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奥琵琶湖(湖北とも言われますが)、観音様のふるさととして知られます。 <br />私が、観音様に興味を覚えたのは、井上靖の「星と祭」や白洲正子の「十一面観音巡礼」などを読み、 得られた観音様の美しいイメージからですが、なんと言ってもこの地に住まう人々の心根の優しさが素晴しいと感じています。 <br />2年前の夏、高月町の観音めぐりをして以来、2度目の観音めぐりですが、やはり期待通りのものでした。 <br /><br />厳しい暑さが続く中、観音めぐりなど出来るのかと心配していましたが、不思議なことに、朝方降っていた雨も上がり、最高気温も30℃を下回り、これも観音様の御利益なのかも知れません。 <br />その他にも、普通では考えられないラッキーが続き、大満足の観音めぐりとなりました。 <br /><br />今回の観音めぐりは、レンタサイクルで回るつもりでしたが、トラベラーのrokoさんが車でご一緒いただけることとなり、大変助かりました。(合掌) <br /><br />この日のコースは、次の通りです。 <br />木之本地蔵尊 → 北国街道木之本宿 → 己高閣(ここうかく)・世代閣(よしろかく) → 医王寺 → 黒田観音寺 → 安念寺<br /><br />2年前の観音めぐりはこちらです。<br />(前半)http://4travel.jp/traveler/morino296/album/10361882/<br />(後半)http://4travel.jp/traveler/morino296/album/10361894/<br /><br />木之本観光案内<br />http://www.sushikei.com/kinomoto/

奥琵琶湖:お地蔵様と観音様に会いたくて

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2011/08/19 - 2011/08/19

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26

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morino296

morino296さん

奥琵琶湖(湖北とも言われますが)、観音様のふるさととして知られます。
私が、観音様に興味を覚えたのは、井上靖の「星と祭」や白洲正子の「十一面観音巡礼」などを読み、 得られた観音様の美しいイメージからですが、なんと言ってもこの地に住まう人々の心根の優しさが素晴しいと感じています。
2年前の夏、高月町の観音めぐりをして以来、2度目の観音めぐりですが、やはり期待通りのものでした。

厳しい暑さが続く中、観音めぐりなど出来るのかと心配していましたが、不思議なことに、朝方降っていた雨も上がり、最高気温も30℃を下回り、これも観音様の御利益なのかも知れません。
その他にも、普通では考えられないラッキーが続き、大満足の観音めぐりとなりました。

今回の観音めぐりは、レンタサイクルで回るつもりでしたが、トラベラーのrokoさんが車でご一緒いただけることとなり、大変助かりました。(合掌)

この日のコースは、次の通りです。
木之本地蔵尊 → 北国街道木之本宿 → 己高閣(ここうかく)・世代閣(よしろかく) → 医王寺 → 黒田観音寺 → 安念寺

2年前の観音めぐりはこちらです。
(前半)http://4travel.jp/traveler/morino296/album/10361882/
(後半)http://4travel.jp/traveler/morino296/album/10361894/

木之本観光案内
http://www.sushikei.com/kinomoto/

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  • 木之本地蔵院(浄信寺) 本地堂<br /><br />JR北陸線木之本駅下車から徒歩5分。<br />この日は、寺の裏側にある駐車場から入らせていただきました。<br /><br />寺の歴史は古く、白鳳時代までさかのぼり、空海・木曽義仲・足利尊氏・足利義昭も参拝した記録があり、また、賤ケ岳の合戦では、秀吉がしばらく陣を置いたそうです。<br />

    木之本地蔵院(浄信寺) 本地堂

    JR北陸線木之本駅下車から徒歩5分。
    この日は、寺の裏側にある駐車場から入らせていただきました。

    寺の歴史は古く、白鳳時代までさかのぼり、空海・木曽義仲・足利尊氏・足利義昭も参拝した記録があり、また、賤ケ岳の合戦では、秀吉がしばらく陣を置いたそうです。

  • 木之本地蔵院 本地堂<br /><br />地蔵尊の本地仏である阿弥陀如来が祀られています。

    木之本地蔵院 本地堂

    地蔵尊の本地仏である阿弥陀如来が祀られています。

  • 木之本地蔵院 本地堂

    木之本地蔵院 本地堂

  • 木之本地蔵院 書院(地蔵堂後ろ)

    木之本地蔵院 書院(地蔵堂後ろ)

  • 木之本地蔵院 明治天皇の行在所だそうです。

    木之本地蔵院 明治天皇の行在所だそうです。

  • 木之本地蔵院 名勝庭園<br /><br />文部省指定の名勝庭園で地蔵堂奥、書院北側にあります。<br />江戸時代中期頃に造られた築山林泉式の庭です。<br />入口は裏地蔵尊参拝入口と同じ地蔵堂後ろの書院にあります。<br /><br />書院の縁に座り、庭を眺めていると、心地よい風が流れていました。<br />寝転んで、昼寝するのも良さそうでした。

    木之本地蔵院 名勝庭園

    文部省指定の名勝庭園で地蔵堂奥、書院北側にあります。
    江戸時代中期頃に造られた築山林泉式の庭です。
    入口は裏地蔵尊参拝入口と同じ地蔵堂後ろの書院にあります。

    書院の縁に座り、庭を眺めていると、心地よい風が流れていました。
    寝転んで、昼寝するのも良さそうでした。

  • 木之本地蔵院 古眼鏡納め処<br /><br />眼の仏様だけあって、古いお札ではなく、眼鏡を納める処があります。

    木之本地蔵院 古眼鏡納め処

    眼の仏様だけあって、古いお札ではなく、眼鏡を納める処があります。

  • 木之本地蔵院 本堂<br /><br />開山は、奈良薬師寺の僧、祚蓮(それん)上人が、難波の浦に流れ着いた地蔵尊を背負い、地蔵菩薩の有縁の地を求め北国街道を下ってこられた時のこと。<br />休息をとった柳の大木の元から動かなくなった為、そこを有縁の地として伽藍を建立し、祀ったのが始まりと伝えられています。<br />木之本の地名もここに由来します。<br /><br />お寺の歴史は古く、白鳳時代までさかのぼり、空海・木曽義仲・足利尊氏・足利義昭も参拝した記録があり、賤ケ岳の合戦では、秀吉がしばらく陣を置いていました。<br />

    木之本地蔵院 本堂

    開山は、奈良薬師寺の僧、祚蓮(それん)上人が、難波の浦に流れ着いた地蔵尊を背負い、地蔵菩薩の有縁の地を求め北国街道を下ってこられた時のこと。
    休息をとった柳の大木の元から動かなくなった為、そこを有縁の地として伽藍を建立し、祀ったのが始まりと伝えられています。
    木之本の地名もここに由来します。

