2011/09/10 - 2011/09/10
246位(同エリア712件中)
滝山氏照さん
東京湾フェリー(久里浜~金谷)を利用して「安房の雄」里見氏居城である館山城(たてやまじょう、千葉県館山市館山)を訪問しました。
房総半島の突端の館山平野を見下ろす丘陵地に天正8年(1580)、安房岡本城居城の里見氏8代義頼(よしより、1543~1587)が築城を始め、9代義康(よしやす、1573~1603))に引継がれ天正18年(1590)に完成、これを機に本拠をそれまでの岡本城から当城に移します。
そもそも里見氏は安房の出身ではなく上野国、現在の高崎市(旧榛名町)の出自でありまして南北朝時代に関東管領上杉氏と対立する古河公方足利氏の命により安房白浜に進出、同地を拠点として海上交通が生み出す権益を享受するに至ります。
戦国時代に入りますと海上交通から得た潤沢な資力を背景に上総方面への拡大をはかりますが一時期里見氏の庶嫡が逆転するほどの内乱が起こり弱体化しますがこれを克服、その後5代目義堯(よしたか、1507~1574)時代には周辺の豪族を従え北進の結果、本拠を久留里城(くるりじょよう・現君津市)に移し上総国経営に傾注します。
やがて小田原北条氏が関東に進出してきますと江戸湾の制海権を巡る激しい抗争が繰り広げられ、象徴的な事件として2度に亘る国府台(こうのだい)合戦があります。2回目の合戦では徹底的に打ちのめされ小田原北条氏の上総・安房侵入を許すことになりますが、永禄10年(1567)三船山合戦で北条氏に勝利しかろうじて上総を回復、以降度々の小競り合いはあるものの内部体制充実を考慮し天正5年(1577)双方で和解に至ります。
ところが天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原合戦の際、参陣が遅れた事を追求を受け上総国が没収され、安房一国の安堵となり義康は館山城に移ります。
徳川時代に入りますと関ケ原合戦で東軍についた結果常陸国鹿島3万石の加増があり12万2千石となりますが、慶長19年(1614)の小田原城主大久保忠隣(おおくぼ・ただちか、1553~1628)失脚に関連し忠隣孫娘を正室にしている義康の嫡男10代目忠義(ただよし、1594~1622)は幕府より嫌疑をかけられ結果安房9万2千石を没収館山城は破却、鹿島3万石の替地として伯耆国倉吉に移封、事実上の配流となります。
家康・秀忠は幕府開設で日が浅く脆弱な政権運営を承知しており、里見氏対策として四天王の一人本多忠勝を10万石で特別に大多喜城に配し里見氏の北上防御と監視を強めてはいるものの、江戸湾の対岸に存在する外様の大大名を看過できなかったと推測されます。
一方鳥取県倉吉市に移封された忠義は8年後の元和8年(1622)失意のうちに29歳で亡くなりここに里見氏は断絶を迎えます。
地勢的には房総半島突端の館山湾を北西に臨む展望の行届いた丘陵地に位置し、眼下には南北に伸びる肥沃な平野部が一望できる地点にあります。とりわけ江戸湾の出入口に極めて近く海上交通を掌握できる地理上の有利さは言うまでもありません。
実際自分が擬似天守から見ますと東京湾が手に取るように見られ更に三浦半島、伊豆半島、富士山等の展望が可能で極めて戦略上価値の高い場所であるなァという印象を持たざるを得ません。これでは家康・秀忠が枕を高くして寝るわけにはまいりません。
現在は城山公園として整備され犬山城を模した模擬天守が館山市のシンボルとして市民の憩いのスポットになっています。内部は館山市立博物館の一部として里見氏に関する品々が展示されています。
自分は過去にフェリーで2度ほど家族で当該航路を渡りましたが館山方面は縁が無く、今回初めての訪問で里見氏が小田原北条氏と互角に戦ったこと、又家康・秀忠に潜在的な脅威を抱かせるほどの存在感があったことを発見し小気味良い印象を受けました。
2022年3月9日追記
訪問時入手したパンフレットには簡単ながら説明がなされています。
「館山城跡
9代里見義康は天正18年(1590)の小田原攻めで豊臣秀吉に惣無事令違反をとがめられ、上総国の所領は没収、安房一国に押し込められた。
その結果、義康は領国経営に専念することになり、内湾と平野とを見下ろす館山に本城を移す。城は平山城形式で東西および北面は急崖による天然の要害となっており、加えて東から北にかけて人工の堀(鹿島堀)をめぐらした堅固なものである。
しかし、慶長19年(1614)9月、10代忠義は伯耆国移封を命ぜられ、館山城は破却された。」
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
-
JR久里浜駅
横須賀線の終着駅ですが繁華街から離れているためか周囲は店舗など見当たらず殺風景な駅に見えます。(2~3分歩くと京急久里浜駅があり、バス・タクシーが 並び対照的です。) -
JR久里浜駅前の周辺案内地図
フェリータ-ミナル連絡バスを探しますが見当たりません。やむなく京急久里浜駅からのバスで移動します。 -
フェリーへの連絡通路貼付の時刻表
