2011/12/26 - 2011/12/27
47位(同エリア381件中)
前日光さん
二日目、松山市西方の宇和島市に向かった。
これは、蜜柑が大好きな相棒の希望。
松山市内で、まずレンタカーを調達。
ガソリンスタンド兼レンタカー屋さんという所で借りたが、とても親切で感じがよかった。
1時間半ほどで宇和島に到着したが、愛媛が(というよりは、おそらく四国全体に言えることと思うが)
思った以上に山が多くて、時々我が故郷とか東北の山道を走っているような錯覚に陥った。
それでも幾つものトンネルを抜けると、時々ハッと息をのむような素晴らしい海沿いの風景が飛び込んできて、やっぱりここは四国なのだと認識させられた。
宇和島城には、かなりの山道を登らないと到達できなかったが、ここの天守閣にいた管理人兼受付の男性が、実によい人で、この人の知り合いの蜜柑農家の方がまたまた素晴らしい人で、宇和島への(愛媛への)好感度が増したことは言うまでもない。
昼食後、今夜宿泊予定の内子町に向かったが、途中「鶴瓶の家族に乾杯」で見かけた大洲市があったので、立ち寄ってみた。
この街がまた素晴らしく、どこか近くにもう1泊してゆっくり見てみたいと思った、次回のお楽しみにとっておこう。
旅に出て、その土地の人々の善意に接することほどうれしいことはありませんね。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ガソリンスタンドで借りたレンタカーは、予想通りの「ヴィッツ」。
さあ、一路宇和島へ。 -
8時25分に松山市を出て、9時51分、宇和島湾を臨む。
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海を見ていた白鷺のジョナサン(笑)
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「宇和島市立歴史資料館」の表示があったので、行ってみたら、レトロな建築物だった。
明治18年、「宇和島警察署」として建てられ、昭和28年、南宇和郡西海町役場として、同町に移築され、平成2年までその役目を果たした。
同町庁舎が新築されたため、宇和島に里帰りし復元されたそうだ。 -
私の好きな画家「高畠華宵」は、この地の出身で、この資料館にも彼の絵の一部が展示されていた。
うれしい偶然!
私の幼年時代の絵本は、彼の挿絵に満ちていたのだ。 -
すぐ傍にあった「樺崎砲台」跡。
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樺崎砲台復元についての説明。
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受付の方が、資料館屋根裏を見せてくれ、建築様式の説明をしてくれた。
この建物は、「擬洋風建築」というものに分類され、明治初期、西洋風を取り入れようとした人々の心意気が伝わってくる。
小屋組みの合掌には、隅(すみ)合掌や蕪束(かぶらづか)といった高度な洋風技術の吸収が確認されるとのこと。 -
西日本には少ない「擬洋風建築物」であり、当時の宇和島の先駆性を語る歴史的価値の高い建物だそうだ。
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道の駅「きさいや広場」に寄ってみた。
海無し県民としては、やはり魚の方に関心がいくようだ。 -
ヒオウギ貝に、隠岐の島を思い出した。
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帆立とよく似た味なのは、貝の形がよく似ているから当然なのだろう。
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お腹が空いていたら、食べてみたかった「ジャコかつ」。
きっとおいしいんだろうな? -
「唐饅頭」って、どんな味なんだろう?
松山にはなかったような気がする。
西予の名物なのだろうか?
これも買いそびれてしまった。
次回のお楽しみ? -
いよいよ宇和島城に向かおうとしたところ、目についたのがこの案内板。
「登山者は。。。」とあるではありませんか!
「登山」、私にとってかなりの強敵です。 -
見上げれば、この石段。
松山城は、ロープウェイがあったんだけど。。。 -
鬱蒼と木々が生い茂り、石段が続く、続く。。。
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上を見るのはやめて、地面だけを眺めることにした。
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途中、井戸の跡が残っていた。
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その一つを激写。
底の方に水があったが、はたして今でも水が湧いているのか、それとも雨水がたまったものか。。 -
やっと、石段の尽きるところへ。
これを登り切ると。。。 -
ジャ〜〜ン!
