2010/05/21 - 2010/05/21
4190位(同エリア17038件中)
サウスピーチさん
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今日も晴天に感謝! また暑くなりそうだけど・・・。
4日目の旅行記は、2ページに渡っています。
① マリー・アントワネットがこの世の最後に過ごした
コンシェルジュリーと王家の礼拝堂サント・シャペル。
ビストロでランチをした後、ノートルダム大聖堂。
そして、「アンジェリーナ」でパリでの初カフェ!
② ホテルで少し休息した後、ルーブル美術館へ向かいます。
今日も1日忙しそうなスケジュール!
ちなみに、今回の旅行全般の工程は、
1日目:デュッセルドルフ -> ケルン -> ブリュッセル -> ブルージュ
2日目:ブルージュ -> サン・ドニ大聖堂 -> パリ
3日目:パリ
4日目:パリ
5日目:パリ -> パリ郊外へ(フォンテーヌブロー城 ->
ヴォー・ル・ヴィコント城にてキャンドル・ナイト) ->ヴェルサイユ
6日目:ヴェルサイユ(宮殿にて噴水ショーを見る・夜のライトアップなど)
7日目:ヴェルサイユ -> モン・サン・ミシェル(潮の満ち引きやライトアップ)
8日目:モン・サン・ミシェル(朝日、水辺、羊と共に) -> サン・マロ -> ドイツの実家へ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
毎朝恒例となった行事、足のマメに
バンドエイドを二重巻きにし、
9時過ぎにホテル出発。
朝食は、昨晩の残りをひと口、ふた口のみ。
今日も地下鉄から始まる。
私達の駅、1番線のチュイルリー駅
から4番線のシテ駅へ。 -
地上へ上がったところ。
目の前には裁判所が
どど〜ん!と建っていた。
左側の高い塔がサント・シャペル。
(コンシェルジュリー裁判所の左側で、
サント・シャペルと共に裁判所の
敷地内にある。)
まずはコンシェルジュリーへ。 -
コンシェルジュリーの入り口が
よく分からず、裁判所の門衛さんに
尋ねる。 ここでも親切な対応。
パリ・ミュージアム・パスですんなり入れた。
ここは、今回とても楽しみにしていた
場所の1つで、マリー・アントワネットが
処刑前、最後に過ごしたところ。 -
入り口の階段を下りたところ。
「衛兵の間」。 長さ63.3、
幅27.4m、高さ8.5m。
この時間には、まだ
ほとんど観光客はいなかった。 -
この螺旋階段、
どこに続いているのだろう・・・。
コンシェルジュリーは、もともとフィリップ4世の
宮殿だったが(なるほど、外観はおとぎ話に
でてくるようなお城風なわけだ)、
14世紀後半に牢獄として使われ始める。
18世紀のフランス革命の際には、多くの王族、
貴族などの旧体制派が収容され、当時は
その牢獄に入るとかならず死刑になるというので
「死の牢獄」「ギロチン控えの間」とよばれた。
しかし1914年に廃止、現在は観光名所となっている。 -
なんとなく怖い雰囲気。
「衛兵の間」の西端に位置し、
「パリ通り」と呼ばれる。
革命の間、留置所に入りきらない
囚人、特にわら族(滞在費用を
払うことの出来ないものは、
わらを敷いた大部屋に収容)が
ここに収容された。 -
ギフトショップの前にあった
マリー・アントワネットの写真。
えっ!? 写真・・・??? -
注)普通は、ギフトショップは見学の
最後にあるものだが、ここはまず
ギフトショップがあり、そこを突っ切って、
その奥から牢獄の展示室があります。
牢獄の入り口。 「記録室」
ここで囚人の記録を行っていた。
反対側は「コンシェルジュ室」(看守室)。 -
ここを出る時に、この部屋で
髪の毛を切ることになっていた。
マリー・アントワネット然り。 -
真ん中の部屋に
マリー・アントワネットの
独房を再現してある。 -
外の格子窓から覗いた様子。
フランス革命勃発後、ヴァレンヌ事件
と呼ばれるルイ16世一家逃亡の失敗により、
ルイ16世一家全員「タンプル塔」に幽閉。
ここにいる間に、ルイ16世の裁判が行われ、
下された判決は『死刑』。死刑に賛成が387票、
反対が334票だったが、賛成のうち、
執行猶予を望む票が26票。 この票を反対票に
加えると 361対360となり、わずか1票の差で
死刑が確定されたことになる。
