2011/04/22 - 2011/04/29
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世界攻略者さん
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東のエベレスト街道と比べて、いまいち地味な存在である西のゴーキョ街道。その地味な魅力をじっくり味わいながら、今回のエベレスト・トレッキングを締めたいと思います。
**情報は2011年春のもの。1ネパールルピー= 1.2円で計算。
== エベレスト・トレッキングのすすめ シリーズ一覧 ==
① 入門編 (ルート、費用、シーズン、高山病対策)
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10581163/
② 準備編 (TIMS、ガイド、ポーター、装備、ガイドブック)
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10581170/
③ ルクラからナムチェへ - 日本人の残した小さな宝物
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10597198/
④ ナムチェ・バザール 完全ガイド (シャンボチェ、ターメ)
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10597202/
⑤ パノラマ王 チュクン・リへの道 (タンボチェ、ディンボチェ)
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10597206/
⑥ カラパタール vs エベレスト・ベースキャンプ (ゴラクシェプ)
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10597215/
⑦ 男の勲章 チョラパス越え (チョラ峠、ゾンラ)
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10597226/
⑧ ゴーキョ街道の歩き方 (ゴーキョ・ピーク、マチェルモ、ポルツェ) <==
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10597238/
⑨ 雑学編 (節約術、通信事情、自然、シェルパ族、ポーター)
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10581179/
⑩ エベレストの見え方研究 (マウンテン・フライト、カラパタール)
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10581184/
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[目次]
ゴーキョ - ナマステ・ロッジ
ゴーキョ - 水事情
ゴーキョ - ゴキョー・ピーク
ゴーキョ - 5thレイク
マチェルモへの道
ドーレへの道
ポルツェ
ナムチェへの道
ルクラへの道
まとめ -
[ゴーキョ - ナマステ・ロッジ]
チョーラパスを越えて、湖畔の集落、ゴーキョ(4750)にやってきました。ここはかつてヤクなどの放牧場だった場所で、ロッジ街が幅を利かせる今も、平行して放牧が行われています。ゴーキョの集落は、エベレスト街道のロブチェやゴラクシェプと比較して、どこかゆったりマイペースな感じがします。湖や放牧場など、生活の潤いが感じられるからでしょうか。
ゴーキョにはロッジが6軒。比較的大型なのが、一番上にあるゴーキョ・リゾート(青い屋根)と、真ん中にあるナマステ・ロッジ(こちらも青い屋根)。 -
この2軒のロッジは売店を併設しており、山奥にしてはなかなかの品揃えです。髭剃り、生理用品、歯ブラシなどの生活用品もひと通り揃っています。その他、英語の小説にも結構なスペースを割いています。英語ノベルを売る店があるということは、のんびり滞在する人が多いということ。つまり、この集落は居心地がいいはずです。
ゴーキョ・リゾートの方はどこか高級な感じがしたので、もうひとつのナマステ・ロッジ(写真)に滞在することにしました。庶民的な雰囲気にふさわしく、50/100ルピーの安い部屋からあり、結局無料で泊まらせてもらうことになりました。 -
どこも似たり寄ったりの宿が多い中、このロッジはかなり特徴的です。まず、チェックインした後で振舞われるウェルカムドリンク(ブラック・ティー)。原価はただみたいなもんですが、こういうサービスをする宿は今まで聞いたことがありません。チョーラパスを越えて疲労困憊でやってきたトレッカーにとって、心温まる一杯です。
次に夕食前に配られる熱いおしぼり。こちらも全くの想定外でした。シャワーをめったに浴びれない中、顔の汚れを落とすのに重宝します。この他、手洗い用の水がお湯だったり、山ほど毛布をくれたりと大盤振る舞い。あとでこれらのことを他のロッジ街の人に話すと、「うーん。それは良くないな..」とあからさまに迷惑そうな顔をしていました。サービス競争はシェルパ文化になじまないのです。
写真: おしぼりを配る宿の女将。 -
本来、居心地がいいはずのゴーキョですが、どうも私は来る時期を間違えたようです。4月後半にも関わらず湖の大半は凍ったまま。青々とした湖がないのでは、ゴーキョの魅力は半減です。聞くところによると、10月-11月に来れば期待通りのゴーキョが見れるとのこと。
さらに、この時期天気が悪いのもいただけません。山がよく見えるのはせいぜい朝10時くらいまで。すぐに雲が出て、午後は毎日のようにパラパラの雪が降ります。どういうわけか、ゴキョーは気温が低く、昼間でも室温が0度以下だったりします。標高が400メートル高いゴラクシェプよりも寒いってどういうこと?