忽然と登場する宇和島城(~o~) -
宇和島湾が見える。
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城造りの名人、藤堂高虎が400年ほど前に築城。
三重三層の均整のとれた美しい姿。
別名「鶴島城」。 -
年末の月曜日とあって、この城を訪れる観光客は極めて少なかったようだ。
とは言え、受付のT氏は蜜柑のおいしい店は?と訪ねた私たちに自分の知り合いの蜜柑農家を紹介してくれたばかりか、携帯で連絡を取ってくれた上に「今晩忘年会で先方に会うので、住所等教えてくれれば、配送の手配を頼んであげますよ。」と言ってくれたのだ。
その蜜柑農家の方は、直接客との連絡のみで取引をしているので、一般の店にはおろしていないけれど、味は超一流とのことだった。
私達はT氏を信用して、配送の手配を頼んだのだった。 -
果たして帰宅後、おいしい蜜柑が届き、それだけならよくあることかもしれないが、この蜜柑農家の方がなんとも律儀で、まだ人間を信じることができるという思いを私達に抱かせてくれたのだった。
そのO蜜柑農園のご主人によれば、我が家に送られてきた蜜柑は今年最後のもので、もう今年の出荷はやめようと思っていた時期なので、味の方がイマヒトツだというのである。(すごくおいしかったのに!)
蜜柑が届いた旨を連絡したところ、O農園のご主人は「味はどうでしたか?今年最後の商品なので、心配しているんですよ。」とひたすら恐縮の様子だった。
そして、年が明けたある夜のこと、ピンポ〜ンと玄関のチャイムの音。
件のO農園から上等の「ポンカン」が一箱送られてきたのだった(*^_^*)
私どもの自慢の商品のポンカンです。これなら自信を持ってお薦めできますので、ぜひご賞味くださいとの手紙が添えられていた。年末の蜜柑がどうしても気になっていたとの由も書かれており、この農園の方のプライドと共に、彼らの誠実さが伝わってくるような出来事だった。
なんと芯の通った、素晴らしい心意気のある人々だろう!
連絡を取ってくれた宇和島城のT氏も親切だったし、蜜柑農園のO氏に至っては、「商売というものが信用で成り立っている」という根源を思い出させてくれた。
大げさかもしれないが、今日まで生きていてよかった!旅をしていてよかった!とさえ思えた出来事だった(^-^) -
話を、宇和島城の石垣に戻します。
詳しくは分からなかったけれど、城内には建設された時代や用途によって、様々な石垣が存在するとのこと。
石垣好きとしては、調べる必要ありですね。 -
帰り道を下ってくると、道に沿って様々な大木が目についた。
-
上の木の根元の方を見てみたら、木の根が、アスファルトを打ち砕きそうな勢いで伸びていて、自然の力の強さにビックリ(@_@)
-
そろそろ昼食の時間となって、やって来たのは、郷土料理の店「かどや」。
よく晴れていて、空の青さが際だっているのでアップしたが、味は普通だった。 -
おもしろいので紹介したいのが、この「ふくめん」というもの。
この地では、細かく切ることを「ふくめ」と言うことから福麺と呼ばれるようになったとか。
地物のこんにゃくの細切りをそぼろで覆った、お祝いの席には欠かせない料理だという。
写真だと大きく見えるが、量は非常に少ないので、お腹が空いているときには向いていない。甘めの味を好まない人にも受けないだろう。
(で、個人的には、ちょっと甘過ぎたかな?)
あくまで、郷土の味の紹介ということで(^_-) -
「ふくめん」だけでは、絶対に足りないので、四国に来たからには「うどん」を注文。コシがあって、おいしかったです!
