2011/07/08 - 2011/07/08
65位(同エリア80件中)
まみさん
2011/07/08金 クタイシ郊外の寺院めぐり(車とガイドチャーター)
(手違いがあって午前中はホテルでガイド手配を待つ)
・サタプリア国立保護公園(恐竜の足跡の化石や鍾乳洞、他)
・ゲラティ修道院(世界遺産)見学
・モツァメタ修道院見学
(夕方一人で市内散策)
・ダヴィト・アグマシェネベリ広場〜ブルヴァリ公園〜ルスタヴェリ大通り
【クタイシ泊:ホテル・バグラティ1003(Bagrati 1003)】
グルジアではホテルの人たちがビジネスライクでなく、とても親身になってくれたので、どんなに助かって心強かったことか。
ホスピタリティがあり、よその人を歓待するのが大好きだというグルジア人の民族性もあると思います。
トビリシの寝台列車は、早朝3時頃にグルジアの第2の都市クタイシに到着しました。
こんな時間なので、タクシーをつかまえられない可能性を考え、グルジアの現地代理店を通じて送迎を手配しておきました。
ところが、その送迎と合流できませんでした。
これが本日の手違いの最初でした。
送迎が遅れることはあると思ったので、30分は待つことにしました。
でも、列車が到着したときには何台かタクシーが駅前にいて往復していたのに、待っている間、とうとうそれらのタクシーも戻ってこなくなりました。
いざというときの交通手段もなくなったと思ったら、一気に心細くなりました。駅で夜明かしするなんてごめんです。
はじめから送迎を頼んでいなければ、迷わずタクシーを拾ったのに。
救いは、こんな早朝の駅の待合室なのに、始発バスでも待っているのか、私と同じ列車で下りた乗客がまだ何人かいたことでした。
そして駅前の運動場には、こんな早朝で日の出前でまだ暗いのに、バスケをしている少年少女たちがいたのです。
待合室でうろうろしていた私を見て、おしゃべりしていた年配のご婦人と警備員さんが、好奇心いっぱいに話しかけてきました。
会話する手段がほとんどなかったのが残念でした。2人とも英語は話せませんでした。
そして私のロシア語なんて、旅行に必要な最低限の単語やフレーズをいくつか覚えているだけで、聞き取りはほとんどできないので。
それでも彼らは辛抱強く質問し、答えを待ってくれました。もちろん、暇だったせいもあると思いますけどネ。
年配のご婦人はまるで小さな子を見るような優しい態度でした。でも片言しか言葉ができない相手では、小さい子に話すような口調に自然となるかもネ。
警備員のおじさんは、体格が良くて、しかめっつらをしていたら、とても怖い人に思えたでしょう。でも、夜中の冷たい空気でちょっぴり赤くなったほっぺをして、満面の笑顔を浮かべていたので、なんだかサンタクロースを連想してしまいました@
もっと言葉が話せれば、あるいはせっかく持ってきた「旅の指さし会話帳ロシア語」を、荷物になるから、なんて思ってスーツケースとともにトビリシのホテルにおいて来たりしなければ良かったです。
駅で1時間待って、送迎と合流できず、これは手配がうまくいかなかったに違いないと結論付け、やっと戻ってきたタクシーでホテルに向かうことにしました。
この時点ではまだ、手配を頼んだ現地代理店に連絡をいれませんでした。
担当者はトビリシにいるので、そんな遠くにいる担当者を夜明け前に叩き起こすよりは、目の前のタクシーをつかまえる方がてっとり早いはずですから。
タクシーの運ちゃんは、走り出す前に駅前の運動場でバスケをしていた高校生くらいの少年少女らを呼び寄せました。
どうしたんだろう、と思ったら、運ちゃんは英語で書かれたホテルの住所が読めなかったので、彼らに読んでもらったのでした。
クタイシ1日目の本日は、郊外の世界遺産の修道院やその他の見どころを回るために現地の英語ガイドを手配していました。
現地代理店を通じて予約しておいたホテルには、無事にチェックインできました。これはあらかじめ早朝チェックインの手配をしておいたので、すぐに部屋に通してもらえました。
