2011/10/26 - 2011/10/27
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buchijoyceさん
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◇10月26日(水)
カーテンを引くと朝日が射しこんできた。いい天気だ。寒そうなので、ブレスサーモの下着を着た。着替えとして厚い綿シャツを用意してきたが、日中歩くには暑いだろうと、昨日と同じ薄地の綿シャツにする。今回の私の荷物は、友人が作ってくれたパッチワークのバッグにカシミアの軽いセーターをクッション代わりに敷き、まわりにプチタオルをいれ、そこにカメラ一台、それだけ。それ以外にはいろいろなものが詰まったウェストポーチがある。デジカメは軽くはないが、ウェストポーチも1.5kgはある。脂肪に加えてそんなものをいつも腰につけているから腰痛になるんだ、とまわりから冷やかされている。Ipadは二人分の下着一式の上に乗せ、これは連れ合いが持つ。二人とも荷物は少ない。
7時、朝食。8時、チェックアウト。ホテルの前で記念撮影、といっても撮るのは私。だからいつも私だけは入ることはない。みなさんの荷物はキャスターつきのスーツケース。ガラガラと音を立てて、駅まで歩く。駅まで15分程度と聞いていたが、光があるので、メタセコイアや日向ぼっこする猫を撮ったり、川面に写る町並み写したりして、遅れて一人で歩いていく。昨日、大原美術館の蔦の絡んだ入り口を撮ったら、中途半端に人物が写ってしまっていたので、もう一度撮りたいと思っていたのだ。ところが、イメージしてそこへ行くと、なんと門が閉まっていて、昨日の風情はなかった。やれやれ。
美観地区の入り口を抜けるとあとは駅までまっすぐな道。のそのそしたつもりでも、8時半には駅に着いてしまった。もう少し写真を撮っていてもよかったかな。
9時の相生行きに乗るためにホームに下りる。線路になにやら立て札がある。読むと、パーク&ライドのお知らせ。パーキングは3日間は無料だとある。3日間は東京・横浜まで用事をしてきても間に合う時間のようだ。ほほう、倉敷はエコシティを目指しているんですね。駅周辺に土地があったのだろうが、ごりっぱ。20年ぐらい前になるかな、ドイツのフライブルクで初めてパーク&ライド方式を知ったのだった。美星町に行ったのはいつだったかな。あのときも倉敷を訪れたはず。その時は気がつかなかった、電車で来たにもかかわらず。そういえば倉敷市の観光課にパンフをお願いしたとき、人数分のパンフが入った封筒の裏面に広告が入っていた。広告主が封筒を寄贈するシステムになっている、が、広告の内容は市は責任を持たない旨の説明が入っていた。倉敷市はいろいろ試みているようだ。
岡山で播州赤穂線に乗り換え。ホームの反対側に赤穂行きの電車は待っていた。ボックス型の車内はきれいですわり心地もいい。「昔はローカル線っていえば、古い車両が回ってきたいたものだけど、今はローカル線の方が車両はいいかも」実際、たまにしか乗らないが、東海道線は通勤のためか、対面式で、ボックスは少ない。明るい日差しの中を電車は進む。知らない土地に来ると窓から外を眺めるのが常。刈り残されている稲が日を浴びてまぶしい。こちらに来てセイダカアワダチソウが目についた。一時、小田原周辺の空地や川原に繁茂しているのが目に付いたが、いつしか自然淘汰されたのだろうか、それほどの勢いは見られなくなった。だから黄色に輝く群生は目を引いた。大きな川を渡った。澄んだ水が川底まで見せていた。吉井川かな。
連れ合いが咳き込んでいる。「飴、買ってくればよかったのに」と言うと、目の前に飴の袋だけがぶらさがり「どうぞ」という声が聞こえた。立ち上がってみると、土地の人らしい女性が前を向いたまま右手だけ挙げて、袋を差し出していた。「ありがとうございます。いただきます」と連れ合いはもらってなめている。
駅名を読みながら「ここは備前長船。聞いたことない?刀剣で有名なところ。刀剣には興味がないからパスしたけど、佐野美術館にも備前長船兼光があったよ」「ここは香登と書いて「かがと」と読むんだよ。おしゃれな名前だね」相変わらずのガイドぶり。伊部(いんべ)に着いた。飴の女性も伊部で降りた。
