2010/03/19 - 2010/03/22
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haoziさん
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在福州,城市的中心,有一个44万平方米的区域。
它是中国現存唯一的一処坊巷格局的老街区――中間一条繁華商業街(南后街),向西伸出三条坊:由北而南,衣錦坊、文儒坊、光禄坊;向東再展開七条巷:楊橋巷、郎官巷、塔巷、黄巷、安民巷、宮巷、吉庇巷――人們叫它三坊七巷。
這里産生了一个令人称嘆的現象。
一个方圓不大的区域里竟出現了大大小小100多位歴史風云人物,真是不簡単!
是什麼力量譲三坊七巷如此這般“人杰地霊”?
2010年再訪福州,当然要親眼看看三坊七巷到底是个什麼様的地方。
-
2度目の福州。
前回と同じく、深セン航空ZH9098便で。 -
福州長楽空港到着後、やはり前回と同じく、空港そばの民航海天大酒店にて夕食。
今回は、福州の名物料理“仏跳墻”が出された。
残念ながら、期待外れ… 塩辛いラーメンスープのような味だった。
真是太咸了,我(haozi)差点就変成蝙蝠了!(←不知道有没有人看得[心董dong3]?)
たぶん、高級店で、高級素材を使って、丁寧に作った“仏跳墻”は本当においしいのだろうが、格安ツアーの食事でそんなものを期待したのが間違いだった。 -
福州市内のホテル(金葉大酒店)にチェックイン後、タクシーで三坊七巷へ。
時刻は既に9時を回っていたが、多くの人で賑わっているのを見て、一安心。 -
三坊七巷は、前回来た時にはその存在すら知らなかったのだが、その後CCTVの《探索発現》を見て、是非行ってみたくなった場所。
この一画は、唐、宋代からの町のつくりをとどめ、明、清代の建物が多く残る。
そして、中国近現代史上の名高い人物を、驚くばかりにたくさん輩出しているのだ。
歴史文化地区としての保護修復プロジェクトが2006年からはじまり、159棟の明清古建築や道路の修復が行われた。 -
まず最初は、楊橋路の林覚民、冰心故居。
林覚民は黄花崗七十二烈士の一人。
《与妻書》は本当に胸が熱くなる。
大陸、台湾ともに、高校の国語の教科書に載っているそうだ。
特に辛亥革命100周年の今年(2011年)は、各所で取り上げられることも多い。
……吾充吾愛汝之心,助天下人愛其所愛,所以敢先汝而死,不顧汝也。 …… -
冰心は、林覚民とは何の関係もないが、後の時代に家主が変わって、たまたま同じ家に住むことになったもの。
“有了愛就有了一切”とは、“世紀老人”冰心の名言。
この家は、愛に満ちている… -
双抛橋
そしてここにも愛の伝説が。 -
悲恋の末、川に身を投げた男女を象徴するのが、両岸に生えた2本のガジュマルの木。
“合抱榕”と呼ばれていて、たとえ引き離されても、根と枝は互いに繋がっているという。
ちなみに、福州の別称は榕城(ガジュマルの町)。 -
南後街
正陽門外琉璃厂,衣錦坊前南后街;
客里偸閑書市去,見多未見足開懐。
(清末挙人 王国瑞) -
南後街
三坊七巷の中軸。
2009年1月に改修を終え、すっかりおしゃれな倣古街になっている。
特に、2010年2月28日の元宵節(旧暦1月15日)は、大々的に提灯が飾られて、たいへんな賑わいだったらしい。 -
刻書雕塑
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永和魚丸
ここの魚丸を賞味。
薄味で、さっきの仏跳墻よりずっとおいしい。 -
同利肉燕老舗
“魚丸扁肉燕,人人吃不厭” -
中国歴史文化名街
福州三坊七巷
中華人民共和国文化部
国家文物局 批准 -
郎官巷
課学秋灯,書声喧里巷
温詩春酒,豪語動枌楡
2009年、牌楼も改修されて、新たに“巷口聯”がつけられた。
それぞれの通りの物語を凝縮して表している。
郎官巷には「中国の福沢諭吉」とも言われる厳復が住んでいた。
厳復:清末の啓蒙思想家、《天演論》で魯迅に衝撃を与えた。 -
塔巷
