2009/09/07 - 2009/09/07
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こまちゃんさん
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晋祠散策の続きです。
晋祠本体の博物院へは、まだまだ結構あるようです。
その間、綺麗な庭園を満喫しています。
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石橋の動物飾り、尽く壊されていました。
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水は何処でも澄んだ水です。
桃色の花は芙蓉ですね。 -
みんな、この四体の像には興味津々みたいです。
皆が去るまで待ってます。 -
さっきのお堂、軒が広く突き出ていましたので、後面の屋根は二段になっていますね。
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さて、その四体の像を撮影してみました。
寺廟などに鎮座ましますこの4人のおじさん達は、所謂四大金剛像で、一般的には四大天王(単に四天王とも言う)と呼ばれています。
東西南北の方角を司る金剛像で、日本の仁王像にも当てはまる感じでしょうか。
金剛像の呼び名は、方角に応じて決まっており、それぞれは、
東方:持国天王(提多羅吒)
西方:広目天王(毘留博叉)
南方:増長天王(毘流駄迦)
北方:多聞天王(毘沙門天)
となってます。
施設の規模によって、韋駄菩薩像(韋駄天)だけを導入されている所もあります。 -
彼らも全て鋳物ですね。
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本来は長刀を持っているようで、手に穴が開いています。
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ウルトラマン撮り!
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鋳物の像の場合、かなり重鎮で頼りがいがありますね。
楼門などに納められた木彫り像の場合、可愛い顔にど派手な衣装を纏ったものが多く、お守りって感じがしませんが・・・(^灬^; -
顔のドアップを撮っている次男坊を、ウルトラマン撮りしているこま。
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狛犬さんの獅子像ですが、こんなに多くの鋳物像にしてあるのには驚きでした。
他では殆ど石ですし鋳造品は上海豫園で見て以来の発見でした。 -
献殿前の楼門(鳥居)。
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もう片方の獅子像越しに。
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楼門をくぐると、両側にはキチンと鐘楼と、、、
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鼓楼がありました。
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献殿内部。
中はカラッポなんですね。
お堂という感じじゃなく、英語で言う場合のホールのような感じです。
その奥にも未だ庭園やお堂が見えています。
祠堂って言うよりも、殆ど大きな寺院並みですよね。 -
龍の飾りが沢山。
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こちらは、雨水を流す龍頭ですね。
この場合も、龍の九つの子供があしらわれていますが、屋根と違って「嘲風(chao feng)」ではなく「螭首(chi shou)」と言います。 -
屋根にはしっかり「嘲風」も居ました。
しかもカラー版ですね♪ -
献殿の解説プレートですね。
金大定8年(1168年)の建立。
ここは祭祀の品を捧げる場所。幅は三間、奥行きは二間。
梁に非常に特色がある。4つ垂木梁に1層の平梁を置いているだけで、簡単で材料を省いていながらも、精巧で堅固に仕立てられている。殿の四周には壁はなく、各間は堅牢な欄壁の上に格子状の柵を設けた構造になっています。釘は1本も用いられてなくて、お堂の西の月台に、一対の鉄格子を設けて補強しています。
1955年に、原材料を用いて当時の建築様式にて補修が施され、晋祠の三大国宝建築の一つとなっています。 -
その先にも立派な庭園やお堂が見えています。
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そのお堂は、何やら怪しげな感じがしないでも無いけど・・・
柱には龍がグルグル巻きですね。 -
献殿を外から見ると、なんだか牢屋のようです・・・(^灬^;
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龍柱のお堂は、中国最古の建造物「聖母殿」。
その手前には、「魚沼飛梁」と言う新潟の地名のような橋が有りました。 -
片方には「魚沼」、、、
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もう片方には「飛梁」の文字。
「魚沼飛梁」
魚沼飛梁は、その名の通り池の上に張り巡らされた橋ですね。
古代の人々は、方形状を沼、円形状を池と称し、方形状であれば、水中に多くの魚がいるので魚沼と呼んだ。沼に架かる十字形の橋については「架かる橋は偽りであり、恰も飛ぶが如し」や「飛梁、石を登り水を跨ぐ」などと言いました。
「飛沼飛梁」を現代の言葉で形容した場合、最も適切なのは「中国古代の立体交差橋」になるそうです。 -
この橋には、、、
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鋳物の獅子像と大理石の獅子像とがダブルで置かれていました。
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ワンチャンみたいですね。
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なるほど、下には魚が居ますね。
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庭園に掛かる石橋。
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献殿の後面姿。
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では、橋を渡って聖母殿へ向かいます。
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龍が巻き付いた不気味な柱・・・
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柱と柱の各間には、書が記された鏢局が下げられています。
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暗い軒下で「ガオーーー!」
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明るくても一寸恐い感じ・・・
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名のある書なのでしょうね。
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中国最古のお堂らしい表情なのかもしれません。
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岩に龍が彫刻されている方が、個人的にはしっくり来ます。
(広州で見慣れている) -
聖母殿の中には、二体少ない二体の金剛像が。
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もう片方。
汚れまくりですね・・・ -
梁(橋)の様子。
十文字になっています。 -
その先には、何やら古めかしい樹木が横たわっていました。
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その下に、ひっそりと隠れるように建っているお堂。
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そのお堂の前に置かれていた鐘。
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文字がどっさり書かれています。
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南部鉄器のような・・・
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お堂前には、監視員らしくな〜い監視員が居ました。
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時報の木魚代わりなのでしょうか?