-
この「手作りもなかアイス」もおいしかったですぅ〜〜(*^_^*)
-
朝、トンネルを抜けた途端に、ハッと目が覚めるような風景に巡り会ったのが、ここ玉津である。
アッという間に通過してしまい、写真を撮りそびれていたので、帰り道に寄ってみたら、時間の関係で既にシャッターチャンスは失われていたのだった。
これぞと思った時がチャンスなのだと、つくづく実感。
しかも蜜柑畑の写真もブレてしまい、これもよくないが、いちおう蜜柑の生っている様子をアップ。
ここでの一句
蜜柑生る 玉津の丘陵(おか)や 風激し
既に傾きかけた午後の日射しの中では、雰囲気は伝わらないが。。。 -
ここは海を見下ろす絶壁のような場所で、若い女の子が一人で、土産用の蜜柑を売っていた。
やはり蜜柑収穫の最盛期は過ぎてしまったとのこと。
しかし試食用の蜜柑は、甘くておいしかった。
素晴らしい景色なのに、逆光の黒っぽい画面で、その美しさの半分も伝えられないのが返す返すも残念。
もうすぐ近くに高速道路が通じてしまうとさびれる一方なのだが、それでも生活が便利になるのは魅力だと、彼女は笑っていた。 -
高速道路からの風景。
山には、師走も押し迫っているというのに、一部紅葉らしきものさえ見えた。 -
大洲(おおず)市に到着。
「おはなはん通り」!
懐かしい「おはなはん」って、この辺りの人だったのか。。。
桜吹雪舞う中を、おはななんの結婚相手の中尉殿(高橋幸治のこの役がぴったりキマッテいて素敵だった!この話に頷いたあなた、年がバレますよ(^_-))が軍服姿で馬車(人力車?)に揺られてやって来るのを、木登りして見ていたおはなはん。朝ドラが一年間連続で、キラキラ輝いていた頃の話である。 -
ここが「おはなはん通り」
堀割に植えられた花も清楚だ。 -
同上
ここには明治時代に建てられた家が今も残っている。
また江戸時代には、この通りを挟んで右側に武家屋敷、左側には商家が並んでいたそうだ。 -
ここでぜひ行ってみたかったのが「臥龍山荘」。
以前にNHKテレビ、鶴瓶の「家族に乾杯」で、ゲストの高橋英樹さんが訪れていたところです。 -
臥龍山荘についての説明。
明治時代後期、貿易商の河内寅次郎が、桂離宮や修学院離宮を手本に構想十年、工期4年の歳月をかけて完成させた数寄屋造りの名建築。
「家族に乾杯」で、高橋さんが頻りに感心していたところである。 -
桂離宮を意識したというだけあって、庭石などにも意匠が凝らされている。
「流れ積み」「末広積み」「乱れ積み」といった石積み方式の中に飛び石・船石を配しているとか。
飛石には「てまり石」「臼石」「伽藍礎石」といった銘石を揃え、「げんだ石」というのが見物だけれど、悲しいかな、門外漢にはよく分からない。 -
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室内は撮影禁止。
縁側から向かいの様子を写すのは可ということなので、撮ったもの。 -
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撮影可能な庭園の数々。
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これは「知止(ちし)庵」という、かつて浴室だった建物。
昭和24年茶室に改造したそうだ。 -
この石積みも、なんとかという名前がついているのか?
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崖の上に舞台造りに建てられた数寄屋造りの「不老庵」。
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不老庵の下は、この地を流れる肱川(ひじかわ)「臥龍淵」。
庵そのものを舟に見立てたという。
天井に、河面の月光を反射させる巧妙な趣向が凝らされているらしい。 -
庵から眺められる、青空と白雲を映した肱川臥龍淵。
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美しい肱川の水面。
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入り口縁続きに、素朴な意匠の茶室「三畳台目」がある。
ここの柱には「生きた槇の木」が使われている。いわゆる「捨て柱」と呼ばれるものだ。 -
右端が、上の写真の続きの「槇の木」である。
本当に凝る人って、徹底しているものですね。 -
庵の近くの崖には、不思議な穴が水をたたえている。
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水は澄みきっていた。
まるで別世界のような、とても神秘的な「臥龍山荘」。
一見の価値あり!ですよ〜(^o^) -
臥龍山荘を、遠くから眺めたもの。
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さて、また鶴瓶さんの「家族に乾杯」の話題になるが、この建物は、鶴瓶さんが番組で訪れた和菓子屋「双葉屋」さん。
番組の中で、鶴瓶さんが食していたおいしそうな和菓子「志ぐれ」というのを、ぜひとも食べてみたいと思っていた私たち。
見つけました。確か、この店だった!
