2011/05/08 - 2011/05/08
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frau.himmelさん
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今日は前から行きたかった街バート・ヴィンプフェンを訪れます。
その近くでもう1箇所どこか…、と選んだ街がエーベルバッハでした。
エーベルバッハってどんな街?
パソコンで検索をかけると出てくる、出てくる、「エロイカ」「エロイカより愛をこめて」、エロ、エロ、エロ……。
いやあねー、私そんなエッチなもの見ないわよ…。
?……
思いっきり恥ずかしい勘違いをしてしまいました。
「エロイカより愛をこめて」ってエーベルバッハ少佐が主人公の日本で大人気の漫画ですってね。熱心なファンがこの地をたびたび訪ねてくることから、作者の青池保子さんはこの街の名誉市民にもなっているそうです。
まあ、私のように少女漫画には縁がない世代には「エロイカ」と聞いても「エロ」としか…(笑)、これが有名な漫画の題名なんて知る由もありません…。
(追記)
ももであさんより「エロイカ」はイタリア語で「英雄」だとのコメントをいただきました。
思い出しました! ベートーベンの交響曲第3番は「エロイカ」でしたね。そんなことも思い浮かばなかったなんて…、ホントに恥ずかしい。
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-
窓にスジが入っているのが見えますか?
いえ、雨が降っているわけではありません。窓の汚れなのです。
清潔好きのドイツにしては、列車の窓が驚くほど汚れていることがよくあります。
◆◇
さて、7時50分フランクフルト発でバート・ヴィンプフェンに先に行くつもりで、日本から時刻表を調べてきてました。
ところが昨夜ボンからの帰りが遅くて寝過ごしてしまいました。
でも大丈夫!ドイツのダイヤは大体1時間ごとに同じ経路で走っていますので安心です。
8時50分発のICでマンハイムまで行き、同じく1時間遅れのシュツッツガルト行きRBに乗り換えれば、バート・ヴンプフェンに着くはずです。 -
少しでも窓がキレイな席を求めて移動しました。車窓からの風景も旅の醍醐味ですから、あんなに窓が汚れていてはね…。
写真は途中駅ハイデルベルク・アルトシュタット駅でおしゃべりをしているお年よりたち。
何だかとてもステキな風景でしょう?
こちらのお年よりは原色がとてもお似合いなのよね。 -
列車は風光明媚なネッカー川沿いを走っています。このあたりは古城街道と呼ばれています。
車内検札に来ました。
車掌さんが、「どこまで行くの?」って聞くので、
「バートヴィンプフェンまで」と答えたら、
「じゃぁ、****で乗り換えだね」って…。
えっ、直接行かないの?
日本から出力してきたDBの時刻表は、1時間遅れで同じ経路を走っているものとばかり思っていたので、またまたパニック!! -
心を少し落ち着けて車掌さんに尋ねました。
「エーベルバッハは停車しますか?」って。
エーベルバッハは停まるってことなので、急遽エーベルバッハを先に行くことにしました。まあ、何とかなるでしょう…。
◇◆
列車はネッカー川を横切りました。
川と緑の山間に囲まれたステキな街が現れました。
ヨーロッパの風景ですね〜。 -
エーベルバッハの駅に到着。
相変わらず地図なしの無謀な観光です。
ともかく近くにいたマダムに旧市街までの行き方を聞きました。 -
この道をまっすぐ行って、1つ目の角を左に曲がりなさいと。
人も車もめったに通らない静かな通りです。
ホントにこっちでいいのかしら?
不安になりました。 -
左に曲がると商店街のようなところに出て少し人通りは増えてきましたが、相変わらず静かです。
そうだわー、今日は日曜日だったんだわー!。 -
そのまま進むとラートハウス(市庁舎)の前に出ました。
市庁舎の中に入っている観光案内所も日曜日で閉まっています。
仕方がない、今日は地図なしで歩きますか!
◆◇
後で調べたら、「エロイカ」関係で日本人の訪問者が多いので日本語のパンフレットもあったのだとか…。 -
市庁舎前の広場の真ん中に大きな泉があります。
たぶん「村の泉」って言うのでは?