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金剛像の後ろ姿です。
この汚れ方はハンパでは有りませんね。
中国の寺院もそうですが、日本のように、年末の大掃除みたいな事はしないようです。 -
お堂の軒裏にも書が!
うっかりしていたら見逃すでしょうね。 -
石碑を背負っているのは亀などでは無く、龍の九つの子供の一つ「贔屓(bi xi)」。
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聖母殿の標札の奥には、もう一つ標札がありました。
晋祠内で最も著名な殿堂の聖母殿は、宋代天聖年(1023〜1032)の建立で、威厳に満ち、どっしりとした趣があります。
現存する宋代の建築物の中で最も完璧な姿で残っている建築物。高さ19m、屋根は回廊柱と庇部分の柱に支えられていますが、建築学上の計算によると、柱は12本少なく済ませられており、古代の建築書「営造法式」に記されている、「減柱営造法」による建造となっています。こうすることで、殿内の空間はより高く広く深く奥行きのあるものにする事が可能になります。
殿内の木造の柱に彫られた龍は、中国国内に現存する最古の木彫芸術品です。
あ、お堂が最古なのでは無く、あの不気味な龍たちが最古の木彫り彫刻品なのですね。 -
甲高の屋根。
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そして、周囲を囲む中国最古の木造彫刻品の龍たち。
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蛇か蜥蜴に見えてしまうこま・・・
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屋根に居たスズメちゃんたちは可愛いです♪
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お!
屋根の瓦模様も、鬼の形相では無く龍ですね。 -
軒先の嘲風の後ろには、動物たちも居ます。
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大屋根の飾りにも、凝った造りで綺麗な嘲風が。
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これは、聖母殿に収められている「侍女像」。
聖母殿内には、43体の泥で造った彩色人物像があります。 -
最後部の2つの小さな像以外は、全て宋代の塑像です。
主体像の聖母は、唐叔虞と周成王の母、武王の妻で姜子牙の娘の邑姜です。大殿真ん中の神龕に置かれた42体の侍従の塑像が、その両側に対称的に並んでいます。侍従像の内訳は、宦官像が5体,男性の衣装を纏った女官像が4体,侍女像が33体。特に侍女像は最も生き生きとしており、生活の息吹を強く感じさせられます。官女は年齢も表情もそれぞれ異なっており、作者の思想や感情や性格などが影響しているもので、且つ基本がしっかりした彫刻が施されています。 -
先ほど見かけた大きな木は、こんな所から倒れていました。
これは「臥龍柏」と呼ばれる柏木ですが、元々は聖母殿の両側に2本の古い柏木がありました。
右のは雄で左のは雌で、それぞれ「龍頭柏」、「鳳尾柏」と名付けられていました。
西周時代に植えられたものでしたが、道光初年、鳳尾柏の方が、当地の土着民に引き抜かれ、龍頭柏だけが残りました。
3千余年の樹齢で、高さ18m、幅5.6m、主幹の直径は1.8mにもなります。 -
南に45度ほど傾いて倒れた感じになっていますので、臥した龍に似ている事からこの名が付けられたとされています。
宋代の文学者である欧陽は、彼の詩に「地霊の草木、余潤を得る。郁々たる古柏、鬱蒼たる煙を含む」と、横たわる古樹を讃えて詠み上げました。 -
古柏の梢は、龍の頭なのか、はたまた尾っぽなのか?
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倒れた幹からは、天に向かって枝が伸びています。
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ねじれた木肌、聳え立とうと頑張った結果か・・・?
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また山鳩が。
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お!
次男坊が、聖母殿の裏山にあるお堂に登って行きますね!
こまも後を追いかけたいと思います。 -
おっと!
またまた写真が71枚に達したようなので、続きは次の旅行記「其の肆」でお送りします♪
(晋祠散策の最終章です)
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