六子登科,理学融天地
双梅探屋,修文燭古今
9世紀、五代十国の十国の一つである[門虫min3]国の時代から南宋1182年までは、この通りに大きな塔があったことが確認されている。
その後清代に、その記念として小型の塔が建てられ、1950年代に、この門の上に移設された。
でも、残念なことに、今はまっさらに作り変えられてしまっている。 -
これは数年前の塔巷の様子。
こんな古めかしい姿の方が、より趣はある。 -
これも旅行前に集めていた資料。
今はもう見ることのできない改修前の姿。 -
黄巷
科甲蝉聯,海[山喬]人文羅福地
声名鵲起,榕垣才望奮清時
“陳林半天下”といわれる福建にあって、珍しい姓の“黄”巷ができたのは4世紀初頭の晋代に遡る。
中原からこの地にやってきた黄氏一族がここに住んで、勉学に励んだという。 -
衣錦坊
福州西湖の水がここまで通じていることから、以前は通潮巷といった。後に、棣錦坊、禄錦坊と改名し、さらに、多くの科挙合格者が出て故郷に錦を飾った(衣錦還郷)ことから、衣錦坊と呼ばれるようになった。
水[木射xie4]戯台の前まで行ってみたが、真っ暗だった。残念。 -
安民巷
驛館駐車(ju1),枕戈同衛国
省垣攬轡,張榜且安民
唐末の黄巣の乱で、黄巣がこの地に到った時、“安民”を示したことから名づけられた。
また、抗日戦争期には、新四軍の事務所が置かれた。 -
文儒坊
“誰知五柳孤松客,却住三坊七巷間”
こう吟じた陳衍自身も文儒坊の人。
溥儀の先生を務めた陳宝[chen1]も、ここ出身の陳承裘の長男。
這里真是“談笑有鴻儒,往来无白丁”?
(劉禹錫《陋室銘》) -
宮巷
紫極祀三清,仙家日月超凡俗
呉興遺甲第,船政風云耀簡編
唐代に造られた道観紫極宮が名前の由来。 -
沈葆[木貞]故居
瑞繞重門増百福,春回甲第集千祥
燕舞陽春
沈葆[木貞]:晩清“同治中興”時洋務運動的重臣,曾任船政大臣、南洋大臣。
“中国船政之父”と称えられる。
林則徐の次女と結婚。
ちなみに、林則徐の3人の娘は全員宮巷に嫁ぎ、次男林聡彝も宮巷に居を構えた。 -
建築としても見ごたえがありそう。
昼間は家の中を見学できるらしいが、夜はひっそり。 -
通りには人影もない。
南後街は夜も賑わう繁華街だが、
三坊七巷はやはり夜に来るところではない。
街灯も暗いので、一人で歩くのは少し恐い。 -
花巷幼児園
末は博士か大臣か。 -
[シ甘]液境
三坊七巷年代最早牌坊
このそばには、1041年(北宋)開削の“蘇公井”もある。 -
当舗
かつての質屋さん。
ここも昼間は中を見学できるらしい。 -
[門虫min3]都民俗文化大観園
藍建枢故居を、福州の伝統的な民俗文化を紹介する博物館に改装。 -
藍建枢:清末〜民国、海軍総督
-
光禄吟台遺址
“福州素有三山之称,宋熙寧元年光禄卿程師孟出任福州郡守,常游覧烏石山之脉[門虫min3]山,喜登一方岩石上吟詩,題刻‘光禄吟台’四字于石北,光禄吟台由此得名。道光三十年(1850年)林則徐曾在此放鶴,后人因此刻‘鶴磴’二字。
光禄吟台現保留有漾月池、古橋、摩崖題刻等古迹,該遺址1961年被福州市人民政府公布為市級文物保護単位,是‘三坊七巷’内具有深厚文化底蘊的景点之一。”
三山:烏(石)山、于山、屏山 -
吉庇路
さらにこの南の澳門路には、林則徐祠堂(記念館)もある。
(行かなかったけど) -
時光書[ロ巴]
南後街中ほどの本屋さん(ブックカフェ)。
ステキ!
“用心情慢慢冲泡,
用時間細細品嘗,
会恍惚時光的錯落,
偶遇空間的変遷。
――最幸福的事情,
就是与時光相遇” -
寧静致遠
天道酬勤
この奥にも、お茶を飲みながら本を読めるスペースが作られていた。とてもいい雰囲気。
ここで《蝸居》《杜拉拉升職記》《小姨多鶴》等の小説を購入。
南後街のお店は、大体どこも10時で閉店。
各店舗は一斉に片づけをはじめ、どんどん人気(ひとけ)が引いて行った。私もあわてて退散。
武夷山への旅(2)天遊峰 に続く。
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