2011/07/16 - 2011/07/16
131位(同エリア230件中)
まみさん
2011/07/16土 エレヴァン市内観光&午後出国
・マテナダラン(古文書保管所)見学&撮影
(15時50分発のアエロフロートで出国)
【機内泊】
2011/07/17日 成田着10時20分
帰国を控えた最終日に、大ピンチ!
夜中にうたた寝から目覚めたとき、全身からさーっと血の気が引きました。
なんと、腰が動きません!!
起き上がれません!!
やってしまいました〜! 用心していたはずなのに。
冷房の風に直接、長時間当たっていたのがいけないのです。
背骨の細かい骨と骨の間の軟骨(椎間板)がすり減っている私は、体を冷やしすぎるとそれが固まってしまって、背骨が動かなくなることがあるのです。
起き上がることも歩くことも容易にできなくなります。
過去に2度、ひどい症状を起こし、2〜3日は寝たきりの生活を送り、仕事を1週間休みました。
ほとほと懲りたので、あれから腰には気をつけ、冷房に当たりすぎないようにしていたのに。
昨日のセヴァン湖とノラドゥズ村観光の帰り道、チャーターした車の助手席で、フロントガラスからまともに入って来た厳しい西日にずっとさらされました。
そのため、ホテルに落ち着いた夜、熱病にかかったみたいに体がカッカッとしてしまい、冷房で涼んでいたら、気持ち良くてうっかりうたた寝してしまったのです。
どうしよう、どうしよう。
夜が明けたら、午前中、最後のエレヴァン観光をしようと思っていたのに。
いや、そもそも腰が動かず、ろくに体が動かせない状態で、帰国できるのだろうか。
無事に帰国できたとして、次の2ヶ月先のウズベキスタン旅行に行けるのだろうか。
今年は珍しく年2回の海外旅行を計画し、どちらも去年の年末から思い描いて、とても楽しみにしていたのに。
どうしよう、どうしよう。
とにかく固まった軟骨をとかさねば!───と、這うようにバスルームへ行き、熱いシャワーを浴び、持参の腰痛対策───マッサージ軟膏とオムロンの生体電子機器をかけたら、少しはましになりました。
でも、このまま寝てしまったら、また腰が固まってしまうことは、経験から分かっています。
とはいえ、まだ真夜中すぎ。夜明けまでずっと起きているわけにはいかず、朝になったら少しでも回復していて欲しいとむなしい願いと心配を抱え。
それでも2週間あまりの旅行の疲れがたまっていたので、とりあえず朝までぐっすり寝ることができました。
どんなときでも寝られる自分の神経の太さは、ありがたいです。
でも、案の定、朝になったら、また腰が固まっていました。
ベッドから体を起こすだけでも、油の切れた古いロボットが、ギ、ギ、ギ……と動くようなかんじで、少しずつ時間をかけてしか行動ができません。
体の中心が動かないのは本当に不便です。
無理したらギクッときて、2度と起き上がれなくなりそうで、恐怖です。
ただ、立ったなら立ったままの姿勢は保つことはできて、いったん立ち上がることができれば、のろのろながら歩くことはできます。
現時点の最大の懸念は、帰国時に、スーツケースだけでなく重い手荷物を持って、飛行機の乗り継ぎができるか、成田に帰国したあとに無事に家に帰宅できるか。
だからといって、午前中、ホテルで時間をつぶしている気にはとてもなれず、むしろ動かない方がますます動かなくなりそうです。
ちゃんと治すには、安静が必要ですが、それは丸1日か2日は必要で、数時間では無理です。
というわけで、ぎくしゃくとホテルの朝食をとりにいった後、午前中は予定どおり、古文書博物館のマテナダランへ見学に出かけた私。
立ったり座ったりせず、歩くという動作を続けるだけであれば、内心のあせりはどうであれ、見た目はふつうの顔をして歩くことができました。
でも、非常にゆっくりと、おっかなびっくり。
腰をかばって歩くから、おしりの筋肉がパンパン!
