2011/10/18 - 2011/10/18
257位(同エリア493件中)
滝山氏照さん
JR総武線亀戸駅下車徒歩約15分、学問の神様である菅原道真を祀る亀戸天神社(かめいど・てんじんしゃ、東京都江東区亀戸)を訪問しました。
亀戸天神は正式には亀戸天神社(かめいどてんじんしや)と言い、学問の神様として知られる菅原道真(すがわら・みちざね、845~903)公を祀る神社で特に合格祈願のスポットとして都内では有名です。
菅原道真は学者の家系に生まれ幼少の頃から卓越した成績を修め23歳で文章(もんじょう)博士となりその後その才能を発揮し遂には55歳で右大臣に登り詰めます。
ところが道真の異例の出世が時の権力者藤原氏の鼻につき、延喜元年(901)藤原時平ふじわらの・ときひら、871~909)の讒言により失脚し北九州の太宰府に左遷されますが赴任して2年後の延喜3年に帰朝の気持ちを抱きながら現地で亡くなります。その後延喜5年道真を慕う人々により墓所に建てられたのが太宰府天満宮であります。
道真が亡くなった後、都では数々の不幸が訪れます。道真を讒言した藤原時平が39歳で死去、疫病が蔓延し日照りが続きその後醍醐天皇の皇太子が死亡、更にその次の皇太子の亡くなり、都では道真公の霊が祟ったともっぱらの噂が流布され恐れられていました。
その祟りが真剣に囁かれたのは延長8年(930)、宮廷に落雷があり死人が出たことであります。そこで時の朝廷はその怨念・怨霊の怒りを鎮める為天暦元年(947)火雷天神が祀られていた北野に天満宮が創建され、永延元年(987)正式に北野天満宮となりました。
この亀戸に天神社ができたのは寛文2年(1662)の江戸時代でありまして、大宰府天満宮の神官が4代将軍徳川家綱(とくがわ・いえつな、1641~1680)より寄進された土地に大宰府天満宮を模した神社を造営したのが始まりだそうです。
上述の経緯により規模の相違はあれ西の大宰府天満宮に対し「東宰府天満宮」との別名もあります。
自分としては神社仏閣は縁がなく、素通りしている事多でしたが歴史上観点で訪問をしていく内に思わぬ出会いをして新たな勉強となることがあります。今般は特に構えて当神社を訪問した訳ではなくたまたま立ち寄った形でしたので道真を祀る東の太宰府天満宮である事がわかり自分自身望外の喜びでありました。
同天神社の縁起についてホームページに下記のように紹介されています。
「 ご 縁 起
正保3年(1646)九州大宰府天満宮の神官でありました菅原大鳥居信祐公(道真公の末裔・亀戸天神社初代別当)は神のお告げにより、公ゆかりの飛び桜の枝で天神像を刻み、天神信仰を広めるため社殿建立の志をもって、遠くは日光または盛岡などの諸国を巡り歩かれ、そして江戸の本所亀戸村にたどり着かれ、村に元々ありました天神の小さなほこらにご神像をお祀りいたしました。
当時徳川幕府は、本所の町を、江戸の大半を焼き尽くした明暦大火の被害による復興開発事業の土地とさだめ、天神様を篤く信仰していた4代将軍家綱公はその鎮守の神様としてお祀りするように現在の社地を寄進されました。
そして、寛文2年(1662)10月25日に太宰府の社にならい、社殿、回廊、心字池、太鼓橋などを営み、以来350年後の今日まで東国天満宮の宗社として崇敬されてまいりました。」
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
亀戸天神社参道
やや派手目な参道でこれなら迷うことはありません。「御鎮座350年」と記載されています。1662年の創建ですから来年2012年が正に鎮座350年にあたると理解できます。 -
イチオシ
鳥居
大宰府天満宮の江戸版として天満宮を模して建立されたそうです。
それにしても勇壮な鳥居の姿ですネ。 -
亀戸天神石碑
-
亀戸天神説明
江戸時代から学問の神様として崇められいます。寛永2年(1662)大宰府天満宮の神職が、飛梅の木で菅原道真の像を造り祀ったのが創建だと言われています。 -
本殿遠望
参道から本殿を眺めます。学問の神様として全国津々浦々親しまれている菅原道真を祀っています。東京では湯島天神と並んで受験合格の祈願所として名を馳せています。 -
東京スカイツリー(全景)
カメラを構えているとスカイツリーが視野に入ってきます。
近隣にそびえ建つ景色を見ると思わずシャッターを切らざるを得ません。
2012年春の営業となりますが確かな話題になりますネ。 -
心地池
大宰府天満宮と同じ名前の池です。 -
石灯籠
-
イチオシ
亀戸天神社・本殿
学問の神様として知られている菅原道真公を祀っています。 -
東京十社めぐりの看板
いずれも知名度の高い神社ばかりです。 -
太鼓橋
本殿から太鼓橋を通して市街が見渡せます。 -
琴字燈籠と石碑
-
心地池
振り返って心地池のスナップを1枚撮ります。 -
神苑の梅案内
毎年2月中旬から3月初旬に掛けて境内は梅の花で咲き乱れるそうです。
都を去るとき道真は「東風吹かば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」と詠みましたが、その道真が親しんだ梅があるじを慕って一夜にして京から太宰府に飛んできたと言う「飛び梅」の伝説は有名です。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
14