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ロヴァニエミの空港では、旅行会社関係の人が車で迎えに来てくれていたので、15分程度のドライブでホテルへ。ジャンプ台付きのスキー場が遠くに見えたが、日本のオリンピック選手なども早くから練習ができるので、こちらへ来ているそうだ。オーロラツアーを予定していたが、雲が垂れ込めていて今夜は回復の望みがないとのことで、オーロラ見物予定の初日はあきらめる。結局、観光といっても、そうはないので、「アルクティクム」という博物館に行く。フィンランドの自然、ロヴァニエミの歴史、サーメ人など北極圏の民族の生活(特にサーメ人の各種の衣装等)などの展示が各種。十分に楽しめた。道は雪が深くて大変なので、除雪されたところを雪靴で踏みしめながらだ。いつでも夕方のように暗いが、時間が来ると街中(といっても、そう大きな商店街ではないが)のレストランを探す。折角なので、ラップランド料理の店。空港に迎えに来てもらった方に教えてもらった「Nili」に行く。驚いたのは、大変な数の日本人観光客。あのテーブルも、このテーブルもと日本人観光客。店内は、いかにもラップランドらしい装飾でムードは満点である。ラップランド料理の代表として、トナカイ(reindeer)料理を注文するが、むしろサーモンのスープの方がおいしかった。あと印象に残っているのは、冷えたウォッカを“ハロクン・クルクン”とか称して(店員の話では、英語の”cheers!”の意味のフィンランド語だと言っていたが、あとで調べると日本語の“乾杯!”にあたるフィンランド語は”kippis”というらしいので、この言葉はなにか不明だが)飲み干すことで、実に口当たりが良かった。店員のサービスも良い店だった。ホテルまでは、雪道を歩いて10分弱。ホテルの前にスーパーマーケットがあるので寄ってみる。2階には、ヘルシンキのところでも触れたlittala デザインの食器が沢山売られていた。こういうところで買うと安いのだろうと思いはしたが、割らずに持ち帰るのが大変だろうから、眺めるだけにした。まあ、この食器も北欧の自然や環境の中でこそ意味があって、日本の室内が雑然とした家庭に持ち込んでもあまりよくないのかもしれないと思った。<br />ロヴァニエミ2日目は、今回の旅行の基本となっているフィンツアーの旅程に従って、サンタクロース村へ行く。専用車に各ホテルからの日本人観光客が乗り込んで出発する。サンタクロース村の紹介は各所になされているので省略する。ただ、ここでも食器のlittala とか、衣料のマリメッコ(marimekko)というフィンランドを代表する銘柄のショップ棟があって、観光客を集めていた。日本人の観光客が多かった。昼食もセットになっていて、サンタクロース村の食堂へ。ここでは、さらに日本人観光客の多さに驚いた。大きなツアー、小さなツアーと店員以外は日本人の感じで、ツアーの添乗員と思われる人たちの案内ばかりが耳に入った。サンタクロース村出発時には、大半のツアーの日本人観光客は大型観光バスや中型専用車で、主にさらに北の方のサーリセルカへ向けて出発していった。ロヴァニエミに戻るのは小数。ここで、天候は怪しげで雪交じりだが、今夜のオーロラハンティングツアーに参加することを決定した。出発前から予定していて、昨日はキャンセルしたもの。日本語ツアーではなくて、夜遅めの英語ツアー。ホテルの出発は夜の10時頃なので、それまではのんびりである。サンタクロース村からホテルに戻って、あとはまた街中を歩く。フィンランドを代表する建築家のアルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)の設計等によるロヴァニエミの著名な建築をまわる。昨日の「アルクティクム」とは逆方向(西南)に歩いて、やはり10分強くらいで「ラッピア・タロ」に着く。ここはコンサートホールか劇場だということだが、この日は全く閉まっていて、ロビーと思しきところに少し破れた椅子が積んであった程度だ。外観は、やはり少し日本建築を思わすが、けばけばしさは全くないもので、これが北欧デザインだと思う。すぐ横が「図書館」で、これもいかにもフィンランド風。中には面白い調度品もあるようなので、入れてもらおうと思ったが、受付にいた人がYESとは言ってくれなかった。あとで思うと、入館をNOと言ったのか、その人が英語が話せないことでNOと言ったのかわからなかったが、いずれにしても退散である。このすぐ横が「市庁舎」。ここも、同様の建築で、しかも、この3つ(ラッピア・タロ、図書館、市庁舎)全体がまた雪の中にうまく調和している。