シャワーを浴びて仮眠をとった後、待ち合わせの9時にロビーで待ちましたが、悪い予感は当たりました。ガイドとも合流できませんでした。
現地代理店を通じて手配しておいた送迎やガイドと合流できないなんて、こんな手違いは初めてです。
緊急時のために、現地代理店の担当者の個人携帯を教えてもらっていました。連絡することにならないと良いと思っていたのですが。
ただ、私の携帯からではグルジア国内であっても国際電話になるので、その場でレセプションの人に電話を借りました。
担当者は、手配がうまくいかなかったことを知り、私のつたない英語ではらちがあかないと思ったのか、レセプションの人と電話を代わり、長いこと話していました。
どうやら事態の解明と代わりのガイドの手配を、ホテル側に依頼したようです。
その後、ホテルの人が丁寧に謝罪してくれました。手違いがあったのは現地代理店の方で、ホテルの人は直接関係ないのに。
ヨーロッパでこんな日本的(?)な接客態度を見せてもらったのは初めてで、驚いてしまったくらいでした。
代わりのガイドは、ロシア語ガイドなら見つけやすかったようですが、英語ガイドの手配には手間取っていたようで、部屋で待つことになりました。
レセプションの人はあちこちに電話をしていましたが、私がじーっと見ていたので、落ち着かなかったせいもあるでしょう。
そのとき、コーヒーか何か食べ物をサービスすると言われたので、コーヒーだけ頼みました。
実は寝台列車に乗る前、緊張もあって食欲がわかなかったので、昨晩から何も食べていませんでした。だけどそのときは、まだ何か食べる気分にはなりませんでした。
軽く朝食になるものを頼めば良かったと後から思ったのは、だいぶ気を取り直すことができた証拠でしょう。
とりあえず、ホテルの人たちにお任せして、私はただ待つだけでよくなったのですから。
でも、事前にホテルの場所をチェックできなかったので、待っている間にそこらを散歩することもできず、ホテルに缶詰となりました。
日本から待ち時間の暇つぶし用に念のために持ってきた本は、それまで全然読む暇がなかったので、ちょどよいとそれを読み始めましたが、そのまま昼近くにまでなると、さすがにイライラしてきました。
快適なホテルルームでダブルベッドに根っ転がって本を読んで待っていられたとはいえ、結局、3時間の時間のロスとなりました。
英語ガイドがやっと見つかったと連絡を受けたときには、12時になっていました。
ドライバーも手配できてホテルを出発したのは、予定よりも4時間近く遅れた12時50分でした。
それでも、私が一人で1日かけて回るよりは、ずっと早く効率よく回れたし、解説もしてもらえたことで、ずっと有意義な見学になったのは確かです。
本日の観光目的地は、自力で回ろうと思ったら、公共バスでは1日ではしごするのは無理なところだったのですから。
タクシーをチャーターするにしても、言葉が通じない中でするしかないのです。
ガイドさんは20代くらいの女性で、なんと3人もやって来ました。
1人は英語ガイドさんでしたが、まだ駆け出しのようでした。
そのため、日常会話英語はできるけれど、英語で観光地のガイドができるほどではないらしい2人目のガイドさんが、英語ガイドさんにアドバイスするためについてきたようでした。
3人目はほとんどしゃべらず、なんのために来たか分かりませんでした。
でも、どうも3人とも同じガイド学校か研修に出ているらしいので、そのあたりの関係で一緒に来たようでした。
そしてドライバーのおじさんを含めると、私1人に対してなんと4人体制!
おじさんは、はじめ市内をドライブ中に相手の車の運転手に怒鳴っていたとき、おっかなかったですが、ツアー開始前に、私と3人のガイドの女の子全員にアイスキャンデーをおごってくれるような気さくな人でした。
本日は、クタイシ市内から10kmのゲラティ修道院、6kmのモツァメタ修道院、それから市内の丘の上にあるバグラティ修道院を回る予定でした。
そのうちゲラティ修道院とバグラティ修道院は世界遺産に登録されています。
ところが、ガイドさんは、さらにサタプリアをすすめてくれました。
サタプリアってどこ? なに?
