をしてくれる運転手と落ち合い、ボロい日本車で市内へと向かった。<br /> 今回は安い手配にしたので「ドライバーはロシア語しか話せない」と言うプランにしたが、やってきた人は日本語を勉強中ということで片言の会話はしてくれた。彼女曰く「約40分」という道程であったが、道路工事等による大渋滞があり、ホテルに着いたのは2時間後であった。大変な渋滞であったが、海際では打ち上げ花火も乱発されており(運転手さん曰く、「ええと、日本語出てこない、のお祭り」)、賑やかな初日となった。<br /> 駅近くまで行きスーパーでビールと惣菜を買い、雨模様で中断しているF1予選を見ながら一献して就寝。<br /><br />@ロシアンビールとロシア食材で前祝

     歩けばすぐの距離(50メートルくらい)を移動するためにバスを待たされ、入国審査を終えたのが20時45分頃、ホテルまでの送迎と切符の配達をしてくれる運転手と落ち合い、ボロい日本車で市内へと向かった。
     今回は安い手配にしたので「ドライバーはロシア語しか話せない」と言うプランにしたが、やってきた人は日本語を勉強中ということで片言の会話はしてくれた。彼女曰く「約40分」という道程であったが、道路工事等による大渋滞があり、ホテルに着いたのは2時間後であった。大変な渋滞であったが、海際では打ち上げ花火も乱発されており(運転手さん曰く、「ええと、日本語出てこない、のお祭り」)、賑やかな初日となった。
     駅近くまで行きスーパーでビールと惣菜を買い、雨模様で中断しているF1予選を見ながら一献して就寝。

    @ロシアンビールとロシア食材で前祝

  • ■2012.7.8 ウラジオストク近郊観光、ロシア号1日目<br /> ロシア号の出発は夜遅いため、今日は近郊列車(エレクトリーチカ)に乗車して、その後はウラジオストク市内を観光する予定である。<br /> 近郊列車と言っても、走行する区間はシベリア鉄道である。今晩乗る路線に前もって乗るのは無駄だと思われるかもしれないが、ロシア号の出発時刻は22時30分、いくら夜が更けるのが遅いウラジオストクでも22時過ぎには暗くなってしまうため、外の景色が見えないのである。そしてこの区間は、シベリア鉄道で唯一「海が見える区間」なのである。よって、明るいうちに近郊列車に乗っておくことにしたのである。<br /><br />@エレクトリーチカとは

    ■2012.7.8 ウラジオストク近郊観光、ロシア号1日目
     ロシア号の出発は夜遅いため、今日は近郊列車(エレクトリーチカ)に乗車して、その後はウラジオストク市内を観光する予定である。
     近郊列車と言っても、走行する区間はシベリア鉄道である。今晩乗る路線に前もって乗るのは無駄だと思われるかもしれないが、ロシア号の出発時刻は22時30分、いくら夜が更けるのが遅いウラジオストクでも22時過ぎには暗くなってしまうため、外の景色が見えないのである。そしてこの区間は、シベリア鉄道で唯一「海が見える区間」なのである。よって、明るいうちに近郊列車に乗っておくことにしたのである。

    @エレクトリーチカとは

  •  乗車するのは、ナホトカ方面の分岐に近いウゴリナヤ駅までである。シベリア鉄道の極東地域で最初に開通したのは、1893年のウラジオストク−ウゴリナヤ間であるから、そういう意味でもこの区間に乗車するのには意味があると言えるであろう。<br /> ホテルで朝食を済ませた後、ウラジオストク駅へ行って切符を買う。切符売り場近くの壁には時刻表と料金表があるのでわかりやすく、口頭で「ウゴリナヤ」と言うだけで買うことができた。<br /> 出発時刻の10分ほど前に、旧い緑色の電車が入線してきた。旧ソ連時代から使用されている、ラトビア製の旧い車両である。車内の座席は板張りで、3人席が2列並んでいる。<br /><br />@当然、おしりは痛くなる設計

     乗車するのは、ナホトカ方面の分岐に近いウゴリナヤ駅までである。シベリア鉄道の極東地域で最初に開通したのは、1893年のウラジオストク−ウゴリナヤ間であるから、そういう意味でもこの区間に乗車するのには意味があると言えるであろう。
     ホテルで朝食を済ませた後、ウラジオストク駅へ行って切符を買う。切符売り場近くの壁には時刻表と料金表があるのでわかりやすく、口頭で「ウゴリナヤ」と言うだけで買うことができた。
     出発時刻の10分ほど前に、旧い緑色の電車が入線してきた。旧ソ連時代から使用されている、ラトビア製の旧い車両である。車内の座席は板張りで、3人席が2列並んでいる。

    @当然、おしりは痛くなる設計

  •  驚くほど定刻の9時25分、旧い電車はウラジオストクを出発した。5分もすると左手に海が見え始め、最初の駅の到着が9時32分。意外ではあるが、始発であるウラジオストクよりも駅に停まるごとに次第に乗客は増えていった。<br /> その後は左手に海が広がる割合が増え、季節柄多くの海水客が水着姿で浜辺を屯しているのが見える。ウゴリナヤ到着も、定刻の10時18分であった(ちなみにこれらの時刻は、出発前に「ウラジオストク、ウゴリナヤ、エレクトリーチカ」をロシア語で検索して適当に見つけたサイトhttp://poezdato.net/と比較したものである)。<br /><br />@ウゴリナヤ駅と海

     驚くほど定刻の9時25分、旧い電車はウラジオストクを出発した。5分もすると左手に海が見え始め、最初の駅の到着が9時32分。意外ではあるが、始発であるウラジオストクよりも駅に停まるごとに次第に乗客は増えていった。
     その後は左手に海が広がる割合が増え、季節柄多くの海水客が水着姿で浜辺を屯しているのが見える。ウゴリナヤ到着も、定刻の10時18分であった(ちなみにこれらの時刻は、出発前に「ウラジオストク、ウゴリナヤ、エレクトリーチカ」をロシア語で検索して適当に見つけたサイトhttp://poezdato.net/と比較したものである)。

    @ウゴリナヤ駅と海

  •  帰りの電車は比較的本数があるため、しばらくは駅周辺を散策してみることにした。海と反対側を数分歩くと廃線跡(使途不明)があり、その先の大きな通りを左に曲がると小さな市場があった。それらを見学し、駅近くで野良猫を追いかけてから、再び駅へと戻る。<br /> 駅舎が大規模な改修(ほぼ新装)中であるため、仮設のようなところで切符を買った。その後、仮のホームでうろうろしていると、警察2人組が何やら(おそらく写真のこと)をガミガミ言ってきた。昔はともかく現在では違法ではないはずだが、こちらもロシア語がわからないので適当にやり過ごした(田舎での写真撮影は、やはり慎重さが必要なのであろう。結論からすると、今回の旅行で撮影を咎められたのはここだけであった)。<br /><br />@仮ホーム(左上が仮駅舎)

     帰りの電車は比較的本数があるため、しばらくは駅周辺を散策してみることにした。海と反対側を数分歩くと廃線跡(使途不明)があり、その先の大きな通りを左に曲がると小さな市場があった。それらを見学し、駅近くで野良猫を追いかけてから、再び駅へと戻る。
     駅舎が大規模な改修(ほぼ新装)中であるため、仮設のようなところで切符を買った。その後、仮のホームでうろうろしていると、警察2人組が何やら(おそらく写真のこと)をガミガミ言ってきた。昔はともかく現在では違法ではないはずだが、こちらもロシア語がわからないので適当にやり過ごした(田舎での写真撮影は、やはり慎重さが必要なのであろう。結論からすると、今回の旅行で撮影を咎められたのはここだけであった)。