その泉の周りには…。 -
こういう街(村)の紋章が貼り付けてあります。
これはブロンバッハの紋章。 -
これはロッケナウの紋章。
エーベルバッハ市は10以上の市区(村)が属しています。
それらの村々の紋章がこの泉に掲げてあるんですね。
だから「村の泉」…。 -
そして、ご本家エーベルバッハの紋章。
エーベルとはイノシシ、バッハは皆さんご存知小川のことです。
名前そのまんまの「イノシシと川」のマークです。
「エロイカ」のエーベルバッハ少佐は日本の名前で言うと、猪川少佐とでも言うのでしょうか?(笑) -
もう少し行くと、「戦争記念碑」が。
1870年から1871年に建造された歴史的にも重要な記念碑だそうです。
何の戦争なのか調べられませんでした…。
追記)
近鉄バファローズさんよりこの記念碑は普仏戦争の戦勝記念碑ではないかとコメントいただきました。
普仏戦争は1870年ー1871年に起こったフランスとプロイセンの戦争です。プロイセン側の大勝利で、フランス軍のナポレオン3世は捕虜になりました。
調べたら、エーベルバッハの領主であるバーデン大公国もプロイセンに加担していました。
近鉄バファローズさんありがとうございました。 -
「プファルツ選帝侯の泉」。
エーベルバッハは歴史的に言うと、中世期はライン宮中伯家の領でしたが、16世紀以前にはこの帝国都市をプファルツ選帝侯が獲得していました。 -
「プファルツ選帝侯の泉」の後ろの建造物は「タールハイムシェ・ハウス」。
最も古い石造建築とされています。
ここはかってプファルツ選帝侯の酒蔵でした。 -
立派な門の中に入ってみましょう。
-
この近くが歴史的地区になります。
まだまだ謂れがありそうな建造物や噴水を見ることができます。
これは「ネッカー川の漁師の泉」。 -
そして、これは「プルファー塔」火薬塔です。
旧市街には中世の4つの塔があります。
中世の市壁を防衛するための施設であり、これはそのうちのひとつ、西端に建っています。 -
その近くには可愛いイノシシたちの像が…。
街中にいろいろイノシシはありますが、これが一番愛嬌がありますね。 -
そして、目の前はネッカー川なのです。
これら一連の歴史的建造物はネッカー川の近くにあります。
遠くを臨むと、私があこがれる風景、ネッカー川の高台に建っている邸宅が…。
いいなー、こんなところで暮らしてみたいです。 -
もっとプルファー塔の近くを散策してみましょう。
-
ネッカー川を右手に見ながら、ウーファー通りを中世の市壁沿いに歩きます。
13世紀か14世紀ごろ造られた砂岩の壁、さすがに歴史を感じさせますね。 -
古い壁と大砲…。
この大砲はその頃のものかどうか疑問ですが、この風景に溶け込んでいます。 -
ここに市の壁についての歴史が書かれた案内板が…。
-
中世の頃の市壁の残骸を利用して家が造られたのでしょうか?
壁の一部が建物と融合しています。
その脇に咲いているバラの花のきれいなこと…。 -
これは何の扉?
右に取り付けられている目盛りはネッカー川が氾濫した水位でしょうか。
1882年にはあんなに上まで水が上がってきたのですね。 -
さて、私は可愛いパン屋さんを見つけたので、ここから街中に入ります。
-
マルクト広場に出てきました。
その一角に博物館があります。
1823年建造のこの建物は旧市庁舎でした。
入口には、ここにもイノシシの泉が対で建物を守っています。 -
-
博物館の前から見たマルクト広場。
オープンレストランになっていて、まだ客は入っていません、これからでしょうか。
周りに何やらすごい歴史のありそうな建物が見えますね。 -
この見事な壁絵の建物は「ホテル・カルプフェン」。
この壁絵は、この地方の古くからの伝統的な図柄スグラフィット画といわれるそうです。
壁絵はこの地方の歴史や人々の情景を描いたものだそうです。 -
別な通りに入って見ましょう。
-
正面に見える教会は、プロテスタントのミヒャエルス教会です。
1836年に建てられました。 -
ちょっと足も疲れたし中に入ってみましょうか。
街歩きで疲れた時の私がよくやる休憩法です。 -
あ、残念。ミサの真っ最中。
そうよね、今日は日曜日ですものね…。 -
教会の入口前から見た広場の風景。
11時になるとそろそろレストランには人が集まり始めました。 -
広場の中央には今の時期の風物詩、マイバウムが立っています。
「5月の木」っていう意味です。 -
こんな小さな泉にもさりげなくイノシシちゃんが…。
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木組みの家とお菓子屋さんの看板が絵になるー。
-
この街には、歴史的な木組みの家も多く残っています。
この建物は「ベッテンドルフシェス・ハウス」です。
16世紀初めに建てられました。 -
その向かいにある壁の装飾が素晴らしい木組みの家は、「エーベルバッハ・ホーフ」。
旧皇帝の市城だったそうです。
これも16世紀初めの建造です。 -
その二つの建物の中庭(ホーフ)を入っていくと、ホーフ門とも呼ばれる「ベッテンドルフシュ門」が見えます。
何とローマ時代後期の遺構なんですって…。 -
私がホーフ門(ベッテンドルフシュ門)をくぐった後から、かなりメタボなおじ様がゴミ袋を持って出てきました。
ドイツでもゴミ捨てはお父さんの役目(笑)?
