2011/04/10 - 2011/04/19
896位(同エリア1886件中)
みるきぃさん
2月に喜寿(77歳)を迎えた母のお祝いに姉弟からフランスへの旅行をプレゼントし、長女の私が母の専属添乗員として、母娘でツアーに参加しました。
出発の1か月前に未曾有の東日本大震災に見舞われ、旅行を延期しようかとも思いましたが、キャンセル料が高額だった事、お金を使って日本の景気回復を願おう、母が元気な内に、行ける時に行こう!と前向き姿勢で出発を決心しました。
行ってよかったね、ママ!
本当に楽しい10日間でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 飛行機
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
4月10日(日)
11:55発 AF-0275エールフランス航空にて12時間のフライトで(時差マイナス7時間)パリ シャルルドゴール空港へ。
気温23度のパリからバスでロワシーへ。夕方5時過ぎに「ミレニアムシャルルドゴール」ホテルに到着し、まだ日が高かったので周辺を散策したら八重桜が満開でした。出発日に東京はソメイヨシノが満開でしたが、まさかフランスで八重桜が見られるとは思っていなかったので、感激。
初日の夕食は付いていなかったので(機内食)最初の晩餐は、日本から持ち込んだおいなりさん、おにぎり、おーいお茶でした(笑)いつまで経っても暗くならず、日の入りは夜10時位でした。白夜って一日が長く感じるのですね。
1日目終了。本日は8,504歩。
-
11日(月)
睡魔に負けず、前日は頑張って起きていたので、時差ボケもなく朝5時半に起床。
8:00 デラックスバスでツアーがスタート。「耳太郎」と言うイヤホンガイドを旅の間、貸し出してくれたので便利でした。
まずは百年戦争のヒロイン・ジャンヌダルクが処刑された地「ルーアン」へ。 -
ゴシック様式のルーアン大聖堂
-
ミサが行われていて、残念ながら入場は出来ませんでしたが、モネが描き続けた立派なルーアン大聖堂や、木骨組の家々が並ぶ生きた中世のサンロマン通りを散策しました。
-
木骨組の家
土地の大きさで税金が変わるため1階より上の階の方が大きい!
-
その後訪れた中世の共同墓地は、現在は芸術学校になっているそうで、柱を良く見ると木彫りのドクロや骨壷が掘られていました。夜はお化けが出そう・・・
-
1525年からの街のシンボルの大時計
-
その後、たった19歳で火あぶりによって処刑されたフランスの国民的英雄ジャンヌ・ダルクに捧げた教会を見学しました。
-
バイキング船の形のモダンな教会
-
中は素晴らしく素敵なステンドグラスで飾られていました。
-
処刑された場所
-
ルーアンから西へ向かってバスは進み、かつての港町「オンフルール」で昼食
まずはテリーヌ -
ブルターニュ名物のそば粉のクレープ
-
街中は素敵な花で彩られていました。
-
オンフルールでは船大工が造った珍しい木造のサンカトリーヌ教会に入場しました。
-
屋根の上にネコの飾り!
-
サンカトリーヌ教会内部 No.1
-
サンカトリーヌ教会内部 No.2
-
街の中にメリーゴランド
-
綺麗な港でした。
-
美しい!