    お寺の歴史は古く、白鳳時代までさかのぼり、空海・木曽義仲・足利尊氏・足利義昭も参拝した記録があり、賤ケ岳の合戦では、秀吉がしばらく陣を置いていました。

  • 木之本地蔵院 本堂<br /><br />木之本のお地蔵様は、眼の仏様、延命息災の仏様として古くから信仰を集めてきました。<br />毎年8月22日〜25日の地蔵大縁日には、全国から数十万人の参詣者で賑わうそうです。

    木之本地蔵院 本堂

    木之本のお地蔵様は、眼の仏様、延命息災の仏様として古くから信仰を集めてきました。
    毎年8月22日〜25日の地蔵大縁日には、全国から数十万人の参詣者で賑わうそうです。

  • 木之本地蔵院 本堂<br />

    木之本地蔵院 本堂

  • 木之本地蔵院 戒壇巡り<br /><br />闇の中を手さぐりで、本尊の厨子の下を巡ることが出来ます。

    木之本地蔵院 戒壇巡り

    闇の中を手さぐりで、本尊の厨子の下を巡ることが出来ます。

  • 木之本地蔵院<br /><br />秘仏である本尊にならった高さ6mの大銅像は、明治27年の建立で、日本で一番大きな地蔵菩薩です。<br />材料となる銅は、近在だけでなく全国の信者から供出された銅鏡が使われたそうです。 <br />また、太平洋戦争の際には供出命令を受けましたが、「地蔵菩薩は信仰の対象である。」として当時の住職が拒否し、多くの人の援助もあって供出をまぬがれたのだそうです。<br /><br />右目から涙を流されているようにも見えます。

    木之本地蔵院

    秘仏である本尊にならった高さ6mの大銅像は、明治27年の建立で、日本で一番大きな地蔵菩薩です。
    材料となる銅は、近在だけでなく全国の信者から供出された銅鏡が使われたそうです。
    また、太平洋戦争の際には供出命令を受けましたが、「地蔵菩薩は信仰の対象である。」として当時の住職が拒否し、多くの人の援助もあって供出をまぬがれたのだそうです。

    右目から涙を流されているようにも見えます。

  • 木之本地蔵院 地蔵大銅像の足元に奉納された身代わり蛙<br /><br />寺の池に棲む蛙がお地蔵様の願いにより、目を患った旅人に片目を与え、旅人は旅を続けることが出来たとの伝説があり、いまでもお寺に棲む蛙は片目をつむってお地蔵様に仕えて暮らしているといわれます。 <br />

    木之本地蔵院 地蔵大銅像の足元に奉納された身代わり蛙

    寺の池に棲む蛙がお地蔵様の願いにより、目を患った旅人に片目を与え、旅人は旅を続けることが出来たとの伝説があり、いまでもお寺に棲む蛙は片目をつむってお地蔵様に仕えて暮らしているといわれます。

  • 木之本地蔵院 手水舎の身代わり蛙

    木之本地蔵院 手水舎の身代わり蛙

  • 木之本地蔵院 身代わり蛙の絵馬<br />

    木之本地蔵院 身代わり蛙の絵馬

  • 本陣薬局<br /><br />地蔵院前の北国街道を少し歩くと、古い薬の看板が目に留まります。<br />旧本陣にある薬局で、当主は日本で第1号の薬剤師だそうです。<br /><br />解説には以下のことが係れていました。<br />「旧本陣 竹内五左衛門家」<br />京都、江戸、北陸を結ぶ宿場の本陣跡。<br />藩政時代には、大名などが絶えず宿泊していた宿札の記録が数多く残っている。<br />また、将軍の息女、溶姫一行が滞在した時は、3千人分の寝具を助郷から集めたとの記録もある。<br />軒下の馬繋ぎ金具に宿場の面影を残す。<br />

    本陣薬局

    地蔵院前の北国街道を少し歩くと、古い薬の看板が目に留まります。
    旧本陣にある薬局で、当主は日本で第1号の薬剤師だそうです。

    解説には以下のことが係れていました。
    「旧本陣 竹内五左衛門家」
    京都、江戸、北陸を結ぶ宿場の本陣跡。
    藩政時代には、大名などが絶えず宿泊していた宿札の記録が数多く残っている。
    また、将軍の息女、溶姫一行が滞在した時は、3千人分の寝具を助郷から集めたとの記録もある。
    軒下の馬繋ぎ金具に宿場の面影を残す。

  • 本陣薬局 玄関の看板

    本陣薬局 玄関の看板

  • 富田酒造<br /><br />450有余年の歴史ある「七本槍」の蔵元<br /><br />解説によれば、<br />富田八郎家<br />先祖は昔北近江を治めていた近江源氏 佐々木京極。<br />下剋上で浅井氏が台頭し、天文2年(1533)当地へ移り住む。<br />以来、造り酒屋を営む傍ら庄屋をつとめ、教育・産業・福祉等 地域の発展に尽した。<br />明治天皇の北陸ご巡行の際、岩倉具視が宿泊。<br />母屋は延享元年(1744)建。<br />軒下柱馬繋ぎ金具に宿場の面影を残す。<br />

    富田酒造

    450有余年の歴史ある「七本槍」の蔵元

    解説によれば、
    富田八郎家
    先祖は昔北近江を治めていた近江源氏 佐々木京極。
    下剋上で浅井氏が台頭し、天文2年(1533)当地へ移り住む。
    以来、造り酒屋を営む傍ら庄屋をつとめ、教育・産業・福祉等 地域の発展に尽した。
    明治天皇の北陸ご巡行の際、岩倉具視が宿泊。
    母屋は延享元年(1744)建。
    軒下柱馬繋ぎ金具に宿場の面影を残す。