各港から1時間毎に同時間出発になっています。所要時間は約45分、料金は往復で1,270円(片道で700円)。 -
出航を待つフェリー
天気に恵まれ、当日は土曜日でもあり家族連れ、グループ旅行等で混雑しています。
出航は12時20分です。 -
船内の内部と座席
華やかな色彩のシートでゆったりと座れました。但し進行方向の前面は展望が良いので座席はたちまち満席となります。 -
金谷方面の景色
出航後間もなくもすると対岸が見えてきます。 -
航路を示す灯台
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東京湾を出る船舶
あっと言う間に前方を通過して行きます。天然ガス輸送専用船と思われます。 -
対岸の金谷港
鋸山が見えてきます。金谷到着はもうすぐです。 -
館山方面を遠望
かすかに陸地が繋がって見えます。しかし館山かどうかわかりません。 -
船上からの久里浜方面
振り返りますと久里浜の陸地が見えます。波は穏やかで、清清しい風が吹いています。 -
船上から金谷方面
もうすぐ金谷港着岸です。船上に出た人はそろそろ下船の準備をしています。 -
金谷港へ入港
久里浜港に比してかなり窮屈な港内ですが、徐々に速度を落として入港します。 -
接岸準備
車両の出口に合わせる為、狭い港内で一旦船を巧みに反転させます。 -
金谷港入港
予定通り13時05分接岸します。 -
金谷港から見る鋸山
ここから徒歩でJR浜金谷駅に向かいます。(案内板に従い約5分で駅に到着します) -
JR浜金谷駅
各停しか停車しません。1時間に1本程度の時刻表です。 -
浜金谷駅構内
13時20分の鴨川行を待ちます。周囲はゆったりとした雰囲気があります。 -
電車の到着
少ない乗降客です。運行本数が少なければやむを得ません。 -
館山市内周辺案内図
恵まれた海上交通要地であることが良く判ります。 -
館山城山公園入口
館山城跡は公園化されています。尚当所へは館山駅前からJRバス関東が約7分で運行します。(バス停名:城山公園前)但し本数が少なく事前にチェックが必要です。 -
登城口へ道路
歩道の右には駐車場が広く採ってあります。画面右奥に城を有する丘陵が見えます。 -
模擬天守
道路の途中から模擬天守が顔を出して来城者の到着を待っているかのようです。 -
城山公園案内
山頂から鏡ケ浦及び市街が一望できます。 -
公園案内
お城へはなだらかなと急峻な順路があるようです。自分は急峻な道を選びます。
地図を見ますとかなり広範囲の城郭となってます。 -
登城通路
よく判りませんが往時の武士はこの通路を使って登城していたのでしょうか。 -
登城通路
だんだん傾斜が厳しくなり思うような歩きが出来ません。 -
天守への案内板
整備されて案内板が所々に設置され迷うことはありません。 -
登城通路
やがて階段の通路となります。歩行がますます厳しくなってきます。 -
深い天然空堀
樹木や薮等で覆われていますがかなり深い堀となっています。 -
天守到着
なだらかな階段を上がり切ると本丸に着きます。 -
里見桜の由来説明板
安房所領を没収され倉吉に転封(事実上の配流)された10代藩主忠義は8年後に29歳の若さで亡くなります。当所の桜は里見氏の所縁で交流のある倉吉市の有志が苗を育て、里見氏出自の榛名町と館山市の有志により植えられたそうです。 -
石碑
「里見城跡」とあります。別名里見城と思われます。 -
石碑
館山城跡解説。 -
城跡周辺案内図
忠義が倉吉で亡くなった際に、8人の側近が殉死しましたがその供養塔が記されています。 -
館山市博物館説明
鉄筋3層4階建ての天守の内部に博物館を常設してあります。 -
館山城跡碑柱
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イチオシ
模擬天守
3層4階建ては見ごたえがあります。内部は里見氏の変遷がその時代と共に
地図を交えて説明されてます。入場料300円(博物館共通) -
初代里見義実像
館山から更に南部の白浜に築城します。 -
イチオシ
天守から北西方向展望
右手の島の向こうは三浦半島、その左には伊豆半島が微かではありますが見出されます。当日は残念ながら富士山は確認できません。 -
イチオシ
天守から北東方面展望
左に館山湾、その右は肥沃な館山平野です。平野部にはゆったりとした街並みが見られます。 -
天守から見た南東方面展望
城跡のすぐ下は急涯が迫っています。 -
天守から見た南西方面展望
やはり城跡のすぐ下は急涯があります。 -
灯篭
館山港を背景に「館山城跡」と銘打った灯篭です。 -
模擬天守
館山湾側から見た天守当日も日中は暑く天守入場口に「うちわ」が見学者の為に用意されてました。 -
館山市立博物館本館
城跡見学の帰路に立ち寄りました。里見八犬伝にまつわる資料が展示がなされています。 -
博物館正門前
落着いた佇まいとなっています。通路には彫像が立ち並んで美術館と思わせるような雰囲気です。
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