写真: ダイニングから凍った湖と曇った空を見つめる。 -
[ゴーキョ - 水事情]
暇なので、飲料水の補給に出かけることにします。私は今回、浄水剤を持参しているので、水はめったに買いません。ナマステ・ロッジのキッチンからゴムホースらしきものが伸びているのを発見。水源を求めて黒いホースを追っていきます。すると、ホースはレンジョ・ラ峠に向かうトレイルに並行に走った後、さらに丘の上の方まで伸びています。結局20分ほど歩いて水源にたどり着いたものの、とても気軽に通える距離ではありません。
ところでこのホース、あまりに長いので、あちこちで水漏れが起きています。ロッジもそれは想定内のようで、ホース同士のつなぎ目をチェックするために、毎日従業員を巡回させています。
写真: 奥のロッジ街から延々と伸びるホース。 -
そういえば、水源までホースをつなげているのはゴーキョ・リゾートとナマステ・ロッジの2軒だけ。他のロッジは一体どうしてんの? 気になって調べてみると、彼らは湖に流れ込む小川の端にある水たまりから汲んでいるのでした(写真)。この場所なら徒歩1分。ただし、この湿地帯には野鳥や家畜もいるので、安全性は?です。まあ沸かせば問題ないでしょうが。
後で知ったのですが、ナマステ・ロッジでは、ホースから引いてきた生水は無料。お湯が1リットル200ルピー(240円)なので、てっきり普通の水も有料だと思っていました。もっと早く言ってくれないかな...。おかげで、ゴーキョの水事情に無駄に詳しくなりました。 -
[ゴーキョ - ゴーキョ・ピーク(ゴーキョ・リ)]
ゴーキョの近辺には、3,4ヶ所ほどショート・トリップ向けの場所があります。最も有名なのはゴーキョ版カラパタールである、ゴーキョ・ピーク(5357)。すぐ隣の丘を上まで登った先にあるエベレスト展望ポイントです。登りの目安は2時間。その他には、湖の西側にあるレンジョラ峠(5417)。片道3時間ほどかかりますが、ゴーキョ・ピークに劣らず眺めがいいとのことです。
写真: 垂直な線 - ゴーキョー・ピークへの道。水平な線 レンジョラ峠への道。 -
翌朝、天気がいいうちにゴーキョ・ピーク(5357)まで登ることにしました。時々、ゴキョーの集落を見下ろしながら登ること約1時間半、頂上に到着です。
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くどいようですが、もし湖が凍ってなければ、眺めはこんな感じです。全然違うでしょ。
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カラパタールと違って頂上は広く、自由に動き回れます。このゴーキョ・ピークから一番きれいに見えるのが、北側、氷河の先にあるチョ・オユー(左端、8201)とギャチュンカン(右端、7952)です。チョ・オユーは世界で6番目に高い山。一方、ギャチュンカンは世界で15番目。お互いを結んだ稜線が中国との国境線を作ります。
ギャチュンカンはあまり有名な山ではありませんが、日本人に少々縁のある山です。1960年、この山を初めて登頂したのは日本人でした。日本を代表する登山家 - 山野井泰史さんが登攀後、雪崩に巻き込まれて大怪我を負ったのもこの山です。 -
注目のエベレストですが、25キロほど離れている割には大きく見えます。カラパタールからの眺めは、ヌプツェの横から頭をのぞかせている感じでした。ゴリョーリーの場合、エベレストとヌプツェ+ローツェが同格で、なおかつエベレストの方が高いのがはっきりとわかります。また、エベレスト北西側の岩壁もカラパタールより、よく見えます。
決して悪くはない眺めですが、問題はやはり春の天気。朝早いうちは雲が少ない反面、太陽が高くないのでうっすらとしか見えません(写真)。一方、9時半を過ぎ、エベレストの南西壁に日が当り始める頃には、すでに雲が湧き出しており視界の邪魔をしてくれます。困ったことにゴーキョ・リとエベレストの間には雲を造り出す雪山がいくつもあるのです。これらのことを考え合わせると、やはりゴキョーには春ではなく秋に来るべきだったと後悔するのでした。
写真: 黄色い点 - 左からエベレスト(8848)、ヌプツェ(7879)、ローツェ(8501)、マカルー(8485) -