  • 富田酒造<br /><br />店内にある「七本槍」の扁額は北大路魯山人の作だそうです。

    富田酒造

    店内にある「七本槍」の扁額は北大路魯山人の作だそうです。

  • 富田酒造の店内

    富田酒造の店内

  • 富田酒造

    富田酒造

  • 富田酒造の黒塀<br /><br />子供の頃に見た記憶が蘇ります。

    富田酒造の黒塀

    子供の頃に見た記憶が蘇ります。

  • 北国街道 無料休憩所<br /><br />実はお医者さんです。<br />トイレもお借りできるようです。

    北国街道 無料休憩所

    実はお医者さんです。
    トイレもお借りできるようです。

  • 醤油の白木屋<br /><br />

    醤油の白木屋

  • 白木屋の店内

    白木屋の店内

  • 明楽寺<br /><br />蓮如上人ゆかりの寺<br />5月5日には花まつりでは白象のお練りがあるそうです。

    明楽寺

    蓮如上人ゆかりの寺
    5月5日には花まつりでは白象のお練りがあるそうです。

  • 明楽寺 本堂<br /><br />本堂に上がらせてもらいましたが、清々しい風が通り過ぎて気持ち良かったです。

    明楽寺 本堂

    本堂に上がらせてもらいましたが、清々しい風が通り過ぎて気持ち良かったです。

  • 明楽寺

    明楽寺

  • つるや<br /><br />サラダパンが有名です。

    つるや

    サラダパンが有名です。

  • つるや<br /><br />店頭の看板もサラダパンです。

    つるや

    店頭の看板もサラダパンです。

  • つるやのサラダパン 130円<br /><br />次々と売れていました。<br />小さな子供も「サラダパン食べたい!」と掴んでいました。

    つるやのサラダパン 130円

    次々と売れていました。
    小さな子供も「サラダパン食べたい!」と掴んでいました。

  • つるやのサラダパンTシャツ<br /><br />なでしこジャパンのコーチが来店された時のサインだそうです。

    つるやのサラダパンTシャツ

    なでしこジャパンのコーチが来店された時のサインだそうです。

  • 木之本小学校<br /><br />地蔵院の裏手にあります。

    木之本小学校

    地蔵院の裏手にあります。

  • 木之本小学校<br /><br />懐かしい二宮尊徳像もあります。

    木之本小学校

    懐かしい二宮尊徳像もあります。

  • 北国街道と北国脇往還の分岐点<br /><br />右 京・いせ道、左 江戸・なごや道<br /><br />北国街道は鳥居本で中山道から分かれ、ここを通り金沢に至る。<br />北国脇往還は、ここから関ヶ原、大垣に連絡する。<br /><br />北国脇往還は、木之本宿から、名古屋・江戸方面へ向かう旅人が中仙道鳥居本宿を経ず、関ヶ原宿へ向かう近道として賑わった街道で、木之本宿の南端が起点となっています。<br />賤ヶ岳の合戦の際には、羽柴秀吉が大垣から木之本までの十三里(約52Km)を約5時間で駆けつけ、動揺した柴田勝家軍との戦いに勝利した「大垣大返し」として知られます。

    北国街道と北国脇往還の分岐点

    右 京・いせ道、左 江戸・なごや道

    北国街道は鳥居本で中山道から分かれ、ここを通り金沢に至る。
    北国脇往還は、ここから関ヶ原、大垣に連絡する。

    北国脇往還は、木之本宿から、名古屋・江戸方面へ向かう旅人が中仙道鳥居本宿を経ず、関ヶ原宿へ向かう近道として賑わった街道で、木之本宿の南端が起点となっています。
    賤ヶ岳の合戦の際には、羽柴秀吉が大垣から木之本までの十三里(約52Km)を約5時間で駆けつけ、動揺した柴田勝家軍との戦いに勝利した「大垣大返し」として知られます。

  • 北国街道は、北陸と近畿を結ぶ陸路として栄えました。<br />その街道沿いに位置する木之本宿も、大名行列や飛脚などの人々が行き交ったといいます。<br />木之本宿には昭和の初めまで中央に小川が流れ、柳の木が植えられた宿場らしい風情を残していましたが、現在では埋め立てられ、商家の家並みに昔の情景を残しています。 <br /><br />また、室町時代から昭和の初期まで毎年2回、街道の民家を宿として牛馬市が開かれ、江戸時代には藩の保護を受け、地元近江をはじめ、丹馬、丹波、伊勢、美濃、越前、若狭などから数百頭以上も牛馬が集まり盛況を極めたそうで、歴史に名を残す名馬を数多く輩出し、山内一豊が妻の備えていたお金で買い求めた名馬もそのひとつと伝えられています。

    北国街道は、北陸と近畿を結ぶ陸路として栄えました。
    その街道沿いに位置する木之本宿も、大名行列や飛脚などの人々が行き交ったといいます。
    木之本宿には昭和の初めまで中央に小川が流れ、柳の木が植えられた宿場らしい風情を残していましたが、現在では埋め立てられ、商家の家並みに昔の情景を残しています。

    また、室町時代から昭和の初期まで毎年2回、街道の民家を宿として牛馬市が開かれ、江戸時代には藩の保護を受け、地元近江をはじめ、丹馬、丹波、伊勢、美濃、越前、若狭などから数百頭以上も牛馬が集まり盛況を極めたそうで、歴史に名を残す名馬を数多く輩出し、山内一豊が妻の備えていたお金で買い求めた名馬もそのひとつと伝えられています。

  • 己高庵<br /><br />木之本地蔵院から車で10分ほどにある、宿泊、食事、日帰り入浴も可能な施設です。

    己高庵

    木之本地蔵院から車で10分ほどにある、宿泊、食事、日帰り入浴も可能な施設です。

  • 己高庵 石田三成ゆかりの”三献の茶”碗<br /><br />説明によると、<br />ここ木之本町では毎年秋に「賤ヶ岳天下まつり」が開催され、秀吉と三成の出会いとして有名な「三献の茶」にちなみ、町民1万人の大茶会にと野焼きで出来上がった大茶碗だそうです。<br />「三献の茶」の舞台として、木之本町古橋の法華寺は、石田一族に因縁の深い寺で、関ヶ原の戦いに敗れ、逃げ隠れたといわれる洞穴も寺の近くにあるそうです。(今回は、訪ねませんでした。)

    己高庵 石田三成ゆかりの”三献の茶”碗

    説明によると、
    ここ木之本町では毎年秋に「賤ヶ岳天下まつり」が開催され、秀吉と三成の出会いとして有名な「三献の茶」にちなみ、町民1万人の大茶会にと野焼きで出来上がった大茶碗だそうです。
    「三献の茶」の舞台として、木之本町古橋の法華寺は、石田一族に因縁の深い寺で、関ヶ原の戦いに敗れ、逃げ隠れたといわれる洞穴も寺の近くにあるそうです。(今回は、訪ねませんでした。)

