2001/07/02 - 2001/08/07
3030位(同エリア4207件中)
ryoさん
気づくと、どこに行っても私の旅行記には“食”がナイ!
イタリアでも、パスタとピザはそれぞれ一度ずつしか食べなかった‥。当然食べないから写真もナイ!
他の方たちの写真を見ると、食べた料理とかきちんと撮っていて、こういうのも想い出になるのになぁ‥ってちょっと後悔。
貧乏旅行だったから高級レストランなどに縁が無いっていうのもあるけど、パスタにしてもピザにしても、スペインで食べたパエリアなんかも、私は日本のおいしいお店で食べるほうが日本人向けに作られてて、おいしいように思うんだよな‥。
ヴェネツィアでは特にレストランの敷居が高い気がした。みんな身綺麗な感じだし‥。
町角の八百屋さんで、とってもおいしそうなトマトがあって、トマトとブドウを買って、公園でかじってたら、お母さんとお散歩中の小さい男の子に指差された‥。
でもおいしかったもん、トマト。
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リアルト橋。
大運河に架かる4つの橋の中で最も大きく美しい橋。
1264年に木造の跳ね橋として建造され、1558〜1592年に大理石製の橋に架け替えられた。 -
アカデミア橋。
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イチオシ
アカデミア美術館。
14〜18世紀のヴェネツィア派絵画を多く集めた美術館。
ヴェロネーゼ「聖カタリナの神秘的結婚」 -
ジョヴァンニ・ベリーニ「聖母子と六聖人、天使たち」
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ティツィアーノ「聖母子」
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カルミニ大信者会。
Scuola(スコラ)という語は二つの意味で用いられ、一つは同じ職業に関わる人の集まりやキリスト教信仰の特別な献身を行う人々の集まりを指し、もう一つは入会者たちが集まるための特別な建物を指す。
スコラには規模の大小があり、壮麗な建築物と入会者の数からスコラ・グランデ(大スコラ)と呼ばれるものには7つあって、ヴェネツィア共和国の政令によって指定されていた。
カルミニ信者会のスコラは、グランデという称号を受けた最後のスコラだった。 -
無原罪のマリア像。
スコラの使命は、聖マリアへの信心を絶やさず生かし続けることで、内部の彫刻や絵画も聖母をテーマにしている。
2階の大広間の天井は、ティエポロによる9枚の絵画で飾られ、見ごたえがあった。 -
イチオシ
サン・ロッコ教会。
教会の隣にあるサン・ロッコ大信者会の中はほとんどティントレットの美術館だった!特に大広間の天井がが素晴らしかった!!
ヴェネツィアではこのような天井画を見学する場所では、入場するときに大きな鏡を貸してくれた。これはとっても便利!首が痛くなったら鏡を覗き込んで見る。けっこう細かいところまでじぃーっと見ることができて楽しかった! -
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聖ロッコは中世に猛威を振るったペストに対する守護聖人で、度々ペストの流行に苦しめられたヴェネツィアでは、聖ロッコへの崇拝がことのほか強く、1485年にはその遺体が聖ロッコ教会に運び込まれた。聖ロッコを信仰する信者会も作られスコラでは貧しい人や病人などを収容していて介護や食事を与えていた。信者会の会員は裕福な市民で構成されていて、ティントレットもその一人だった。
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サン・アンジェロ・ラファエロ教会。
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イチオシ
サン・セバスティアーノ教会。
細い運河に面して立つ、16世紀に建てられた教会。
ヴェロネーゼの作品が多いことで知られる。ヴェロネーゼは1555年から15年をかけてそれらの作品を手掛け、1588年に彼自身もこの教会に埋葬された。 -
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ヴェロネーゼの墓。
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ヴェロネーゼ「聖セバスティアーノの殉教」
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ヴェネツィアにも美術館のような教会がたくさんあって、毎日足が棒になるまで歩いた。
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ゴンドラ‥楽しそうだった。
私は迷ったけど、やっぱり乗るのやめた。一人で乗ってる人いなかったし‥。
一人旅でヴェネツィアを訪れる人はみんなどうしているんでしょうか‥?一人でも乗る人いるのかなぁ? -
サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会。
1340年に建築が始まり、約1世紀後に完成したゴシック様式の教会。歴代の総督や数々の名士が葬られていて、ヴェネツィアのパンテオンとも呼ばれる。 -
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荘厳な雰囲気を持つ教会の内部。
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ティツィアーノ「聖母被昇天」