そしてルイ16世は断頭台の露と消える。
この後、王党派が息子のルイ・シャルルを
強奪し、ルイ17世として即位させようと
しているとの噂が立ち、アントワネットと
シャルルは引き離される。
この日から、アントワネットは喪服を脱がず、
口もきかなくなり、部屋の中を
亡霊のようにさまようようになる。
約1ヶ月後の8月2日、アントワネットは
この「コンシェルジュリー」に移され、
人生最後の約2ヶ月半をここで過ごす。 -
部屋の端には、
彼女が実際に使っていたものや、
肖像画などが展示。
一番右のセーブル陶器の水差しは
彼女が断頭台に向かう前に使ったとされる。 -
部屋の後ろは屏風のようなもので
仕切られ、常に2人の監視の目が光っていた。
囚人用の設備でタンプル塔よりも劣悪な環境ではあったが、反王政だったタンプルの監視兵達よりも、王家を慕っている人が多かったここの監視兵達により、比較的雰囲気はよかったようだ。
独房内には革命以前にパリ市が任命した2人の監視兵がいたが、定期的に花を持ってきてくれ、革命に思誠を誓うことを拒否した僧侶と会うことも黙認。
身の回りの世話をする女性が2人つけられ、この女性はポケットマネーでアントワネットに小さな鏡をプレゼントしたり、自分の部屋から小さな椅子も持ってきてくれた。
監視責任者のミショニは視察に来るたびに、タンプル塔の子供達の様子や、外の出来事を教えてくれ、リシャール所長の夫人も他の囚人より上等なシーツを用意してくれたり、特別な料理も用意。タンプル塔に比べ、彼女に対して好意的な者が多かったらしい。
ただ、いくら好意的な者が周りにいても、彼女の行動は制限されていた。
朝は7時に起床し、就寝は22時。 朝食はパンにコーヒーかココアの軽いもので、髪を整えて2着しかない黒か白の服を着ると、何もすることがなくなってしまう。
普通の囚人は、中庭で散歩やおしゃべりができたが、彼女は独房から出ることを許されていなかった。 独房内をウロウロしたり、散歩をする囚人を眺めて気晴らし。 本は許可されていたが、編み物と刺繍は禁止。 壁布から抜き取った糸を紐にして編んだりして時間をつぶす。 -
彼女が住んでいた部屋の再現。
当時とは少し違う場所にあり、彼女の独房
だった場所には現在、礼拝堂がある。
*****************
彼女の独房での健康状態は極めて悪く、慢性的な出血にも悩まされていた。 美貌の面影はなく、見違えるほど衰え、見る者が胸を痛めるほどだったと言う。
その後、手助けする人による脱出の失敗、形だけの裁判を経て、10月17日の昼12時15分、革命広場(現在のコンコルド広場)にてギロチンの刃が落とされた。
刑の執行後、マドレーヌ墓地に運ばれた遺体は、埋葬命令が出ない為、半月近くもの間、膝の間に頭を置かれた状態で、墓地の隅の草むらに放置されたままだった。
そして、後に王政が復活した際に、ルイ18世の命により、マドレーヌ墓地より先日訪れた「サン・ドニ大聖堂」へと移された。 -
2階へと続く。
-
ある1室には、部屋4面の壁に、
ギロチンで亡くなった人々の
名前がずらっと載っていた。
ルイ16世とアントワネットの名前も。
(☆印を付けました) -
当時の牢獄の様子。
フランス革命は「自由・平等・博愛」と
「平等」を謳っていたにも関わらず、
囚人達は「お金」によって、
「待遇」を買うことが出来た。
何と矛盾な・・・。
(まあ、宮廷での役職もお金で買う時代
だったので、考えられなくもないし、
いつの時代もそう変わらないのかもしれない。) -
お金のない貧乏人達。
大勢いっしょに入れられ、
床には「わら」のみ。
「わら族」と呼ばれた。 -
お金を出せば、ベッド付きの
数人の相部屋が買えた。 -
そして更にお金を出せば、
ベッド、机、イスなど家具の
付いた個室へ。
贅沢な食事の配給も
受けられたそうだ。 -
フランス革命期、ジャコバン派の
リーダー、ロベス・ピエールの手紙。
(何の手紙だろう・・・。
くぅ〜、フランス語が読めれば・・・。)
晩年の1年間は事実上の独裁者となり、
恐怖政治で多くの反対派を断頭台に送る。
結局最後は自分も断頭台に
送られることとなる。 -
このギロチンの刃は1836年、
有名な殺人者の処刑に使われたらしい。
ギロチンと言えば・・・
皆さん、王家も世襲なら、死刑執行人も
「生まれついたら死刑執行人」という世襲
だったのはご存知ですか?