    @仮ホーム(左上が仮駅舎)

  •  列車は定刻の11時23分に、ウスリースク方面からやってきた。いそいそとそれに乗り込み、再び海岸沿いの景色を眺めながらウラジオストクへと戻る。車内には売り子(個人経営であるため、リュックや肩などに品物を担いでくる)や、アコーディオン奏者(1曲演奏して小銭を集める)まで現れ、なかなか賑やかであった。<br /><br />@ロシアの夏は短い

     列車は定刻の11時23分に、ウスリースク方面からやってきた。いそいそとそれに乗り込み、再び海岸沿いの景色を眺めながらウラジオストクへと戻る。車内には売り子(個人経営であるため、リュックや肩などに品物を担いでくる)や、アコーディオン奏者(1曲演奏して小銭を集める)まで現れ、なかなか賑やかであった。

    @ロシアの夏は短い

  •  その後は、ウラジオストク市内観光である。海岸沿いを歩き観光スポットをいくつか押さえてからは、お待ちかねのケーブルカーである。<br /> ケーブルカーはロシアで非常に珍しいもの(こことソチにしかないという)であり、最近まで改修中であったが現在は乗車可能という情報を得ている。行ってみると家族連れなどが写真を撮っており、しばらくするとおばさんの車掌が来て車両の中で料金を徴収し始めた(最近、6ルーブルから8ルーブルに値上がりしたようで、スタンプで料金が修正されていた)。<br /><br />@対向の車両とすれ違い(乗車時間は3分未満?)

     その後は、ウラジオストク市内観光である。海岸沿いを歩き観光スポットをいくつか押さえてからは、お待ちかねのケーブルカーである。
     ケーブルカーはロシアで非常に珍しいもの(こことソチにしかないという)であり、最近まで改修中であったが現在は乗車可能という情報を得ている。行ってみると家族連れなどが写真を撮っており、しばらくするとおばさんの車掌が来て車両の中で料金を徴収し始めた(最近、6ルーブルから8ルーブルに値上がりしたようで、スタンプで料金が修正されていた)。

    @対向の車両とすれ違い(乗車時間は3分未満?)

  •  距離はこの上なく短く、あっという間に終着駅に着いた。しかも鷹の巣展望台まではそこからけっこう歩かなければならず、日常の足としても観光需要としても、いずれも微妙な立ち位置である。<br /> 展望台から市内の景色を眺めてからは、帰路は徒歩で降りて行く。通りには路面電車の線路があるが、残念ながらこれは数年前に廃止されてしまっている。<br /> 市内中央部の大通りを30〜40分歩いて海岸まで行ってみると、今日もお祭りが続いているようで、ステージ上では賑やかな音楽が奏でられており、売店のアイスクリームには長蛇の列が出来ている。陽気に騒ぐロシア人や相変わらず大騒ぎの中国人団体観光客以外に、さすがはロシアと思ったのが、北朝鮮の高官らしきツアー客数人が、金日成と金正日の顔入りバッチ付きで歩ているのを発見したことであった。<br /><br />@お祭り気分のウラジオ市民

     距離はこの上なく短く、あっという間に終着駅に着いた。しかも鷹の巣展望台まではそこからけっこう歩かなければならず、日常の足としても観光需要としても、いずれも微妙な立ち位置である。
     展望台から市内の景色を眺めてからは、帰路は徒歩で降りて行く。通りには路面電車の線路があるが、残念ながらこれは数年前に廃止されてしまっている。
     市内中央部の大通りを30〜40分歩いて海岸まで行ってみると、今日もお祭りが続いているようで、ステージ上では賑やかな音楽が奏でられており、売店のアイスクリームには長蛇の列が出来ている。陽気に騒ぐロシア人や相変わらず大騒ぎの中国人団体観光客以外に、さすがはロシアと思ったのが、北朝鮮の高官らしきツアー客数人が、金日成と金正日の顔入りバッチ付きで歩ているのを発見したことであった。

    @お祭り気分のウラジオ市民

  •  売店で買ったアイスを齧りつつ、吃驚するほど際どい水着で砂浜に寝そべるロシア女性(6割が太鼓腹おばさんで、2割が普通、そして残り2割はモデル並みの超美人)を見ながら歩く。広場の近くで行列があったので覗いてみると、どうやらロシア海軍による炊き出しのようである。無料には弱いのでそれに並ぶこと30分、もらえたのは鮭入り香草スープであり、なかなか美味であった。飛び入りで美味しいところだけ頂くのは気が引けるが、日露戦争終結から100年と少し、これくらいはもう許してもらえる(?)だろう。<br /><br />@美味でした(でも北方領土は返してください)

     売店で買ったアイスを齧りつつ、吃驚するほど際どい水着で砂浜に寝そべるロシア女性(6割が太鼓腹おばさんで、2割が普通、そして残り2割はモデル並みの超美人)を見ながら歩く。広場の近くで行列があったので覗いてみると、どうやらロシア海軍による炊き出しのようである。無料には弱いのでそれに並ぶこと30分、もらえたのは鮭入り香草スープであり、なかなか美味であった。飛び入りで美味しいところだけ頂くのは気が引けるが、日露戦争終結から100年と少し、これくらいはもう許してもらえる(?)だろう。

    @美味でした(でも北方領土は返してください)

  •  駅へ戻ってみると、ちょうど列車が入線してきたところであった。外見は近郊列車のようであるが、車内の座席はリクライニングの豪華なものになっている。行先表示を見てみるとナホトカ行であったが、その右側に「ボストーク」と表示されてあるではないか。ボストーク号と言えば、紀行作家の宮脇俊三氏がシベリア鉄道に乗車する際に、ナホトカからハバロフスクまで乗車した列車で、現在は北京からモスクワへ行く列車の名称にもなっているはずである。<br /> そう思って調べてみたら、これはボストークではなく、“ウラジオストク”のロシア語を短縮版にしたものであった。<br /><br />@ボストーク号、ではありません

     駅へ戻ってみると、ちょうど列車が入線してきたところであった。外見は近郊列車のようであるが、車内の座席はリクライニングの豪華なものになっている。行先表示を見てみるとナホトカ行であったが、その右側に「ボストーク」と表示されてあるではないか。ボストーク号と言えば、紀行作家の宮脇俊三氏がシベリア鉄道に乗車する際に、ナホトカからハバロフスクまで乗車した列車で、現在は北京からモスクワへ行く列車の名称にもなっているはずである。
     そう思って調べてみたら、これはボストークではなく、“ウラジオストク”のロシア語を短縮版にしたものであった。

    @ボストーク号、ではありません

  •  その後は再び市内を歩き回り、再度お祭りの会場に行ったりして、それからスーパーで今晩の食材や水などを購入し、個人商店で1リットルのワイン3本(1週間分)を手に入れ、ホテルで荷物を返してもらって駅へと向かった。<br /><br />@ウラジオストク駅(明るい時間帯に撮影)

     その後は再び市内を歩き回り、再度お祭りの会場に行ったりして、それからスーパーで今晩の食材や水などを購入し、個人商店で1リットルのワイン3本(1週間分)を手に入れ、ホテルで荷物を返してもらって駅へと向かった。

    @ウラジオストク駅(明るい時間帯に撮影)