左側に見える塔は、2つ目の中世の防御門の、ブラウアー・フート塔。
警察帽に似ていることから付けられました。
南端に位置する塔です。 -
この付近にも市壁と木組みの建築が一体となった家が見えます。
そして奥に見える丸い塔は? -
東側に位置する3つ目の中世防御門、ローゼン塔(バラ塔)です。
唯一の円筒型の塔で、最も古い塔なのです。
壁の厚さは2メートルあるそうです。 -
その名の通りの塔、バラに囲まれた案内板がとってもステキです。
ここに説明がありますね。
13世紀に造られたとあります。 -
ここにも見事な壁絵の建物が…。
これもマルクト広場の「ホテル・カンプフェン」と同じくこの地方の古くからの技法スグラフィット画法で描かれています。
レストラン「クラウベンシュタイン」 -
美しいお花が一杯の雰囲気のいい通りに入ります。
-
正面にはまた歴史ありそうな三角屋根の建造物が見えてきました。
古い建築工法で造られた旧浴場。 -
旧浴場の正面はこちら。
今はホテルになっていて、門の上には金色のイノシシちゃんが…。
ホテルの名前、アルテス・バートハウスとは、古いお風呂の家ってこと、旧浴場です。 -
旧浴場の前はリンデン広場。
子供達が噴水で遊んだり、ジャングルジムに登ったり、大人たちは木陰でビールなどを楽しんでいました。
今日は日曜部ですから家族サービスなのでしょうか。
私もちょっと人恋しくなりました。
そういえば、駅前で道を聞いたっきり、街中では誰とも喋っていなかったことに気がつきました。 -
さて駅に戻ってきました。
日曜日で地図はもらえなかったけど、何とか迷わないで駅に戻ってこれてよかった…。
あのガラスの四角い建物はエレベーターです。 -
私もエレベーターで跨線橋に登ってみました。
エーベルバッハの駅って小さな駅だと思っていたんですが、5車線もあるんですね。
ちょっと高いところからの眺めも新鮮でいいものです。
あんなところに教会が…。 -
カトリック教区教会の聖ヨハネス・ネポムク教会。
1884年から1887年にイタリア・ルネッサンス様式で建てられた2つの塔を持つ大きな教会です。
ネポムクといえば、頭に星の輪っかをつけていつも十字架か何かを持っている聖人でしたね。
久しぶりに名前を耳にしました。 -
さて、私はこれからバート・ヴィンプフェンに行くのですが、途中下車をしたためこれからどうやって行けばいいのか判りません。
駅員はいないし…。
そしたら、何人かの人が集まってああだ、こうだと親切に教えてくれますが、一貫してないんですね…(泣)。
結局1時間ほどホームのベンチで待つことに…。
私の隣に座ったオバアチャン、フローマルクト(ノミの市)に行ってきたのですって。
いろんな戦利品を私に見せて、これはいくらだった、これは高かったのよーとか、これは誰にプレゼントするのよとか…まあ良く喋ること…。
街中でお喋りをしなかった分ここで十分元をとりました(笑)。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- 迷子さん 2015/09/03 13:18:17
- アラスカ送りだーっ!
- お久し振りに、こんにちは!
さすが、ドイツの重鎮この町もとっくにご訪問済みだったんすね〜。
なんでも、ここの観光案内所が出してるパンフの表紙には
彼の「エロイカ」の少佐が描かれてるそうなぁ・・・???
何時かそれだけ入手に立ち寄ってみたい気がするであります。
この少佐人気とまりしん人気で(どちらもヒットした少女漫画)
いっときドイツ語専攻する女子大生の数が増えたとか?!
ああ、またドイツに行きたいやぁ。
では・・・・
あ、お題の叫びは少佐の口癖?でやんす。
- frau.himmelさん からの返信 2015/09/03 20:34:50
- RE: アラスカ送りだーっ!
- 迷子さん、お久しぶり〜。
こちらこそご無沙汰しててごめんなさい・笑。
アラスカ送りだー!って一体何のことかと思いましたら、もうすっかり忘れていたエーベルバッハ少佐が主人公の漫画のことでしたか。
私が知っている漫画と言えば「サザエさん」とか「リボンの騎士」の時代(迷子さんの年代の方にはそんなの知らないよ。でしょう?)、「エロイカより愛をこめて」なんて新しい漫画は知る由もない。
エロとか愛とか、いやーね、その手の漫画?なんて思ったくらい(笑)。
えっ、エーベルバッハの観光案内所に行けば少佐が表紙のパンフがいただけたのですか?