ワンブロック歩くだけで、息切れしそうになって、一息つかずにはいられず。
気分はまるで、「アルプスの少女ハイジ」の、歩き始めたばかりのクララ。
でも、博物館だから、動かない腰を抱えても、見学することができました。
これが、義理を欠かせないお土産ショッピングとなると、1ヶ所で買い物がさっさと終われば別ですが、ちょっと無理だっかもしれません。
そちらは、昨日のうちにすませておいて良かったです。
でも、非常にゆっくりした動きであっても、予定どおり博物館見学をすませ、体を動かしたことで、もちろん、治ったわけではないのですが、帰国時にはふつうのふりをして歩けるくらいにはなりました。
手荷物はできるだけ軽くすること、荷物を持ち上げるときにはかがまず、腰を落としてしっかり踏ん張ること、荷物を持つ時間をなるべく減らすこと、急な動きをしないこと、なのでゆとりもって行動すること等々、腰痛時の諸注意を忘れないようにしながら……。
マテナダランは、古い聖書の写本を絵のように楽しむことができました。
私にはアルメニア語で書かれた聖書は読めませんし、聖書の物語には興味があっても、聖書や写本の歴史そのものにはあまり興味はありません。
でも、中世の写本に描かれた手書きの挿絵───細密画と、美しい装飾は、非常に魅力的です。
それに読めないアルメニア文字そのものも、私にとっては美しい文様。にわか勉強ですが、マテナダランの蔵書はその点でも名高く、一見の価値あり、なのです。
いいな、と思ったものは、カメラにどんどん収めることができたのも、私にとってポイントアップ。
ガラスケース越しでは、そんなに撮りやすかったわけではありませんが、腰のことを忘れそうになるほど楽しかったです。
そんなわけで、本当の価値は半分も分かっていなくても、十分楽しめたマテナダランでした。
マテナダラン見学中、個人客は、ほとんど見かけませんでした。
みんなガイドさん付きのグループばかり。私が写真を撮りながらゆっくり見学している間、入れかわり立ち替わりやってきました。
何語で話しているのか分からないけれど、ガイドさんの詳細な説明に、みんながうなずいたり感嘆したりしていたのは、やはりうらやましかったです。
ただし、代わりに、こんなに思う存分、写真を撮る余裕はなかったでしょう。
「アルメニアの貴重な文化遺産 マテナダラン(古文書保管所)
マシュトツ大通りの突きあたり、高台になったところにあり、アルメニアの古文書、写本などをおよそ1万4000点も保管している。最も古い書は5世紀のものといわれる。
古くから異民族による侵略を受けてきたアルメニア人は、写本に多くの力を注ぎ続けた。言葉と宗教を守ることが、すなわちアルメニア人の民族性を守ることを意味したのだろう。
そのすべてが公開されているわけではないが、3階の展示室で美しい写本の数々を見ることができる。写本に描かれた細密画は、聖書の物語をテーマにしたものが多い。どれも色彩鮮やかで、目がさめるようだ。表紙を飾る絵文字もしゃれていて、何百年も昔のデザイン感覚に脱帽してしまう。」
(「‘10〜’11年版 地球の歩き方 ロシア&ウクライナ ベラルーシ コーカサスの国々」より)
※2011年コーカサス3カ国旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2011年コーカサス3カ国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10584724
詳細版「2011年コーカサス3カ国旅行の詳細旅程(写真付き)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/07/2011-1ab0.html
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ようやく見えてきたマテナダラン