こういうところが、北欧風(ヨーロッパの多くでもそうだが)で、アメリカや日本の街並みとは大きく異なっている。市庁舎も入って見れるかな?と思ったが、入口には机があって何人もの人がならんで座っている。そういえば、今日はフィンランドの大統領選挙だったのだ。選挙用の掲示もないし、日本の某お役人のように、選挙の直前に講話をするようなこともないのだろう。なにしろ静かな選挙だ。それでもちゃんと選挙管理人は日本と同じように机を出してならんで座っているし、市民は雪の中でも投票に来ている。フィンランド国籍を持たない我々が選挙のさなかに入室するのは困難だろうと思って、さらに歩いて「ルーテル派教会」を目指す。警察の横をまがって少し雪道を歩く。教会も外観は見事なもので、ロヴァニエミ市内からは、その塔が良く目立つ。ドアを開けて入ろうとすると、丁度内側から女性職員が出てきて、もう閉めたという。えらくぶきいらぼうで愛想はないが、閉めたといわれれば仕方なし。クリスチャンなら、あれこれ頼むのかもしれないが、そうでもないので、あきらめて街中へ引返す。午後4時過ぎには、もうこういう状態だ。夕食は、昨日とは違ったラップランド料理の店へ。宿泊しているホテルとは違った、やはり徒歩10分程度のホテルの1階にある「フランマンニ」(Fransmanni)に行く。昨日のFiliとは違ってすいていたし、日本人らしく姿はみかけなかった。ラップランド料理の味は昨日同様でまずまず。一部で、世界で最も味の悪いのは、イギリス料理とフィンランド料理などと言われたりもしているが、ここでのラップランド料理は、そう酷評することもないと思う。<br />さて、いよいよオーロラハンティングツアーに出発する。サンタクロース村で一緒だった日本の若い女性3名組と一緒(彼女らは立派な防寒着を着込んでおられた)。空は曇っていて、軽くだが雪があたる感じで、オーロラの期待はあまりない。例の博物館「アルクティクム」のごく近くのSafari Parkとかへ入る。ここで参加料金を支払い、その中に含まれている防寒着等を借りる。あとは50kmほど北の方へ車で進む。対向車が来ると、積もった雪が一面に舞い上がり視界が不十分になる。途中で、トナカイがいるということで車が徐行したりもする。トナカイは、基本は牧場で飼育しているようだが、外へも逃げ出していて、そういうのをまた集めたりする仕事もあるらしい。到着したところは小屋があって、フィンランド人の女性とその父親が住んでいる。彼らと、車を運転してきた女性(お名前は発音がむつかしくて)が、このツアーの現地責任者。雪の中を歩いて、掘立小屋のようなところへでる。ここにたき火がしてあって、その周囲で座ってオーロラの出現を待つ。コーヒーや長い木の枝に突き刺したソーセージなどを食べながら待つ。曇り空の中に、星が1つ見える。ということは、どこかで雲が切れてオーロラが出現する可能性もあるわけだ。そうこうしているときに、運転手の女性が”line”とか叫びだした。その方向を見ると、星の見える近くにうっすらと薄緑の線が見える。北の空というより天空近くで少し北方。まさに、これこそオーロラだ。こうなると、オーロラはどんどん大きくなる。雲を隔ててみている感じで、鮮明さは今一つだが、たしかにカーテン的なものが揺れ動いている。そうかと思うと、ボーと広がった光にもなる。雪の上にトナカイの毛皮を敷いてもらって、寝転がって天空ショーを楽しむ。まさに、オーロラを生れてはじめて見ることができたわけだ。この光のショーは、20分程度で納まる。一応はオーロラを見たので満足で、今回の旅行の残りではオーロラを見れなくても仕方なしと思う(実は、このあとで、とんでもない凄いのを見るのだが)。日も変わって23日になっているが、午前0時半頃には、たき火の場所を引き払って小屋へ戻る。トナカイ牧場らしく、各種の角その他が飾ってある。念願のオーロラが見えたので、ここの牧場の人達や運転手にもただ感謝である。午前2時頃ホテル帰着。<br /> 翌日というか同じ23日は、昼間にホテルを出発して、国境を越えてスウェーデンのキルナに向かう。そのため、朝はゆっくり寝ることができて、遅めの朝食。昨日の朝食のレストランは、沢山の日本人だったが、今日は日本人はみかけない。ホテルの部屋から、目の前のスーパーマーケットや、少しの所にある地球最北のマクドナルドの店など見る。マクドナルドと言えば、いうなら、現在言われる「グローバリゼーション」の象徴の一つで、フランスだったかで、アメリカ的グローバリゼーションに抗議してマクドナルドを物理的に破壊した事件があったとかの報道を思い出したりもした。