人の良さそうな息子さんとお母さんが、鶴瓶さんの突撃訪問を受けて、驚きながらもけっこうおっとりと対応していて、好感が持てたのだった。 -
この時はお母さんが出てきて、あの放送以来、特に関東方面からのお客さんが増えて…とうれしそうだった。
お願いしたら、恥ずかしがりながらも写真を撮らせてくれた。
ちょっと「ういろう」に近い味のする「志ぐれ」も、案の定おいしかった。
どうも私たちは、鶴瓶さんの番組に影響されている
なぁ(>_<) -
時刻は午後3時47分。
この大洲にもお城がある。
この後内子まで行くことを考えると、さすがにお城には行けなかったが、肱川橋の向こうに、大洲城が見えた。
いつの日か、ふたたび。。。 -
肱川は「肱川あらし」という現象でも有名である。
肱川あらしについて(種々の情報より)
晴れた日の朝、上流の大洲盆地で滋養された冷気が、霧を伴って肱川沿いを一気に流れ出すという現象。その強風はうねりを立てて、可動橋として知られる長浜大橋を吹き抜け、大規模な時には霧は沖合い数キロに達するという。
私たちは偶然にも、この旅から戻った後、テレビで放映されている「肱川あらし」を見る機会に遭遇した。
大自然の神秘的で大きな力は、人間には計り知れない現象をもたらすものである。
生きているうちに、この肱川あらしを見る機会は、果たして訪れるのだろうか? -
大洲市で発見した、もう一つの全く個人的な偶然があった。
「大洲まちの駅あさもや」で、土産物を選んでいた時のこと、ふと手にした「乾燥ぜんまい」の生産者の氏名に、私の目は釘付けとなった。
普通だったら、絶対に購入することなどのない「ぜんまい」を買ってしまった大きな理由は、このぜんまいの生産者の苗字が「祖母井」と書いて、「うばがい」と読んだからだ。
私の実家の隣町の町名を祖母井(うばがい)と言い、そして私が通った中学校が「祖母井(うばがい)中学校」という名前だったのだ。
この町名や中学校名は、大抵の場合、「そぼい、そぼいちゅうがっこう」と言われたものだった。
ここに「うばがい」と言って、通用する人々がいるようなのだ。
思わずレジの女性に、「ぜんまい生産者」の名を確認すると、「ええ、大洲には祖母井(うばがい)さんという人がけっこういますよ。」とのこと。
そういえば、西予市には「宇都宮酒造」という造り酒屋さんもあった。
たくさんの共通点を持つ大洲の町。
旅は、これだからおもしろいのです!
さあ、次は内子へ。。。
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この旅行記へのコメント (12)
-
- Decoさん 2023/06/15 16:17:51
- 宇和島の人は熱い
- 前日光さん、はじめまして。
松山~南予の旅行記三部作拝見して…「暖かい人柄が繋がって」は本当にその通りだと思いました。
私も松山や宇和島方面は大好きで、以前何度も訪れました。温かく穏やで知的な松山。大らかな宇和島や南伊予。どちらも大好きです。
松山城のスリッパの話、なるほどな~と思いました。穏やかさの中にも洗練されて気配りが感じられて、私の中の松山のイメージとぴったりあいました。
松山である方と話したら、宇和島地方の人は「地金のような熱さ」があるということでした。以前宇和島の方々に随分親切にしていただいたことがあって、妙に納得したことがあります。
前日光さんは松山や宇和島で楽しい思いをされて…それは前日光さんのお人柄もあるのだと思いました。
私も以前、宇和島の知人にみかんを送ってもらったことがあって、美味しくて自分でも発注して送ってもらいました。電話で連絡を取りましたが…やっぱり謙虚で奥ゆかしい対応でした。前日光さんのみかんの話を読んで、そのときのことも懐かしく思い出しました。
Deco
- 前日光さん からの返信 2023/06/15 22:51:23
- RE: 宇和島の人は熱い
- Decoさん、こんばんは&初めまして。
コメントや投票等々、ありがとうございます。
> 松山?南予の旅行記三部作拝見して…「暖かい人柄が繋がって」は本当にその通りだと思いました。
→もう10年以上前の旅になってしまいましたが、あの旅を思い出すと、いつも温かい気分になります。
愛媛に限らず、四国の人って、本当に親切だなと思います。
> 私も松山や宇和島方面は大好きで、以前何度も訪れました。温かく穏やで知的な松山。大らかな宇和島や南伊予。どちらも大好きです。
→この旅では、愛媛の人々の親切さに感じ入ることが重なりました。
関東で、こんな風な親切に触れることはあまりなかったような気がして。
俄然、愛媛が好きになりました!