-
その後バスで3時間、ノルマンディの世界遺産「モンサンミッシェル」へと向かいました。
遠くにモンサンミッシェルが見えた時には感動したなあ・・・ -
サン・マロ湾は潮の満ち引きの差が15m以上あり、かつては満ち潮の時に小島が海に浮かび、引き潮の時は自然に現れる陸橋で陸とつながれていましたが、対岸との間に地続きの道路が作られたことによって、潮流を堰き止める事となり、砂が推積しています。海に浮かぶ小島モンサンミッシェルが見たかったけれど、潮が島の間際まで来る事は滅多にないそうです。
-
夜はホテル近くのレストランでサラダ、白身魚のムニエル、ムール貝と一緒にノルマンディ名産のりんごのお酒「シードル」を頂きました。
-
ムール貝は別料金 16ユーロ
毎回食事の時に、飲み物を注文しなければならず、イタリアと同じで、ワインと水とジュースがほとんど同一料金でした。
あぁ、私達がもう少しお酒に強ければ・・・そして日本では、あぁ、俺と代わってくれれば・・・と思っている人が、夫と息子達の約3名。
じじ・ばばを入れると、約5名!! -
イチオシ
夜、ライトアップされたモンサンミッシェルを見に行きましたが、幻想的で本当に素晴らしかったです。
-
2日目終了 本日も良く歩き 12,946歩。
-
この日は城壁内の「テラスプーラール」ホテルに宿泊しました。
-
ホテルの前にて
-
12日(火)
日の出と砂地(海岸だったら更に良かったよね!)を見ながらレストランで朝食を取りました。 -
食事の後は、標高80mを誇る岩山の頂上、長さ80mに及ぶ土台の上にある
修道院附属の教会の中へ。 -
マルティヌス礼拝堂ほか
各礼拝堂、食道、迎賓の間、かつての修道僧の納骨堂、牢獄などを見学しました。 -
本当はてっぺんに大天使ミカエルがいるのです!
上過ぎて見えなかった・・・ -
中庭
-
イチオシ
午後は観光客が大勢詰めかけ、駐車場は大型バスだらけでした。
早い時間の観光で良かった! -
昼食は名物のオムレツを頂きました。
名物の割には・・・フワフワなだけで、味は薄く、イマイチでした。 -
昼食後バスで約4時間、トゥール(ロワール)へ。フランスは農業大国なので、移動途中は牧草地帯が続きます。
-
ブドウ畑、麦畑、そして菜の花が満開でした。
-
途中トイレ休憩でドライブインに寄っただけで、午後の観光はなし。
大きい国の主要個所をたった10日間で網羅しようと思うと、やはり移動が長いですね。
ヨーロッパは全般的にトイレ事情が悪く、ここフランスでもホテル以外はティッシュペーパーをトイレに流してはダメで、備え付けのゴミ箱に捨てる習慣です。ドライブインのトイレの便座は、「あったらラッキー!」って感じ。 -
夜は市庁舎の向かいのお店でポーク料理でした。
付け合わせはポテト
3日目終了 本日は9,251歩 歩数は少なくても、階段を80m登ったので、きつかった・・・ -
13日(水)
8:00にシェール川の上に建つ世界遺産の「シュノンソー城」へ向けて出発。 -
イチオシ
開門と同時に入場出来たので観光客も少なく、ゆっくりと見学出来ました。
-
お城はこじんまりとして美しかったけれど、アンリ2世の元へ嫁いだ妻カトリーヌド・メディシスとアンリの愛人ディアーヌド・ポワティエの城で、450年前は女の恨み因縁があったはず・・・怖っ!
それでもそんな二人の庭だけは仲良く並んでいました。 -
城の内部は各部屋に生花が飾られておもてなし感覚でした。
-
他に礼拝堂、緑の書斎、ギャラリー、厨房、居室なども見学しました。
-
イチオシ
藤も満開でした。
まるで おとぎ話に出てくるような家でした。 -
見事なプラタナスの並木を通り、ブールジュへ移動しました。
-
昼食はジャガイモのパイと白身魚のフライの昼食を取りました。
バスの運転手のMrドミニクは、ハゲちゃびんなのに55歳だって。郷ひろみと同い年とは思えない・・・日本人が若く見られる訳だ! -
昼食後、1198年に建てられたゴシック様式のステンドグラスが美しい世界遺産のサンテティエンヌ大聖堂へ。
-
イチオシ
ハナズオウが満開
-
中の美しいステンドグラス
-
大聖堂はフランスにおけるゴシック美術の傑作のひとつです。
-
その後、パリ、マルセイユに次ぐ人口第三の都市リヨンへ。
308キロ、約5時間のバスの旅でした。田園風景が何キロ、何百キロと続くので、ついウトウト・・・移動時間は体力回復と睡眠補充時間でもあります。
リヨン到着後、フルビエールの丘から旧市街地を眺めました。 -
このリヨンの街全体も世界遺産です。
-
午後6時半でもまだお日様が高く、今日も快晴でした。 -
夕食のリヨン風ソーセージ(厚切りハム)を食べた後、
「ベストウエスタンサフィール」ホテルへ。 -