  • 己高庵のロビーで先ほど購入したサラダパンを頂きました。<br /><br />たくあんのマヨネーズ和え、何とも珍しい味でした。

    己高庵のロビーで先ほど購入したサラダパンを頂きました。

    たくあんのマヨネーズ和え、何とも珍しい味でした。

  • 己高庵 お江ちゃん<br /><br />玄関前に置かれたお紅ちゃん、可愛い女の子が覗いています。

    己高庵 お江ちゃん

    玄関前に置かれたお紅ちゃん、可愛い女の子が覗いています。

  • 己高庵からの眺め<br /><br />琵琶湖も望めます。<br /><br />この駐車場に車を止めて、隣接する己高閣・世代閣へ向かいます。<br />

    己高庵からの眺め

    琵琶湖も望めます。

    この駐車場に車を止めて、隣接する己高閣・世代閣へ向かいます。

  • 伊香具坂神社(十所権現)<br /><br />昔は、己高山(こたかみやま)の山頂近くにあった鶏足寺の奥にあったそうです。<br />ここから、己高閣までは約100mです。

    伊香具坂神社(十所権現)

    昔は、己高山(こたかみやま)の山頂近くにあった鶏足寺の奥にあったそうです。
    ここから、己高閣までは約100mです。

  • 伊香具坂神社の鳥居の前の石灯籠<br /><br />趣のある石灯籠です。

    伊香具坂神社の鳥居の前の石灯籠

    趣のある石灯籠です。

  • 己高閣(ここうかく)<br /><br />かつて己高山(こたかみやま)にあった鶏足寺などの寺々は火災で焼失しましたが、災難から逃れた仏像や書物を納めるため、昭和38年に建てられた滋賀県最初の文化財収蔵庫です。<br />その中には、鶏足寺の本尊であった十一面観音立像(重文)、法華寺の薬師如来立像、不動明王、毘沙門天ほか20体ほどの仏像が安置されています。<br /><br />仏像の写真は撮れませんので、こちらのHPでご覧ください。<br />http://www.biwa.ne.jp/~yumekosh/kokohan/kannon.html

    己高閣(ここうかく)

    かつて己高山(こたかみやま)にあった鶏足寺などの寺々は火災で焼失しましたが、災難から逃れた仏像や書物を納めるため、昭和38年に建てられた滋賀県最初の文化財収蔵庫です。
    その中には、鶏足寺の本尊であった十一面観音立像(重文)、法華寺の薬師如来立像、不動明王、毘沙門天ほか20体ほどの仏像が安置されています。

    仏像の写真は撮れませんので、こちらのHPでご覧ください。
    http://www.biwa.ne.jp/~yumekosh/kokohan/kannon.html

  • 世代閣(よしろかく)<br /><br />平成元年秋に開館、町で建てたものだそうです。<br />世代山戸岩寺の薬師如来像立像(重文)、乾漆十二神将立像3体(重文)、魚籃観音はじめ多くの仏像仏画や古文書類、お市の方が奉納したと伝わる屏風などが納められています。<br /><br />

    世代閣(よしろかく)

    平成元年秋に開館、町で建てたものだそうです。
    世代山戸岩寺の薬師如来像立像(重文)、乾漆十二神将立像3体(重文)、魚籃観音はじめ多くの仏像仏画や古文書類、お市の方が奉納したと伝わる屏風などが納められています。

  • 與志漏神社<br /><br />祭神:神速須佐之男命 波多八代宿禰命<br /><br />解説によると、<br />草創年月日は不詳であるが社伝によると世代大明神として古代から東西二里、南北五里に及ぶ余領(よしろ)郷の氏神として崇敬される大社であったそうです。<br />祭神の波多八代宿禰命は、古事記・日本書紀では武内宿禰の子、淡海(近江)臣の祖と記されているそうです。<br />

    與志漏神社

    祭神:神速須佐之男命 波多八代宿禰命

    解説によると、
    草創年月日は不詳であるが社伝によると世代大明神として古代から東西二里、南北五里に及ぶ余領(よしろ)郷の氏神として崇敬される大社であったそうです。
    祭神の波多八代宿禰命は、古事記・日本書紀では武内宿禰の子、淡海(近江)臣の祖と記されているそうです。

  • 旧戸岩寺 薬師堂(與志漏神社の前にあります。)<br /><br />世話役の人から、お堂の中を覗いて見なさいと勧められ、賽銭入れの窓から覗いて見ると、本尊を拝むことが出来ました。<br /><br />霊亀2年(716)創建、本尊は薬師如来。<br />僧行基によって西方の伊香山五ツ岩の麓からこの地に遷された岩にちなんで戸岩寺と名付けられたそうです。<br />8世紀末頃から、伝教、空海、慈覚などの高僧が来錫し、七間4面の薬師堂をはじめ大日堂、観音堂、鐘堂、経堂、念仏堂などを建立。<br />全盛期には、六坊を構え、常時30名前後の僧が修行していたそうです。(解説より)

    旧戸岩寺 薬師堂(與志漏神社の前にあります。)

    世話役の人から、お堂の中を覗いて見なさいと勧められ、賽銭入れの窓から覗いて見ると、本尊を拝むことが出来ました。

    霊亀2年(716)創建、本尊は薬師如来。
    僧行基によって西方の伊香山五ツ岩の麓からこの地に遷された岩にちなんで戸岩寺と名付けられたそうです。
    8世紀末頃から、伝教、空海、慈覚などの高僧が来錫し、七間4面の薬師堂をはじめ大日堂、観音堂、鐘堂、経堂、念仏堂などを建立。
    全盛期には、六坊を構え、常時30名前後の僧が修行していたそうです。(解説より)

  • 旧戸岩寺 大日堂<br /><br />こちらのお堂も覗くことができ、本尊大日如来の美しい姿を拝めます。<br />脇侍の何体かは、修理中だそうで、写真が飾られていました。

    旧戸岩寺 大日堂

    こちらのお堂も覗くことができ、本尊大日如来の美しい姿を拝めます。
    脇侍の何体かは、修理中だそうで、写真が飾られていました。

  • 旧戸岩寺 境内の古木

    旧戸岩寺 境内の古木

  • 旧戸岩寺 境内からの眺め

    旧戸岩寺 境内からの眺め

  • 己高山・鶏足寺 鳥瞰図<br /><br />平安から鎌倉時代にかけて、山岳信仰の霊場として隆盛を極めた己高山(標高922m)。<br />かつて山中には数多くの寺社が存在しましたが、時代の推移とともに次々と無住あるいは廃寺となりました。

    己高山・鶏足寺 鳥瞰図

    平安から鎌倉時代にかけて、山岳信仰の霊場として隆盛を極めた己高山(標高922m)。
    かつて山中には数多くの寺社が存在しましたが、時代の推移とともに次々と無住あるいは廃寺となりました。

  • 己高閣・世代閣をお世話されている当番の皆さん<br /><br />毎日、観音様に接していらっしゃるせいでしょうか、皆さん優しいお顔でとても親切でした。<br /><br />この後に向かう医王寺の当番の方へ電話をかけていただき、道順も丁寧に教えていただきました。

