2011/08/12 - 2011/08/16
6993位(同エリア11803件中)
かとぽんさん
愛知県から福井市経由で長崎市まで
1昼夜かけて1100km余り。
旅の疲れで爆睡した翌朝は・・・
朝から大雨・洪水警報発令の大荒れの天気(´・ω・`)
しかしそれにもめげず気合を入れて出発。
今回の長崎旅行の第2の目的である思案橋のツル茶んをたずね、
ミルクセーキとトルコライスをいただきまーす。
そして夜は日本三大夜景のひとつ稲佐山の夜景を見にいこう~♪
お天気なんとか回復してくれないかな~・・・
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
-
昨夜は疲れ果てて民宿で爆睡、
一夜明けた今朝はカーテンを開けると視界に飛び込んできたのは
暗雲たれこめ、荒れ狂う海・・・。
防災無線では「○時○分洪水警報が発令されました」とアナウンスが。
いやー、波乱の長崎2日目の幕開けです。 -
今日は今回の旅の第二の目的
思案橋のツル茶んをたずねます。
ケンミンショーでやってた、
「長崎のミルクセーキは飲み物ではなく食べ物です」の実地検分にいってきますw
ここの宿の看板犬に別れを告げ
そそくさと出発〜 -
重苦しい雲がたれこめ
雨は断続的に降り続ける。
昨日とはえらい違いです。
かなたに軍艦島の影。
今日の軍艦島クルーズは上陸できるんだろうかと、考えてると・・・ -
カーナビのTVで気象速報が。
「長崎地区に大雨・洪水警報が発令されました」
( ̄□ ̄;)!!
今日は長崎市内を観光しようと思ってるのに。
ついてないっす。 -
長崎の地理をあまり把握してないわれわれ。
とりあえず観光MAPかなんかを仕入れに
長崎駅にやってきました。
ついでに傘も買わなきゃ〜。 -
駅の構内には列車の運休のお知らせが。
お天気はサイアクです。 -
まずは観光MAPを手に入れるべく観光案内所へGO〜
すると横から団体客がどどどっと押し寄せ
大きな旅行カバンなどを預け始めた。
なんだ?手荷物預かりならコインロッカーに預けりゃいいのに〜と、眺めていたら
なんと、こんなシステムがあったのだった。
「手ぶらで長崎観光」
http://www.at-nagasaki.jp/nitca/tebura/
8〜14時までに預ければ
その日の17時までに宿泊ホテルに配送してくれるという
超お得なサービス。しかも200円ってw
さすが観光都市長崎です。 -
さて、観光MAPを手に窓口で相談。
「車でまわりたいんですがー」
「長崎は駐車場が少ないので路面電車の1日乗車券を買ってまわった方がいいですよ〜」
うーん、でも友人の妹さん(長崎在住)のアドバイスによれば
「ナビで調べながら車でまわってそのつどコインパーキングにとめた方が効率がよい」のだそうだけどな〜
しかし、私の言うことは聞かないが
他人の言うことは素直に聞き入れる相方TOMは
即座に路面電車での観光を選択・・・
西友で150円傘を3本購入し、
車で平和公園のパーク&ライド駐車場に向かいます。 -
車を平和公園の地下にとめ(2時間以内は時間制料金)1日上限600円
まずは徒歩8分の浦上天主堂へ。
浦上天主堂
明治維新後、弾圧に耐え続けようやく信仰の自由を得た浦上のキリスト教信者たちが着工から30年もの年月をかけ、建てた天主堂です。
東洋一のロマネスク様式を誇る大聖堂でしたが
1945年の原爆で崩壊。
信徒も12,000人のうち8,500人が爆死。
それから14年後、被災前の天主堂をモデルに鉄筋コンクリート造りの天主堂が再建されました。
1962年大司教座聖堂(カテドラル)に指定。
1980年にはローマ法王の訪日にあわせて大改修、元の天主堂とおなじく赤レンガ造りの外壁、窓は総ステンドグラスへと改修されました。(しおりより) -
爆心地より東北500mだった浦上天主堂は壊滅状態だったが
一部の石像などは破壊を免れ、当時のまま姿をとどめています。
正面左側の園庭には被爆した聖人の像が立っていました。
左の像は首から上がなくなっていました。
熱戦で焼け焦げたあとが痛々しい。
堂内には被爆により倒壊した聖母マリア像の頭部が安置されていました。
原爆の威力のすさまじさを物語っています。 -
その後平和記念像に向かってあるきます。
コンクリート塀に刻まれた「長崎の鐘」の楽譜。
ザンネンながら歌えませんが。 -
不動産やさんの物件情報を思わずガン見w
1DKで4万くらいか?