昼頃にタクシーが迎えに来てくれて、ロヴァニエミを後にする。大雑把には西北西に向かって進む。ペロ(Pello)という比較的大きな町(北極圏に入っていて、人口は4千人弱)までは、雪で真っ白な森の中を抜けて走って行く。所々に見える真っ白な平原の大半は、氷った湖のようで、こういうところを夏にドライブすると、まさに「森と湖」の国なのだろう。冬の白さも逆に一見以上の価値がある。この道でも、4頭くらいのトナカイが道端をあるいていたり、大きな1頭が車の前方を悠々(堂々)と横切ったりする。タクシーは、必ず速度を落としての安全運転である。スウェーデンとの国境にあるペロからは、基本的には北に向かう。道のすぐ左手には、どこからでも出入りは容易だが、一応は木と鉄線での“国境”が延びる。この西側とは1時間の時差があるのが不思議に思える。そのうちに、知らぬ目に大きな町に出てしまう。ここがパヤーラ(Pajala)で、もうスウェーデン領のバスの要所である。パヤーラで時計を1時間もどしたので、タクシーには2時間半強は乗っていた。ここでタクシー運転手と別れ、バスの駅で軽食。支払いが、今までのユーロからスウェーデンクローネ(SEK)に変るので、貨幣価値がわからない。パヤーラは交通の要所だが、人口は2千人程度らしい。ここで、キルナ行の路線バスに乗る。バスの方向は北西で、雪の道を進む。いくつかの停留所で停車しては、人が乗り降りする。大きな停留所としては、パヤーラから2時間くらいで、もうキルナにあと1時間というビッタンギ(Vittangi)くらいか。ここらで、普通のバスの後部が荷物運搬用になったような面白い形状のバスなどを見る。ロヴァニエミからは、タクシーとバスを乗り継いで6時間くらい。雪の道を真っ白な森と湖をながめ、道路に出てきたトナカイを見ながら、フィンランドからスウェーデンに入った。

素晴らしいオーロラを見て、世の中を考える③(ロヴァニエミ:Rovaniemi)

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2012/01/19 - 2012/01/28

385位(同エリア454件中)

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3

PK_PKさん

ロヴァニエミの空港では、旅行会社関係の人が車で迎えに来てくれていたので、15分程度のドライブでホテルへ。ジャンプ台付きのスキー場が遠くに見えたが、日本のオリンピック選手なども早くから練習ができるので、こちらへ来ているそうだ。オーロラツアーを予定していたが、雲が垂れ込めていて今夜は回復の望みがないとのことで、オーロラ見物予定の初日はあきらめる。結局、観光といっても、そうはないので、「アルクティクム」という博物館に行く。フィンランドの自然、ロヴァニエミの歴史、サーメ人など北極圏の民族の生活(特にサーメ人の各種の衣装等)などの展示が各種。十分に楽しめた。道は雪が深くて大変なので、除雪されたところを雪靴で踏みしめながらだ。いつでも夕方のように暗いが、時間が来ると街中(といっても、そう大きな商店街ではないが)のレストランを探す。折角なので、ラップランド料理の店。空港に迎えに来てもらった方に教えてもらった「Nili」に行く。驚いたのは、大変な数の日本人観光客。あのテーブルも、このテーブルもと日本人観光客。店内は、いかにもラップランドらしい装飾でムードは満点である。ラップランド料理の代表として、トナカイ(reindeer)料理を注文するが、むしろサーモンのスープの方がおいしかった。あと印象に残っているのは、冷えたウォッカを“ハロクン・クルクン”とか称して(店員の話では、英語の”cheers!”の意味のフィンランド語だと言っていたが、あとで調べると日本語の“乾杯!”にあたるフィンランド語は”kippis”というらしいので、この言葉はなにか不明だが)飲み干すことで、実に口当たりが良かった。店員のサービスも良い店だった。ホテルまでは、雪道を歩いて10分弱。ホテルの前にスーパーマーケットがあるので寄ってみる。2階には、ヘルシンキのところでも触れたlittala デザインの食器が沢山売られていた。こういうところで買うと安いのだろうと思いはしたが、割らずに持ち帰るのが大変だろうから、眺めるだけにした。まあ、この食器も北欧の自然や環境の中でこそ意味があって、日本の室内が雑然とした家庭に持ち込んでもあまりよくないのかもしれないと思った。