最寄りの地下鉄駅はイェリタサルダカン。
よく動かない腰を抱えて、ゆっくりゆっくりやって来ました。
「マテナダラン/Matenadaran
5世紀のメスロプ・マシュトツによるアルメニア文字の発明から今に至る、膨大な量の古文書を収集・分析する機関で、一部を一般向けに展示している。この地で細密画や飾り文字の技術が発達したのはアラブ支配の影響だというが、聖書やギリシャ古典の翻訳など古い写本はそれが巧みに生かされていて、興味深い。メスロプ・マシュトツ大通りの北の突き当たりにある。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
巨大な彫像のあるマテナダラン
目の前の巨大な彫像は、メスロプ・マシュトツ(361〜440)(アルメニアの聖人でアルメニア文字の考案者)と弟子です。 -
メスロプ・マシュトツと弟子の彫像
マシュトツの彫像の向かって左側の石板には、アルメニア文字が発明された後に初めてアルメニア語に訳された聖書の一節、箴言第1章(1:1)の一節「これは知恵と諭しをわきまえ/分別ある言葉を理解するため」と刻まれているそうです。
上の層の彫像は、アルメニア中世のさまざまなジャンルの学者たちだそうです。
これらは説明看板の写真を撮っておいて、後から読んで知った知識です。 -
マテナダランの建物の全貌と彫刻の配置の図解
建物の全貌は広がり過ぎていて写真には収められなかったので、代わりにこれを撮っておきました。 -
ブドウの葉っぱとマテナダランの建物と中世のアルメニア学者の像
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マテナダランの入口
と、すぐにここから入ろうとして、警備員さんにストップされました。
(写真は、帰りに、警備員さんがいなかったすきを狙って撮りました。)
なぜなら、先に入場券を、右手にある併設のショップで買わなくてはならなかったのです。
入場券は1,000ドラム、写真代は2,500ドラムでした。
(2011年7月現在、1 AMD(アルメニア・ドラム)=約0.2円で換算) -
マテナダランの入口ホールから3階の展示室へと続く階段を眺める
天井の絵は、アルメニアの歴史を象徴的に描いたシリーズの1つだろうと思います。
「世界中から攻究の徒が訪ねるマテナダラン
(前略)ここには、アルメニア語の筆写本だけでもおよそ1万3,000点あり、いくつかは、ショウ・ケースに展示されている。
重要なことに、古代ギリシャ語の書物のいくつかは、アルメニア語訳はあるものの、オリジナル本はすでにこの世に存在しないということである。そこで、研究者は、アルメニア語訳を通してのみ、その作品内容を知るわけである。それらのうち著名なものとして、<教会史の父>と言われるカエサリアのエウセビウス(3〜4世紀)著『年代記』、アレクサンドリアのティモスィ・アエルルス(5世紀)著『カルケドン公会議の信条に対する反論』等がある。また、アルメニアおよび周辺諸地域(国)の歴史についての重要な基本的史料となるアルメニア人史家の作品や、10世紀の史家モヴセス・ダスフランツィ(あるいはカガンカトゥヴァツィ)の『アグヴァンクの歴史』等々、隣接諸国の諸民族の経済・社会生活についての情報が得られるものが展示されている。
こんなわけで、マテナダランには世界中から攻究の徒が訪ねて止まない。」
(「アルメニアを知るための65章」(中島偉晴・著/明石書店)より) -
階段に飾られた壺などに目をつける
複製品だろうと思いますが、国立博物館の考古学部門で見たような壺ばかりが展示されていました。
とても気に入っていたのですが、国立博物館では撮影不可だったので、いずれ記憶が薄れてしまうだううと残念に思っていたところでした。
こんなところで代わりとなる写真が撮れたなんて、ラッキー!
