2012/04/16 - 2012/04/16
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kotetsupatapataさん
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先日仕事で弥富へ行く機会がありました。
別に弥富自体は大した見どころはない(←失礼!)のですが、折角普段訪ねる事の少ない尾張西部に来たのですから、帰りに少し足を延ばして、木曽三川公園のチューリップを見てから戻る事にしました。
というか仕事しろよっ!!
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地図で見るとお分かりの通りこの辺りは、愛知県・岐阜県・三重県の県境であると同時に、木曽川・揖斐川・長良川の三つの川がほぼ寄り添って流れています。
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宝暦治水とは・・
この辺りは昔から網の目のように川が流れ、幾度となく洪水に悩まされてきた地でした。
1753年(宝暦3年)12月の大洪水の後、徳川幕府は水害に苦しむ人々の声を聞き井沢弥惣兵衛為永の三川分流計画を基本にして、薩摩藩に木曾三川下流治水工事を命じました。この工事は西国大名の筆頭である薩摩藩の勢力を弱めるという目的もありました。
薩摩藩では早速評定の結果、1754年(宝暦4年)2月、平田靱負(ひらたゆきえ)を総奉行として、この難工事に着手しました。薩摩側から出した人数は家老以下947名、これに土地の人夫等を加えると2000人にも及び、この費用は約40万両の巨費に達する大工事でした。
工事の最大の難関は、大槫川(おおくれがわ)の洗い堰工事と油島の食い違い堰でした。工事は幕府の方針変更によって計画がたびたび変更され、また大雨により工事のやり直し等が発生したりで、工事は困難をきわめましたが1755年(宝暦5年)3月に完成し、同年5月に幕府の検分を終えました。油島の食い違い堰は当初、締切堤を予定していましたが、いろいろな利害関係から、油島と長島輪中の松の木の間の締切堤の中間540mを開けて食い違い堰としました。
この治水工事は幕府の役人も「日本の内は申すに及ばず、唐にも是ほどのことは有るまじく・・・・」と賞賛し、諸国からの見学者が後をたたなかったと伝えてられています。
工事完了後、総奉行の平田靱負は、53人の自刃者と33人の病死者を出し、多額の借金を残した責任を一心に負って、同年5月25日早朝、「住みなれし里も今更 名残にて 立ちぞわずろう 美濃の大牧」の時世の歌を残し自刃しました。
以上パンフレットからパクリ( 一一) -
☆治水神社☆
宝暦治水で陣頭指揮を執った、薩摩藩家老平田靱負と遠く離れた縁もゆかりも無いこの地で土地の人々の為に粉骨砕身作業した薩摩藩士84名を祀る神社です。
この事が縁で岐阜県と鹿児島県は今でも大変友好的で交流が続いているそうです。 -
薩摩義士の碑
ただ、大変残念な事に折角治水工事をしたのですが、肝心の洪水は減るどころか逆に増えてしまったそうです(>_<)。
結局現在のようにほぼ洪水を抑えることが出来るようになったのは、明治に入って、近代土木技術が用いられてからの事です。 -
今日はすんなりと河川敷の駐車場に入れる事ができましたが、天気の良かった昨日の日曜日は全く車が動かず、橋の上が大渋滞していたと係の方が言ってました。
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カラフルなチューリップです
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チューリップといえば風車!!
ご安心下さい(*^_^*) ちゃんとありますよ〜風車
随分小さいけど・・ -
どなたかのペットのチワワ君が大人しく座っていました。
あまりに可愛いので、この場で撮影会が始まっていました(^^ゞ -
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これもチューリップみたいです
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公園の一角には、輪中といわれたこの地域の農家と水屋が復元されています。
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=上げ舟=
水害の際の移動手段として、軒下などに小船が備え付けられていた家も多く、これらは「上げ舟」と呼ばれました。 -
=上げ仏壇=
水害の際に仏壇が濡れないように可動式となっており、水害が発生したときは天井裏へあげられるようになっています。
というかそれほどまでして仏壇を守る昔の方に脱帽です -
=水屋=
母屋とは別に石垣の上など、高い場所に作った家屋。母屋と渡り廊下でつながっていることも多い。一般には倉庫として扱われ、洪水の際には住居として使われる。建造する費用が高いので全ての家にあるわけではなく、所有者は裕福な家に限られた。 -
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さて展望タワーへ登ります。
東側 橋を渡った先は愛知県愛西市です -
公園全体を見渡します。
チューリップがきれいですね -
右下部分のアップです。
上から見るとチューリップでミッフィーが描かれていたんですね -
西側 揖斐川を渡った先は三重県桑名市です。
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南側 千本松原を挟んで右手が揖斐川 左手が長良川です。
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長良川の奥に流れているのが木曽川です。
今でもこの辺りは堤防に囲まれており、一度大雨が降るといつ洪水が襲ってきてもおかしくない地域です。
震災といい、自然には逆らえないです。上手く付き合って生活していくしかないのですね -
昼食は「道の駅 月見の里南濃」へ
おススメは南濃町の特産であるみかんを使った「南濃みかんラーメン」との事
ホトチャンネルでも紹介されたそうです。
注文し、しばし待つ事数分 運ばれてきました南濃みかんラーメンがやってきました。 さて肝心の味の方は・・
ん?かなりビミョ〜(;一_一) 塩ラーメンなのですが、麺はいたって普通・・ というか美味しくない。 しかも上に乗っているみかんも温まって不味くなっているし・・
とてもじゃありませんが、2度目はありません(>_<) -
気を取り直して温泉です。
以前近くの海津温泉は行った事があるので、今回は道の駅近くの「南濃温泉水晶の湯」を訪ねる事に
麓の駐車場に車を止め、送迎バスに乗り換えです。 少し面倒くさいですね -
5分ほどで山の中腹にある温泉に到着です。
とてもではないですが、すれ違う道幅も無く、建物の周囲も駐車場のスペースもないので、麓の駐車場から乗り換えるのはいた仕方ないですね -
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濃尾平野の奥に名駅のツインタワーも見えています
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