2012/02/05 - 2012/02/05
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mas98765さん
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ヴェローナの町を散策します。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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前の旅行記から続きます。
次はヴェローナ(Verona)に行きます。ミラノを出発して15時15分から20分間、このようなサービスエリアに立ち寄って、 -
15時50分過ぎ、ヴェローナに到着。バスを降りて、城壁に沿って歩きます。イタリアの観光地では公式ガイド以外は説明してはいけないそうで、添乗員さんは事前にバスの中であれこれ説明してくださいましたが、わたしは口頭での説明はすぐに忘れてしまうので、後で調べて説明を加えます。ヴェローナはベネト州にある人口30万人弱の町で、先史時代からすでに集落がありました。ロミオとジュリエットの町として知られますが、見どころはそれだけではありません。中世の町並みがよく残っていて、町全体が世界遺産に登録されています。城壁に囲まれています。
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16時過ぎ、ブラ広場(Piazza Bra)に到着。ここには円形闘技場(Arena di Verona)があります。おそらくヴェローナの最大のみどころだと思います。円形闘技場といえばローマのコロッセオが有名ですが、それよりも前のアウグストゥスの時代あたりに造られたらしく、しかもコロッセオがボロボロなのに対し、今でも完全な原形をとどめ、ジロ・デ・イタリアの最終ゴール地点になったり毎年のオペラ祭の会場になったりと現役で活躍しています。Arenaとはラテン語で砂のことで、古代ローマ時代に人対人や、人対猛獣の戦いで血が流れたので砂を敷き詰めたのだそうです。
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2階建てでアーチが並んでいます。穴がところどころに並んでいますが、これは建設当時からの足場のためのものだそうです。
※周辺の地図はこちら
http://maps.google.co.jp/?ll=45.438838,10.994729&spn=0.004268,0.010568&t=h&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
アレーナと同じくブラ広場に面して、その南西側にこのような建物があります。これは市庁舎(Gran Guardia Nuova)です。Google Mapではバルビエリ宮と書かれています。
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ブラ広場にはこのような噴水があって
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ここにもヴィットリオ・エマヌエーレ?世の騎馬像があります。1861年にイタリアを統一し、初代国王になった人です。ミラノにもこの人をたたえたガレリアがありました。
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17時まで自由行動ということで、一旦解散になりました。何を見たらいいか分からない人は添乗員さんについて回ることもできます。わたしは1人気ままに散策に出かけます。散策では、事前に添乗員さんから配られた散策マップが役に立ちました。著作権などの問題もあるでしょうから、ここには掲載しません。ブラ広場の西側に行くのも面白そうでしたが、
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時間もあまりないので、やはり見どころがたくさんある北東方面に歩きます。右手に円形闘技場の外壁がめくれたように見えるところがあります。以前は闘技場の更に外側に3階建てアーチの外壁があったらしいですが、地震で倒壊してしまい、ここだけが少し残っているようです。
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このマッツィーニ通り(Via Mazzini)を抜けていきます。通りを抜けると、
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左側に広場のようなものがあります。これはエルベ広場(Piazza delle Erbe)です。エルベとは野菜の意味で、野菜の市が開かれてきたそうです。町の中心広場(フォロ)として古代ローマ時代に既に存在していたようです。この位置で右手を見上げると
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このような時計台のようなものがあります。ランベルティの塔(Torre dei Lamberti)といいます。この塔が立っている右手の建物は、ラジョーネ宮(Palazzo della Ragione)といって、かつての市庁舎のようです。
※エルベ広場周辺の地図はこちら
http://maps.google.co.jp/?ll=45.443144,10.998484&spn=0.004268,0.010568&t=h&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
エルベ広場にはみどころがたくさんあります。これは、罪人のさらし台(トリプナーラ)です。今、この旅行記を書くためにインターネットで色々調べていますが、政令や判決を読み上げた演壇(Capitello)という説明もあります。きっと、どちらもあったのでしょう。
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手前の柱のところをよく見ると、手錠のついた鎖がぶら下がっています。ここに罪人をくくりつけたのでしょう。
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正面にマッフェイ宮殿(Palazzo Maffei)があって、その左側の煙突のように見えるところはガルデッロの塔(Torre del Gardello)です。
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手前にはこのような噴水があります。マドンナの噴水(Fontana di Maddonna)といいます。
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噴水の上側はこんな感じで、これがマドンナ(聖母マリア)でしょうか。
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下の部分はこんな感じで水が噴き出しています。
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正面にマッフェイ宮殿があります。市の迎賓館として使われたそうです。
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宮殿の上側には彫像が並んでいます。手前にはサンマルコの円柱(Colonna San Marco)があって、
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翼を持った獅子の像がのっています。これは、明日訪れるヴェネチアの象徴です。
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エルベ広場からラジョーネ宮をはさんだ右側にはシニョーリ広場(Piazza dei Signori)があります。13世紀頃の領主でヴェローナの繁栄を築いたスカラ家(スカリジェリ家)の屋敷が並び、政治の中心地だったようです。ミラノにはオペラの殿堂スカラ座がありますが、名前の由来はサンタ・マリア・アラ・スカラ教会の跡地に建設されたためで、それはヴェローナのスカラ家の娘がミラノに嫁いできたとき彼女の名前をとって名づけられたそうです。これはランベルティの塔がある西側の角で、左側が市庁舎のラジョーネ宮です。