  •  待合室の豪華な天井を見たりして待つこと30分、22時少し前にアナウンスがあって客が動き始めたが、窓から外を見てもなかなか列車が入線してこない(そもそも私はアナウンスの意味を理解できていない)。22時10分頃に列車が見えたので、売店で今晩用のビールを買い、ホームへ降りて指定された4号車に行ってみると、車掌はホームの反対側を指している。どうやらロシア号はもうすでに入線していたようで、22時少し前にあったアナウンスがそれのようであった。<br /><br />@ちなみに「豪華な天井」とはこういうもの

     待合室の豪華な天井を見たりして待つこと30分、22時少し前にアナウンスがあって客が動き始めたが、窓から外を見てもなかなか列車が入線してこない(そもそも私はアナウンスの意味を理解できていない)。22時10分頃に列車が見えたので、売店で今晩用のビールを買い、ホームへ降りて指定された4号車に行ってみると、車掌はホームの反対側を指している。どうやらロシア号はもうすでに入線していたようで、22時少し前にあったアナウンスがそれのようであった。

    @ちなみに「豪華な天井」とはこういうもの

  •  車内に入ると、同室には大人しそうなロシア女性が1人いるだけであった。炎天下に放置されていたせいか、車内はかなり蒸し暑い(走り出して冷房が入ると解消されたが)。スーパーで買ったサラミやチーズ、魚のオイル漬けやカツレツなどで一献していると、定刻の22時30分、車両はゆっくりと動き出した。<br /><br />@暗くなっていたため写真はなし(朝に撮影した、シベリア鉄道の起点を示すキロポスト)

     車内に入ると、同室には大人しそうなロシア女性が1人いるだけであった。炎天下に放置されていたせいか、車内はかなり蒸し暑い(走り出して冷房が入ると解消されたが)。スーパーで買ったサラミやチーズ、魚のオイル漬けやカツレツなどで一献していると、定刻の22時30分、車両はゆっくりと動き出した。

    @暗くなっていたため写真はなし(朝に撮影した、シベリア鉄道の起点を示すキロポスト)

  •  しばらくはウラジオストクの灯火が見えるが、次第にそれが少なくなっていく。なんとなく海の面影が見えなくもないが、ほとんど景色は掴めない。午前中にこの区間を乗っておいてよかったと思う。<br /> 車両はかなり新しく、人のいない上段であるが転落防止用の柵があり(当たり前のことのようであるが、ロシアの車両にはこれがないのが普通であった)、また1つだけであるが室内に電源もある。トイレも垂れ流しではなくタンク式であるため、停車中も利用できるのがありがたい(垂れ流し式の場合は、停車駅前後は車掌が鍵を閉めてしまうため使用できなくなるのである)。<br /><br />@最新の車両だが、外見はボロく見えるのが不思議(この写真も朝のうちに撮影)

     しばらくはウラジオストクの灯火が見えるが、次第にそれが少なくなっていく。なんとなく海の面影が見えなくもないが、ほとんど景色は掴めない。午前中にこの区間を乗っておいてよかったと思う。
     車両はかなり新しく、人のいない上段であるが転落防止用の柵があり(当たり前のことのようであるが、ロシアの車両にはこれがないのが普通であった)、また1つだけであるが室内に電源もある。トイレも垂れ流しではなくタンク式であるため、停車中も利用できるのがありがたい(垂れ流し式の場合は、停車駅前後は車掌が鍵を閉めてしまうため使用できなくなるのである)。

    @最新の車両だが、外見はボロく見えるのが不思議(この写真も朝のうちに撮影)

  •  23時20分過ぎ頃、食べ終えて酔いながらベッドメーキングをし、着替えをし終えたところでちょうど消灯になった。<br /><br />■2012.7.9 ロシア号2日目<br /> 目が覚めてみると6時30分、辺りはこういった地域の気候の朝にありがちの霧模様である。列車は中国領を迂回するためまだ北北東に向かっており、右手には朝日が昇り始めている。そして7時18分、停車駅であるビキンに到着した。定刻より12分の遅れである(とこの時分では思っていたが、実は時刻が改定されており、実際は7時20分着予定で2分の早着であった)。<br /><br />@縁起よく日の出を拝む

     23時20分過ぎ頃、食べ終えて酔いながらベッドメーキングをし、着替えをし終えたところでちょうど消灯になった。

    ■2012.7.9 ロシア号2日目
     目が覚めてみると6時30分、辺りはこういった地域の気候の朝にありがちの霧模様である。列車は中国領を迂回するためまだ北北東に向かっており、右手には朝日が昇り始めている。そして7時18分、停車駅であるビキンに到着した。定刻より12分の遅れである(とこの時分では思っていたが、実は時刻が改定されており、実際は7時20分着予定で2分の早着であった)。

    @縁起よく日の出を拝む

  •  ビキン出発後は、ぼんやりと外を眺め続けた。頻繁に貨物列車とすれ違うが、1両当たりの車両が長いものでも40両以上、短いタンク車両などでは60両程度繋がっているものが普通であった。シベリア鉄道が、いかに貨物中心であるかを物語っていると言えよう。<br /> 9時頃になると、それまで快走していた車両のスピードが鈍くなっていった。所々で保線作業も行われており、走行音も「ガタンゴトン」というものになっている(昔の短いレールを使用している区間なのであろう)。ハバロフスクには、定刻より25分遅れ(実際は19分遅れ)の11時20分であった。ホームは広いが、物売りはアイスの売店が1つあるだけで、食糧を手に入れられそうな露店はまったくなかった。<br /><br />@ハバロフスク駅舎

     ビキン出発後は、ぼんやりと外を眺め続けた。頻繁に貨物列車とすれ違うが、1両当たりの車両が長いものでも40両以上、短いタンク車両などでは60両程度繋がっているものが普通であった。シベリア鉄道が、いかに貨物中心であるかを物語っていると言えよう。
     9時頃になると、それまで快走していた車両のスピードが鈍くなっていった。所々で保線作業も行われており、走行音も「ガタンゴトン」というものになっている(昔の短いレールを使用している区間なのであろう)。ハバロフスクには、定刻より25分遅れ(実際は19分遅れ)の11時20分であった。ホームは広いが、物売りはアイスの売店が1つあるだけで、食糧を手に入れられそうな露店はまったくなかった。

    @ハバロフスク駅舎

  •  11時40分にハバロフスクを出発。すぐにあの有名なアムール川を渡るが、事前に調べた限りでは、モスクワ行の列車は原則として橋ではなく地下トンネルを通ることになっているらしい。出発後すぐにトンネルに入ったので「やっぱり」と思っていたが、そのトンネルはすぐに終わり、アムール駅を過ぎるとなんと橋を渡り始めたではないか。偶然なのかシステムが改定されたのかはわからないが、シベリア鉄道における数少ない見どころポイントを押さえることができたのは幸いである。<br /><br />@1枚の写真では収まり切らず

     11時40分にハバロフスクを出発。すぐにあの有名なアムール川を渡るが、事前に調べた限りでは、モスクワ行の列車は原則として橋ではなく地下トンネルを通ることになっているらしい。出発後すぐにトンネルに入ったので「やっぱり」と思っていたが、そのトンネルはすぐに終わり、アムール駅を過ぎるとなんと橋を渡り始めたではないか。偶然なのかシステムが改定されたのかはわからないが、シベリア鉄道における数少ない見どころポイントを押さえることができたのは幸いである。