エベレストを含めた東方向の眺めをパノラマにするとこんな感じです(クリックで拡大)。左端にあるのがチョ・オユー。東南側の岩壁に日が当たり、早朝から白く輝きます。その他の山はエベレスト同様、まだまだ太陽待ち。私が思うに、ゴキョー・リーの眺めはそれほど悪くありません。チョ・オユー、ローツェ、マカルーなどの有名な山が一度に見れるし、天気が良ければ夕日もきれいでしょう。その上で、どこか迫力不足を感じるのはなぜでしょう。私は、正面手前に雪山がないのが原因な気がします。ゴジュンパ氷河のすぐ向こう側にあるのは、どれも低い山で雪が積もっていません。カラパタールのヌプツェやチュクン・リのアマダブラムのような、景色の核となるような山がないのです。著名な山を遠くから見つめるだけ。この辺りがゴーキョの限界な気がします。
写真: 黄色い点 - 左からチョ・オユー、ギャチュンカン、フンチ、カンチュン、エベレスト、ヌプツェ・ローツェ、マカルー、チョラツェ、タボチェ、カンテガ、タマセルク、パリラプチェ。 -
[ゴーキョ - 5thレイク]
ガイドブックを読むと、ゴーキョ周辺にはゴーキョ・リ以外にもいくつかエベレスト鑑賞ポイントがあるのがわかります。その中で比較的お手軽なのは、5thレイクのビューポイント。ゴーキョ街道には、ゴジュンパ氷河に沿って6つほど湖があり、それぞれ1st, 2nd....と順番がついています。ゴーキョの集落があるのは南から3番目、つまり3rd レイク。ここからさらに北に進んだ先にある5番目の湖が今回の目的地です。距離は7.5キロ。目安時間は片道3時間。
翌朝、天気がいいのを確認して5thレイクに向かいます。このルートは、常に正面にチョ・オユー(写真)を見ながらの静かなトレッキング。途中に茶屋はありません。4thレイクの後、少しだけ道がわかりにくいですが、氷河側に寄り過ぎないようにすれば大丈夫です。 -
ゴーキョから約2時間、5thレイクが見下ろせる場所に着きました。このあと湖には下りず、すぐ手前のモーレンを右に登っていきます(写真)。少し登ると、東方面の見晴らしがいい場所が出てきます。この場所がスコウンドレルのビューポイント(Soundrel's Viewpoint)と呼ばれる場所で、ギャチュンカン、フンチ、チュンブなど中国国境沿いに並ぶ雪山がすぐ近くに見えます。
写真: 最後のモーレンを登るトレッカー。背後の山はギャチュンカン。 -
もちろん注目はエベレスト側の眺め。東に伸びるガウナラ氷河の先にあるコブのような山が、エベレスト(左)とヌプツェ(右)です。
なぜここが隠れたビューポイントなのか。理由は2つ。この場所は標高が4980メートル。ゴーキョより200メートルほど高く、ゴーキョ・リより400ほど低めです。歩く時間は長いとはいえ、つらい登りがないので来るのが楽なのです。幸い、この場所とエベレストの間にあるのは半分が氷河。近くに視界を遮る山がなく、エベレストまで一直線に見通せます。
写真: 右の尖った山がカンチュン(6090) -
ここからの眺めとゴーキョ・リからの眺めを比較してみます。ゴキョー・リでは見えていたローツェが、ここではヌプツェの裏に消えています。また、純粋に見えている山の面積は、ゴーキョ・リのほうが上です。その代わり、ここからはエベレストの南側にある鞍部 - サウスコールがはっきりと見えます。その他、北側に移動した分、エベレストの北壁が見やすくなった気がします。気がする..というのは、どちらも山が薄くてよくわからないからです。予想通り、10時を過ぎた頃には雲が邪魔をして山が見えなくなってしまいました。どうも春は空気に薄いモヤがかかっているようで、雲がなくても少しボヤけているのでした。
写真: 左エベレスト、右ヌプツェ、黄色い点 - サウスコール -
春のゴーキョは敗戦続きですが、後学のため他のビューポイントもチェックしておきます。冒険的な内容で知られるトレイルブレイザー社のガイドブックには、さらに3-4所この周辺の展望スポットを紹介しています。ひとつは5thレイクの後ろにあるゴジュンパ・ツェ(矢印、5553)。ルートははっきりしませんが、頂上まで登るとすばらしい眺めが待っているそうです。具体的には、北側のチョ・オユーとガチュンガンの岩壁、6thレイク、そしてエベレスト方向の眺め。