> 松山城のスリッパの話、なるほどな?と思いました。穏やかさの中にも洗練されて気配りが感じられて、私の中の松山のイメージとぴったりあいました。
→松山城のスリッパは、寒い時期だったのに、外の水道できれいに洗われているのを見かけて、素晴らしいと思いました。
なかなかできるものではありませんよね。
> 松山である方と話したら、宇和島地方の人は「地金のような熱さ」があるということでした。以前宇和島の方々に随分親切にしていただいたことがあって、妙に納得したことがあります。
→松山だけでなく、宇和島の人にも感動を味わわせていただき、いまだに忘れられない思い出です。
プライドを伴った真面目さ、他人に対する真摯な態度には頭が下がりました。
> 前日光さんは松山や宇和島で楽しい思いをされて…それは前日光さんのお人柄もあるのだと思いました。
→ありがとうございます<m(__)m>
ちょっとボーとした間抜けな感じが伝わるのかもしれません。
これは教えてやらなくちゃならん!なんて思うのかも(^_-)-☆
> 私も以前、宇和島の知人にみかんを送ってもらったことがあって、美味しくて自分でも発注して送ってもらいました。電話で連絡を取りましたが…やっぱり謙虚で奥ゆかしい対応でした。前日光さんのみかんの話を読んで、そのときのことも懐かしく思い出しました。
→そうでしたか。
私は広島に親戚があるので、そちらの島からも送ってきます。
相棒殿がミカンが大好きなので(私も好きですが、相棒殿は常軌を逸したミカン好きです(;^_^A)愛媛のミカンも、いろいろなところから買っています。
今年はまた宇和島に連絡してみようかな。
これからもよろしくお願いいたします!(^^)!
前日光
-
- 旅猫さん 2012/03/31 09:31:29
- いい話ですね。
- 前日光さん、こんにちは。
宇和島へも行かれたのですね。
道後温泉に入り損ねた旅で立ち寄りました。
宇和島城って、あんな山道みたいのを登るのですね。
天守閣まで行ったのにまったく記憶が無い(^^;
それにしても、蜜柑の農家さんの誠実さは感動しますね。
日本もまだまだ大丈夫って思わせてくれます。
ポンカン、さぞかし美味しかったことでしょう!
大洲の街も良さそうですね。
近くの内子も風情があるそうですよ。
私も、そのあたりをゆっくり歩いて、道後の湯に浸かりたいと思っています。
旅猫
- 前日光さん からの返信 2012/04/02 00:02:27
- RE: いい話ですね。
- 旅猫さん、こんばんは(~o~)
いつも本当にありがとうございます!
3月30日〜きょう4月1日まで山形に行っていて、返信が遅くなりました。
月山志津温泉、酒田、遊佐で日本海を真下に臨む温泉に浸かり、鳥海山の美しさに魅せられてきました。
またいつになるか分かりませんが、アップするつもりです。
> 宇和島城って、あんな山道みたいのを登るのですね。
> 天守閣まで行ったのにまったく記憶が無い(^^;
宇和島城は、城への道が意外なほど樹木が生い茂っていましたよ。
私は、城山東北側の長屋門から入りましたが、城山南側の「上り立ち門」からという別のルートもあるみたいなんです。
そちらは距離はあっても、見晴らしがいいのかも。
もしかして、そちらの道を行かれたのではありませんか?