甘いデザートにとどめの甘いソース
4日目終了 本日は移動が長かったので7,007歩 -
14日(木)
8:15出発で、リヨンからローヌ川に沿って230キロ、約2時間45分かけて世界遺産のアヴィニヨン歴史地区へ。
まずは「アヴィニヨンの橋で踊ろよ♪踊ろよ♪」の歌で知られる「サンベネゼ橋」を見ました。
でも実際は踊るほど安全な橋ではないそうですよ(笑) -
続いて、教皇の派閥争いから14〜15世紀にローマから移された法王庁へ。
-
何故か逆さになっている象のオブジェ
-
昼食はラタトゥイユとミートローフとアイスクリーム
-
昼食後はアルルに向けて出発。その途中に、これも世界遺産である古代ローマ時代の水道橋「ポンデュガール」(→ガール川へ架かる橋と言う意味)へ寄りました。
-
ユゼスからニームへ水を運ぶための水路の途中にあります。
-
アルルでは片耳ゴッホの像、(自分の左耳を切り落として、女友達に送ったそうです!そんなモンいらないよ〜)
像は本当に片耳! -
約二千年前のローマ時代の劇場、円形競技場のコロッセオ(これも世界遺産)を見学しました。
-
そしてファンセント・ファン・ゴッホ(本当の名前)の作品「夜のカフェ」のモデル、
黄色い壁の「カフェ ヴァン ゴッホ」の前を通り、 -
市庁舎広場前の聖トロフィーム教会辺りも散策しました。午後からは観光客も増え、日本人にも時々会いましたが、それでも日本人だらけ!ではなかったので、やはり自粛モードなのかも。
-
その後、今はカルチャーセンターになっている、元、ゴッホの入院先(精神病院→そりゃそうだ!)エスパスヴァンゴッホへ行きました。内庭の花が奇麗な所でした。
-
そして、少し離れたローヌ川に架かるゴッホの作品「アルルの跳ね橋」のモデルとなった跳ね橋を見に行きました。
本物の橋は、かなり古くて「え〜っ?これが・・・ちょっとがっかり・・・」と言うのがツアー客全員の心の声でした。 -
観光後、フランス第二の都市マルセイユへ向かいました。到着した港沿いのレストランで、夕飯にトマトソースのチキン、茄子炒め添えを頂きました。お料理の付け合わせは、どこのレストランも1種類でした。ポテトならポテトだけ。人参なら人参だけ。しかも大量。贅沢を言うなら、もう少し精細さが欲しいなあ。
-
マルセイユの港
-
この日はマルセイユ駅前の「ホリディインエクスプレスサンシャルル」ホテル。
マルセイユは治安が悪いので、夜は絶対に外に出ないように!と添乗員さんから何度も釘を刺されました。バスから見る限り、ゴミが多いし、浮浪者も多いし、黒人の割合も多いようでした。それでも外に出るような勇気はないです・・・
5日目終了 本日も良く歩き11,867歩 -
15日(金)
8:45にホテルから約30分で学術・芸術都市として観光の拠点となっている「エクスアン プロヴァンス」へ。
通りすがりのおしゃれな噴水 -
日本人ガイドさんの案内で北の展望台からセザンヌが愛したサンヴィクトワーム山を眺めました。
ちょうど雲が出ていましたが、ラッキーにもサンヴィクトワーム山の所だけ雲が切れていて、山を望む事が出来ました。絵だけ見るのと、絵と本物を見比べるのでは気分的にも大違いですものね。
← 本物 -
← セザンヌが描いた絵 -
その近くにはセザンヌのアトリエがありました。独自の絵画様式だったので、生きている内には世間から認められず、作品が評価されるようになったのは晩年で、死後名声と影響力が高まったそうです。
本人としては、すごく残念・・・
ですよね。 -
セザンヌのアトリエの中には彼の絵に描かれているポットや机、使った絵具や着ていたコートなども展示されていました。
亡くなったのは1906年10月22日で、105年前の事です。祖母が102歳なので、そんな昔の事ではないですよね・・・ -
中心地へ戻ってからはローマ時代の遺跡の上に建てられたサンソブール教会に入場しました。
-
教会と、中にあるパイプオルガン
-
30分のフリータイムで野菜・果物市を見た後、
-
レストランでポークソテーのランチを食べました。
-
セザンヌ像が建つロトンダの泉でバス乗車。
-
176キロを約2時間30分かけてニースへ向かいました。
途中、随分雨が降り、晴れ女もここまでか・・・と思っていたのに、ニースへ入るとそれも嘘のような快晴になりました。 -
ニースの海岸沿い、プロムナードデザングレから見る地中海の真っ青な海と白い波は本当に美しく、幸せを感じました。青空だからこそ映える海の色!お日様に感謝。
地中海の水はさほど冷たくなく、舐めるとやはりしょっぱかった! -
花市エリアのサレヤ広場でフリータイムがあったので、海岸で遊んだり、お店を覗いたりしました。
-
街の中の街灯?