5thレイクの後、そのまま道を進んでいくと、ゴジュンパ・ツェの裏側に回り込みます。そこには6thレイクとチョ・オユー・ベースキャンプがあり、そこからの眺めも悪くないという話です。
写真: 5thレイクとゴジュンパ・ツェ。後ろの雪山は右がチョ・オユー。左がギャチュンカン -
さらには、究極のビューポイントとして、4thレイク(写真左)と5thレイクの間のザ・フィンガーと呼ばれる岩山(矢印、5800)を紹介しています。こちらもルートははっきりしませんが、あの指のようなピークのひとつ、5600メートル辺りまで登るのです。そこからだと、エベレストのチベット側にある北の稜線がよく見えるそうです。
筆者はこの山からの眺めがベストだと主張するのですが、そこまで登るのに一体何時間かかるやら..。いずれにせよ、挑戦するとしたら天気のいい秋でしょう。とりあえずこれで、ゴーキョのツボをひと通り押さえました。あとは、ナムチェに戻るだけです。 -
[マチェルモへの道]
二泊したナマステ・ロッジをチェックアウトして、ゴーキョ街道を下って行きます。ゴーキョからナムチェまでは通常2日。死ぬ気で歩けば一日の距離です。今日は、午後の時間を使ってマチェルモ辺りまで行きたいと思います。目安は2時間半。
ゴーキョから先、しばらくはコジュンパ氷河沿いの道を南下してきます。モーレン下の歩きやすい道を20-30分下り、最後の湖1stレイク(写真)へ。そのすぐ後、橋の辺りで前方が開けて、氷河がドゥートゥ・コシ川に変わります。
写真: 1stレイク。ここは凍っていません。 -
橋の後は、見通しがよく景色のいい道。前方にタマセルク、振り返ればチョ・オユー(写真)がそびえます。この後、アップダウンを経てパンカと呼ばれる場所へ。ここにはロッジが2軒あります。この近辺で1995年11月に雪崩事故が起き、日本人を含む40人が死亡しました。シーズン中にこのような事故が起きるのは非常に稀ですが、自然の恐ろしさは侮れません。
実はゴキョー街道には川の両側に道があります。ほとんどの人が通るのは宿の多い西側(写真左)。東側に行くには、ここパンカから川を渡り、中洲のナにあるロッジを通過して対岸に渡ります。そのまま東側の道を歩き続けると、ポルツェの集落に到着します。
写真: マチェルモの丘からゴキョー方面を見る。雪山はチョ・オユー。黄色い点 - 左からパンカ、ナ -
西側ルートをそのまま歩き続けると、眼下にマチェルモ(4400)のロッジ街が見えてきます。ここは、三方向を丘に囲まれた放牧場で、景色は普通ですが、居心地がよくて落ち着ける場所です。ちょうど疲れてきたので、ここで一泊することにします。急いで下ってしまっては、ゴーキョ街道を十分味わえません。
写真: マチェルモ。正面の山はカンテガとタマセルク。 -
マチェルモのロッジは全部で6-7軒。一番立派そうなナムギャル・ロッジを避け、その隣のトレッカーズ・ロッジ(写真)に泊まることにしました。主人と娘二人が切り盛りする中規模のロッジで、どこかアットホームな感じがします。私が好きな宿の条件のひとつは、宿の人との距離が近いことです。具体的には、キッチンにズカズカ入っていけるような感じです。この時は宿泊客が多かったので、私はあえてキッチンのテーブルで食事をすることにしました。その間、宿の主人との会話が弾みます。
一見、何でもないような光景ですが、私が今回泊まった11軒の宿の中で、このようなことができたのは、ナムチェの宿とここだけ。キッチンとダイニングの間には、ジモティと旅行客を隔てる大きな見えない壁があるのでした。 -
マチェルモには、シーズン中、外国人医師が駐在するクリニックがあります。医師といっても、ボランティアなので、たいてい若い人ですが..。エベレスト街道のペリチェ同様、ここでも毎日午後3時から高山病対策のレクチャーが開かれます(写真)。ゴーキョ街道は、ゆるやかで歩きやすいルートですが、別名デス・バレーという不名誉な称号を得ています。道にアップダウンが少ないおかげで、簡単に高度をかせいでしまい高山病になってしまうからです。まだまだ歩けるとしても、日程は計画的に。