> それにしても、蜜柑の農家さんの誠実さは感動しますね。
> 日本もまだまだ大丈夫って思わせてくれます。
> ポンカン、さぞかし美味しかったことでしょう!
この蜜柑農家さんの影響で、我が家の愛媛県民に対するイメージがすこぶる良くなったことは、想像がつくことと思います。
旅先で人の親切さや暖かさに触れることほど、うれしいことはありませんよね。もうこれからは、我が家の蜜柑類は、この農家さんに決定!という感じです。
> 大洲の街も良さそうですね。
旅猫さん、この大洲市、お薦めです。
あれから、「肱川あらし」を実際に見てみたい!と願うようになりました。
町の佇まいも、落ち着いていて素敵です。
大洲城にも行ってみたいと思っています。
> 近くの内子も風情があるそうですよ。
> 私も、そのあたりをゆっくり歩いて、道後の湯に浸かりたいと思っています。
内子にはこの日の夜宿泊し、翌日町内散策をしてきました。
この後、アップする予定です。
また遊びにいらしてくださいませ。
前日光
-
- たらよろさん 2012/03/20 19:36:26
- 蜜柑とポンカン!
- こんばんは、前日光さま。
感動しますね〜その逸話は。
本当にプライドを持って作物を作ってらっしゃるんだ。。。
日本にはこういう職人さんって本当に多いと思うし、
つまらない風評被害とかは、こういう方達を困らせているんだよなぁ。。。とつくづく感じます。
宇和島城は本当に登山のような道。
うっそうとコケや草が生えた道を頑張って歩いて目の前に現れる均整の取れた天守は美しいですね★
でも、視界は、それほど高い所まで上がって来た感がないわぁ。。。
宇和島といえば、以前食べた卵かけご飯風の鯛めしが美味しくて忘れられません。
私もまたあの美味しさを味わいに宇和島に行きたいなぁ。
たらよろ
- 前日光さん からの返信 2012/03/20 22:10:50
- RE: 蜜柑とポンカン!
- こんばんは、たらよろさま。
いつもありがとうございます!
> 感動しますね〜その逸話は。
> 本当にプライドを持って作物を作ってらっしゃるんだ。。。
なにか、こういう方がいらっしゃるというだけでも、救われるような感じがしますよね。
仕事への真摯な態度、いいですよねぇ〜(^o^)
> 日本にはこういう職人さんって本当に多いと思うし、
> つまらない風評被害とかは、こういう方達を困らせているんだよなぁ。。。とつくづく感じます。
同感です。
風評被害というものがバカにならないところに、問題があるんですよね。
> 宇和島城は本当に登山のような道。
> うっそうとコケや草が生えた道を頑張って歩いて目の前に現れる均整の取れた天守は美しいですね★
お城が見えたときには、ホッとしました。
寒かったですが、その後心温まる出来事が続きましたので、宇和島城にはとてもよいイメージを持ちました。
> でも、視界は、それほど高い所まで上がって来た感がないわぁ。。。
そうですね。実際にはそんなに高く登ったわけではないのかもしれません。
三徳山三佛寺と比較すればどうってことないかもね。
> 宇和島といえば、以前食べた卵かけご飯風の鯛めしが美味しくて忘れられません。
> 私もまたあの美味しさを味わいに宇和島に行きたいなぁ。
たらよろさま、私、この鯛めしを食べそびれたことが、今回の最も大きな失敗だったと思っています(T_T)
ここで食べなくても、きっとこの後どこかで。。。なんて気持ちがあったせいだと思います。
いざ注文したら、ちょうど品切れだったりとか、タイミングが合わなかったのよね。つまり、もう一度行く必要があるぞということかもしれません。
その卵かけご飯風鯛めし、ぜひ食べてみたいわ。
前日光
-
- poemyさん 2012/03/20 00:08:02
- おはなはん
- 前日光さん、こんばんは。
宇和島の蜜柑農家の方、誠実ですてきな方ですね。
こういう方に出会うとほんとにホッと、幸せな気分にさせられますね。