国立博物館を訪れたときのエレヴァン旅行記
「2011年コーカサス3カ国旅行第10日目(1)エレヴァン:バラ色の凝灰岩の建物が美しく歴史の新しい街散策と街一番の大きさと新しさを誇るスルプ・グリゴル・ルサヴォリチ大聖堂」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10643780 -
国立博物館でとても気に入っていた、昔のアルメニアの壺
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シカの浮彫模様のある壺
国立博物館には、シカの浮彫模様の壺がたくさんありました。 -
羊の浮彫模様のある壺
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これも国立博物館で殊に気に入った壺の1つ
こういう線描デザインはとても好みです。
考古学には詳しくないのでよく分からなくてもも、こういうのを眺めるのが好きなので、博物館の考古学部門は分からないながらも楽しむことができます。
私にとって考古学資料というより、むしろプリミティブアートなんですな。 -
3階の展示室へ
2階の壁の絵の中にある右の建物は、7世紀の当時、他に類を見なかった巨大なズヴァルトノツ大聖堂だと思います。
国立博物館にはこれによく似た大きな模型があったことから推測。
ズヴァルトノツは土地名からきた通称で、正式名は聖グリゴル・ルサヴォリッチ大聖堂。
残念ながら10世紀の地震によって崩壊してしまいました。
現在、ズヴァルトノツというと、旅行者にとっては、国際空港(国内唯一の空港で、2011年現在、国内緯はなし)の名前として耳にすることが多いでしょう。 -
壺などが展示されていた階段を見下ろして
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展示室の様子
展示室は全部で2室ありました。
建物の前の説明看板にあったとおり、日本の江戸時代くらいの書物などもありました。
写真は撮らなかったのですが(苦笑)。
「メスロプ・マシュトツ・マテナダラン
マテナダランは、古文書博物館であると同時に、科学研究施設です。マテナダランは、独自のかつ非常に豊富な写本コレクションがあるメインセンターであり、アルメニアのシンボルとなっています。名称は、405年にアルメニア文字を創設したメスロプ・マシュトツにちなんで名づけられました。
マシュトツは、アルメニア教会の中心であるエチミアジン司教座のアルメニア写本も収集しました。約1,500年間、蔵書は司教座にあり、各時代の偉業と悲劇にさらされました。1920年にエチミアジン・マテナダランは国有化され、1939年に首都エレヴァンに移されました。1959年にアルメニア政府の決定により、マテナダランは研究施設となりました。
マテナダランは、約17,500冊の写本を有する、世界でも最も豊富な蔵書数を誇る写本保管所の1つです。そのジャンルは、古代および中世アルメニア文化・科学のほぼ全て───歴史、地理学、文法、哲学、法律、医学、数学、宇宙論、年代学、錬金術、文学、美術史、細密画、音楽、翻訳文学などを網羅しています。原語によるオリジナルが失われた書物の多くは、マテナダランに保存されているアルメニア語の翻訳でしか手に入らず、世界の文化・科学にとってもとてつもなく貴重なものです。
マテナダランの蔵書の大半を占めるのはアルメニア語の写本ですが、その他にもアラビア語、ペルシャ語、ギリシャ語、アッシリア語、古代スラヴ語、ラテン語、エチオピア語、インド言語、日本語その他の言語の写本も保存されています。」
(建物前の説明看板より私訳) -
全然読めないアルメニア語の中世の聖書のページ
挿絵は、制作した人が注文主に納品しているところに見えます。
「1冊の聖書を制作するにあたって、写本家と細密画家は共同作業します。
まずはじめは、写本家がオリジナルから写本をしますが、その際には細密画のスペースを空けておきます。
写本がすんだら、画家が絵を描きます。
出来上がったページは、6〜12ページずつまとめられて、最終的に1冊の本に綴じられます。
奥付には、写本家、細密画家、出資者、作成場所と時期、その時代の政治的な出来事などが記載されます。
後に新しい持ち主や修復した者や、略奪から奪い返した人々が、奥付に追記することがあります。」
(マテナダランのロビーのパネル説明からの私訳) -
教会で聖書を祝福する聖人と寄進者かな
「写本に描かれる絵はどんなものか。ほとんどが宗教的なものですが、細密画は装飾の点で違っています。歴史書、全集、賛美歌の本などには挿絵はなされず、奥付と余白の装飾が描かれるだけです。福音書と聖書はホラーン(khoran)(=教会の後陣の形をした柱とアーチがあるデザインで、共通する内容があるマタイ伝、マルコ伝、ルカ伝を相互比較するための内容の比較一覧の枠に使われる)、タイトルページ、福音書記者の絵、キリストの生涯の重要な場面の絵によって飾られます。