ここの診察料は、クンデやペリチェ同様、二重価格になっています。壁に貼られた料金表を見ると、トレッカーが50ドル(4000円)、地元住民が20ルピー(24円)、そしてポーターは無料です。このクリニックはポーター保護のNGOが作った施設ということもあり、ポーター・シェルターが併設されています。恐らくゴーキョに荷物を運ぶポーターが宿泊するのでしょう。 -
[ドーレへの道]
翌日、マチェルモを後にし、ゴーキョ街道を南下していきます。基本的には谷の西側を歩く一本道。マチェルモの後、ルザ、ラファルマ、ドーレとロッジ街が続きます。
写真:黄色い点 - 左からドーレ、ラファルマ、ルザ、マチェルモ、氷河の終わり。 -
ロッジ街といっても、マチェルモとドーレ以外は、宿が2,3軒ある程度の小規模なもの。この西側トレイルからの見晴らしはよく、下山する人は前方にタマセルク(写真)、これからゴーキョに向かう人はチョ・オユーを正面に見ながらのトレッキングになります。
写真: ラファルマのロッジ。 -
なだらかに下ってきた道は、ドーレ(4110、写真)の手前で、少し落ち込みます。マチェルモからドーレまで約1時間半。このドーレもマチェルモと並ぶ人気のロッジ街です。夏の放牧地であること、まわりの丘のせいで景色がそれほどでもないことなど、いろいろ似通っています。
この先、森の道を川まで下ってモンラーまで登っていくのが通常ルート。しかし、谷の向こうに見えているポルツェの村(黄色い点)が気になって仕方がありません。ちょっと寄り道して行こうかな..。その前にお腹がすいたので、一服します。 -
ドーレのロッジ街の端に、ローカル向けの茶屋を発見しました。ロッジよりは安いはずなので、中に入ってみます。中は、土間の中に商品を置いた棚とテーブルが1つ。その他、部屋の端に5−6人寝れるくらいの床があるだけの昔ながらのシンプルなパティです。
試しに料理の値段を聞いてみると、ミルクティーが40ルピー(50円)。インスタントヌードルが150ルピー(180円)、とロッジよりほんの少し安いだけ。現地民であろうと、物価の高さは同じです。 -
[ポルツェ]
さて、ポルツェです。この村はエベレスト街道とゴーキョ街道の谷筋の間に、ポツンと浮島のように存在しています。メインルートから外れているため、どちら側から行くとしても一度川に下りてから村まで登らなくてはなりません。いろいろな場所から見えているのに、実際に行く人は少ない、ミステリアスな集落です。
ここに泊まるトレッカーがいるとすれば、(1)ゴーキョ街道でドーレより標高の低いポルツェを選ぶ人、(2)チョーラパスを使わず2つの街道を「遠回り」で移動する人。(3)何にもないゴーキョ街道の東側ルートをわざわざ歩いてきた人。(4)ただ村に来てみたかっただけの暇人など。つまり大半は変わり者です。このポルツェ自体も、他から隔離された場所にあるせいか、保守的で風変わりな集落だとされています。 -
私も変わり者のひとりとして、村を訪問することにしました。ドーレから1時間ほどかけて川まで下り、その後、山道を30分登ってポルツェ(3800)に到着です。
早速村に入ってみると..すごいところに来ちゃったなー、というのが私の第一印象。お経が書かれたマニ石が村のいたるところに置かれ、どこか古めかしい雰囲気が漂います。シワくちゃの老婆が薪を背負って森を往復し、薄汚れた格好をした子供らが農地を駆けまわります。何というか、ヒマラヤ奥地の原風景を見ているようです。
トレッキングルートのロッジ街では、基本的に働き盛りの大人しかいません。大きな集落でも、ただ通りすぎるだけなので子供やお年寄りを見かけることはほとんどなし。シェルパの里クンブ地方を旅している割には、現地文化との接触は限定的。そんな現実を、ポルツェの集落は気づかせてくれます。 -
とても気に入ったので、今日はここで一泊することにします。スケジュールの柔軟さはヒマ人の特権です。この村の大部分は農地で、その中に民家とロッジが点在しています。わかりやすい村のメインロードはなく、農地の石垣に沿った道を移動します。この村は斜面に建っているので、村を一回りするだけでもひと苦労。とりあえず、適当なロッジを選んで今日の宿とします。
ところで、この素朴そうな村にも数年前から電気がきています。クンブ地方の集落は大体そうですが、電線を土に埋めているため、外からはわかりません。電線だらけのルクラーナムチェ間の集落と比べ、これらの村が落ち着いて見えるのは、そういう理由なのかもしれません。ポルツェの場合、遠く離れた水力発電小屋から村までの電線さえ、地面に埋め込むという徹底ぶりです。