    @1枚の写真では収まり切らず

  •  鉄橋を渡り終えた後は、これまで通りに白樺林やタイガなどを見続けていたが、ふと廊下に時刻表が貼っているのに気付いた。それをよくよく見てみると、ウラジオストク出発とモスクワ(ヤロスラヴリ駅)到着は変わっていないが、途中駅の発着が、分単位であるが改正されていたのである。徐にその写真を撮り、室内で手持ちの時刻表に書き写した。<br /><br />@時刻表(これを参考にして、停車時に買い出しなどをする)

     鉄橋を渡り終えた後は、これまで通りに白樺林やタイガなどを見続けていたが、ふと廊下に時刻表が貼っているのに気付いた。それをよくよく見てみると、ウラジオストク出発とモスクワ(ヤロスラヴリ駅)到着は変わっていないが、途中駅の発着が、分単位であるが改正されていたのである。徐にその写真を撮り、室内で手持ちの時刻表に書き写した。

    @時刻表(これを参考にして、停車時に買い出しなどをする)

  •  ビロビジャン付近では、またしても列車は速度を落とした。路盤状態もあまりよくなく揺れを感じていたが、ふと路盤脇を見ると変形した貨車が数両まとめて置いてあるではないか(明らかに「事後処理後の後始末」)。シベリア鉄道に関する事故の話はあまり聞かないが、こちらの列車がそうならないことを祈るばかりである。ビロビジャン到着は、定刻より19分遅れの13時53分であった(ここ以降は正しい時刻表との比較による)。<br /> その後、列車は快走し始めた。キロポストを目で追ってみると、30秒で1キロであり、つまりちょうど時速120キロで走っていることがわかる。<br /><br />@シベリア鉄道は貨物のための鉄道

     ビロビジャン付近では、またしても列車は速度を落とした。路盤状態もあまりよくなく揺れを感じていたが、ふと路盤脇を見ると変形した貨車が数両まとめて置いてあるではないか(明らかに「事後処理後の後始末」)。シベリア鉄道に関する事故の話はあまり聞かないが、こちらの列車がそうならないことを祈るばかりである。ビロビジャン到着は、定刻より19分遅れの13時53分であった(ここ以降は正しい時刻表との比較による)。
     その後、列車は快走し始めた。キロポストを目で追ってみると、30秒で1キロであり、つまりちょうど時速120キロで走っていることがわかる。

    @シベリア鉄道は貨物のための鉄道

  •  2日連続していつもよりは寝不足だったため、1時間ほどうたた寝をする。次の到着はオブルチェで16時25分(定刻より13分遅れ)に着いたが、なんとこの駅にも物売りが皆無であった(「地球の歩き方」には、この駅にて露店が出ている写真が掲載されている)。季節柄ものが腐りやすいためやっていないのか、それとも、そもそも違法な形態の商売であったから一斉撤去されてしまったのか、いずれにしても謎である。<br /><br />@売り子ゼロ

     2日連続していつもよりは寝不足だったため、1時間ほどうたた寝をする。次の到着はオブルチェで16時25分(定刻より13分遅れ)に着いたが、なんとこの駅にも物売りが皆無であった(「地球の歩き方」には、この駅にて露店が出ている写真が掲載されている)。季節柄ものが腐りやすいためやっていないのか、それとも、そもそも違法な形態の商売であったから一斉撤去されてしまったのか、いずれにしても謎である。

    @売り子ゼロ

  •  すると、カバンを抱えてなにやらぶつぶつ言ってホームを歩いてくるおばさんがいて、乗客の人が声をかけるとアイス売りであった。なるほど、仮に露店が違法として撤去されたとしても、この形態なら問題ないはずである。その人から1つのアイスを買いそれを齧っていると、今度は手押しカバンの中に食事系のものを入れたおばさんがやってきたので、ピロシキと肉団子みたいなのをそれぞれ1つずつ買ってみた。季節からして腐敗が気になるところであるが、食べる時ににおいが気になれば諦めればいいだけである。<br /><br />@このおばさんから購入(結局、美味しくいただきました。疑ってごめんなさい)

     すると、カバンを抱えてなにやらぶつぶつ言ってホームを歩いてくるおばさんがいて、乗客の人が声をかけるとアイス売りであった。なるほど、仮に露店が違法として撤去されたとしても、この形態なら問題ないはずである。その人から1つのアイスを買いそれを齧っていると、今度は手押しカバンの中に食事系のものを入れたおばさんがやってきたので、ピロシキと肉団子みたいなのをそれぞれ1つずつ買ってみた。季節からして腐敗が気になるところであるが、食べる時ににおいが気になれば諦めればいいだけである。

    @このおばさんから購入(結局、美味しくいただきました。疑ってごめんなさい)

  •  再び列車は草原の中を走り続ける。カザーチィという小さな駅を過ぎたが、ここで時差が生じて時計を1時間戻すことになる。沿線に何か目印でもあるかと思って目を凝らしてみたが、時差などは大したことではないようで何も見付けられなかった。<br /> 18時18分、遅れを10分にまで取り戻してブレヤに到着した。駅構内(進行方向右手)には、SLが展示されている。2分後に出発したが、左手奥の方には大量のSLらしきものが、まるで墓場のように係留されているのが垣間見えた(建物と木々が邪魔をしており、写真はうまく撮れなかった)。<br /><br />@ブレヤ駅のSL

     再び列車は草原の中を走り続ける。カザーチィという小さな駅を過ぎたが、ここで時差が生じて時計を1時間戻すことになる。沿線に何か目印でもあるかと思って目を凝らしてみたが、時差などは大したことではないようで何も見付けられなかった。
     18時18分、遅れを10分にまで取り戻してブレヤに到着した。駅構内(進行方向右手)には、SLが展示されている。2分後に出発したが、左手奥の方には大量のSLらしきものが、まるで墓場のように係留されているのが垣間見えた(建物と木々が邪魔をしており、写真はうまく撮れなかった)。

    @ブレヤ駅のSL

  •  沿線には、鉄道用の工場なども時々存在する。日本と違うのは、こちらでは枕木(コンクリート製)の上にレールを設置した状態までユニット単位で製造し、それをそのまま輸送して行くということであろうか(おそらく日本では、現場で枕木を設置し、その上にレールを敷くはずである)。<br /><br />@こういう状態まで製造する(横からではわかりにくいが)

     沿線には、鉄道用の工場なども時々存在する。日本と違うのは、こちらでは枕木(コンクリート製)の上にレールを設置した状態までユニット単位で製造し、それをそのまま輸送して行くということであろうか(おそらく日本では、現場で枕木を設置し、その上にレールを敷くはずである)。

    @こういう状態まで製造する(横からではわかりにくいが)

  •  しばし快走し続け遅れを挽回し、ベロゴルスクには定刻の20時31分に到着した。この駅では30分の停車予定であり、定刻になってくれたおかげでたっぷりと撮影や買い出しができることになる。<br /> 露店に関してであるが、やはりこの駅でも全廃されていた。物を売っているのはオブルチェと同様に、カバンに食べ物を入れて「歩き売り」するおばさんだけである。今晩のツマミの手配が心配になってきた。<br /><br />@駅舎前ではレーニン(たぶん)がお出迎え

     しばし快走し続け遅れを挽回し、ベロゴルスクには定刻の20時31分に到着した。この駅では30分の停車予定であり、定刻になってくれたおかげでたっぷりと撮影や買い出しができることになる。
     露店に関してであるが、やはりこの駅でも全廃されていた。物を売っているのはオブルチェと同様に、カバンに食べ物を入れて「歩き売り」するおばさんだけである。今晩のツマミの手配が心配になってきた。