ロヴァニエミ2日目は、今回の旅行の基本となっているフィンツアーの旅程に従って、サンタクロース村へ行く。専用車に各ホテルからの日本人観光客が乗り込んで出発する。サンタクロース村の紹介は各所になされているので省略する。ただ、ここでも食器のlittala とか、衣料のマリメッコ(marimekko)というフィンランドを代表する銘柄のショップ棟があって、観光客を集めていた。日本人の観光客が多かった。昼食もセットになっていて、サンタクロース村の食堂へ。ここでは、さらに日本人観光客の多さに驚いた。大きなツアー、小さなツアーと店員以外は日本人の感じで、ツアーの添乗員と思われる人たちの案内ばかりが耳に入った。サンタクロース村出発時には、大半のツアーの日本人観光客は大型観光バスや中型専用車で、主にさらに北の方のサーリセルカへ向けて出発していった。ロヴァニエミに戻るのは小数。ここで、天候は怪しげで雪交じりだが、今夜のオーロラハンティングツアーに参加することを決定した。出発前から予定していて、昨日はキャンセルしたもの。日本語ツアーではなくて、夜遅めの英語ツアー。ホテルの出発は夜の10時頃なので、それまではのんびりである。サンタクロース村からホテルに戻って、あとはまた街中を歩く。フィンランドを代表する建築家のアルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)の設計等によるロヴァニエミの著名な建築をまわる。昨日の「アルクティクム」とは逆方向(西南)に歩いて、やはり10分強くらいで「ラッピア・タロ」に着く。ここはコンサートホールか劇場だということだが、この日は全く閉まっていて、ロビーと思しきところに少し破れた椅子が積んであった程度だ。外観は、やはり少し日本建築を思わすが、けばけばしさは全くないもので、これが北欧デザインだと思う。すぐ横が「図書館」で、これもいかにもフィンランド風。中には面白い調度品もあるようなので、入れてもらおうと思ったが、受付にいた人がYESとは言ってくれなかった。あとで思うと、入館をNOと言ったのか、その人が英語が話せないことでNOと言ったのかわからなかったが、いずれにしても退散である。このすぐ横が「市庁舎」。ここも、同様の建築で、しかも、この3つ(ラッピア・タロ、図書館、市庁舎)全体がまた雪の中にうまく調和している。こういうところが、北欧風(ヨーロッパの多くでもそうだが)で、アメリカや日本の街並みとは大きく異なっている。市庁舎も入って見れるかな?と思ったが、入口には机があって何人もの人がならんで座っている。そういえば、今日はフィンランドの大統領選挙だったのだ。選挙用の掲示もないし、日本の某お役人のように、選挙の直前に講話をするようなこともないのだろう。なにしろ静かな選挙だ。それでもちゃんと選挙管理人は日本と同じように机を出してならんで座っているし、市民は雪の中でも投票に来ている。フィンランド国籍を持たない我々が選挙のさなかに入室するのは困難だろうと思って、さらに歩いて「ルーテル派教会」を目指す。警察の横をまがって少し雪道を歩く。教会も外観は見事なもので、ロヴァニエミ市内からは、その塔が良く目立つ。ドアを開けて入ろうとすると、丁度内側から女性職員が出てきて、もう閉めたという。えらくぶきいらぼうで愛想はないが、閉めたといわれれば仕方なし。クリスチャンなら、あれこれ頼むのかもしれないが、そうでもないので、あきらめて街中へ引返す。午後4時過ぎには、もうこういう状態だ。夕食は、昨日とは違ったラップランド料理の店へ。宿泊しているホテルとは違った、やはり徒歩10分程度のホテルの1階にある「フランマンニ」(Fransmanni)に行く。昨日のFiliとは違ってすいていたし、日本人らしく姿はみかけなかった。ラップランド料理の味は昨日同様でまずまず。一部で、世界で最も味の悪いのは、イギリス料理とフィンランド料理などと言われたりもしているが、ここでのラップランド料理は、そう酷評することもないと思う。