-
上の拡大図
あなたは誰ぁれ? -
夜はメイン通り途中のレストランでファリシー(ズッキーニとミンチ肉)の夕食を頂きました。
付け合わせのポテトの量が・・メインより多い
6日目終了
本日は9,517歩
ニース空港前の「カンパニーレ」ホテル泊 -
イチオシ
16日(土)
朝はどのホテルでもバイキングの朝食です。フランスはパンが美味しい!硬いパンもありますが、良く噛むと美味しさが出てくるし、クロワッサンは格別美味しかったです。
8:30分に出発し、ホテルから西のニース港まで続く6キロの海岸線、プロムナードザングレ沿いをバスで進みました。
ニース湾は「天使の湾」と呼ばれているそうで、その名の通り絵ハガキのように美しい湾でした。 -
更に進むと石碑のみの国境があり、そこからが「モナコ公国」です。
モナコはバチカン市国に続いて世界で2番目に小さいミニ国家です。
石碑の国境 -
駐車場は岩山の内部に掘られていて、地上に出ると海洋博物館があり、正面にはグレースケリーの息子アルベール2世の写真がありました。
53歳で、この方もハゲちゃびん(ごめんなさい!)ですが、今年の11月にご結婚されるそうです。 -
ここ大聖堂ではグレースも結婚式をしたそうです。
-
日本の皇居にあたる大公宮殿では10時に衛兵交代を見ました。
-
ここからは遠くにイタリア半島の一部が見え、眼下にはモナコグランプリのF1サーキットも見えました。
1周324キロのコースを78周するそうで、今年は5月29日に開催されます。その為の観客席の工事中でした。 -
本当に青い空と青い海がきれいでした。
-
グランプリのコースの一部を走って、バスはフラゴナールの香水工場へ。
土曜日で工場はお休み
工場外観 -
その後は「エゾ村」へ向かいました。
高台からの眺めも素晴らしかったです。 -
暖かいからサボテンも一杯
-
エゾ村を後にしてニースへ戻り、海の見えるレストランでスープと白身魚の昼食を取りました。
-
食後、ニースからAF-6221で、空路パリオルリー空港へ。
約1時間25分の空の旅でした。 -
着後、パリの街をバスで移動しながらレストランでローストチキンの夕食でした。
食べてばかりで、お腹もすかないなあ・・・
やはり、ポテト多すぎ・・・フランス人は残さず食べるのかしら? -
夕暮れのオペラ座、コンコルド広場、シャンゼリゼ通りを通って「コンコルド・ラファイエット」ホテルに到着しました。立地は凱旋門と新凱旋門(パリにはいくつか凱旋門があるそうです!)の中間辺り、地下鉄の「ポルトドマイヨー」駅近くで34階建てで950室もあり、最大収容人数は4,000人だそうです。
宿泊階20階。とても眺めがよく、なんと
部屋の窓からは、フランス革命100周年を記念して1889年に作られた高さ320mのエッフェル塔、そして凱旋門も見えました。
くしくも満月で、エッフェル塔・凱旋門・満月の3点セットは夢のようでした。 -
ちょうど部屋から窓を眺めていたその時、エッフェル塔がピカピカと光り始めました。シャンパンタワーと呼ばれるそうで日没から12時まで毎時0分〜5分間点滅され、それはそれは奇麗でした。
7日目終了 本日は9,830歩
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
103