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これは北側の角で、
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これは東側の角(ランベルティの塔の対角)です。左側の建物は議会として使われていた建物で、アーチが並んだコンシリオの回廊(Loggia del Consiglio)があって、右側の建物はスカラ家の館(Palazzo di Cangrande)です。
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スカラ家の館の旗がある入口の上には、翼のあるライオンが聖書をもっているデザインがあります。これはやはりベネチアの象徴ですね。中世のヴェローナの支配者はスカラ家、ヴィスコンティ家(ミラノ大聖堂を建て始めた人の家ですね)、カッラーラ家と変わっていき、1405年にヴェネチアの支配下に入りました。
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これは南側の角です。この角のアーチを出たところには
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このようなものがあります。これはスカラ家の廟(Arche Scaligere)で、スカラ家の一族が眠っています。チクチクした外観はゴシック様式ですね。右隣はサンタマリアンティア教会です。
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手前にある廟のてっぺんをよく見ると、このような騎馬像があります。これは、スカラ家の黄金時代のカングランデ1世のようです。
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シニョーリ広場の中心には、ダンテの像があります。イタリア文学史上最大の詩人と言われています。フィレンツェで活躍していたのですが政治的な争いに巻き込まれて追放されてしまい、北イタリアの都市を転々としました。スカラ家の招きでここヴェローナにもやってきて「神曲」の一部を書いたようです。
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さて、次はエルベ広場から通りに沿って南東に少し歩いていくと、左手にこのような入口があって、
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ここはロミオとジュリエットの主人公の1人ジュリエッタの家(Casa di Giulietta)、カブレーティ家の屋敷です。時間がないので家の中には入りません。中庭の突き当たりには
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このようなジュリエッタの像があります。このジュリエッタの胸に触ると幸せが訪れると信じられているため、観光客でごった返しています。ロミオとジュリエットの劇を作ったシェイクスピアはヴェローナに来たことがなかったのですが、それは史実にもとづいていたようです。ローマ教皇と神聖ローマ皇帝との間の聖職の権利をめぐる闘争がイタリアに波及し、ヴェローナの貴族も教皇派と皇帝派に分かれて激しく争っていたようです。ロミオのモンタギュー家(モンテッキ家)は教皇派、ジュリエットのキュビレット家(カブレーティ家)は皇帝派だったため、2人は悲劇的な結末を迎えることになるのです。先ほどのダンテも、皇帝派の幹部だったために教皇派のフィレンツェを追われてしまったという事情があるようです。皇帝派か教皇派かは、屋敷の壁の上の部分を見れば分かります。壁の上のギザギザがMの形なら皇帝派、凸の形なら教皇派です。1つ前の写真の向こうの壁の上部はM形なので皇帝派ですね。ロミオとジュリエットに興味がないわたしはロミオの家には行きませんでしたが、こうした観点で行ってみるのも面白かったかもしれません。
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今度はエルベ広場を再び通ってマッフェイ宮殿の前を右に曲がり、まっすぐ北東に歩いていくと、
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つきあたりに聖アナスタシア教会があります。
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今度は同じ道を引き返してマッフェイ宮殿の前を通りすぎ、そのまま歩いていくと
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このような門が道を塞いでいて、向こう側に回って正面から見ると
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このようになっています。これはボルサリー門(Porta Borsari)といって、古代ローマ時代の城門の名残だそうです。さて、残された自由時間は僅かです。時計を気にしながら、そのまま道をまっすぐ歩いて、時々小走りになりながら、
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やっとのことでカステルヴェッキオ(Castel Vecchio)にたどり着きました。スカラ家によって造られた城です。
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カステルヴェッキオのすぐ右隣にはカヴィ家の門(Arco dei Cavi)があります。カヴィ家は古代ローマ時代の貴族だそうです。
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Google Mapで現在地を確認しながら、近道をして大急ぎで集合場所のブラ広場に戻りました。
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この角度から見ると、初めに入っていったマッツィーニ通りの建物の間にランベルティの塔がおさまって綺麗です。
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集合場所には一番乗りでした。この寒い天気の中、汗だくになりました。円形闘技場の上に月が見えます。
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満月に近づいています。集合時間をかなり過ぎても戻ってこない人たちがいて、添乗員さんはしばらくそこで待ち、他の人たちは
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城壁に沿って、もとのバスまで戻りました。
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この城壁もスカラ家が造ったものでしょう。スカラ家は教皇派でしたから、M字型の切れ込みがありますね。
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バスの駐車場に戻る直前のパッローネ通りを眺めてみました。
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向こうに川があるようで、橋を越えたつきあたりに何かの構造物があってRESURRECTURISと書かれています。英語のresurrectionなら死者の復活ですね。Google Mapで確認するととても大きな四角い構造物なのですが、名前がのっていません。その辺りの通りの名前がPiazza del Cimiteroと書かれていますので、もしかしたら墓地かもしれません。
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やがて、添乗員さんが遅れた人たちを連れて戻ってきました。バスは出発して17時23分、ヴェローナを流れるアディジェ川(Adige)を渡りました。イタリアで2番目に長い川だそうです。
次はヴェネチアのメストレ地区にあるホテルに向かいます。次の旅行記に続きます。旅行記の索引はこちら。
http://mas98765.yokinihakarae.com/index.html
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