さて、いよいよオーロラハンティングツアーに出発する。サンタクロース村で一緒だった日本の若い女性3名組と一緒(彼女らは立派な防寒着を着込んでおられた)。空は曇っていて、軽くだが雪があたる感じで、オーロラの期待はあまりない。例の博物館「アルクティクム」のごく近くのSafari Parkとかへ入る。ここで参加料金を支払い、その中に含まれている防寒着等を借りる。あとは50kmほど北の方へ車で進む。対向車が来ると、積もった雪が一面に舞い上がり視界が不十分になる。途中で、トナカイがいるということで車が徐行したりもする。トナカイは、基本は牧場で飼育しているようだが、外へも逃げ出していて、そういうのをまた集めたりする仕事もあるらしい。到着したところは小屋があって、フィンランド人の女性とその父親が住んでいる。彼らと、車を運転してきた女性(お名前は発音がむつかしくて)が、このツアーの現地責任者。雪の中を歩いて、掘立小屋のようなところへでる。ここにたき火がしてあって、その周囲で座ってオーロラの出現を待つ。コーヒーや長い木の枝に突き刺したソーセージなどを食べながら待つ。曇り空の中に、星が1つ見える。ということは、どこかで雲が切れてオーロラが出現する可能性もあるわけだ。そうこうしているときに、運転手の女性が”line”とか叫びだした。その方向を見ると、星の見える近くにうっすらと薄緑の線が見える。北の空というより天空近くで少し北方。まさに、これこそオーロラだ。こうなると、オーロラはどんどん大きくなる。雲を隔ててみている感じで、鮮明さは今一つだが、たしかにカーテン的なものが揺れ動いている。そうかと思うと、ボーと広がった光にもなる。雪の上にトナカイの毛皮を敷いてもらって、寝転がって天空ショーを楽しむ。まさに、オーロラを生れてはじめて見ることができたわけだ。この光のショーは、20分程度で納まる。一応はオーロラを見たので満足で、今回の旅行の残りではオーロラを見れなくても仕方なしと思う(実は、このあとで、とんでもない凄いのを見るのだが)。日も変わって23日になっているが、午前0時半頃には、たき火の場所を引き払って小屋へ戻る。トナカイ牧場らしく、各種の角その他が飾ってある。念願のオーロラが見えたので、ここの牧場の人達や運転手にもただ感謝である。午前2時頃ホテル帰着。
 翌日というか同じ23日は、昼間にホテルを出発して、国境を越えてスウェーデンのキルナに向かう。そのため、朝はゆっくり寝ることができて、遅めの朝食。昨日の朝食のレストランは、沢山の日本人だったが、今日は日本人はみかけない。ホテルの部屋から、目の前のスーパーマーケットや、少しの所にある地球最北のマクドナルドの店など見る。マクドナルドと言えば、いうなら、現在言われる「グローバリゼーション」の象徴の一つで、フランスだったかで、アメリカ的グローバリゼーションに抗議してマクドナルドを物理的に破壊した事件があったとかの報道を思い出したりもした。昼頃にタクシーが迎えに来てくれて、ロヴァニエミを後にする。大雑把には西北西に向かって進む。ペロ(Pello)という比較的大きな町(北極圏に入っていて、人口は4千人弱)までは、雪で真っ白な森の中を抜けて走って行く。所々に見える真っ白な平原の大半は、氷った湖のようで、こういうところを夏にドライブすると、まさに「森と湖」の国なのだろう。冬の白さも逆に一見以上の価値がある。この道でも、4頭くらいのトナカイが道端をあるいていたり、大きな1頭が車の前方を悠々(堂々)と横切ったりする。タクシーは、必ず速度を落としての安全運転である。スウェーデンとの国境にあるペロからは、基本的には北に向かう。道のすぐ左手には、どこからでも出入りは容易だが、一応は木と鉄線での“国境”が延びる。この西側とは1時間の時差があるのが不思議に思える。そのうちに、知らぬ目に大きな町に出てしまう。ここがパヤーラ(Pajala)で、もうスウェーデン領のバスの要所である。パヤーラで時計を1時間もどしたので、タクシーには2時間半強は乗っていた。ここでタクシー運転手と別れ、バスの駅で軽食。支払いが、今までのユーロからスウェーデンクローネ(SEK)に変るので、貨幣価値がわからない。パヤーラは交通の要所だが、人口は2千人程度らしい。ここで、キルナ行の路線バスに乗る。バスの方向は北西で、雪の道を進む。いくつかの停留所で停車しては、人が乗り降りする。大きな停留所としては、パヤーラから2時間くらいで、もうキルナにあと1時間というビッタンギ(Vittangi)くらいか。ここらで、普通のバスの後部が荷物運搬用になったような面白い形状のバスなどを見る。ロヴァニエミからは、タクシーとバスを乗り継いで6時間くらい。雪の道を真っ白な森と湖をながめ、道路に出てきたトナカイを見ながら、フィンランドからスウェーデンに入った。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
グルメ
4.0
ショッピング
3.0
交通
3.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
旅行の手配内容
その他

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