    己高閣・世代閣をお世話されている当番の皆さん

    毎日、観音様に接していらっしゃるせいでしょうか、皆さん優しいお顔でとても親切でした。

    この後に向かう医王寺の当番の方へ電話をかけていただき、道順も丁寧に教えていただきました。

  • 医王寺 観音堂<br /><br />数奇な運命で医王寺の本尊となった十一面観音は、明治時代に栄観和尚が古物商から買い求めてこの寺に安置したのがはじまりと言われます。<br /><br />明治初期の廃仏毀釈によって、どこかの寺に祀られていた観音様が古物商に流れたものなのでしょうか。

    医王寺 観音堂

    数奇な運命で医王寺の本尊となった十一面観音は、明治時代に栄観和尚が古物商から買い求めてこの寺に安置したのがはじまりと言われます。

    明治初期の廃仏毀釈によって、どこかの寺に祀られていた観音様が古物商に流れたものなのでしょうか。

  • 医王寺 観音堂<br /><br />カセットテープで観音様のご説明を聞いた後は、目と鼻の先で拝むことが出来ます。<br />井上靖の「星と祭」にも取り上げられ、村の乙女の観音さんと称される端正でありながら流麗な物腰の観音様です。

    医王寺 観音堂

    カセットテープで観音様のご説明を聞いた後は、目と鼻の先で拝むことが出来ます。
    井上靖の「星と祭」にも取り上げられ、村の乙女の観音さんと称される端正でありながら流麗な物腰の観音様です。

  • 医王寺 十一面観音立像の解説<br /><br />これだけで美しいお姿が想像が出来るでしょうか?

    医王寺 十一面観音立像の解説

    これだけで美しいお姿が想像が出来るでしょうか?

  • 医王寺<br /><br />高時川の渓流沿いに静かにたたずむ無住の寺。

    医王寺

    高時川の渓流沿いに静かにたたずむ無住の寺。

  • 医王寺 境内の石仏

    医王寺 境内の石仏

  • 医王寺<br /><br />電話でお願いしておくと、当番の方が観音堂を開扉してくださいます。<br />この日は、我々の他にもう一人拝観されたそうです。<br /><br />直前の電話でしたが、ラッキーなことに当番の方がいらっしゃったので観音様を拝めましたが、前もって予約されることをお薦めします。<br /><br />当番の方に、この後、どこへ行けばよいかも教えていただきました。<br />有難うございました。

    医王寺

    電話でお願いしておくと、当番の方が観音堂を開扉してくださいます。
    この日は、我々の他にもう一人拝観されたそうです。

    直前の電話でしたが、ラッキーなことに当番の方がいらっしゃったので観音様を拝めましたが、前もって予約されることをお薦めします。

    当番の方に、この後、どこへ行けばよいかも教えていただきました。
    有難うございました。

  • 黒田観音寺<br /><br />医王寺の当番の方から教えていただき、黒田地区へやって来ました。<br />医王寺から車で20分あまり、ナビでは出てこないので、何度も道を間違えながら、やっと到着です。<br /><br />行基建立のお寺のひとつ。<br />

    黒田観音寺

    医王寺の当番の方から教えていただき、黒田地区へやって来ました。
    医王寺から車で20分あまり、ナビでは出てこないので、何度も道を間違えながら、やっと到着です。

    行基建立のお寺のひとつ。

  • 黒田観音寺<br /><br />この観音様は、十数件のお宅が年番でお世話をされています。<br />当番の方の連絡先に電話を掛け、お願いしたところ快く受けていただけました。<br />いつ訪ねてくるか分からない拝観希望者にも、嫌な顔もせず応対していただけました。<br /><br />

    黒田観音寺

    この観音様は、十数件のお宅が年番でお世話をされています。
    当番の方の連絡先に電話を掛け、お願いしたところ快く受けていただけました。
    いつ訪ねてくるか分からない拝観希望者にも、嫌な顔もせず応対していただけました。

  • 黒田観音寺 千手観音立像の解説<br /><br />一本木造の千手像は平安時代初期の物で、准胝観音と見ることもできると言われています。<br />扉が開くと199cmと長身の観音様の迫力に思わず「わーっ」声が漏れました。<br /><br />「奥琵琶湖 観音路」というガイドマップによれば、この黒田地区には、安念寺と大沢寺に漢音様がいらっしゃるとのことで、次は安念寺を目指し標識もない細い農道を走ります。

    黒田観音寺 千手観音立像の解説

    一本木造の千手像は平安時代初期の物で、准胝観音と見ることもできると言われています。
    扉が開くと199cmと長身の観音様の迫力に思わず「わーっ」声が漏れました。

    「奥琵琶湖 観音路」というガイドマップによれば、この黒田地区には、安念寺と大沢寺に漢音様がいらっしゃるとのことで、次は安念寺を目指し標識もない細い農道を走ります。

  • 安念寺<br /><br />近くに標識もなく、曲がり角に小さく「安念寺」の表示があるだけです。<br />近づいてみると、門は施錠されており、連絡先も分かりません。<br />拝観を諦めて、Uターンして大沢寺へ向かおうと、偶然いらっしゃった奥様に道を伺うと、「うちの観音様を拝んでください」との返事があり、ご主人を呼び出し、安念寺を案内していただくことになりました。<br />超ラッキー!道を尋ねなければ、安念寺の観音様にはお目に掛かれなかったのですから。

    安念寺

    近くに標識もなく、曲がり角に小さく「安念寺」の表示があるだけです。
    近づいてみると、門は施錠されており、連絡先も分かりません。
    拝観を諦めて、Uターンして大沢寺へ向かおうと、偶然いらっしゃった奥様に道を伺うと、「うちの観音様を拝んでください」との返事があり、ご主人を呼び出し、安念寺を案内していただくことになりました。
    超ラッキー!道を尋ねなければ、安念寺の観音様にはお目に掛かれなかったのですから。

  • 安念寺<br /><br />賤ヶ岳の山裾に佇む寺で、聖武天皇の時代、神亀3年(726)詳厳法師の開基とされます。<br />詳厳法師は時の右大臣藤原不比等の庶腹の子供で藤原一族の中で栄職に就いていたが無実の汚名を受け、世をはかなみ僧となり、この地に草庵を建てて仏像を祀ったと伝わります。<br />以来、藤原家で帰依する者が当地に来て永住し、その末裔が現在もお守りしているのだそうです。(解説より)

