2011/08/22 - 2011/08/25
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ヒコタロウさん
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葉月の信州二日目は、松本市経由で中房温泉を目指します。
中房温泉は長野県の燕岳登山口の山中にある秘湯とも言うべき一軒宿です。
裏山に「焼山」と称する地熱の高い場所があります。開湯は1821年で、百瀬茂八郎がこの地に明礬(みょうばん)の鉱山を開いた際に、湧出する温泉を利用して湯治場を設置したのが始まりだそうです。
また、開湯伝説として以下のような話も存在します。
坂上田村麻呂が当地にいた鬼「八面大王」を退治した後当地に疫病が流行した。それを終息させるために満願寺が建立され、そこで祈祷していると疫病に効く温泉が湧出し、それが中房温泉となったとも言われています。
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長野市から高速道路を利用して松本市を目指します。
川中島古戦場・・・訪問出来ませんでした。 -
妻女山?
川中島の合戦で上杉謙信が布陣した妻女山(赤坂山)でしょうか?
「妻女山」(さいじょざん)の表記は、上杉軍将兵が望郷の念を抱いて、遠く離れた郷里に残して来た「妻女を偲んで涙した」と江戸時代中期になってから芝居や浄瑠璃、講談等で語られて広まったことによるとされています。 -
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梓川パーキングで小休止
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安曇野を舞台にした「おひさま」です。
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松本市に入りました。
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松本市マップ
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国宝 松本城天守
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江戸時代中期の松本城の様子です。
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松本城
松本城は安土桃山時代末期-江戸時代初期に建造された天守は国宝に指定され、城跡は国の史跡に指定されています。松本城と呼ばれる以前は深志城(ふかしじょう)、市民からは別名烏城(からすじょう)とも呼ばれていたようです。 -
戦国時代、信濃守護家小笠原氏(府中小笠原氏)が林城を築城し、その支城の一つとして深志城が築城されたのが始まりといわれています。後に甲斐の武田氏の侵攻を受け小笠原氏は没落、武田氏は林城を破棄して深志城を拠点として松本平を支配下におく。武田氏滅亡後、徳川家康の配下となった小笠原貞慶が旧領を回復し、松本城に改名したと言われています。
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松本城と堀
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松本城の後、浮世絵博物館に行く予定が何故か、大信州酒造へ
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松本市で一人が白線流しロケ地等を回るため、3人中房温泉を目指します。
途中、安曇野市内で夕食(信州そば)を取りました。 -
囲炉裏
店内飾られていました。信州の原風景でしょうか。 -
有明山方向でしょうか?
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険しい坂道を上り、ようやく中房温泉に到着です。
海抜1,462メートルの高さに位置しています。 -
中房温泉
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中房温泉 別館
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中房温泉 本館
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本日の宿泊部屋です。
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江戸時代の中房温泉図です。
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中房温泉旅館内に内湯外湯をあわせて16箇所の浴場が存在し、1泊で全てを巡るのは大変なほどであると言われています。
今夜は2〜3箇所に入湯したいと思います。
最初は、大浴場「岩風呂」へ -
大浴場「岩風呂」
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大浴場
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大浴場
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不老泉
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不老泉
今夜は3箇所で終わりです。
酒好きの3人 部屋で酒盛りです。 -
登山道図
中房温泉は登山者が多く泊まる温泉宿でもあるようです。 -
8月24日午前5時過ぎ
大湯
立山・黒部へ向かう前に早朝に中房温泉を散策することにしました。 -
大湯
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滝の湯
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錦の湯
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温泉案内標識
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月見の湯
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月見の湯
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月見の湯
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温泉案内標識
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プール
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プールから中房温泉旅館を望む
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白滝の湯
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地熱浴場
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燕岳(つばくろだけ)登山口標識
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菩薩の湯
散策している間に、朝食の時間です。
旅館内の温泉に入り、立山・黒部を目指します。
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