有名なのはパリの死刑執行人、サンソン家で、
このサンソン家の四代目がルイ16世やマリー・
アントワネットの首を刎ねたわけです。
(そもそもサンソン家は代々死刑執行人では
なかったのに、初代サンソンが何と、
死刑執行人の家の娘に恋をしてしまったのです!)
私は以前に「死刑執行人サンソン」という彼ら
家族の代々に渡って書かれた回想録を元にした
本を読んで、彼らがいかに差別を受けながらも
処刑に於いては人道的配慮を心掛け
(人体についてはかなり勉強したらしく、
医者でもあった彼ら)、死刑の是非を自問しつつ
生きていたか。 また、国王を処刑した
四代目サンソンは敬虔なカトリック教徒であり、
国王を崇敬し、王妃を敬愛していた中での
自分の仕事・運命に対する苦悩・葛藤。
彼らのお墓は、モンマルトル墓地にあるので、
次回は是非訪ねてみたいと思っています。 -
また階段で1階に下りてきた。
ここはさっき見た、マリー・
アントワネット独房再現の場所の
すぐ奥にある、(直接には来れない)
ジロンド党員の礼拝堂。
多分、ここが彼女の独房があった
本当の場所だと思う・・・。 -
礼拝堂の祭壇手前奥にあるのは
「贖罪のチャペル」。
革命後、ルイ18世が、王家の
思い出として建てさせた。 -
ここは、マリー・アントワネットの
独房半分にあたる部分に建てられた。
彼女を描いた絵画や、彼女の
遺言の一部を彫った石碑などがあった。 -
女囚の中庭。
アントワネットには許されていなかった
が、他の囚人達はこの中庭の泉で洗濯をし、
石のテーブルでの食事が許されていた。
左奥の格子で三角形に仕切られた
場所は、男囚と女囚が鉄格子越し
に話をすることができた。
心の感動を胸に秘めたまま、
コンシェルジュリーを去る。 -
次はサント・シャペル。
サント・シャペルは、王侯貴族専用の教会。
裁判所の前を通りすぎ、隣の建物に入り口。
短い列が出来ていたが(手荷物検査があった為)、
ここもパリ・ミュージアム・パスが使える為、
そんなに待たずに入れた。 -
1階に入ると、思ったよりも狭く、暗い。
(しかも、狭いスペースにギフトショップも)
1階は宮廷職員用の礼拝堂だった。 -
至る所の壁紙が剥がれかけ、
ステンドグラスも少なく、暗い。 -
暗くて分かりずらかった
2階へと続く細い階段。
入り口から入ってすぐ左側にある。 -
小さな階段を上がると・・・
2階が王家の礼拝堂。
凄いっ!(写真がイマイチだが)
全く予想していなかった景色。
ステンドグラスの美しさは
聞いてはいたが、これほどまで、
というか、両側ほぼ全部覆われているっ!