    安念寺

    賤ヶ岳の山裾に佇む寺で、聖武天皇の時代、神亀3年(726)詳厳法師の開基とされます。
    詳厳法師は時の右大臣藤原不比等の庶腹の子供で藤原一族の中で栄職に就いていたが無実の汚名を受け、世をはかなみ僧となり、この地に草庵を建てて仏像を祀ったと伝わります。
    以来、藤原家で帰依する者が当地に来て永住し、その末裔が現在もお守りしているのだそうです。(解説より)

  • 安念寺の解説<br /><br />元亀元年(1571)織田信長の比叡山焼き討ちの際、比叡山の流れをくむ湖国の天台宗の寺々が焼かれ、末寺てある当寺も兵火にかかり一塔が焼失したが、仏像は門前の田の中に埋めて隠していたため焼失を免れました。<br />約250年後の文政年間(1818〜1830)に田の中から村人たちが掘り出し、余呉川で洗い清めましたが、土の中で長い年月を経たため開眼当時の美しい奈良朝時代の姿は見られなくなりました。<br />明治の中頃まで、余呉川で仏像を洗った習慣が残り、夏には子供たちが仏像と川遊びをして楽しんだそうです。<br />仏像の姿が木心だけのものもあり芋のように見えることから、別名「いも漢音さま」と呼ばれるそうです。

    安念寺の解説

    元亀元年(1571)織田信長の比叡山焼き討ちの際、比叡山の流れをくむ湖国の天台宗の寺々が焼かれ、末寺てある当寺も兵火にかかり一塔が焼失したが、仏像は門前の田の中に埋めて隠していたため焼失を免れました。
    約250年後の文政年間(1818〜1830)に田の中から村人たちが掘り出し、余呉川で洗い清めましたが、土の中で長い年月を経たため開眼当時の美しい奈良朝時代の姿は見られなくなりました。
    明治の中頃まで、余呉川で仏像を洗った習慣が残り、夏には子供たちが仏像と川遊びをして楽しんだそうです。
    仏像の姿が木心だけのものもあり芋のように見えることから、別名「いも漢音さま」と呼ばれるそうです。

  • 安念寺<br /><br />田の中から掘り出された仏像は17体でしたが、平成12年〜15年の間に7体の仏像が盗難に遭ったそうで、現在は10体となってしまいました。<br />また、この日は、3体の仏像が長浜市・高月観音の里歴史民俗資料館へ展示されていてお留守でした。<br />http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20110428000044<br /><br />仏像泥棒は、仏像を運び出す際に乗っていた車が川の中に転落したそうです(罰が当たったのでしょうか)。<br />当時、泥棒と知らず、近所の人たちが助け上げてやったそうです。<br />その後、犯人の目星がつき警察が家宅捜査に入ったそうですが、仏像は見つからず終いとなっているそうです。<br />戦火を逃れた仏像は、いったいどちらにいらっしゃるのでしょうか。

    安念寺

    田の中から掘り出された仏像は17体でしたが、平成12年〜15年の間に7体の仏像が盗難に遭ったそうで、現在は10体となってしまいました。
    また、この日は、3体の仏像が長浜市・高月観音の里歴史民俗資料館へ展示されていてお留守でした。
    http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20110428000044

    仏像泥棒は、仏像を運び出す際に乗っていた車が川の中に転落したそうです(罰が当たったのでしょうか)。
    当時、泥棒と知らず、近所の人たちが助け上げてやったそうです。
    その後、犯人の目星がつき警察が家宅捜査に入ったそうですが、仏像は見つからず終いとなっているそうです。
    戦火を逃れた仏像は、いったいどちらにいらっしゃるのでしょうか。

  • 安念寺のお世話をされている方のお宅<br /><br />ここで道を尋ねなければ、いも漢音さまにお目に掛かることもなかった訳で、ご縁に恵まれたお蔭ではないでしょうか。<br />こちらのご主人、奥様に、感謝しながら失礼しました。<br /><br />4時を過ぎましたので、大沢寺はまた別の機会にさせていただきました。<br /><br />奥琵琶湖にいらっしゃる観音様に、益々魅せられた一日でした。<br />そして、観音様と共に生活されている人たちの優しさを再認識することができました。<br /><br />rokoさんのお蔭で、幸せな時間を満喫できました。(自転車ではこれだけ回れませんね。)<br /><br />また、機会を作り、琵琶湖の観音めぐりをしたいものです。<br /><br />(おしまい)

    安念寺のお世話をされている方のお宅

    ここで道を尋ねなければ、いも漢音さまにお目に掛かることもなかった訳で、ご縁に恵まれたお蔭ではないでしょうか。
    こちらのご主人、奥様に、感謝しながら失礼しました。

    4時を過ぎましたので、大沢寺はまた別の機会にさせていただきました。

    奥琵琶湖にいらっしゃる観音様に、益々魅せられた一日でした。
    そして、観音様と共に生活されている人たちの優しさを再認識することができました。

    rokoさんのお蔭で、幸せな時間を満喫できました。(自転車ではこれだけ回れませんね。)

    また、機会を作り、琵琶湖の観音めぐりをしたいものです。

    (おしまい)

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この旅行記へのコメント (26)

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  • おかかさん 2011/09/02 02:18:22
    地域の方々と観音様
    morino296さん、こんばんは!

    観音様めぐり、地域の方と観音様の一体感がいいですね!
    ほんわかした気分になりました。
    地域全体が和みの空気に包まれているように思いました。
    医王寺のお地蔵様も柔和な良いお顔ですね〜

    素敵な偶然が起きたのも、観音様のお導きでしょうかね。
    とすると偶然に見えてもそうではなかったりして!

    様々な太さのまっすぐな木がシルエットになっている写真がおもしろいです。

    渡岸寺の観音様は拝観したことがあるのですが(またお目にかかりたい!)
    他の観音様はその時は時間がなくて行けませんでした。
    高月町の観音の里めぐりは結構広範囲に散らばっているのですね。
    自転車でも無理そうなら徒歩だともっとムリそうですね。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/09/02 07:11:21
    RE: 地域の方々と観音様
    おかかさん

    おはようございます。
    いつも有難うございます。

    湖北は、信仰心の篤いところで、住んでいる人たちは自分の村の観音様を大切にされていますね。
    その自分たちの観音様を遠くからお参りに来てくれることを喜んでいらっしゃるようです。

    とは言え、無住の寺が多く、いつ来るか分からない参拝者の対応をするのは、大変なことだと思います。

    そんな中、また機会があれば行ってみたいです。

    morino296
  • rokoさん 2011/08/29 21:48:06
    奥琵琶湖観音さま巡り・・・
    296さん こんばんは
    先日はありがとうございました。