残念!あの日はちょうど日曜日で観光案内所が閉まっていましたが、そのパンフをいただいていれば、エロがエロではないということをもっと早く理解できたのに。
例のハイデルベルクやヘッペンハイムからも近いので、ワイン購入方々パンフをもらいに寄ってもいいですね。
迷子さん、これからもあちこちでのご活躍期待していま〜す。
himmel
-
- ももであさん 2011/09/19 09:28:38
- ししかわすけまささん
- frau.himmelさん
急遽エーベルバッハに立ち寄ることになるとは、ちょっと
慌てますね。でもそれが旅の楽しいところでしょうか。
少佐は金田一少年の事件簿には、猪川将佐(すけまさ)
警部名で友情出演してますよ〜。
青池さんがこの地を訪れて以来、日本人が増えたそうですが、
まるでフランダースの犬のようですね。
ノミの市から凱旋したおばあちゃん。
地元の人との交流があってこそ、その街の印象は格段に
良くなるものですよね。
ぼくも大好きな、バートヴィンプフェン。
次回は豚ですね。楽しみにしてます♪
ももであ
- frau.himmelさん からの返信 2011/09/19 21:01:56
- RE: ししかわすけまささん
- ももであさん こんばんは。
エーベルバッハの旅行記を読んでいただいて、投票をありがとうございました。
> 急遽エーベルバッハに立ち寄ることになるとは、ちょっと
> 慌てますね。でもそれが旅の楽しいところでしょうか。
そうですね、今回の旅では最初からトラブル続きで、少しくらいのアクシデントでは驚かなくなりました。
後になれば、仰るようにそれが旅の楽しい思い出として残りますものね。
> 少佐は金田一少年の事件簿には、猪川将佐(すけまさ)
> 警部名で友情出演してますよ〜。
ビックリしました。その名前で検索したら、いくつもヒットしました。
私が知らなかっただけで、本当に有名な人なんですね、猪川警部は。
バッハが小川さんだから、エーベルバッハは猪川さんなんだーって思ったら、物語の中であれ実際にいらしたとは…(笑)。
それに、私が気にしていた「エロイカ」って怪盗の名前だと言うのも驚きでした。どうしても引っかかるんですね。
凄い美人のスパイがエロイカだったらまあ許せるかな…って。
> 青池さんがこの地を訪れて以来、日本人が増えたそうですが、
> まるでフランダースの犬のようですね。
あ、フランダースの犬もそうですねー。
そういえば、アントワープの教会で、ガイドさんが「ネロ、ヤーパン」と説明をしてる横を日本人の私が通ったらいっせいに私の方を見てましたね(笑)。
ところで、ももであさん たしかベルギーに近々いらっしゃるんでしたね。
これからの季節、ツタの真っ赤な色がすばらしくキレイでしょうね〜。
羨ましいー。
> ぼくも大好きな、バートヴィンプフェン。
> 次回は豚ですね。楽しみにしてます♪
バートヴィンプフェン いらっしゃったのですか?