挿絵が最も豪華にちりばめられる本といえば福音書です。まず、ホラーン(khoran)があって、それから該当する福音書記者(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)の絵、そしてタイトルページへと続きます。キリストの生涯の場面の絵は、ホラーン(khoran)に続いて描かれたり、内容にあわせて挿入されたりします。余白には、装飾や、時にはテーマに沿ったイメージが描かれます。」
(マテナダランのロビーのパネル説明からの私訳) -
中世の戦いの場面の挿絵・その1
この写真を含めて続く3枚は同じ本の見開きです。
ファインダーの中に入り切らなかったのです。
羽根飾りのある帽子をかぶった軍楽隊や、王冠をかぶった王様らしき姿が見えます。 -
中世の戦いの場面の挿絵・その2
相手の王様でしょうか。
とてもカラフルな絵です。 -
中世の戦いの場面の挿絵・その3
歴史に詳しい人は、描かれた人物の服装などから、どの国同士、あるいはどの民族同士の戦いであるか、想像がつくのでしょう。
私はせいぜい……このあたりの概史から、丸っこい帽子の兵士たちは、ひょっとしたらモンゴル兵かな、と当てずっぽうに思うのみです。 -
16世紀のアルメニアの歴史本
左の光輪のある人物はキリストだと思います。
というわけで、この挿絵は神より王の座を賜った王様の絵で、この王様の時代の歴史が描かれているのかな、と想像しています。 -
プリミティブだけど美しい挿絵
杖を持った聖人というと真っ先に思い浮かぶのは、キリストに洗礼を行った洗礼者ヨハネです。
この図は救世主到来を予言しているところでしょうか。
でも真ん中の犠牲のウシらしきものがデーンと描かれているのは、いまひとつ意味が分かりません。
あくまで推測なので、この人物が洗礼者ヨハネとは限りません。 -
戦争場面
ゾウも出撃しています。
インドあたりでしょうか。 -
15世紀の地理学の地図
地図というより、暦か、中世の天体図のように見えますが、右ページについては解説がありました。 -
英訳付の解説
前の写真の右ページの解説です。
これによると、中心はエルサレムで、斜め左上はアジア。バクダット、中国と続いています。
斜め右上には、モーゼが神から十戒の石板を賜ったシナイ山があったり、ナイル川があったり、インドがあったり。
斜め右下はアフリカで、エジプトやアレクサンドリアなどがあります。
斜め左下はヨーロッパで、キプロス島、ベネツィア、ブルガリアがあります。
この世界観は面白いです! -
15世紀の暦の注釈
丸く描かれた聖人らしき人物の体の札には月暦など暦に関する言葉が書かれてあるのでしょうか。 -
石碑
なんと記されているか、ロシア語と英語の翻訳、それからアルメニア語での表示がありました。
碑文はアルメニア語でアルメニア文字で書かれてあると思うのですが、いわば古文で少し古い文字だから、現代のアルメニア語で解説しているということなのかしもれません。
内容は、テル・オヴァネスという者が、地主の支援も得て1204年に苦労してこの教会を完成させたこと、この教会を製造しているときに兄が自分に修道院を与えてくれたので、その返礼として教会とその付属物を兄とその息子に贈ったこと、この教会を破壊するものはのろわれるであろう、といったものでした。 -
18世紀の薬草の本
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アルメニアの聖人
この黒マントがいかにもアルメニア教会の司教の衣装です。
この人物はひょっとしたらメシュロプ・マシュトツかしら? -
美しい文様の扉絵
装飾に描かれている赤い果物はザクロではないかと思います。 -
13〜14世紀の福音書の最後の晩餐の絵
顔が丸く並んで面白いです。
「中世の画家、特に細密画家は、聖書に挿絵を描くための厳しい作法とルールに従って絵を描きました。そのルールのため、画家の自由は限られていました。ただし、それによって、図像学、隠喩法、宗教絵画の様式などが確立しました。また、才能ある画家は、厳密な規範に飽きたらず、絵画革命を起こすことになります。
聖書画家たちの制作に携わる姿勢は独特です。彼らにとって挿絵を描くことが最終目的ではありません。聖書の物語を単に解説するためではなく、自らの絵を通して語り直そうとしているのです。」
(マテナダランのロビーのパネル説明からの私訳) -
イエスのエルサレム入城
イエスはロバに乗ってエルサレムに入城し、人々はなつめやしの枝を持って迎えに来ました。 -
詩編かな
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おそらくイエスの復活の場面
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右の王様はおそらくダヴィデ
これは挿絵の一部で、次の写真で全体を撮りました。
ダヴィデだと思ったのは、詩編の作者といわれていることから推測。 -
賛美歌の挿絵か扉絵
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イエスの洗礼