    湖北の木之本あたりをご散策とだけ伺って、どの辺りを歩かれるのか
    はっきりいってわかりませんでした。
    そして湖北にこんなにも魅力的な観音さまがたくさんいらっしゃるとは
    知りませんでした。

    木之本のいわれ、そうだったのですか。
    己高庵におかれた茶碗も石田三成ゆかりの”三献の茶”碗だったのですね。
    己高閣や世代閣には己高山の貴重な遺産の仏像がたくさん納まっているのですね。
    鶏足寺の十一面観音様
    右足の親指が少し上に持ち上がっていたのに親しみを感じました。

    医王寺は失礼かもしれませんが、びっくりするようなところにおられましたね。
    何度かすぐそばのテニスコートに来てるのに、全く知らなくて。
    井上靖さんはここに何度もお参りに来られていたなんて。
    下から見上げると目を見開いておられるような眼差しに温かみを感じました。


    次々に柔和なお顔の仏像を拝顔しながら、心がだんだん落ち着いてくるのが自分でもわかりました。
    またお守りの人々の温かさに触れ、改めて観音さまの持つ魅力に引き込まれました。

    近江まほろばの里ともいわれるこの辺り、奥深いものを感じた一日でした。



    roko

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/30 00:22:19
    RE: 奥琵琶湖観音さま巡り・・・
    rokoさん

    こんばんは。
    先日は、大変お世話になり有難うございました。
    お蔭様で、お地蔵さま、観音さまにお会いすることができました。

    事前に連絡をしておかないといけないとは知っていましたが、
    どこまで行けるかもよく分からず、行き当たりばったりでしたが、
    とてもラッキーな一日だったと思います。

    今、読み始めた本(近江古事風物誌)も、湖国の魅力が一杯紹介されています。

    また、rokoさんがお買い求めになった情報誌「長浜み〜な」もいろいろ楽しめますね。
    http://www.n-miina.net/
    私も、「湖北の観音さま」取り寄せています。
    (rokoさんのお住いの近くにも置いてあるようです)

    また、この続きを訪ねたいものです。
    有難うございました。

    morino296
  • marsyさん 2011/08/29 13:58:17
    あの茶碗を作ったのは私です
    こんにちはmorino296さん、ご無沙汰しておりますmarsyです。
    暑い中木之本のお地蔵さんと観音様巡りご苦労様でした。夏よくこちらの地方にお見えになっておられますね。
    湖北地方の観音様は、どこも地域住民の方がお守りしており、拝観する時には事前に電話したりしておかないといけないところもありますね。
    紅葉の時期の鶏足寺はもう行かれておかれましたっけ?あそこは昔は紅葉の穴場スポットだったのですが、今では観光バスの客も行くようになり、早朝に行かないと人が多すぎて綺麗な写真撮影ができなくなってし合っています。
    己高庵で泊まられたのかな?あの大茶碗ですが、10年くらい前に焼かれたものですが、野焼き茶碗では日本最大(自称ですが)と言われていて、焼くのに3昼夜ほどかかりました。実は私も当時あれの製作に携わっていていました。といっても私は陶芸家とかではなく、焼いたのが地元の商工会で職員の私も火の管理に駆り出されていただけですけどね…。

    では失礼いたします、morino296さんの旅行記にポチッとな。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/29 21:10:57
    RE: あの茶碗を作ったのは私です
    marsyさん

    こんにちは。

    marsyさんの地元にお邪魔していました。
    野焼き茶碗の制作に携わっていたとはびっくりしました。

    今回、己高庵には宿泊していませんが、散策の拠点として良い場所ですね。

    地元の方も仰っていましたが、紅葉の時期は凄い人のようですね。

    また、別の季節にお邪魔したいと思います。

    morino296
  • ホーミンさん 2011/08/28 16:18:05
    お地蔵さまと観音さま
    296さま

    こんにちは。
    先日は手を振って下さってありがとうございました。v(^o^) 

    滋賀県に住みながら、湖北のことはあまり知らないんです。
    お地蔵様が有名だと聞いたことがありますが、立派なのが多いですね。

    古い建物も趣があって素敵。
    薬屋さんの古い看板は見たことがありますよ。
    お向かいが、つるやさんですよね?
    サラダパンは素朴な味わいが魅力ですね。

    鶏足寺は紅葉がきれいらしいので、一回訪れたいなと思っている場所なんです。
    「なんと言ってもこの地に住まう人々の心根の優しさが素晴しい」聞き、ますます行ってみたくなりました。
    そういえばrokoさんもこの地の人。
    rokoさんも心根が優しいですよね〜。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/28 17:56:08
    RE: お地蔵さまと観音さま
    ホーミンさん

    こんにちは。
    富士山頂からのご来光、有難うございました。

    湖北に限らず、近江(淡海)は奥が深いですね。

    今、「近江古事風物誌 さざなみの回廊めぐり」という本を読み始めましたが、
    著者(高橋真名子)も、「自然と民俗と歴史の宝庫である近江の出会いは衝撃に近かった。」と書いています。

    湖国に生まれ、育ったホーミンさんが羨ましいですね。

    サラダパンは、ホーミンさんの旅行記でも紹介されていたとおもいますが、
    やっと食べることが出来ました。

    鶏足寺の紅葉は素晴らしいようですが、地元の方からは、訪れる人も多く車が溢れると伺いましたよ。

    観音さまと一緒に暮らす皆さん、自然と優しいお顔になってくるのでしょうね。
    (あやかりたいものです)

    morino296
  • はなかみno王子さん 2011/08/28 00:35:31
    執念が観音さまに会わせてくださったのでは。
    296さま

    こんばんは。
    観音さまのお姿は、その場でしか拝見できませんが
    旅行記から想像しながら楽しみました。
    まさに、「会いたい」という執念が観音さまに
    伝わったのではと思います。

    サラダパン、中の具がなんとも微妙ですね。。
    これも新しい世界へのお導きかも。。

    王子

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/28 18:01:38
    RE: 執念が観音さまに会わせてくださったのでは。
    王子さま

    こんにちは。
    いつも有難うございます。

    観音さまのお姿をご紹介できないのが残念です。
    行ってきたばかりですが、また訪ねたいと思います。

    サラダパン、自分でも作れそうですが、
    王子さまもお試し下さい。

    morino296
  • momotaさん 2011/08/27 23:30:44
    おめでとうございます♪
    HAPPY BIRTHDAY〜morino296さん♪♪♪

