2011/10/27 - 2011/10/27
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buchijoyceさん
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◇10月27日(木)
街中なのに静かでぐっすり眠れた。旅も今日で終わる。面倒なので綿シャツは着替えずに三日間着続けることになる。次からもこれで行くかなぁ、荷物がさらに少なくなる。
7時半朝食。おかみさんが、岡山だから鰆です、とサワラの焼き物を出してくれた。確かに美味しかった。ここの地名は、今は片上と書くが、以前はこのあたりは潟神と表記していたそう。だから「かたがみ」と濁らずに「かたかみ」というのかも。片上より潟神の方が字面はすてきね。潟上市って秋田にありますよ、なんて余計なことを言っている。おかみさんたちは箱根から真鶴を訪れたことがあり、「いいところですね」と言った。「瀬戸内だから暖かいと思ってこんな格好で来たら、寒いですね」と言うと、「普段は備前は暖かいんですが、急に寒くなって」と言っていた。朝食も美味しく頂いた。
昨日のタクシーにお迎えを頼んでおいたので、9時前には迎えに来てくれた。今日はジャンボタクシー。メーター制にするか、時間決めにするか相談しておいてくれといわれていたので、会計に一任する。
旅館の前の商店街は、旧山陽道だそう。おかみさんと若い娘さんかな、お嫁さんかな、に見送られ一路、閑谷学校へ行く。
閑谷学校の正面には楷の木が2本ある。パンフによると、中国の孔子廟から持ち帰った種から育ったもので90年は経っているそうだ。楷の木はウルシの仲間。でも、この木でかぶれた人はいないという。写真で見るこの木の紅葉が美しく、ぜひ見たいと思っていた。はじめは紅葉の時期を予定したのだが、みんなの都合で前倒ししたので、時期が早かった。まだ上のほうの葉が少し色づいている程度だったが、木は大きく枝を広げていた。もっとも時期がずれていて幸いだったかも。紅葉の時期には道路は渋滞になるそうだから。
私たちが入ったときは観光客はほとんどいなかったが、帰り際にはバスを連ねた団体客がどっと押し寄せた。遠足らしい子どもたちもやってきた。「おはよう」と子どもたちに声をかけると、「おはようございます」と元気のいい声が返ってきた。続く年配の団体客にも「おはようございます」と声をかけると、「おはようございます」と小さな声が返ってきた。楷の実を拾ってきた。蒔いてみよう、芽を出すとは思わないが。
閑谷学校は岡山藩主池田光政公によって庶民教育のための施設として建てられた。庶民のための学校は全国でここが初めてだそうだ。講堂は国宝。質実剛健を唱える光政公がこんな立派な建物を建てたの?って疑問に思ったら、その疑問を晴らすように、はじめからこのような立派な建築物を建てたのではなく、はじめはわらぶき屋根の質素な建築群だった。が、庶民のための学校を残すためには、簡単に取り壊されないように立派な建築群にしたのだと説明された。ここでは儒教教育が行われていた。なによりも優れているのは、光政公の命を受けた家臣が、閑谷村の山林、田畑を学校の所有にし、その上がりで運営を任せていたということだ。
http://shizutani.jp/
ボランティアで説明しているお年寄りがついた。学校に集められた生徒たちは、論語の一節を大声で唱えることから始まる、と、ガイドのおじさんが大きな声で、「子曰く、朋あり遠方より来るあり、また楽しからずや」と叫んだ。確かその前後があった筈だ。「子曰く、学びて時に之を習う、またよろこばしからずや。朋あり遠方より来るあり、また楽しからずや。人知らず、しこうしていからず、また君子ならずや」中学のときだったか、高校のときだったか、それでも暗記したものは口を突いて出てくる。私も負けずに声をあげている。
おじさんが「大学」の説明をした。うん、「大学」の冒頭も覚えているよ、「大学の道は明徳を明らかにするにあり、民に親しむにあり、至善にとどむるにあり」とそらんじると、おじさん、こちらをチラッと見て、講堂にかけられている「明徳」の説明をした。
出掛け前、お昼をどこにしたらいいか、宿のおかみさんに聞くと、この近辺にはないから伊部に戻ったほうがいいと言われた。なら心残りのあの塩窯のぐいのみを買って来よう。するとドライバーが、日生(ひなせ)に行くとカキも食べられる、と言った。どっちにする?旅人の心理は同じところより未知なる場所を望むねぇ、と日生に行くことにする。
藤原啓記念館に行く。井伏鱒二の藤原啓評があった。「藤原啓はさえない詩人で・・・彼の作品には詩がある・・」藤原啓の詩を読んだことはないが、どんな詩を書いていたんだろう。啓の作品は、静かにじっと対峙したいという気持ちになる。きらびやかではないが何かずんと伝わってくる。しかし作品から詩を読み取ることは出来なかったけど。
http://www.fujiwarabizen.com/fujiwara-bizen/fujiwara_kinenkan/kei_kinenkan.html
少し急坂を上りギャラリーに寄り、海を見る。湾の右手は、荒木屋旅館の近くまで入りこんでいるそう。牛窓まで行くと眼前に小豆島が見える。こちらから小豆島行きの船もでているそうだ。はるか昔、小豆島は行ったことがあるけど、地図を見ないと、位置がいまいちわからない。途中、夕立受山の標識。ここまで来るんだったんだ。標識を見ながらドライバーに「日生(ひなせ)って読めなかったですよ。いつごろ備前市になったんですか」「4年前ぐらいだったかな」「あ〜平成の合併でなったのね。ガイドに備前地区、吉永地区、日生地区ってあったから、そのときいっしょになったのですね。市役所があるから伊部が中心なのかな。」
ドライバーが8人分の席の予約をしておいてくれた。料理屋さんに着くと、車は帰っていった。駅までは近いから歩いて行けると言って。駅は入り江を迂回して斜めぐらいにあった。
さぁ、カキだ、カキだ、歌に歌っていたカキだ。焼きガキと蒸ガキが出来ると言った、「生はないの〜?」「今は生はない。まだ小ぶりだから。生牡蠣を出せるのは1月か2月。海のミルクっていうのは、カキを剥くとミルクのような液体で容器がいっぱいになるから、海のミルクというんだよ」「ふ〜ん、栄養価が高いから海のミルクだと思ってた」「それもあるけどね」「生が食べられるようになったら、また来るよ」「え〜、ここまで来るの?調子がいい」と周りが言う。「だってさ、岩ガキが食べたくて男鹿まで行ったんだから、来るさ」とすましている。みんなそれぞれ違ったものを注文している。焼きガキも蒸ガキも一皿6〜7個あったけど、刺身の盛り合わせも、こまごましたものもとって、みんな平らげてしまった。
店内に額に入った皿が飾ってある。「あら、魯山人だ」というと、「偽物だよ。魚山人だよ」と店主。「でも魯山人って書いてあるよ」「そうかい。常連さんが、偽物だ、偽物だとうるさいから、偽物だと言っているんだよ」「そうだね、偽物かもよ〜」と悪乗りして、意地悪ばあさん。
ちょっと高くなっている日生駅からは海がよく見える。
赤穂、相生、熱海で乗り換えて帰って来た。たのしかったね。ちょっとハプニングもあったけど、終わりよければすべてよし。来年はどこにしよう。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- タクシー 新幹線
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