写真: ポルツェの集落。後ろの山はタマセルク(右)とカンテガ(左) -
ポルツェには何軒か宿がありますが、どこも閑散としています。誰もいないロッジで一人夕食をとることにします。いつものように、ダイニングに飾られた表彰状をチェック。どうも、ここの息子は山岳学校のトレーニングを経て、登山シェルパになったようです。エベレストやチョ・オユーの登頂証明書もありました。
私が特に気になったのは、壁に掛けられたエベレストマラソンのゼッケン。エベレストマラソンとは、毎年5月29日、エベレスト登頂シーズンが一段落したころに行われるマラソン大会。5月29日とは、もちろん1953年にエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが初登頂を果たした日です。
コースはゴラクシェプからナムチェまでの42.195キロ。ほとんどが下りのため、トレイルランニングに近いものがあります。ここの息子の成績は、4時間32分51秒で第二位。公式サイトをチェックしてみると、過去には3時間半を切っている人もいるようです。 -
[ナムチェへの道]
翌日、ポルツェを後にしナムチェに向かいます。ポルツェはエベレストビュー・ホテルから見えていたので、逆にここからシャンボチェの丘が見えます(中央の点)。ナムチェはそのすぐ裏側なので近そうに感じますが、まだ結構距離があります。目安は4-5時間。まずは、右上に見えているモンラーを目指します。
出発の準備をしていると、ナムチェの方から雲の固まりがやってきて、一気に村全体を覆ってしまいました。ここは谷の下流からの雲をモロに受けやすい場所で、局地的に霧になってしまうから厄介です。上空は晴れていることを期待して、ナムチェに向けて出発です。
写真: 黄色い点 - 左から、エベレストビュー・ホテル(シャンボチェ)、モンラー。 -
ポルツェを出た後、再び川に下りてゴキョー街道に合流。ここからモンラーまで一気に登ります。トレッキングを始めて今日で15日目。かなり体力を消耗していることもあって、思うように足が動きません。休憩を挟みながら1時間半ほどかけ、なんとかモンラー(3970、写真)に到着しました。ここはアマダブラムとポルツェの眺めがいい場所なのですが、この時すでに雲が出てきており景色はいまいちです。
モンラーから後は、基本的に下りの道。40分ほど歩いて、サナサでエベレスト街道に合流。さらに1時間15分ほど歩いてナムチェに到着しました。 -
ひさしぶりのナムチェ。ここまで来ると「やり遂げた」感が湧いてきます。ゴールデンウィークが近いこともあり、日本人の団体をいくつかみかけました。
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[ルクラへの道]
翌々日、ナムチェからルクラへ。来る時は2日かかりましたが、帰りは一日でも可能です。目安は4-6時間。ドゥードゥ・コシ川沿いの道をテンポよく下っていきます。 -
ルクラの少し前、チェプルンのリンゴ農園隣にあるヘルス・ポスト(写真)に寄ってみました。クンブ地区には、クンデなど西洋人医師のいる病院に加え、各地にヘルス・ポストと呼ばれる簡易病院があります。担当職員に高い専門性は期待できませんが、薬を提供したり出産管理をしたりと、地域住民に役立っています。
トレッキング中、ポーターやローカル茶屋の人達から、薬を持ってないか聞かれることが何度かありました。近くで薬が手に入らなかったり、薬代を出し惜しんだりしするせいで、薬に困っている人が多いのです。もちろん、手持ちの薬を分けてあげると大変喜ばれます。そういうこともあり、いらない薬をすべてヘルスポストに寄付することにしました。結局一度も使わなかったダイアモックスもその中のひとつです。 -
ナムチェから4時間半。ルクラに到着です。早速エアラインのオフィスを訪れ、明日のフライトを予約します。これらのオフィスは、午後2-4時の1-2時間しか空いていないので注意が必要です。逆に言うと、オフィスが閉まる時間までにルクラに到着しなければなりません。