ホントに可愛い街でした。
ただ、残念なのはこの旅のために新しいカメラを新調したのに、使い方が判らなくて見るに耐えない写真のオンパレード…。泣きたくなります。
せっかくのキレイな街並みだったのに…。
仕方がないので、私の旅行記はエピソードで何とか格好をつけようと思います。
大先生のももであさんの旅行記を少し見習わなければ…。
himmel
- ももであさん からの返信 2011/09/19 21:39:23
- ベルギーまた走りたい♪
- himmelさん、こんばんは。
カネボウ エロイカ・オードトワレって昔良く宣伝してましたね。
「エロイカ」って怪盗の名前だったんですか。
元々、イタリア語で「英雄」の意味だそうですが…
あれ?ベルギーに行く予定はありませんよ〜
誰か別の方でしょうね。
でも、ぼくの初ヨーロッパがオランダ・ベルギーでした。
多分に漏れず、ネロとパトラッシュの銅像も見てきました。
(二度と行きません…)
うわぁ。バート・ヴィンプフェンの写真は残念でしたね。
しかし旅のエピソードこそが何よりの財産。
色あせないうちに、是非ご紹介下さい♪
ももであ
- frau.himmelさん からの返信 2011/09/19 22:32:20
- エロイカ
- ももであさんへ
べルキーは別の方でした。ごめんなさい。
ところで「エロイカ」、イタリア語で「英雄」と仰ったので思い出しました。
ベートーベンの交響曲3番は「エロイカ」でしたね。
ほんとうにエロだなんて、一昔前のダジャレで申し訳ありません。
恥かしいです。
himmel
-
- 近鉄バッファローズさん 2011/09/18 21:37:11
- Eberbachの旅行記を拝見しました
- frau.himmelさん、こんばんは。
近鉄バッファローズです。
Eberbachの旅行記を拝見致しました。
とんちゃん健康一番さんなどいろんなトラベラーの方が訪れている街ですよね。
私はまだ行ったことがないですが。
市壁とか塔とか、歴史的な建造物もたくさんあるんですね。
戦争記念碑の像は、普仏戦争の戦勝記念だと思います(以下Wikipediaより)。
1870年7月19日に開戦、1871年5月10日に終結した戦争で、
第二帝政期のフランスとプロイセンを中心とするドイツ諸領邦連合軍の戦いで、
ビスマルクが仕組んだエムス電報事件でフランス世論を挑発し、
激昂したフランス国民の支持を得たフランス軍が宣戦布告したが、
準備万端で野戦砲や鉄道輸送を巧みに駆使したドイツ軍が圧勝したそうです。
1871年1月にはフランスのパリが占領され、そこでヴィルヘルム一世の
ドイツ皇帝としての戴冠式が行われたそうです。
ナポレオン三世は捕虜となり、フランスは第三共和政へ移行し、
またフランクフルト講和条約ではアルザス・ロレーヌを割譲されたそうです。
フランス国民には反独感情が残り、以降の因縁が続くことになったそうです。
EberbachからBad Wimpfenへは直通がないので難しいですよね。
Mosbach-NeckarelzやBad Friedrichshall-Jagstfeldで
乗り換えないといけないみたいですね。
DBの自動券売機でもホームページみたいに便を検索してくれます。
しかもその結果をプリントアウトしてくれるので便利ですよ。
御存知でしたら蛇足ですが。
楽しませていただき、有り難う御座いました。
- frau.himmelさん からの返信 2011/09/19 20:25:58
- RE: Eberbachの旅行記を拝見しました
- 近鉄バッファローズさん こんばんは。
エーベルバッハの旅行記を読んでいただいてありがとうございます。
今回の旅では、せっかく購入したおニューのカメラの設定を間違えてしまい、泣きたくなるような写真ばかりで、旅行記アップが大変遅れてしまいました。
もう少し写真がしっかりしていたら、もっと街の雰囲気をお伝えできたのにと残念です。
> 戦争記念碑の像は、普仏戦争の戦勝記念だと思います(以下Wikipediaより)。
> 1870年7月19日に開戦、1871年5月10日に終結した戦争で、
そうですか。普仏戦争だったんですか。
私はてっきり、エーベルバッハが戦場になったか何かだと思い、そちら関係ばかり調べておりました。
バファローズさんより普仏戦争だとのヒントをいただいて調べなおしたら、確かに当時のエーベルバッハのバーデン大公領もプロイセン軍に加担しておりますね。これですっきりしました。ありがとうございました。
> またフランクフルト講和条約ではアルザス・ロレーヌを割譲されたそうです。
> フランス国民には反独感情が残り、以降の因縁が続くことになったそうです。
ストラスブルクの「最後の授業」の小説の題材となったことですね。
> EberbachからBad Wimpfenへは直通がないので難しいですよね。
> Mosbach-NeckarelzやBad Friedrichshall-Jagstfeldで
> 乗り換えないといけないみたいですね。
そうです、そうです。エーベルバッハの親切な人たちが私にああでもない、こでもないと教えてくれたのはそのことでした。
モスバッハだとか、バートなんたらと長ったらしい名前の駅とか、挙句にはシュツッツガルトの名前が出てきたりと、皆さん一貫してなくてどうしようかと思いました。
結局何もないエーべルバッハの駅で1時間近く待ちました。
でも、フローマルクト帰りのおばあちゃまにお相手していただいて助かりました。
> DBの自動券売機でもホームページみたいに便を検索してくれます。
> しかもその結果をプリントアウトしてくれるので便利ですよ。
そうなんですね。そのやり方を熟知していないもので、日本で印字した時刻表か或いは駅においてある小さなペラペラの時刻表に頼っています。
今度ドイツ旅行をする際は、プリントの方法をもう少し勉強します。
次回の旅行記では、バート・ヴィンプフェンに参ります。
ここも可愛くて、それにとても歴史のある街です。
ありがとうございました。
himmel
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