Lonely Planetには地図に印があっても記載はなかったので、全く考慮していませんでした。
旅行人シリーズのガイドブック「シルクロード」を見ると、鍾乳洞と紹介されてあって、恐竜の足跡の化石が発見されて話題になったところと、かろうじて書かれてありました。その記載だけでは、特に興味を抱かなかったところでした。
でも、ガイドさんがぜひにとすすめるので、そこも回ることにしました。
というわけで、本日はサタプリアとゲラティとモツァメタを回ることになりました。
バグラティは、結局、翌日になりました。
翌日は1人でクタイシ市内を回るつもりだったのですが、今日のガイドさんたちが好意で、翌日の市内観光もガイドしてくれることになったのです。
手違いで半日つぶれたクタイシ初日でしたが、夕方、観光を終えて夕食を食べに出かけたとき、1人で先に少しだけ町歩きもできたため、半日も時間のロスがあったわりには、思った以上に充実した観光ができた一日でした。
終日曇りだったのは写真撮影が好きな私にとって残念でしたが、でも、どうやらクタイシでは、前日まで強雨の日が2日ほど続いていたというので、それに比べると、曇りで観光に支障がなかったのはラッキーでした。
もともと雨の少ないコーカサスですが、少なくとも私は雨女ではなくて、ありがたや。
また、夕方の町歩きは、夏の日照時間の長さゆえにできたことです。
クタイシ初日の旅行記は、そういうわけで、野外の撮影には少々テンションが落ちたものの、サタプリア編、ゲラティとモツァメタの2つの修道院編、そして夕方の町歩き編の3つに分けました。
この旅行記はサタプリア編です。
「クタイシ
人口約24万人のグルジア第2の都市。町は古代コルキス時代には既に存在したという。10世紀、バグラト朝のバグラト3世の治下でその都となり、同朝が後にグルジアを統一して、トビリシに遷都してからも西の都として重きをなした。バグラト朝解体後は、オスマン帝国の支配を経つつ、19世紀までイメレティ王国の都が置かれている。現在の旧市街は、帝政ロシア時代以降の建物がほとんど。ゲラティ修道院などへの拠点として便利。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より)
※2011年コーカサス3カ国旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2011年コーカサス3カ国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10584724
詳細版「2011年コーカサス3カ国旅行の詳細旅程(写真付き)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/07/2011-1ab0.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ドライバーさんがいきなりこの店の前で車を停めると……
ここでアイスクリームを買って、私とガイドの女の子3人の全員におごってくれました@ -
サタプリアまで2.5km
車はこんなかんじの山の中へと進んでいきました。
もっともこのあたりには村がありました。 -
サタプリア自然保護公園の入口
-
恐竜ゲート
「サタプリア鍾乳洞/Sataplia
クタイシの9kmほど北西にある4つの鍾乳洞で、3kmのものから50mのものまで全長4km。サタプリアとは蜂蜜の山を意味する。かつて内部から恐竜の足跡と思われる化石が発見され、話題になった。そばに博物館あり。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
チケット売り場とインフォメーション
公園のガイド付きのツアーで入場するので、チケット売り場の前でしばらく待ちました。 -
ガイドの女の子達
真ん中のマカが英語ガイドさんです。そしてマカをサポートしていたのが向かって左のガイドさん。
ただし、この公園の中まで入ったのはマカのみでした。 -
恐竜の化石のある展示室の様子
ピントが甘くてあしからず。
みんなささっと歩いてゆっくり写真を撮っている余裕がなかったから、と言い訳。 -
恐竜の足跡の化石・その1
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恐竜の足跡の化石・その2
ここの足跡は時代の違う2層分あることでも貴重な化石だそうです。
恐竜はこのあたりに30種ほど生息していたそうです。 -
恐竜の足跡の化石・その3
-
恐竜の足跡の化石・その4
-
公園の中の現在の恐竜さん!?