    そういえばこのあたりがお誕生日だったんじゃないかしら?
    と思って伺ったら一日すぎてた〜!
    遅ればせながらお誕生日おめでとうございま〜す♪

    湖北へお出かけでしたか
    琵琶湖周辺って素朴で落ち着いた雰囲気が私もとっても好きです。
    いつも1泊が基本なのでなかなかこの辺りまで観て周れませんが
    観音様めぐりいいですね〜。地域のみなさんで守ってらっしゃる
    ところもいいですね。

    サラダパンは衝撃!!たくあんのパンってえぇ〜〜…!!
    たくあんパンでなくなぜサラダなのかも不思議です〜

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/27 23:39:17
    RE: おめでとうございます♪
    momotaさん

    こんばんは。
    誕生日のメッセージ、有難うございます。

    湖北の観音巡り、良いですよね。

    今回は、翌日から京都の美山へ行く計画が先に決まり、
    折角出掛けるのであっれば、是非、湖北に寄ってみたいと思い出掛けました。

    前日まで、暑い日が続いていましたが、この日は気温も下がり、
    ラッキーでした。

    そのほかにも、いろんなラッキーが続きました。
    これも観音さまの御利益かも知れません。

    サラダパン、自分でも作れそうですね。
    一度、試してみるのも楽しそうですよ。

    まだ暫く、暑い日が続きそうですが、気を付けて下さい。

    morino296
  • ゆうこママさん 2011/08/27 21:27:58
    湖北の人々
    観音様と共に生活されている人たちの優しさを再認識する1日になったとのこと。
    本当によかったですね。
    仏像ってただの木や金属のかたまりなのに、それを守る人々はわが子のように慈しんでいる。そんな人々に出会えるから、アイラブ仏像めぐりは止められません。

    あ〜、とても気持ちよい旅行記でした。
    たっぷりと楽しませていただきました。ありがとうございます。

    幾度も細切れのコメント、お許しください。
    これにて失礼いたします。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/27 23:01:46
    RE: 湖北の人々
    ゆうこママさん

    こんばんは。
    いつも有難うございます。

    今回は、ご一緒できず残念でした。

    本当に気持ちの良い一日となりました。
    お地蔵様や観音様にお会いできたのは勿論ですが、
    湖北のお住いの人々の心の優しさに触れることができるのが何よりです。

    また、ご一緒できる日を楽しみにしています。

    morino296
  • ゆうこママさん 2011/08/27 21:19:02
    医王寺
    医王寺に行かれたのですね。
    ステキすぎます。
    山道をうねうねと登り、湖北の山里へ行かれたのですね。
    あ〜、私も行きたかったです。
    こちらの観音さまには、一度だけお目にかかったことがあります。
    それもずいぶん前のこと。
    まだ、仏像めぐりを始めて間もない頃でした。

    奈良の大寺を見慣れた目には粗末といってもよいお堂に、それはそれは美しい観音さまがいらして、衝撃を受けたことを今も覚えています。
    像の細かいディテールは覚えていませんが、「清楚」という印象が強く残っています。

    医王寺は、いつかもう一度訪れたいお寺の筆頭です。
    あ〜、私も行きたかったです。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/27 23:32:02
    RE: 医王寺
    山里の医王寺、感動ですね。
    井上靖が紹介している通りでした。

    井上靖が亡くなった後、井上夫人も訪ねられていたようですね。
    写真と手紙が飾られていました。

    morino296
  • ゆうこママさん 2011/08/27 21:08:19
    水田
    水田の緑がまぶしいですね。
    古代からずっと実り豊かな地だったからこそ、豊かな仏教文化が育まれたのですよね。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/27 23:25:24
    RE: 水田
    > 水田の緑がまぶしいですね。
    > 古代からずっと実り豊かな地だったからこそ、豊かな仏教文化が育まれたのですよね。

    いい感じですよね。
    豊かな近江、心惹かれますね。

    morino296
  • ゆうこママさん 2011/08/27 21:05:06
    駐車場の眺め
    駐車場から琵琶湖が望めるのですね。
    私もここに訪れているのに全く気付きませんでした。
    仏像にばかり気を取られて周辺を見回す余裕がなかったのかしらん。
    次の機会には、是非ゆっくりと眺めてみたいものです。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/27 23:21:01
    RE: 駐車場の眺め
    > 駐車場から琵琶湖が望めるのですね。
    > 私もここに訪れているのに全く気付きませんでした。

    私も気付かなかったのですが、よく来られているrokoさんに教えてもらいました。

    morino296
  • ゆうこママさん 2011/08/27 21:02:25
    近江の小学校
    観音さまとは関係ありませんが、
    近江地方の小学校って、凝ったデザインの校舎が多いように思います。
    私の地元愛知県の小学校って殆どが四角いコンクリートの箱ですから。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/27 23:19:18
    RE: 近江の小学校
    > 近江地方の小学校って、凝ったデザインの校舎が多いように思います。

    何故でしょうかね。
    近江八幡の八幡小学校も素敵な建物ですね。

    morino296
  • ゆうこママさん 2011/08/27 20:58:37
    観音の里
    こんばんは、旅行記のアップを待っておりました。

    木ノ本地蔵、前を通ったことは幾度もありますが、今まで一度もおまいりしたことがありませんでした。
    奈良薬師寺の僧の開山とのこと、そんなにも古い歴史があるとは知りませんでした。
    そして、こんなお庭が広がっているのですね。
    今まで素通りで、私はずいぶんもったいないことをしたようです。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/27 23:13:59
    RE: 観音の里
    こんばんは。

    旅行記のUPが遅くなり済みません。

    木之本のお地蔵さん、縁日には凄い人のようですね。
    北国街道だけでもゆっくり楽しめそうです。

    morino296
  • はんなりさん 2011/08/27 15:51:06
    湖北の一日
    296さん

    こんにちは
    今か今かと待ちわびておりました。。。

    ご一緒できずに残念でしたが
    心配しておりました天候も好転し充実の一日何よりでした。
    優しいお姿のお地蔵様や観音様を有難く拝見させて頂きました。
    360°拝顔の渡岸寺観音堂の十一面観音菩薩立像は
    何度もお逢いしたい美しい菩薩様ですよね。

    またの機会を楽しみにしておりますね。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/08/27 18:47:43
    RE: 湖北の一日
    はんなりさん

    こんにちは。
    いつも有難うございます。

    ちょっとバタバタしていて、旅行記のUPが遅くなりました。

    この日は、お天気にも恵まれ、とても充実した一日となりました。
    rokoさんのお蔭で、なかなか行けないお寺の観音さまにもお会いできました。

    また、ご都合が合いましたら、ご一緒下さい。

    morino296

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