「途中下車ですから切符を渡さないでくださ〜い。切符、なくなさないでくださいね〜」と叫んでいる。小田原、倉敷往復で買ったので、途中下車なのだ。往復だと10日間有効。
改札で途中下車の印を押すのかと思ったら、そのままだった。駅のロッカーに荷物をいれ、先ずは右手にある岡山県備前陶芸美術館へ。
http://www.touyuukai.jp/bijyutu.html
ここでちょっと備前焼の紹介を、いやその前に、基本的な焼き物の紹介をしておこう。焼き物には石ものと呼ばれている磁器と土ものと呼ばれている陶器がある。石ものとは磁器、石(陶石)を粉にして成形し高温で焼いたもの、叩くとピンと言う音がする。有田焼・伊万里焼や九谷焼きなどなどが有名。陶器は粘土を使っている。粘土の種類も土地によっていろいろ。同じ土地でも含有物によって違ってくる。磁器より低い温度で焼くので、温かみがある。備前、信楽、唐津、萩などなど有名な産地は多々ある。
窯も種類があるのだが、それは割愛して、窯の中に酸素を十分入れ焼くのを酸化焼成といい、窯の中の酸素を少なくして焼き上げるのを還元焼成という。成形し自然乾燥させ、釉薬をかけずにじっくり焼いたものを焼しめという。素焼きをして釉薬をかけて焼くのが一般的だが、備前焼は焼しめ。とはいえ、備前焼の焼しめにはいろいろな焼き方がある。酸化と還元をうまく利用している。
ついでに六古窯の説明。六古窯とは鎌倉時代以前より継続している六つの古い窯、瀬戸・常滑・越前・信楽・丹波・備前の六窯を指す。古陶磁研究家の小山冨士夫氏によって昭和23年ごろ命名されたもの。要するに中国や朝鮮から技術がもたらされる前から続いている焼き方といえる。
http://www.bizenyaki.bizen.okayama.jp/
さて、備前陶芸美術館に戻ろう。美術館は4階建て。エレベーターで最上階まで上がり、上から見始める。4階は物故作家の作品が展示されている。金重陶窯の像がある。室町、桃山と繁栄した備前も磁器におされ衰退していく。明治から昭和にかけては苦しい時代だった。それを救ったが金重陶窯だ。金重陶窯は備前焼で始めて人間国宝になった人だ。魯山人やイサム・ノグチも助っ人になる。
3階は人間国宝に選ばれた作家たちの経歴の紹介と作品。備前焼の人間国宝は、先の金重陶窯、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳と続く。陶器だけでなく、作家たちの書いた書や絵もある。毎度のことながら旅に出る前に仲間たちは備前焼の勉強を強いられている。だから人間国宝の名前は先刻承知のはず。
藤原啓さんのところだったかな、壁にかかっているルオーに目が行った。思わず「ルオーだ、なんでルオーがここにあるの〜」と声を上げてしまった。啓さんは陶芸家になる前は、詩人だった。そして洗礼を受けていたそうだ。
人間国宝の作家たちは、内面の深さはもとより、それぞれ広く世界とつながっていた。芸術は、技術だけではない、自身の内面にあるものを表現する力なのだとつくづく思う。
2階は古備前の展示。1階は新しい作家の展示。そして備前焼の製作工程がわかりやすく、写真と実物を置いて説明してあった。備前焼は登り窯で赤松を使って10日以上ゆっくりと焼きしめる。最終的には1250℃〜1300℃まであげるそうだ。陶器は窯の中で松灰をかぶったり、埋もれたりして(ここで還元になり)独特な窯変をする。窯から出たものはひとつとして同じものはない。胡麻、桟切り(さんぎり)、牡丹餅(ぼたもち)、緋襷(ひだすき)、青備前、伏せ焼と言った多彩な窯変も丁寧に実物を置いて説明してあった。これは大いに参考になった。休憩所には100円で、好きな備前焼のカップでコーヒーと紅茶が飲めるサービスがあった。もちろんみんな一服する。
トイレを借り、出てくるとコインロッカーがあり、4時半までなら館外に出ても預かってくれるという表示があった。なるほど、これも観光客のためのサービスですね。
国道を渡ると、もう窯元が並んでいる。ぞろぞろと入る。そこで塩窯の淡いコバルトのぐいのみを見つけた。塩はめずらしい。塩窯とは焼き終わりに窯口から塩を投入し、一時的に窯の内部を還元にする方法。ぐいのみみとはいえ、持ち歩くのはいやだ。駅に近いから帰りに買おうとおいたのが失敗。帰りにはどの店だか分からなくなってしまった。
