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宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)は、静岡県静岡市駿河区宇津ノ谷と藤枝市岡部町岡部坂下の境にある峠。国道1号・旧東海道が通る。標高170メートル。<br />南アルプスから駿河湾まで伸びた尾根の一つ。太平洋側には日本坂のトンネル群が通る。<br /><br />中世から交通の要衝として和歌にも詠われ、現在でも国道1号のトンネルが通過している。また、平安時代の道(蔦の細道)から国道1号現道のトンネルまで、全て通行可能な状態で保存されており、道の変遷を知ることができる。近世東海道の交通を知る貴重なものとして2010年に国の史跡に指定された。<br /><br />江戸時代になり、宿場・参勤交代の制度とともに東海道は整備された。宇津ノ谷峠周辺にも鞠子宿、岡部宿が置かれ、峠付近にも宿や商店が立ち並んだ。<br /><br />明治に入り、文明開化により東海道の交通量が増大したため、当時安倍郡弥勒村の村長であった宮崎総五が地元の有力者にトンネルの掘削を働きかけた。それを受けて杉山喜平次らが結社を作り、1874年(明治7年)に掘削を開始、1876年(明治9年)に日本初の有料トンネルとして開通した。その後、1896年(明治29年)火災により焼失するが、1904年(明治37年)修復・改修され再開通した。<br /><br />明治のトンネルは、その後の自動車の普及に伴って対応できなくなったため、1926年(大正15年)に宇津ノ谷隧道(昭和第一トンネル)の建設が開始され、1930年(昭和5年)に開通した。昭和第一トンネルは当時としては高規格な作りになっており、現在でも大型車が十分にすれ違える幅員が取られている。<br /><br />戦後、モータリゼーションが進展すると昭和第一トンネルでも交通の増大に耐えられなくなった。そのため、1957年(昭和32年)に新宇津ノ谷隧道(昭和第二トンネル)の建設が開始され、1959年(昭和34年)に開通した。昭和第二トンネルは第一トンネルよりも標高の低い位置に建設され、静岡・岡部間の所要時間は大幅に短縮された。<br />しかし、それでもその後の通過トラックの増加、志太平野への人口の流入による交通量増加には対応できなかった。そのため岡部バイパス整備に合わせて平成宇津ノ谷トンネルの建設が1990年(平成2年)に開始され、1998年(平成10年)に開通した。この開通に合わせて昭和第二トンネルは上り線専用に改修され、国道1号は片側2車線となった。<br /><br />周辺には道の駅宇津ノ谷峠も整備され、通過する車両は「峠」であることを意識することなく通過できるようになった。<br />(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)<br /><br />宇津ノ谷峠については・・<br />http://www.geocities.jp/seppa06/0206_ise/0206_ise_d.htm<br />http://suruga-aind.com/navi/utsunoya/index.html<br /><br />道の駅 宇津ノ谷峠については・・<br />http://www.cbr.mlit.go.jp/michinoeki/syousai/shizuoka/s_04.html<br /><br />

静岡-2 宇津ノ谷峠越えは明治のトンネルで ☆慶龍寺・御羽織屋も訪ねて

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2012/03/14 - 2012/03/14

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マキタン2

マキタン2さん

宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)は、静岡県静岡市駿河区宇津ノ谷と藤枝市岡部町岡部坂下の境にある峠。国道1号・旧東海道が通る。標高170メートル。
南アルプスから駿河湾まで伸びた尾根の一つ。太平洋側には日本坂のトンネル群が通る。

中世から交通の要衝として和歌にも詠われ、現在でも国道1号のトンネルが通過している。また、平安時代の道(蔦の細道)から国道1号現道のトンネルまで、全て通行可能な状態で保存されており、道の変遷を知ることができる。近世東海道の交通を知る貴重なものとして2010年に国の史跡に指定された。

江戸時代になり、宿場・参勤交代の制度とともに東海道は整備された。宇津ノ谷峠周辺にも鞠子宿、岡部宿が置かれ、峠付近にも宿や商店が立ち並んだ。

明治に入り、文明開化により東海道の交通量が増大したため、当時安倍郡弥勒村の村長であった宮崎総五が地元の有力者にトンネルの掘削を働きかけた。それを受けて杉山喜平次らが結社を作り、1874年(明治7年)に掘削を開始、1876年(明治9年)に日本初の有料トンネルとして開通した。その後、1896年(明治29年)火災により焼失するが、1904年(明治37年)修復・改修され再開通した。

明治のトンネルは、その後の自動車の普及に伴って対応できなくなったため、1926年(大正15年)に宇津ノ谷隧道(昭和第一トンネル)の建設が開始され、1930年(昭和5年)に開通した。昭和第一トンネルは当時としては高規格な作りになっており、現在でも大型車が十分にすれ違える幅員が取られている。

戦後、モータリゼーションが進展すると昭和第一トンネルでも交通の増大に耐えられなくなった。そのため、1957年(昭和32年)に新宇津ノ谷隧道(昭和第二トンネル)の建設が開始され、1959年(昭和34年)に開通した。昭和第二トンネルは第一トンネルよりも標高の低い位置に建設され、静岡・岡部間の所要時間は大幅に短縮された。
しかし、それでもその後の通過トラックの増加、志太平野への人口の流入による交通量増加には対応できなかった。そのため岡部バイパス整備に合わせて平成宇津ノ谷トンネルの建設が1990年(平成2年)に開始され、1998年(平成10年)に開通した。この開通に合わせて昭和第二トンネルは上り線専用に改修され、国道1号は片側2車線となった。

周辺には道の駅宇津ノ谷峠も整備され、通過する車両は「峠」であることを意識することなく通過できるようになった。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

宇津ノ谷峠については・・
http://www.geocities.jp/seppa06/0206_ise/0206_ise_d.htm
http://suruga-aind.com/navi/utsunoya/index.html

道の駅 宇津ノ谷峠については・・
http://www.cbr.mlit.go.jp/michinoeki/syousai/shizuoka/s_04.html

同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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