さて、今日がエベレスト街道最後の日。どうやって残り半日過ごしましょう。ルクラには、ナムチェ以上にみやげ物屋が充実しています。ここから先は、飛行機で持ち帰るだけなので、荷物の心配は不要です。まあ、ここで売ってるものは、タメルにも売ってる訳ですが...。団体ツアーなどは、ダイニングでパーティをしたり、現地スタッフと最後のお別れをしたりして、盛り上がることが多いようです。 -
そういえば..。トレッキング中に知り合ったシェルパがルクラで茶屋をやっているのを思い出しました。地図を頼りに行ってみます。暖簾をくぐって中に入ると、大部屋にキッチンとダイニング・テーブルが同居した典型的なローカル茶屋でした。奥さんと子供二人の4人暮らし。彼がポーターをしている間は妊娠中の奥さんがひとりで店を切り盛りします。
私は以前から、ローカル向けの茶屋がどうやって利益を出しているのか不思議でなりませんでした。ミルクティー一杯30ルピー(36円)、モモ100ルピー(120円)で家賃をカバーできるとは思えないからです。彼に聞いてみると、ここの家賃が一ヶ月10000ルピー(12000円)。宿泊料は無料なので、ポーターなどの客の飲み食いが唯一の収入源です。どう考えても厳しい..。でも、家賃の足しになっているのは確かです。 -
ところで、実質ダイニング一部屋しかないこの家で、どうやって家族は暮らしているのでしょうか。聞いてみると、部屋の端にシングルベットだけが入った押入れのような小部屋があり、そこで家族四人一緒に寝るとのこと。一方、お客のポーター達は、屋根裏の床に雑魚寝するのでした。
茶屋の中は、半分自分の家のリビングのようなもの。小一の娘は、学校から帰ってくると、ダイニングのテーブルで宿題を始めました。母親に教わりながらネパール文字とアルファベットの書き取りをしています。テレビを見るのもここ。食事をするのもここ。父に遊んでもらうのもここ。賑やかな茶屋で育つのも、子供にとって決して悪いことではないようです。 -
[まとめ]
翌朝、ルクラからカトマンズへ。ルクラに来た時のワクワク感から17日。今は便利な都会に戻れることのワクワク感で一杯です。あれもしたい。これもしたい。二週間半の非日常は、とても刺激的な人生のアクセントになりました。一度味を知ったら、またやりたくなるのがトレッキングの面白さ。これで終わりにするのではなく、いつかまたヒマラヤの奥地に入っていきたいと思います。ライフタイム・エクスペリエンスとは、「一度っきりの体験」ではなく、「一生楽しめる体験」。そう都合よく解釈することにして、今回のエベレスト・トレッキングを終えたいと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました。
トレッキング旅行記の実際編はここで終了です。この後、雑学編とエベレストの見え方研究を書く予定です。 -
[リンク集]
==ネパール・トレッキング==
最速のアンナプルナ 全8作 (2009年秋)
http://4travel.jp/travelogue/10444950
エベレスト・トレッキングのすすめ 全10作 (2011年春)
http://4travel.jp/travelogue/10581163
ポカラ・ザ・トレック 全4作 (2013年春)
http://4travel.jp/travelogue/10759203
トレッキング装備購入ガイド 全2作
http://4travel.jp/travelogue/10571988
==ネパール旅行記一覧==
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album?dmos=os&level1=1&level2=771&level3=&sort=when
==海外旅行記一覧==
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album?dmos=os&sort=when&view_mode=list
==国内旅行記一覧==
http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/?dmos=dm&sort=when&view_mode=list
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