写真を撮りながら、みんなが入ったお店に続いた。作った本人が展示即売をしていた。ちょっと変形な茶碗を手にしながら、「サンギリはどれ?」「サンギリってのは灰に埋まったものだけど、それならサンギリとゴマが両方ある」と私の持っている茶碗を見て言った。「あ〜そう、ここがサンギリでここがゴマね。何でここをカットしてあるの。手に持つと痛いよ」「おしゃれでないと」と作者。「おしゃれはいらんと」と私。すぐイントネーションをまねる。でもそれを買った。連れ合いも湯飲み茶碗を持ってきて、いっしょに買って、とおいていった。
突き当たりの店に入った。連れ合いは近くの天津神社に行ってくると言って右の方へ別れて行った。
そこのお店で目に付いたのが緋色がよく出ているぐいのみ。ショーケースの中に二つ並んでいた。眺めているとお店の女性がそばに来て「ぐいのみをお探しですか。こちらにもございます」と言って奥の部屋に案内した。畳の座敷に飾ってある。「靴を脱ぐはいやなの」というと、電気をつけてくれたが、目が悪いのでよく見えない。さっきの正面のショーケースと違うところに緋色の美しいぐい飲みがある。「あら、あそこにも緋色がある」ショーケースから出してくれた。こちらは面取りがしてある。「こちらの方が主人らしい色です」ということはこの女性は奥さんなんだ。「ご主人を存じ上げないから、ご主人らしいとは分からないけど、この色いいですね。」と言ってさわっていると「お客様が触っているだけで、もう色が変わってきています」と奥さん。「へ〜人肌でも変化するんだ。じゃ〜、これ頂いていくわ」「これでお酒、お飲みになりますか」「うん、使うものしか買わないの」「使っていると色が変わります。どうぞ可愛がってください」なんと桐の箱に入れてくれた。
そこへ先に出た人たちから、もう少し先の店で、お窯を見せてくれるから来るようにという連絡が入った。奥さんに場所を教えてもらい、急いで行く。
お店の奥が工房になっていて、さらにその奥に登り窯があった。窯のある部屋の隅に、うずたかく積まれた粘土があった。備前の粘土は「ひよせ」という田んぼの土だ。
その手前に二つに仕切った水簸用の大きな水槽があった。窯の中にも入れさせてくれた。部屋の周りに積まれた赤松の薪が2500束、焼成にはこの3倍は使うという。「薪代だけで一回何十万もかかると聞いていますが」「そうです。登窯には人間を超えた力があります・・・・登窯の作品を選ばれることをお勧めします」「そんなこといわれたって、素人にはどれが登窯の作品かなんて分からないわよ。ならここは登窯だからここの作品を買っていこう」と店に戻った。仲間たちも選んで買っている。窯変で青が出ているものがほしかったのだが、持って帰れそうなものでは、3つの徳利に青があった。青と言っても塩の青とは違う色だ。形が気に入ったものは青がいまいち。青のいいのは形がちょっと気に入らない。迷っている。そこへ連れ合いが入ってきた。「ここにいるのよく分かったじゃない。今迷っているんだ。どれがいい?」「さぁ」
仲間はとうに出てしまっていたので、結局買わずに連れ合いとkさんと3人で食事に行った。備前焼を使っているすし屋は定休日なので、駅まで戻った。私が迷っている間に連れ合いは神社から街中をひとまわりしてきたとかで様子は分かっているらしい。駅ビルには日本料理の店があるはず。ところがここは貸切。傍のカフェもB級グルメとして売り出している備前カレーも売り切れの札。少し歩くとすし屋があったのでそこに入る。私は上にぎりを頼んだ。タネは美味しかった。
kさんが美術館で得た情報によると、500mぐらい先の備前病院の裏に粘土や陶芸用品を売っている店がある、というので、国道沿いを歩いて、病院のところでクロスしてさらに奥に行く。店らしきものはない。日差しは暑い。たずねたずね、やっと店を見つけた。粘土がうずたかく積んである。私が使っている粘土に似ている。そこで販売している粘土のカタログをもらって、再び町の方に向かう。
途中の窯元で、小さな花瓶を4個買った。どこでも焼き方をこと細かに聞いている。灰がたくさんかかって釉薬のようになっているものより、地がでているもののほうが使っているうちに色が変るそうだ。