これも前日光さんの人柄が呼び寄せたものかも(*^_^*)
そして、「おはなはん」何て懐かしい響きでしょう。
樫山文江の顔と、「おーはなはん♪」のメロディーは浮かぶものの、
ストーリーが…
「おはなはん通り」…先日、岡山の街を歩いてて「オランダおいねのオランダ通り」っていうのがあって、懐かし〜い響きと思ったばかりで、
その時、「樫山文江は確かおはなはんだったよな〜。」「じゃあ、オランダおいねは…」と、続けて「おはなはん」「オランダおいね」「愛と死をみつめて…若きいのちの日記」へとモノクロ画面のドラマが…
ストーリーまで思い出せるのはミコとマコだけなのですが、
この三つは幼い頃、祖母の側で見ててとっても印象深かったです。
昼ご飯を食べて、田畑へ出た近所のおばさん達、
このドラマの話題で持ち切りでした(^o^)
poemy
- 前日光さん からの返信 2012/03/20 21:55:32
- RE: おはなはん
- poemyさん、こんばんは♪
今日も一日仕事で、返信が遅くなってしまい、申し訳ありません。
今日は朝は寒かったですが、昼頃には春らしくなってきましたね。
明朝も寒いという予報でした。
冬期間閉鎖されていた蒜山・大山道路が開通するとか、朝通勤中にラジオで聞きました。
> 宇和島の蜜柑農家の方、誠実ですてきな方ですね。
> こういう方に出会うとほんとにホッと、幸せな気分にさせられますね。
こういう人の好意ってうれしいものですよね。
最近殺伐とした話題ばかりなので、ドライアイが久しぶりに潤ったという感じです。
私達は先方の顔も知らないのですが、蜜柑を愛し、自分の作った蜜柑に誇りを持っているからこその行為ではないでしょうか?
> そして、「おはなはん」何て懐かしい響きでしょう。
> 樫山文江の顔と、「おーはなはん♪」のメロディーは浮かぶものの、
> ストーリーが…
おお、poemyさんも「おはななん」を連ドラでやっていたことはご存知なのですね。(ホッ(^^))
実は私は、その頃中学生でしたよ。
> その時、「樫山文江は確かおはなはんだったよな〜。」「じゃあ、オランダおいねは…」と、続けて「おはなはん」「オランダおいね」「愛と死をみつめて…若きいのちの日記」へとモノクロ画面のドラマが…
「おはなはん」から「オランダおいね」とは。。。これは大河ドラマ「花神」で、主人公村田蔵六と「おいねさん」とのエピソードが出てきたような?
そして、「愛と死をみつめて」ですか。
吉永小百合と浜田光男のコンビですね。
「マコ、甘えてばかりでゴメンネ〜」という、あの美しい歌声も必ず一緒になって思い出されます。
あの頃、不治の病に冒された身も心も美しい主人公というのがはやりでしたよ。そして、「交換日記」という世界。日記を交換しながら、愛を語り合うなんて、今やメルヘン以外の何ものでもありませんが。。。でも、いい時代だったのかもしれませんね。
> この三つは幼い頃、祖母の側で見ててとっても印象深かったです。
> 昼ご飯を食べて、田畑へ出た近所のおばさん達、
> このドラマの話題で持ち切りでした(^o^)
お祖母さまの側で見ていたのですね。
近所のおばさんたちの話題ですか。。。
やっぱりpoemyさんは、お若いのですね。
ミコとマコを覚えているだけでも、すごいわ。
なにか昔の話題では盛り上がりますね〜
またそちらにもゆっくり訪問したいです。
前日光
- poemyさん からの返信 2012/03/20 22:54:09
- RE: RE: おはなはん
- 前日光さん、またおじゃまします。
> 冬期間閉鎖されていた蒜山・大山道路が開通するとか、朝通勤中にラジオで聞きました。
蒜山大山の話題もそちらのラジオで流れるんですね(*^_^*)
山や田畑には雪が残っているものの、米子道なども路肩に集めた雪が残るのみとなってきました。少しづつ春が近付いてきていますね。
>私達は先方の顔も知らないのですが、蜜柑を愛し、自分の作った蜜柑に誇り>を持っているからこその行為ではないでしょうか?