残念だったのが、前方の祭壇部分
が修復の為、隠れていたこと。 -
こちらは、階段上がってすぐの
後ろ側。バラ窓(円形)がきれい。
注)午後の方が、日差しがステンドグラスを
照らしてもっと美しいらしい。
もし、こことノートルダム大聖堂の
両方に行く予定なら、ノートルダムの方に
先に行くことをお勧め。(この素晴らしい
ステンドグラスを先に見てしまうと、
ノートルダムがかすんでしまう・・・かも。 -
今朝は朝食も食べてなく、お昼も近く
なってきたので、ランチに。
日本のサイトで評判のよかった、ここ
シテ島の隣にあるサン・ルイ島にある、
「モン・ヴィエイル・アミ」という
ビストロに行ってみることにした。
ストラスブールの3つ星レストラン
Buerehieselのシェフが
パリで開いたセカンド店だそう。
パリで初めてのご馳走! -
11時半過ぎに着いたが、まだ準備中。
この時のお店の人達の対応はいまいち。
12時まで近所をウロウロ。
このレストランの前にあったパン屋さん。
すごく美味しそうで、お客さんがいっぱい。
(こっちでもよかったかも・・・) -
やっと座れてくつろぐ。
さっきは愛想の良くなかったお姉さん。
いきなりとびきりの笑顔でやって来た。
これぞプロ、ってこと??? -
夫はムニュ(セットメニュー)。
前菜はフォアグラ、メインはチキン。
チキンの下には、サツマイモやプルーン、
その他野菜のトロトロ煮込み。
デザートは洋なしのシャーベット。
私は単品で白身魚とリゾット。
リゾットはちょっぴりカレー風味で、
白身魚はすごく脂がのっていて美味。
が!なぜかこんな時に限って
食が進まない。 くぅ〜。
半分くらい残してしまった・・・。
でもデザートは別腹! ふふっ。
2人共お腹一杯で、この先にあるパリで
一番有名なアイスクリームのお店
「ベルティヨン」には行けず。 -
次はノートルダム大聖堂。
ノートルダム大聖堂の裏側まで
戻って来た。 -
ちょっとした憩いの場があって、
のんびりしている人がたくさん。 -
-
-
セーヌ川沿いを歩いて
大聖堂の入り口へ向かう途中。
昨日乗ったバトビュス。 -
大聖堂の横顔。
-
大聖堂の至る所に
「ガーゴイル」と呼ばれる
怪物の顔をした彫刻がある。
このガーゴイル達は、
雨どいから流れてくる水の
排出口としての機能を持つ。
なので、皆、口を開けているのだ。 -
ノートルダム大聖堂内部。
長さ130m、幅48m、高さ35m。 -
まったく失礼なことを重々承知で
言わせてもらうと、素直な感想は、
思ったより・・・簡素な感じ。
(まあお祈りする場所ですけど)
やっぱりサント・シャペルを先に
見てしまうと、どうしても比較・・・って
王族専用の教会と比べるのがそもそも
間違っているんだけれど・・・。 -
-
-
素晴らしいと言われている
直径10mのバラ窓も、こんな感じ。
(何度も言いますが・・・)
美しいけれど、やはり午前中に
行った、サント・シャペルの
ステンドグラスを見ちゃった後だと・・・。 -
バラ窓だけ見れば、このように
美しいけど、大聖堂の中は暗い。
13世紀の作品で、聖母と
それを囲む旧約聖書の図が描かれている。 -
大聖堂の入り口付近には、
ローマによるキリスト教弾圧の為
斬首された首を自分で持って
数キロ歩いた、と言われる聖ドニ伝説の
彫刻がありました。
西暦250年頃の話だといいます。
そして、この聖ドニが力尽き、倒れた場所に
小さな礼拝堂が建てられ、それが
私達が初日に訪れた、後の、フランス王家の
お墓となる「サン・ドニ大聖堂」
となるわけです。
ベルギー・フランス 8日間ドライブの旅 2日目②:フランス サン・ドニ大聖堂で王族のお墓 夜のルーブル近辺
http://4travel.jp/traveler/catarina/album/10604119/ -
大聖堂の表からの眺め。
3つの玄関があり、左は
「聖母マリアの玄関」、中央は
「最後の審判の玄関」、右は
「聖女アンヌの玄関」。 それぞれ
名前に対応した彫刻がある。
塔の高さは69m。 左の塔の方が太い。
右の塔(南塔)には「エマニュエル」
という名の有名な鐘がある。
今回は塔の上には行かなかった。 -
ここでシテ島の観光はここで終わり。
地下鉄のある「サン・ミッシェル広場」を目指す。 -
セーヌ川沿いをのんびりと
歩いてみたかった・・・。 -
「サン・ミッシェル広場」。
「サン・ミッシェル」。