    @駅舎前ではレーニン(たぶん)がお出迎え

  •  時間もたっぷりあるので、まずは先頭の機関車や駅舎、駅周辺の撮影をする(面倒なことにならないように、警察には背を向けながらの撮影。しかしこれは杞憂であり、シベリア鉄道内で撮影を咎める人は最後までいなかった。もちろん、警察も同様である)。<br /> 駅前の建物に人が入っていくので付いて行ってみると、なんとスーパーであった。これ幸いと、インスタント食品やお菓子、ビールや惣菜を買うことにする。しかし惣菜であるが、1人しかいない店員を私の語学力で奪い合うのは不可能である。籠に入れてレジに持って行ける状態で売っている唯一の惣菜は、鳥の丸焼き(フィリピン旅行で買った丸焼きは小ぶりだったが、今回は本格的な大きさの丸焼きである)だけであるが、選択肢は無いのでそれを買うことにした。値段にして約330ルーブル、たったの千円程度であるから、余れば残してしまえばいいだろう。<br /><br />@丸焼き(長さ約25センチ)

     時間もたっぷりあるので、まずは先頭の機関車や駅舎、駅周辺の撮影をする(面倒なことにならないように、警察には背を向けながらの撮影。しかしこれは杞憂であり、シベリア鉄道内で撮影を咎める人は最後までいなかった。もちろん、警察も同様である)。
     駅前の建物に人が入っていくので付いて行ってみると、なんとスーパーであった。これ幸いと、インスタント食品やお菓子、ビールや惣菜を買うことにする。しかし惣菜であるが、1人しかいない店員を私の語学力で奪い合うのは不可能である。籠に入れてレジに持って行ける状態で売っている唯一の惣菜は、鳥の丸焼き(フィリピン旅行で買った丸焼きは小ぶりだったが、今回は本格的な大きさの丸焼きである)だけであるが、選択肢は無いのでそれを買うことにした。値段にして約330ルーブル、たったの千円程度であるから、余れば残してしまえばいいだろう。

    @丸焼き(長さ約25センチ)

  •  丸焼きを分解しつつ酒を呑み、日の暮れに合わせるように22時過ぎに就寝した。ちなみに、かなり必死に食べたが鳥さんは5分の2ほど余ってしまったので、そのまま捨てるのは忍びないのでクーラーの送風口付近に置いておくことにした。<br /><br />■2012.7.10 ロシア号3日目<br /> 6時30分頃に起床、天気はくもりである。2晩も風呂なしで過ごしたため、トイレへ行き洗髪と体拭きを済ませてすっきりとした。<br /><br />@トイレ(車両の隅に同じものが2つ。後日、お湯が出ることを発見)

     丸焼きを分解しつつ酒を呑み、日の暮れに合わせるように22時過ぎに就寝した。ちなみに、かなり必死に食べたが鳥さんは5分の2ほど余ってしまったので、そのまま捨てるのは忍びないのでクーラーの送風口付近に置いておくことにした。

    ■2012.7.10 ロシア号3日目
     6時30分頃に起床、天気はくもりである。2晩も風呂なしで過ごしたため、トイレへ行き洗髪と体拭きを済ませてすっきりとした。

    @トイレ(車両の隅に同じものが2つ。後日、お湯が出ることを発見)

  •  持参の資料を参照して、現在位置を確認する。時刻からするとスコヴォロディノを過ぎたあたりであろうか。3日目ともなるとかなり乗車してきた気がするが、地図を見てみると、モンゴルどころかまだ中国の旧満州国部分の迂回すら終わっていない位置で、全体地図をからするとまだまだ右側(東側)であり、シベリア鉄道の偉大さを実感する。<br /> 8時過ぎ、雨模様となり雨粒が窓を伝い始める。一般的な旅行ならば恨めしい雨も、鉄道旅行は乗りっぱなしなので、雨もまた趣のある一場面である。<br /><br />@雨でも鉄ネタを狙う

     持参の資料を参照して、現在位置を確認する。時刻からするとスコヴォロディノを過ぎたあたりであろうか。3日目ともなるとかなり乗車してきた気がするが、地図を見てみると、モンゴルどころかまだ中国の旧満州国部分の迂回すら終わっていない位置で、全体地図をからするとまだまだ右側(東側)であり、シベリア鉄道の偉大さを実感する。
     8時過ぎ、雨模様となり雨粒が窓を伝い始める。一般的な旅行ならば恨めしい雨も、鉄道旅行は乗りっぱなしなので、雨もまた趣のある一場面である。

    @雨でも鉄ネタを狙う

  •  9時17分、定刻より8分遅れでエロフェイ・パーヴロヴィチに到着した。駅付近には、これまでと同様にSLが展示されている。雨は強く、また列車はホームのないところに停車している。降りてみたが、人々は接近してくる対向列車に対して避けることもせず、辺りには野良犬がいたりして長閑な雰囲気であった。ここでは21分ほど停車する予定であり、停車時間を短くしたりして遅れを挽回するだろうとの予想を裏切り、定刻より14分遅れの9時44分に出発した。<br /><br />@食堂車のおばさん、タバコ吸う前に避けましょう(この大柄なおばさんが、このあとに出てくる「ピロシキ売り」「ビール売り」の従業員です)

     9時17分、定刻より8分遅れでエロフェイ・パーヴロヴィチに到着した。駅付近には、これまでと同様にSLが展示されている。雨は強く、また列車はホームのないところに停車している。降りてみたが、人々は接近してくる対向列車に対して避けることもせず、辺りには野良犬がいたりして長閑な雰囲気であった。ここでは21分ほど停車する予定であり、停車時間を短くしたりして遅れを挽回するだろうとの予想を裏切り、定刻より14分遅れの9時44分に出発した。

    @食堂車のおばさん、タバコ吸う前に避けましょう(この大柄なおばさんが、このあとに出てくる「ピロシキ売り」「ビール売り」の従業員です)

  •  地理的に若干山間を走行しているため、路盤は左右にカーブが連続している。走行音もガタンゴトンとレールの継ぎ目を強調し、枕木も旧い木のままである。試しにキロポストで計ってみると、65秒で1キロであった。久々に紙の上で割り算や掛け算をしてみると、時速55.38キロという答えに辿り着いた(それだけ暇があるという証しでもある)。その後はさらにスロー運転(ほぼ徐行運転)となっていった。<br /><br />@雨模様の写真では映えないので、晴れていた時間帯のものを

     地理的に若干山間を走行しているため、路盤は左右にカーブが連続している。走行音もガタンゴトンとレールの継ぎ目を強調し、枕木も旧い木のままである。試しにキロポストで計ってみると、65秒で1キロであった。久々に紙の上で割り算や掛け算をしてみると、時速55.38キロという答えに辿り着いた(それだけ暇があるという証しでもある)。その後はさらにスロー運転(ほぼ徐行運転)となっていった。

    @雨模様の写真では映えないので、晴れていた時間帯のものを

  •  11時過ぎ頃、食堂車の従業員がお盆片手にピロシキなどを売りに来た。食堂車の厨房で揚げているものであろうから、物売りのおばさんのよりは期待できそうである。今は空腹ではないが、明日以降に挑戦してみようと考えた。<br /> 11時38分、アマザルに到着した(定刻より17分遅れ)。雨はもうすでに止んでいる。これまでゆっくりと編成を確認できていなかったため(特に自分のいる車両より後ろ側)、そちら側に行ってみると、最後尾はソビエツカヤガバニからのもので(совгаваньと書いてあるので、最初は何のことかわからなかった)、2両目と3両目に至っては、なんと平壌(ピョンヤン)からの車両ではないか。ここぞとばかりに、色々と写真に収めた。<br /><br />@何故か感慨深い