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全知全能のイエス
まさにイコンのような挿絵です。 -
1644年の詩編
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1310年のVahan Goghtnotsiの賛美歌
挿絵に描かれているのはイエスの誕生の場面です。
3賢者も訪れています。
ラベルに書かれたVahan Goghtnotsiというのは何のことか分かりませんでした。 -
アルメニア文字も美しい
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流れるような字体で書かれたアルメニア文字
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躍動する獣たち
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イエスの復活
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聖母マリアと信者たち
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葉っぱのデザインの美しい扉絵
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宝石がカバーに埋め込まれた美しい聖書
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赤と青と金で美しく彩色された文様
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歴史場面かな
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マリアの被昇天かな
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美しい文様に惹かれて
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福音書記者の1人
あいにく動物か天使のアトリビュートがないので、4人の福音書記者のうち誰か分かりません。
ただ、グルジアやアルメニアの教会で見た福音書記者のイコンは、カトリックやプロテスタントのような西方教会と違って、動物や天使のアトリビュートが一緒に描かれていないことが多い気がします。 -
マリアの誕生かな
それとも赤い服を着ている子供は男の子で、幼子イエスかしら。 -
受胎告知
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イエスの誕生
前の写真の隣のページです。 -
キリストとマリアと弟子たち
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マテナダランの展示室の窓から眺めたエレヴァン市内
目の前に見える真っ直ぐに続く道は、マシュトツ大通りです。 -
すごい装丁
ガラスケースの中に入っているのに、さらに鎖でつながっていて、簡単に持ち出せないように厳重になっていました。 -
ベルトとトルコ石が仕込まれた装丁
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まるで箱のような装丁の聖書
真ん中の浮彫は聖母子像?
にしては、大人の方は、冠を被っているのはともかく、たっぷりしたズボン姿で、こんな服装のマリアは見たことがないです。 -
十字架磔の浮彫のある装丁
-
イエスのエルサレム入城
-
もう1つの展示室へ
ここは、豪華な装丁の聖書が多かったです。
第一室目でたくさん写真を撮ったので、ここではそんなにたくさん写真を撮りませんでした。 -
6世紀の象牙の装丁の聖書
真ん中に聖母子像、そしてまわりはイエスの誕生をはじめとするイエスの生涯の代表的な場面が描かれています。 -
メスロプ・マシュトツの肖像、18世紀
とラベルには書かれていますが、いったいどの人物がマシュトツ?
それらしいのは左の黒マントの人物かな。 -
メスロプ・マシュトツの肖像、1776年
これでエレヴァン観光は終わりですが、オスマン帝国内でおきたアルメニア人大虐殺の犠牲社を追悼したモニュメントとそれにまつわる博物館である大虐殺博物館をはじめとして、まだまだ行きそびれたところがあります。
大虐殺博物館はツアーならほぼ間違いなく行ったでしょうけど、個人旅行の強み(?)で、民族芸術博物館など、自分の趣味を優先させて観光してしまいました。
* * * * *
以上で、2011年7月のコーカサス旅行記はおわりです。
思えば、画家ピロスマニが描き、世界的に有名なバレリーナであるニーナ・アナニアシヴィリが生まれたグルジアってどんな国なんだろう、と抱いた関心が、いや、それよりもずっと昔の学生時代、ロシア文学に夢中になったときに垣間見えたコーカサスというのは、一体どこにあるんだろう、と漠然と抱いていた関心が、このたびのコーカサス旅行記のきっかけとなりました。