ゆっくり考えれば分かったことだが、
この時点では気付かず。 帰国後、
この写真を見て「あっ!」と思った。
サン・ミッシェルは、モン・サン・ミシェルの
サン・ミシェルと同じで、セント・ミッシェル、
「大天使ミカエル」又は「聖ミカエル」のこと。
上のサン・ミッシェル広場にある彫刻も、
「聖ミカエル」だったのだ。
剣を振りかざし、悪と戦うイメージが一般的。
(宗教・宗派などにより、多少話が違う。) -
ホテルに戻って少し休もうと思ったが、
有名なカフェ「アンジェリーナ」が
近くにあることを思い出した。
「アンジェリーナ」の入り口。
2階にもカフェがある。
思ったよりも広かった。 -
入り口右側にあった、
ケーキなどのショーケース。
うぅ〜。 どれも美味しそう!!! -
1階の奥に通された。
ここではランチメニューもあり、
食事も出来るようだった。 -
夫はここで一番有名な
「モンブラン」とアイスコーヒー。
私は、生まれてまだ一度もマカロンを
食べてたことがなかったので、
(海外生活が長いんです・・・)
「キャラメル・マカロン」とアイスティー。
甘すぎ!との前情報のあったモンブランは
意外とさっぱり。中心に生クリーム、底は
マカロン生地で、美味しかった!
私の注文したマカロンの方が
全然甘かった。(甘すぎ・・・) -
「アンジェリーナ」を出た後、
超高級ホテルや老舗の高級ブランド店が
立ち並ぶ「ヴァンドーム広場」が
近くにあることを思い出した。
ここまで来れば、もう行くしかない!
ヴァンドーム広場。
広場中央の記念柱は、ナポレオンが
オステルリッツ戦のプロシア軍から
奪った戦利品の大砲をつぶして造らせたもの。 -
頂上にはシーザーの姿でローマの方向を
向いているナポレオン像がある。
ディオール、モーブッサン、
ブルガリ、ミキモト、カルティエ
などなど、ずらっと並んでました。
私も夫も興味がなかったので
写真だけ撮ってホテルに戻ることに。
帰り道。 「アンジェリーナ」のある道
一つ手前の通りを歩くことに。
すると、美味しそうなチョコレートを陳列した
ショーウィンドウが。 偶然にも来たかった
「ジャン・ポール・エヴァン」だった!
彼ははパリでも有名はショコラティエで、
いくつかの賞も取っている。 是非、
そんなチョコレートを食べてみたかったのだが、
さっき甘いものを食べたばかり。
なぜかチョコレートにも興味がなくなっていた。
(なぜ、こんな時にぃー!!!)
結局中にも入らず、ホテルへと向かう。
疲れすぎてたのが大きな原因に違いない!
せめてお土産に買ってくれば・・・(大泣)
次はホテルで少し休憩した後、
ルーブル美術館へ向かいます。
(「4日目②:パリ観光(ルーブル美術館その他)」
へと続く)
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この旅行記へのコメント (3)
-
- くまゆさん 2013/08/10 12:37:26
- マリー・アントワネット
- サウスピーチさま
今年のパリ旅行のコンシエルジュリーからこちらに飛びました。
ピーチさんの助言に従いコメントはやめようと思っているのですが、書かずにはいられません。
私、パリには何度も行っていますから、コンシエルジュリももちろん行きました。
でも、通りいっぺんに眺めただけでした。
ピーチさんの旅行記を読んで、そんな自分に腹を立てています。
「刑の執行後、マドレーヌ墓地に運ばれた遺体は、埋葬命令が出ない為、半月近くもの間、膝の間に頭を置かれた状態で、墓地の隅の草むらに放置されたままだった。」
そうだったんですか。。。
ツヴァイクのマリー・アントワネット伝を読んで以来、捕えられてからの彼女に深い同情を寄せる私としては、本当に胸が痛みます。
それにしても、「膝の間に頭」とは、革命とはいえ暴力は人の心を荒廃させるものだとつくづく思います。
猛暑の東京、今日は何もせずに「ピーチさんとフランス旅行」デーにします。(*^ー゚)ノ・゚☆
くまゆ
- サウスピーチさん からの返信 2013/08/15 11:26:12
- RE: マリー・アントワネット
- くまゆさん、こんにちは! お返事が遅くなって大変申し訳ありません。
3年前の旅行記を見て下さって、どうもありがとうございます♪
> 私、パリには何度も行っていますから、コンシエルジュリももちろん行きました。
そうですか。 くまゆさん、何度もパリに行かれているんですね!