店を出るとすぐそばの大きな木に目が行った。何の木だろう、樹皮は白くてとてもきれいだ。Kさんが聞きに戻った。程なくして戻ってきたkさんによると、「あの木は椋の木で、実を取ってくれて食べたらとても甘かった。根元に神様がいらっしゃる」思わず「えつ?」と不審な顔をする。外からは塀で根元は見えないが、中は木が大きく根をはり、根元に神様が祀ってあるのだそうだ。なるほど。それで神様がいらっしゃるのね。おそらく、この町には神様が大勢いらっしゃるのでしょうねぇ。
川をのぞくと親水公園になっている。
抜け道を通って、やっとさっき見た甘味処の裏についた。これ以上歩けないと、甘味処に寄る。もう歩く旅は無理だ、と弱音を吐いている。ここでkさんと別れ、二人だけで待ち合わせば場所の駅に向かう。駅ならベンチもあるだろうから、休んでいられる。おそらく一行の中で一番町めぐりをしていないのが私だろう。
駅ビルは備前焼伝統産業会館で、2階は展示即売場になっている。腰が痛いといいながらも物色している。
下で客待ちのタクシーに、4時に仲間が集まるから、夕立受山まで行って夕日を見て、片上の旅館まで送ってほしいというと、夕立受山の頂上までは車は行かれない、途中からは歩き、それも細い道を歩くのだという。「え〜、そんな〜。備前のガイドに夕立受山から見える写真が載っているよ〜。歩きなら歩きと書いておいてくれればいいのに、不親切だねぇ。日没の時間までちゃんと調べてきているのに」とぶすぶす。ガイドブックにある観光情報センターに確認するが同じような返事。そこへみんなが来たので、歩く旨を伝えると、止めようということになる。みなも歩き疲れているので、時間は早いけど宿に行ってしまおう。とんだハプニングだ。
車は商店街で止まった。なんと予約したえびすや荒木旅館は商店街の中にあった。ネットで魯山人の愛した宿、備前焼を使っている宿、そして風情のあるたたずまいの写真を見て予約したのだが。「こんにちは」と声をかけても誰も出てこない。でも、玄関に8人分のスリッパが揃えて並んでいる。誰かがベルを見つけ振った。するとおかみさんが現れた。
玄関の広い廊下には備前焼のショーケースが並んで、中には備前焼がぎっしり詰まるように飾ってある。部屋は和室で、もう布団が敷いてある。この部屋は魯山人や土井勝さん、もう一人誰だったかな、とにあれ有名人が泊まった部屋ということだった。部屋には藤原啓さんの書がかかっている。この部屋で書いてもらったものだそうだ。
寒いので連れ合いに先ずはエアコンをつけてもらい、部屋を暖める。お風呂の用意は出来ているというので、連れ合いが風呂に行った。私はカメラの映像をIpadに移している。部屋はなかなか暖まらない。部屋が広いからかと思ったが、いかにせん寒いので温度設定を上げようと見に行ったら、なんと冷房になっていた。もっとも温度は27度になっていたから、冷えているわけではなかったが、これでは暖まらないはず。
年配の旅行者にはちょっと困ったのはトイレが共同。しかもガラス戸のない濡れ縁を通っていくこと。
夕食は6時半。食事の部屋は明治天皇が利用された部屋だそうだ。この旅館はそういう意味では歴史があり、それぞれの部屋にだれだれが泊まったといういわれがある。そういう時代がこの旅館の最盛期だったのだろう。歴史を維持し、現代人のライフスタイルにあわせていくのは、大変だろうとは思う。部屋は十分温められていた。カキを注文されたが、ここのカキは27日が解禁なので、明日でないと手に入らない、とのことだった。お作り、落ち鮎の姿焼きにタデ酢、落ち鮎は今だけのもの、吉井川の鮎だそうだ。振り塩には赤穂の天塩を使っているそう。一人が塩を買って帰るというので、赤穂の塩も悪くはないが、わざわざここから買って帰ることはない。赤穂の天塩はオーストラリアの塩に中国のにがりをいれてある再構成加工塩。ここら辺では天然海塩は高知にしかない、と例によって薀蓄を語る。飯だこと小いもの炊き合わせ、てんぷら、酢の物などなど、夕食は美味しかった。お酒は地酒、本醸造しかなかったが、緋襷と窯変の徳利に入れてきてくれた。ぬる燗だった。今夜は「相棒」があるのであまり飲まずにいる。寒いので布団に入ったまま、テレビを見て、風呂にも入らずに寝てしまった。夜、寒い中トイレに行くのはいやだと思っていたら、夕食後から朝まで行かずに済んだ。うん、まだ若い。(笑)
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 新幹線
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