ジョヴァンニ・ベリーニ没後のヴェネツィア画界でティツィアーノの地位を不動のものにした大作。
死後3日目に栄光に包まれて天国に召される聖母マリアの被昇天を主題として描かれている。
画面は上下に二分され、上部では無数の天使たちに囲まれて父なる神が待ち受ける天国へ昇るマリアが、下部ではこの光景を見上げる12人の使徒が表されている。 -
イチオシ
ティツィアーノ「ペーザロ家の祭壇画」
ヴェネツィアの貴族で、キプロス島司教のヤコポ・ペーザロによって注文された祭壇画。1526年5月に完成し、12月8日に設置された。
玉座の聖母子を中心とする聖会話の構図の中に、ペーザロ家の一族全員を寄進者姿で登場させている。
左側に跪くのが司教服姿のヤコポ・ペーザロ。玉座の聖母子の下には右に聖堂の守護聖人の聖フランチェスコと聖アントニウスが立ち、左にローマ教会の象徴である聖ペテロが座っている。 -
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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会。
ヴェネツィアで数千人もの犠牲者を出した1630年のペストの渦中で、共和国政府は聖母マリアに捧げる教会を建てることを決定し、ペストが終息した1631年に着工。1681年に工事を終え、1687年に落成したヴェネツィアバロック建築の傑作といわれる教会。
巨大なクーポラを頂く八角形の本堂の周りに6つの礼拝堂がある。 -
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サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会。
サン・マルコ広場と運河を隔てた向かいにある小さな島、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島にある16世紀のベネディクト派の修道院。
ここでもまたティントレットの名作にたくさん出会うことができる。 -
ティントレット「最後の晩餐」
ティントレット最晩年の作品。 -
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サン・モイゼ教会。
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サン・マルコ広場。
旅の最中に、けっこう日本のテレビ番組のロケをやってるところに出会ったことがあります。
ここサン・マルコ広場では堤真一さんが何かドラマのロケをやってました♪ -
ヴェネツィア共和国時代に祭礼や公式行事の場となった水の都の玄関。共和国が勢力を増した12世紀末に現在の形に整った。
かつて監視塔と灯台の役目を担っていた鐘楼がそびえる。 -
イチオシ
サン・マルコ寺院。
828年にエジプトのアレキサンドリアから二人のヴェネツィア商人が運んできた聖マルコの遺体を祀るために9世紀に建てられたロマネスク・ビザンチン建築の教会。
聖マルコはキリストの4人の福音書記者の一人で、この町の守護聖人とされ、翼を持つライオンをシンボルとする。 -
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正面の5つの各アーチは、聖マルコの遺体を運び出す一連の伝説を描いた金のモザイクで装飾されていて、向かっていちばん左のものだけが13世紀のもの。
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イチオシ
ドゥカーレ宮殿。
サン・マルコ寺院の南側、大運河に面して建つ、ヴェネツィア共和国の富と権力を象徴する建物で、9世紀に建築が始まり、12〜15世紀にかけて現在の姿になった。
ヴェネツィア共和国の総督の居城として使われていたほか、国会、行政、裁判を司る場所でもあり、牢獄も置かれていた。
大きく窓の開いたビザンチン風のアーチが続く柱廊はゴシック様式の傑作と賞される。
内部にはいくつもの評議の間や会議室があり、中でも2階大会議室にあるティントレットの傑作「天国」は7m×22mの大きさで、世界最大の油絵といわれている。 -
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ポルタ・デラ・カルタ(憲章の門)。
15世紀半ばのゴシック様式の傑作。
聖マルコとライオンが守りを固めている。 -
ソロモンの審判。
宮殿の入り口の角柱を飾る大理石の群像。
旧約聖書の物語が彫刻で表されている。 -
イチオシ
溜息の橋。
16世紀半ばにはドゥカーレ宮殿に隣接して新しい牢獄が造られた。地下にあった牢獄は満水時には水牢になり、この橋を渡ると二度とこの世に戻ってこられないと、囚人が橋の小窓から外を覗いて溜息をついたことからこの名前がついた。 -
こんなふうに覗いたのかな‥。
はぁぁぁって溜息ついて。 -
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イチオシ
狭くて迷路のような路地を歩いてて、ふと見上げるとステキな一角がたくさんある♪
地図をくるくる回しながら、散々迷いながらいっぱい歩いた。
ただ、あまりに狭すぎる人気の無い路地に迷い込んじゃうと、真昼間でも少し怖かったかも‥。 -
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イチオシ
ゴンドラには乗らなかったけど、運河を渡るときは水上バスを利用しました。気持ちよかった〜♪
少し敷居が高いところもあったけど、迷路が頭に入るくらい毎日ゆーっくり散歩をしたい、とてもステキな町でした♪♪
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