でも、残念ながら旅行記は出されていないようで・・・。 くまゆさんの見たパリ、どんな感じだったのか興味があります。
> ツヴァイクのマリー・アントワネット伝を読んで以来・・・
マリー・アントワネットに関しては、色々な方の本は読んでいますが、ツヴァイクのは読んでいませんでした。
さっきアマゾンに行って、チェックしてきましたよ。 次回本をオーダーする際には買ってみようと思っています。
> 「膝の間に頭」とは、革命とはいえ暴力は人の心を荒廃させるものだとつくづく思います。
本当にそうですね。 ただ、革命時の怒りの矛先がかなり彼女に向いていたことや、
貴族の多大な贅沢のせいで民衆の強いられてきた苦しい生活を考えると、そんな荒廃してしまった彼らの心も
分からなくないではありません。
> 猛暑の東京、今日は何もせずに「ピーチさんとフランス旅行」デーにします。(*^ー゚)ノ・゚☆
どうもありがとうございました♪ お茶も出さずにすみませんw (^_-)☆
サウスピーチ :)
- くまゆさん からの返信 2013/08/15 17:17:36
- RE: RE: マリー・アントワネット
- サウスピーチさん、お暑ーございます。(そちらは暑くないんですか? 暑くないところが存在するなんて、考えられない日本です)
> そうですか。 くまゆさん、何度もパリに行かれているんですね!
> でも、残念ながら旅行記は出されていないようで・・・。 くまゆさんの見たパリ、どんな感じだったのか興味があります。
白状すると、若いころパリに1年ぐらい住んでいたことがあるんです。
でも、当時は「地球の歩き方」もなかったので、情報も少なく、あんまり観光しなかった…
根が怠け者なので、勉強も遊びもせず閉じこもっていた… (" ̄д ̄)
パリでひきこもるバカがいるか!!ってことですよ。
あの頃に戻って、自分の頭をドツいてやりたい気分です。 \(*`∧´)/バカバカ!
でも、本当はグルノーブルに行くつもりだったのが、1週間滞在したパリに魅せられて、留学先をパリに変更してしまったぐらいだから、パリの魔力は十分分かっています。
その後はずっと行っていませんでしたが、98年、03年にちらっと立ち寄りました。
03年のはイタリアからドイツ・オランダに縦断して、最後にパリに寄った面白い旅だったので、旅行記に出来るんですが…
そのうち……… いつやねん!!
ただ、パリの人たちにはあまりいい印象がないんですよね。
サウスピーチさん意地悪されなかったんですって? おかしいなー。
私なんて、意地悪のされっぱなしだったのに。
今でも腹が立つのは、ルーブルに入る時、ワインを持っていたら、ゴミ箱に捨てさせられたこと!
ロッカーに入れると言っても、ダメの一点張りで、目の前のゴミ箱に捨てろと言うの! ニヤニヤと!!
見終わって出てきたときにゴミ箱を見たけど、もちろんなかった。あいつら飲んだに決まってる!!
> マリー・アントワネットに関しては、色々な方の本は読んでいますが、ツヴァイクのは読んでいませんでした。
> さっきアマゾンに行って、チェックしてきましたよ。
ツヴァイクの伝記、面白いです。(アマゾンではツワイクみたいね)
歴史好きのサウスピーチさんには「ジョセフ・フーシェ ある政治的人間の肖像」もお薦めしますよ。
> 貴族の多大な贅沢のせいで民衆の強いられてきた苦しい生活を考えると、そんな荒廃してしまった彼らの心も
> 分からなくないではありません。
そうですね。 どちらにも、合掌。。。
> お茶も出さずにすみませんw (^_-)☆
大丈夫ですよ、勝手にいただいていますから。
なんせ、熱中症にならないために(とくに年寄りは!)「こまめに水分補給」と耳タコ状態なので、なにかとお茶しています。 (^з^)-☆
くまゆ
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