世界ニュースにうとい私でも、アルメニアとアゼルバイジャンの紛争については、ぼんやりと知っていましたし、2008年にはグルジアとロシアで戦争が起こったりしたので、少し前までの私にとって、コーカサスは、とてもとても旅行なんかできるところとは思えませんでした。
ほんの一年前ですら、思っていませんでした。
それを思うと、急に行く気になったのも我ながら不思議ですが、ほんとに行ってきたんだなぁ、と、いまでも感慨無量です。
コーカサスに関心を抱いた当初の直接のきっかけだったピロスマニの絵は、トビリシの国立美術館が修復中だったので現地グルジアでは見られませんでしたし、アゼルバイジャンはバクーしか回れず、旅行をきっかけに少しでも覚えようと思ったグルジア文字もアルメニア文字も全く覚えられずに終わってしまい、まだまだ未練の残る旅行となりましたが、それでも、はっきり言って昔はほとんど眼中になかった国々にふれることができて、貴重な経験でした。
2011年は3月に東日本大震災と福島原発事故もあり、私自身も思うところもいろいろあり、中止しなければならないかと悩んだ時期もありましたが、2010年度末から少しずつ温めてきたこの旅行が実現できて本当に良かったです。
そして日本の大半の人々がどこにあるか知らないコーカサスなのに、コーカサスの人々は日本のことをとても心配していました。と同時に、総じて温かなホスピタリティをもって、ごく短期間のミーハー旅行者の私を快く受け入れてくれました。
コーカサスは、日本人にとってはまだまだ旅行しづらい、ヨーロッパより距離は近いのにずっと遠い国々だと思いますし、言葉の問題を含め、物理的・精神的インフラ面ではハードルが高い国々なのは確かです。
でも、旅行者としてのごく表面的なちょっとしたふれあいにすぎなかったにせよ、旅行者を受け入れる懐の大きさを感じさせてくれて───あるいは彼らにとってもあまりに遠すぎる物珍しい日本人だということもあったかもしれませんが───思った以上に旅行しやすい国々だったと思います。
最終日に動かなくなってしまった腰ですが、予定どおり無事に帰国した後、日常に戻ってもしばらくは腰をかばうように生活をしていましたが、かかりつけの整体へ行ったり薬や湿布などの治療も併用しつつも、近所の温泉のマッサージ湯に浸かった何度目かで、あんなにつらかったのがウソのように治りました。
もちろん腰痛というバクダンとは一生つきあっていかなくてはならないのですが、それもあって、日本人にしては珍しく温泉に関心のなかった私なのに、このことがきっかけですっかり温泉好きになってしまいました。
おかげで2カ月後のウズベキスタン旅行はもちろん予定通りに行くことができました。
その中身は必ずしも立てた計画通りにはいかなかったにせよ。
おわり。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- eahawkさん 2012/06/12 19:54:08
- こんにちは!!
- まみさん
こんにちは、コーカサス旅行記お疲れ様でした!!
腰痛今は大丈夫ですか、9月の中央アジア旅行は全行程健康に祝福されますように、お祈りしています!!
さて、古文書博物館すごいですね!何が凄いって、これだけのものが写真撮影OKだなんて!!
アルメニア文字は読めなくても、挿絵が素晴らしいので理解できますね。
装丁も本当に凝っていて、まさにアルメニア人の心の支えだったというのが理解できます。
実は私も来週アルメニアに入ります、でもそのあとの予定をタイトにしてしまったので3日間だけですが・・・
まみさんの旅行記を参考にして楽しもうと思います。
eahawk
- まみさん からの返信 2012/06/13 13:01:52
- RE: こんにちは!!
- eahawkさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
大旅行はもう来週なんですね!
それともいま最中?
ウズベキスタン旅行はeahawkさんが旅行する時期には全然間に合いませんでしたが、アルメニアはぎりぎり間に合ったようですね!
旅程ははじめは十分と思っても足りることってないですよね。
でも3日間でeahawkさんならきっと充実したアルメニア旅行になるのではないかしら。
よい旅行を! そして旅行記楽しみにしています。
私も今年の9月の旅行まであとひといき。
その前に今度は去年のウズベキスタン旅行記を終わらせたいです。。
腰痛は、なんとか悪化させずにうまくつきあっています。
週末になるべく温泉に行くようにしているので、ちょいちょい温泉の旅行記も作ってしまっているのはそのせいです。
もう冷房の当たりすぎが一番ダメなんです。暑がりなのに〜。
腰痛に限らず、旅はとりわけ、健康でないとダメですね!
eahawkさんも体には気をつけて!
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