私も宇和島に行ったら、そこの蜜柑を買って食べてみたいです。
>poemyさんも「おはななん」を連ドラでやっていたことはご存知なのですね。(ホッ(^^))
> 実は私は、その頃中学生でしたよ。
>
どうも私が見てたのは、ポーラテレビ小説、丘みつ子の「オランダおいね」
花王愛の劇場、島かおりの「若きいのちの日記」のようで、小学生が昼のメロドラマを見てたんですね^m^
その頃、少しお姉さんの前日光さんはきっと学校で勉強中でしたね^_^
poemy
- 前日光さん からの返信 2012/03/20 23:25:23
- RE: RE: RE: おはなはん
- poemyさん、早速の返信、ありがとうございます。
> 蒜山大山の話題もそちらのラジオで流れるんですね(*^_^*)
朝はいつもNHKラジオを、漫然と聞きながら運転します。(片道50分ほど、だいぶ車に乗ってるという感はあります。)このラジオが一番よく聞こえるので。
交通情報も全国に及びます。
九州や北海道のはあまりやりませんが、山陰方面については、ごく稀に耳にします。山陰のことになると、思わず耳がダンボになる私です(^_-)
さすがに、そろそろ暖かくなってほしいと思う今日この頃ですね。
今日なども一日暖かいと思うと、また寒くなってしまうんです。
> 私も宇和島に行ったら、そこの蜜柑を買って食べてみたいです。
もし本当に宇和島にお出でになるようでしたら、先方の連絡先等、情報提供いたしますよ。
> どうも私が見てたのは、ポーラテレビ小説、丘みつ子の「オランダおいね」
> 花王愛の劇場、島かおりの「若きいのちの日記」のようで、小学生が昼のメロドラマを見てたんですね^m^
はぁ〜、そうでしたか。
そういう番組をやっていたような記憶はありますが、録画技術も発達していなかったあの頃のことですから、見られませんでしたね。
「おはなはん」も、夏休みや冬休み等の長期休みの時に断片的に見ていたように思います。
そういえば、おはなはんは、後で小説の形にまとめられたんでしたよ。
だから、けっこうストーリーを覚えているのだと思います。
丘みつ子さんって、「オランダおいね」で有名になったのね?
私は「花神」の時、浅丘ルリ子さんが「おいね」役だったので、浅丘さんのイメージが強いんですよ。
島かおりさんの「若きいのちの日記」は見てませんでしたね。
山本學さんが、マコ役をやっていたテレビ版は覚えていますが。
しかし、古い話で盛り上がりますよね(>_<)
> その頃、少しお姉さんの前日光さんはきっと学校で勉強中でしたね^_^
勉強していたかどうかはともかく、やはり私の方がかなり古い人間だということが判明してきましたね。
夜分に失礼いたしました<(_ _)>
前日光
-
- エトランゼさん 2012/03/19 16:49:12
- 思わず……
- しまった、頷いてしまったかも f^_^;)
続きは慎重に読みます。
エトランゼ
- 前日光さん からの返信 2012/03/19 22:45:25
- RE: 思わず……
- エトランゼさん、こんばんは。
> しまった、頷いてしまったかも f^_^;)
ふふ、やっぱりね(^_-)
よ〜〜く知ってますよね? お は な は ん。。。
ま、いいじゃありませんか。
あの頃って、私達も、日本も、貧しかったかもしれないけれど輝いていましたよね?
> 続きは慎重に読みます。
懲りずにまたお出でくださいね。
前日光
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