     11時過ぎ頃、食堂車の従業員がお盆片手にピロシキなどを売りに来た。食堂車の厨房で揚げているものであろうから、物売りのおばさんのよりは期待できそうである。今は空腹ではないが、明日以降に挑戦してみようと考えた。
     11時38分、アマザルに到着した(定刻より17分遅れ)。雨はもうすでに止んでいる。これまでゆっくりと編成を確認できていなかったため(特に自分のいる車両より後ろ側)、そちら側に行ってみると、最後尾はソビエツカヤガバニからのもので(совгаваньと書いてあるので、最初は何のことかわからなかった)、2両目と3両目に至っては、なんと平壌(ピョンヤン)からの車両ではないか。ここぞとばかりに、色々と写真に収めた。

    @何故か感慨深い

  •  この駅も例外ではなく、露店は皆無であった。物売りは駅の敷地外(柵の外)に何店舗かあり、これはやはり露店が全面的に禁止されたと見てよいであろう。ホーム上で営業しているのは、例のごとく「歩き売り」の人だけである。<br /> そのホーム上であるが、なぜか野良ヤギ(?)が2匹いて乗客の注目の的になっていた。車掌も面白がって、パンを与えたりしている。人々もそれを写真に撮ったりして、和やかな空間となっていた。<br /><br />@なぜヤギが?

     この駅も例外ではなく、露店は皆無であった。物売りは駅の敷地外(柵の外)に何店舗かあり、これはやはり露店が全面的に禁止されたと見てよいであろう。ホーム上で営業しているのは、例のごとく「歩き売り」の人だけである。
     そのホーム上であるが、なぜか野良ヤギ(?)が2匹いて乗客の注目の的になっていた。車掌も面白がって、パンを与えたりしている。人々もそれを写真に撮ったりして、和やかな空間となっていた。

    @なぜヤギが?

  • *現状の編成:[機関車][荷物車][荷物車][荷物車][荷物車][11号車][8号車][7号車][6号車][食堂車][5号車][4号車][3号車][2号車][1号車][26号車][25号車][00号車](11号車は3等3段式寝台で、8号車から1号車まではロシア号カラーの車両(2段式寝台)。おそらくどれかが1等(2人部屋)として使用されているはずである)<br /><br /> 11時58分、遅れをそのままにアマザルを出発した。じきに雲が切れ始め、晴れ間も覗くようになっていった。ふと気づくと、キロポストが7,000キロを切って6,900キロ台の後半になっている。結構走ってきたと思う反面、まだ約4分の1しか走っていないと思うと先の長さを実感してしまう。<br /><br />@モゴチャに近づく

    *現状の編成:[機関車][荷物車][荷物車][荷物車][荷物車][11号車][8号車][7号車][6号車][食堂車][5号車][4号車][3号車][2号車][1号車][26号車][25号車][00号車](11号車は3等3段式寝台で、8号車から1号車まではロシア号カラーの車両(2段式寝台)。おそらくどれかが1等(2人部屋)として使用されているはずである)

     11時58分、遅れをそのままにアマザルを出発した。じきに雲が切れ始め、晴れ間も覗くようになっていった。ふと気づくと、キロポストが7,000キロを切って6,900キロ台の後半になっている。結構走ってきたと思う反面、まだ約4分の1しか走っていないと思うと先の長さを実感してしまう。

    @モゴチャに近づく

  •  13時17分、遅れを2分だけに挽回してモゴチャに到着した。快晴になっていたので、おそらく30度近い炎天下の中を先頭車両まで歩いてみる。駅周辺は、小ぢんまりとした家々が立ち並ぶ小奇麗な集落である。<br /><br />@ホーム付近の線路が上下にが歪んでいる?

     13時17分、遅れを2分だけに挽回してモゴチャに到着した。快晴になっていたので、おそらく30度近い炎天下の中を先頭車両まで歩いてみる。駅周辺は、小ぢんまりとした家々が立ち並ぶ小奇麗な集落である。

    @ホーム付近の線路が上下にが歪んでいる?

  •  13時34分、定刻より4分遅れでモゴチャを出発した。その後は、今日も小一時間ほど昼寝をする。起きてからは、またぼんやりと景色を眺める。峠と言うほとではないが、川沿いに左右に少しずつ曲がりながら列車は進んでいった。空模様は再び怪しくなり、16時頃からはまた雨粒が落ち始めた。<br /> 激しい雨は短時間で止み、再び曇り空に戻る。季節柄「花の見ごろ」であり、沿線の草原には黄色や紫や白の花々が所々で咲き乱れているが、いかんせん花自体が小さいものであり、走行中の車内から撮影することは不可能である。<br /><br />@目で見ると綺麗なのですが(写真には映らず)

     13時34分、定刻より4分遅れでモゴチャを出発した。その後は、今日も小一時間ほど昼寝をする。起きてからは、またぼんやりと景色を眺める。峠と言うほとではないが、川沿いに左右に少しずつ曲がりながら列車は進んでいった。空模様は再び怪しくなり、16時頃からはまた雨粒が落ち始めた。
     激しい雨は短時間で止み、再び曇り空に戻る。季節柄「花の見ごろ」であり、沿線の草原には黄色や紫や白の花々が所々で咲き乱れているが、いかんせん花自体が小さいものであり、走行中の車内から撮影することは不可能である。

    @目で見ると綺麗なのですが(写真には映らず)

  •  放置されている大量のSL(スクラップ用?)が見え、毎度のことながらのきちんと展示されているSLが右手に見え、そしてしばらくするとチェルヌィシェフスク・ザバイカリスキーで、遅れは1分だけとなり18時50分に到着した。<br /> ここでは30分ほど停車するため、先頭を撮影しようと前に進むとすでに機関車は切り離されてしまっていた。近場に高架橋があったので登ってみると、操車場には数えきれないほどの貨車があり、また山間の綺麗な景色も遠方には広がっていた。<br /><br />@中央に停まっているのがロシア号

     放置されている大量のSL(スクラップ用?)が見え、毎度のことながらのきちんと展示されているSLが右手に見え、そしてしばらくするとチェルヌィシェフスク・ザバイカリスキーで、遅れは1分だけとなり18時50分に到着した。
     ここでは30分ほど停車するため、先頭を撮影しようと前に進むとすでに機関車は切り離されてしまっていた。近場に高架橋があったので登ってみると、操車場には数えきれないほどの貨車があり、また山間の綺麗な景色も遠方には広がっていた。

    @中央に停まっているのがロシア号

  •  露店はやはり皆無で、この駅の場合は柵が遠くにあるため、柵の向こうに小さな店舗を構え、駅のホームで呼び込みのおばさんが声をかける、という形態になっていた。<br /> 先頭に機関車が付けられたので行ってみたが、これまでと似たり寄ったりの赤色の電気機関車である。どういう違いがあるのかは、帰国後に調べなければわからない(そこまで調べようとするほどのマニアでもない)。<br /><br />@最近はこういう作業を撮影しても咎められないようである

     露店はやはり皆無で、この駅の場合は柵が遠くにあるため、柵の向こうに小さな店舗を構え、駅のホームで呼び込みのおばさんが声をかける、という形態になっていた。
     先頭に機関車が付けられたので行ってみたが、これまでと似たり寄ったりの赤色の電気機関車である。どういう違いがあるのかは、帰国後に調べなければわからない(そこまで調べようとするほどのマニアでもない)。