もちろん模型です。恐竜は、この公園の一つの売りですからねぇ。
このあたりには昔はクマやジャッカルも生息していたそうです。 -
恐竜さんの模型
大人は苦笑してしまうけれど、子供たちは喜んでいました。 -
断崖沿いルートを進む
-
断崖沿いルートからの見晴らし
こんな曇天でなく天気が良かったら、もっと美しくて心洗われる景色でしたでしょうに。 -
岩場を見上げたところ
-
緑豊かな峡谷
-
ツアーの最後尾から
パチパチ写真を撮ろうとする私は、どうしても最後になってしまいます(苦笑)。
っていうか、みんなもっとゆっくり味わおうよ〜。 -
彼方にクタイシが見える
-
ミツバチが生息していた穴のある岩
この公園の名前であり、山の名前でもある「サタプリア」とは、ミツバチの土地という意味だそうです。
ミツバチがたくさん生息していて、ハチミツがとれたそうです。
なのでこの周辺には養蜂を行う農家が多かったようです。
でもいまでは、巣箱にミツバチを飼う方が主流だと思います。 -
峡谷と山々
-
鍾乳洞の入口前で
-
説明する公園ガイド
中では立ち止まって説明できないので、ここで説明が行われました。
英語ガイドのマカがかいつまんで英語に訳してくれました。ほとんど覚えていないですけど(苦笑)。
グループの中に赤ちゃんがいて、このとき公園ガイドに相づちするように「あっ、あっ」と小さく叫び、みんなの笑いを誘っていました。
そういうことばかり覚えています@ -
鍾乳洞の公開部分
もっと奥まであるのですが、公開されている部分の図解です。 -
ギザと呼ばれている鍾乳洞・その1
鍾乳洞の形から見立てて名前をつけるのは、どこも同じですね。
鍾乳洞見学は、オーストリア旅行をしたときなどに行った覚えがあります。
関連の旅行記
「2003年夏のオーストリア旅行15日間【ザルツブルグその3】市内散策(おもちゃ博物館ほか)と「氷の洞窟」ツアー」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10045735/
ただし2003年はまだフィルム・カメラ時代なので、この旅行記には鍾乳洞の入口の写真しかありません。 -
ギザと呼ばれている鍾乳洞・その2
ライトアップの色が変わりました@
鍾乳洞は1000年でやっと1立方センチメートル成長するそうです。 -
内蔵のひだみたい@
ライトアップの色は絶えず変わっています。 -
鍾乳洞の壁
-
これ全部、鍾乳石なのかな?
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ライトアップも美しさの一部!?
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次々と目の前に展開する鍾乳石のアート
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壮大な鍾乳石の舞台
たぶん図解にStoney Hart Hallとあったところだと思います。 -
一転して青紫へ
ライトアップの色は赤系統から緑や黄色や青などめまぐるしく変化していました。 -
最後のハイライト鍾乳洞
Stoney Hart Hallはこちらかな? -
天井の紫の部分がまるでアメジストのように見える!?
-
地下水が流れる上を通り
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鍾乳石のカーテン!?
-
自然の驚異のルートもそろそろ終わりが近づいて
-
鍾乳洞から出たところ
ここで公園ガイド付きのツアーは解散。
ツアーは、恐竜の足跡の化石と鍾乳洞の保護のための入場制限のためでした。
公園は広大な自然森林公園のようなもので、あとはめいめい好きに回れるようです。
私は英語ガイドのマカと2人で回りました。 -
公園内の小さな博物館
恐竜を含む、このあたりの地勢や自然誌についての研究やその成果が分かりやすく解説されていました。
……たぶん。
パネルの説明は英語も併記されていましたが、ちゃんと読まなかったので。 -
発見された恐竜の骨のレプリカ
本物は一般公開していないようです。 -
博物館の解説パネルの一つ
博物館の中はかなり蒸し暑くて、すぐに出てきてしまいました。 -
公園の一番高台にあるガラス張りの展望台へ
-
展望台からの見晴らし・その1
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展望台からの見晴らし・その2
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展望台からの見晴らし・その3
-
展望台の足元
ガラスを保護するスリッパを履いています。
ガラスなので、下の方まで見えます。
マカは下を覗くと怖くて苦手だと言っていました@ -
展望台でめいめい
このあとは車に戻って、みんなでゲラティ修道院へ向かいました。
つづく。
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