    @最近はこういう作業を撮影しても咎められないようである

  •  売店があったので今晩のツマミ用ソーセージ(30ルーブル)を2本買い(相手の言う数字の単位がだんだん聞き取れるようになってきた)、野良子犬の写真を撮り、瀟洒な駅舎を眺めたりして時間を潰した。<br /><br />@基本的に、駅は小奇麗なものが多い

     売店があったので今晩のツマミ用ソーセージ(30ルーブル)を2本買い(相手の言う数字の単位がだんだん聞き取れるようになってきた)、野良子犬の写真を撮り、瀟洒な駅舎を眺めたりして時間を潰した。

    @基本的に、駅は小奇麗なものが多い

  •  この駅(書くのに疲れるほど長い)を定刻の19時19分に出発し、再び草原の中を走り続ける。スピードを落とした状態で貨物列車とすれ違ったので両数を数えてみると(通常の速度では正確に数えられない)、67両であった。日本でも、私が子どもの時分は40両クラスの貨物列車があったものだが、今はもう昔、である。<br /> 食堂車へ行き、大きな缶のビールを80ルーブルで買う。店で買う(約50ルーブル)のと大差ないし、何より冷えているのがロシアらしくなくて良い(中国やロシアの列車では、ビールが冷えていないのが数年前までの常識であった)。<br /><br />@白樺林が増えてきた

     この駅(書くのに疲れるほど長い)を定刻の19時19分に出発し、再び草原の中を走り続ける。スピードを落とした状態で貨物列車とすれ違ったので両数を数えてみると(通常の速度では正確に数えられない)、67両であった。日本でも、私が子どもの時分は40両クラスの貨物列車があったものだが、今はもう昔、である。
     食堂車へ行き、大きな缶のビールを80ルーブルで買う。店で買う(約50ルーブル)のと大差ないし、何より冷えているのがロシアらしくなくて良い(中国やロシアの列車では、ビールが冷えていないのが数年前までの常識であった)。

    @白樺林が増えてきた

  •  自室へ戻り、先ほど買ったソーセージと昨晩の鶏肉で夕飯を始めた。鶏肉であるが、匂いに異変はないし味にも変な酸味はなかったので、自身の舌を信用して食べることにした。<br /> そしてもう一つのツマミが、車窓に広がるシルカ川の流れである。シベリア鉄道の見どころの河川というと、どうしてもアムール川などが挙げられるが、渡り切ってしまえばあという間である。しかしこのシルカ側は、かなりの長時間にわたって線路に沿い、その滔々とした流れを見せてくれるのである。出発前に数冊(およびインターネットで数か所)確認したシベリア鉄道旅行記でこのシルカ川を推しているものはなかったが、私は個人的にぜひお勧めしたいと思う。<br /><br />@写真ではなかなか伝わりませんが

     自室へ戻り、先ほど買ったソーセージと昨晩の鶏肉で夕飯を始めた。鶏肉であるが、匂いに異変はないし味にも変な酸味はなかったので、自身の舌を信用して食べることにした。
     そしてもう一つのツマミが、車窓に広がるシルカ川の流れである。シベリア鉄道の見どころの河川というと、どうしてもアムール川などが挙げられるが、渡り切ってしまえばあという間である。しかしこのシルカ側は、かなりの長時間にわたって線路に沿い、その滔々とした流れを見せてくれるのである。出発前に数冊(およびインターネットで数か所)確認したシベリア鉄道旅行記でこのシルカ川を推しているものはなかったが、私は個人的にぜひお勧めしたいと思う。

    @写真ではなかなか伝わりませんが

  •  ワインを片手にぼんやり眺めていると、左手に旧い建物が見えてくる。これは現在では廃墟となっている教会の建物であり、事前に書籍でその存在を確認していたものであるが、まさかこれほど周囲に何もないところに建っているとは思っていなかった。急いで写真に収めたが、なんとかフレーム内に入れることができた。<br /><br />@旧い教会

     ワインを片手にぼんやり眺めていると、左手に旧い建物が見えてくる。これは現在では廃墟となっている教会の建物であり、事前に書籍でその存在を確認していたものであるが、まさかこれほど周囲に何もないところに建っているとは思っていなかった。急いで写真に収めたが、なんとかフレーム内に入れることができた。

    @旧い教会

  •  ほどよく酔ってきたところで、まだ陽の高いうち(と言っても22時前だが)に就寝。<br /><br />■2012.7.11 ロシア号4日目<br /> 真夜中、人の気配を感じたので目が覚めたが、どうやら反対側のベッドにいた大人しい女性がいなくなり、その代わりにおじさんが乗ってきたようである。薄明りの中で時計を見ると午前3時頃、どうやらチタ?のようである。<br /> 再び眠りに落ち、起きたのは6時30分頃、今日も空模様は曇りである。<br /> これまで何回も見てきたパターンで、まずスピードが落ち、そして展示してあるSLが見えると、停車駅である。停まったのはヒロクで、定刻から22分遅れの7時21分であった。<br /><br />@何もないけど降りてみる(朝の冷たい空気を吸うため)

     ほどよく酔ってきたところで、まだ陽の高いうち(と言っても22時前だが)に就寝。

    ■2012.7.11 ロシア号4日目
     真夜中、人の気配を感じたので目が覚めたが、どうやら反対側のベッドにいた大人しい女性がいなくなり、その代わりにおじさんが乗ってきたようである。薄明りの中で時計を見ると午前3時頃、どうやらチタ?のようである。
     再び眠りに落ち、起きたのは6時30分頃、今日も空模様は曇りである。
     これまで何回も見てきたパターンで、まずスピードが落ち、そして展示してあるSLが見えると、停車駅である。停まったのはヒロクで、定刻から22分遅れの7時21分であった。

    @何もないけど降りてみる(朝の冷たい空気を吸うため)

  •  辺りの風景には、時折貧しい農村が現れてくる。家畜の類は少なく、稀に牛か馬がいる程度である。<br /> 乗りっぱなしなので雨は一向に構わないが、今日は午後にバイカル湖畔を3時間ほど走行することになっている。せめてその時間帯だけは、晴れていてほしいものである。…という文章を室内で打っていると、雲の隙間から日が差し始めた。あとは天に祈るばかりである。<br /><br />@廃墟

     辺りの風景には、時折貧しい農村が現れてくる。家畜の類は少なく、稀に牛か馬がいる程度である。
     乗りっぱなしなので雨は一向に構わないが、今日は午後にバイカル湖畔を3時間ほど走行することになっている。せめてその時間帯だけは、晴れていてほしいものである。…という文章を室内で打っていると、雲の隙間から日が差し始めた。あとは天に祈るばかりである。

    @廃墟

  •  同室になったおじさんが肩をたたくので部屋に入ると、食事をどうかと誘われたので、最初なので頂くことにした。ロシアにありがちな世話好きタイプで、肉、卵、乾燥パン、キュウリ半分をもらい、それぞれ少量であったがかなりお腹いっぱいになった。<br /> 彼の名前はサーシャで、ウクライナへ行く(帰る?)ためにこのロシア号でモスクワまで行くという(さらっと書くと簡単なようだが、簡易辞書を片手にここまで辿り着くにはかなりの時間が必要であった)。<br /> 私の旅行の値段を聞かれたので、約8万ルーブルと答えた。月収も聞かれたので(額面か手取りか、またボーナスを加味するかでかなり違うが)、適当に「10万ルーブル(約30万円)」と答えると、それはすごく高いのかどうかも聞かれたので、「私と同年代のサラリーマン平均よりはかなり低いです」と言える語学力はないため、辞書の「ふつう」というところを指差した。<br /> サーシャは鉄道関係に勤めているということで、月収は2万5,000ルーブル(約7万5,000円)。親指と人差し指の先を少しだけ開ける例の仕草で「これっぽちしかない」という表情をしていた。<br /><br />@頂いた食材(肉と卵はすでに食べかけです)

     同室になったおじさんが肩をたたくので部屋に入ると、食事をどうかと誘われたので、最初なので頂くことにした。ロシアにありがちな世話好きタイプで、肉、卵、乾燥パン、キュウリ半分をもらい、それぞれ少量であったがかなりお腹いっぱいになった。
     彼の名前はサーシャで、ウクライナへ行く(帰る?)ためにこのロシア号でモスクワまで行くという(さらっと書くと簡単なようだが、簡易辞書を片手にここまで辿り着くにはかなりの時間が必要であった)。
     私の旅行の値段を聞かれたので、約8万ルーブルと答えた。月収も聞かれたので(額面か手取りか、またボーナスを加味するかでかなり違うが)、適当に「10万ルーブル(約30万円)」と答えると、それはすごく高いのかどうかも聞かれたので、「私と同年代のサラリーマン平均よりはかなり低いです」と言える語学力はないため、辞書の「ふつう」というところを指差した。
     サーシャは鉄道関係に勤めているということで、月収は2万5,000ルーブル(約7万5,000円)。親指と人差し指の先を少しだけ開ける例の仕草で「これっぽちしかない」という表情をしていた。

    @頂いた食材(肉と卵はすでに食べかけです)

  •  御裾分けに私のコーヒーとスープのインスタントをあげようとしたが、受け取れないという。さらにお互いに辞書で格闘した結果、どうやら薬を飲んでいるためお茶の類(カフェインがダメなのか?)が飲めないということらしかったので、辞書の「家族」を指してカバンを指差したら、納得して受け取ってくれた。<br /> ふと廊下を見ると、なぜだか物売り(食べ物から衣類まで)が各部屋を回ってきている。車掌も文句を言わないところを見ると、公認の職業なのであろうか。オームリ(魚の燻製)売りまで来たが、これに関してはこの先停車するスリュジャンカで有名なやつを手に入れる予定である。<br /> ウラン・ウデに近づくと、大量のSLがスクラップ待ち(?)をしているのを見つけた。到着は10時54分、なんと定刻より10分の早着である。<br /><br />@レストアはされないで廃車になる予感(7〜8両はあったであろうか)

     御裾分けに私のコーヒーとスープのインスタントをあげようとしたが、受け取れないという。さらにお互いに辞書で格闘した結果、どうやら薬を飲んでいるためお茶の類(カフェインがダメなのか?)が飲めないということらしかったので、辞書の「家族」を指してカバンを指差したら、納得して受け取ってくれた。
     ふと廊下を見ると、なぜだか物売り(食べ物から衣類まで)が各部屋を回ってきている。車掌も文句を言わないところを見ると、公認の職業なのであろうか。オームリ(魚の燻製)売りまで来たが、これに関してはこの先停車するスリュジャンカで有名なやつを手に入れる予定である。
     ウラン・ウデに近づくと、大量のSLがスクラップ待ち(?)をしているのを見つけた。到着は10時54分、なんと定刻より10分の早着である。

    @レストアはされないで廃車になる予感(7〜8両はあったであろうか)

  •  ウラン・ウデでは、まずは見どころである熊のモニュメント(想像より小さくで吃驚)と蒸気機関車(モスクワ寄りの最先頭まで行かなければならない)を写真に収めた。時間はたっぷりあるため、駅の外まで出てふらふらと歩き、構内の売店で夜用のサラミを買い、公認の露店でアイスを買いそれを齧ってホームをぶらついた。<br /><br />@熊さん(もっと大きいのを期待していたのに。迫力もない)

     ウラン・ウデでは、まずは見どころである熊のモニュメント(想像より小さくで吃驚)と蒸気機関車(モスクワ寄りの最先頭まで行かなければならない)を写真に収めた。時間はたっぷりあるため、駅の外まで出てふらふらと歩き、構内の売店で夜用のサラミを買い、公認の露店でアイスを買いそれを齧ってホームをぶらついた。

    @熊さん(もっと大きいのを期待していたのに。迫力もない)

  •  定刻の11時29にウラン・ウデを出発後、快走する車内で昼寝をし、バイカル湖のお出ましに備える。目が覚めてからは再び外をぼんやりと眺める。12時57分には、下りのロシア号とすれ違った。<br /> ロシア号が何編成あるのかは知らないが、1編成で月に2往復が限界であることを考えると、8編成程度あるのかもしれない。そうなると、近い将来またロシア号に乗ったからといって、同じ乗務員に当たる可能性はかなり低いと言えるだろう。<br /> 13時20分過ぎ、ついにバイカル湖がその巨大な姿を見せ始めた。あいにく快晴ではないが、雨も上がってなんとか晴れになりつつある。<br /><br />@このスケールは「日本海」と言っても過言ではない

     定刻の11時29にウラン・ウデを出発後、快走する車内で昼寝をし、バイカル湖のお出ましに備える。目が覚めてからは再び外をぼんやりと眺める。12時57分には、下りのロシア号とすれ違った。
     ロシア号が何編成あるのかは知らないが、1編成で月に2往復が限界であることを考えると、8編成程度あるのかもしれない。そうなると、近い将来またロシア号に乗ったからといって、同じ乗務員に当たる可能性はかなり低いと言えるだろう。
     13時20分過ぎ、ついにバイカル湖がその巨大な姿を見せ始めた。あいにく快晴ではないが、雨も上がってなんとか晴れになりつつある。

    @このスケールは「日本海」と言っても過言ではない

  •  あまり外を見ない乗客たちも、ここぞとばかりに廊下に出て外を眺めている。しかし、実はこの景色はここから約3時間続くわけであって、次第にその数は減っていってしまった。<br /> ちなみに私がいる4号車であるが、客室1:2人いる車掌が交代で使用、客室2:中肉中背の男女、客室3:小学生くらいの娘がいる夫婦、客室4:細身の奥さんと細身の娘しか印象にない(夫もいたはず)、客室5:夫婦と子供3人(上の子はほぼ大人で、一番下はまだ幼児)、客室6:私とサーシャ、客室7:中年のロシア人の男女(他人同士らしい)、客室8と9:賑やかな日本人団体旅行者、である。<br /><br />@そんな人たちのために廊下の敷物を交換してくれている車掌<br /><br /><br />以下、「後編」に続く

     あまり外を見ない乗客たちも、ここぞとばかりに廊下に出て外を眺めている。しかし、実はこの景色はここから約3時間続くわけであって、次第にその数は減っていってしまった。
     ちなみに私がいる4号車であるが、客室1:2人いる車掌が交代で使用、客室2:中肉中背の男女、客室3:小学生くらいの娘がいる夫婦、客室4:細身の奥さんと細身の娘しか印象にない(夫もいたはず)、客室5:夫婦と子供3人(上の子はほぼ大人で、一番下はまだ幼児)、客室6:私とサーシャ、客室7:中年のロシア人の男女(他人同士らしい)、客室8と9:賑やかな日本人団体旅行者、である。

    @そんな人たちのために廊下の敷物を交換してくれている車掌


    以下、「後編」に続く

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