福井の次男のアパートの方が安いな〜w -
平和公園にやってきました。
-
階段を上りきると大きな噴水の池が。
平和の泉
水を求めながら亡くなった原爆犠牲者の冥福を祈り、
昭和44年につくられたものだそうです。
バックが曇り空なのでわかりにくいが、
ちょうど噴水の間に平和記念像が見えます。
正面の石碑には
「のどがかわいてたまりませんでした。
水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま飲みました」
ある日のある少女の手記から
と書かれていました。
筆跡も少女の書いたままを復元してるのか、少し拙いかんじでした。 -
長崎の鐘
被爆地には魚雷や戦車などを生産する
多くの軍需工場があり、
当時、そこで働いていた動員学徒、
女性挺身隊と呼ばれた中学生や
女学生をはじめ、被災して亡くなった多くの人々の
冥福を祈るために建てられました。
傍らにこんな添え書きが。
「原爆のときすべて焼け野原
そして人は黒焦げになり、
皆水を欲しがりました。
どうぞ花に水を与えてください」
長崎の墓地などを通ると
やたらペットボトル入りの水が供えてあるので
不思議に思ってたがそういうわけだったのですね。 -
長崎刑務所浦上刑務支所跡
爆心地より北へ最短100m、最長350mという、爆心地にもっとも近い公共の建物であった。
1945年(昭和20年)8月9日、午前11時2分、
一発の原子爆弾のさく裂により、職員、官舎居住者、
受刑者及び刑事被告人計134名が即死した。
周囲の高さ4メートル、幅0.25メートルの
鉄筋コンクリート塀は、ほとんど根元から倒壊し、
木造庁舎も炊事場の煙突1本を残して倒壊全焼した。
(案内板より抜粋)
・・・爆心地から100mでは原爆投下後何が起こったかわからないまま
一瞬で吹き飛んでしまっただろう。
想像するだけでもぞっとするが、訪れる観光客はほとんど足を止める人もいない。 -
平和の象徴のハトさんが足元を歩き回ります。
-
平和記念像の前にやってきました。
どんよりとして今にも泣き出しそうな空。
足早に像のまわりを1周〜 -
記念像の作者北村西望氏のことばです。
う〜ん、重いですね・・・ -
平和記念像の後ろへ回り込んでみました。
後ろから見ても立派な筋肉美です。
↑の作者の言葉はこの像の台座にも刻まれていました。
ちなみに完成から40年余りが経過した頃、
像の老朽化による損傷がはげしくなったので
作者のご子息の了解をとり、平成12年に修復を行ったので
現在はとても美しくなっています。 -
突然振り出した豪雨にあわてふためき近くのお土産屋さんに入りました〜
-
店内には巨大な蛇踊りの人形が吊るしてあったり
中華風のディスプレイや
手作り品のお土産があったりと
にぎやか。 -
そういえば今朝は
朝いちでツル茶んにいこうと思ってたので
朝食もヌキでした・・・
急に空腹にさいなまれ
思わず店内で販売してた角煮まん370円を購入。
休憩所でほおばる。 -
お腹もちょこっと満たされたところで
さきほど長崎駅の観光案内所で購入した
路面電車の1日乗車券500円で
ようやく今日の目的地「ツル茶ん」へ向かいます。 -
「正覚寺下」行き
これだと乗換無しで目的地まで直行できます。 -
観光案内所でおしえてもらったとおり、
思案橋までむかいます。 -
思案橋駅に着きましたが
さて、ツル茶んがどっちの方角かわからない。
あてずっぽうで歩いていくがやはりわからず、
ついにお店に電話。
どーやら反対方向に歩いていたもよう。 -
さんざん迷った挙句、
ようやくたどり着きました。
喫茶「ツル茶ん」
店名の由来は『ツルの港の長崎に初めて生まれた喫茶店』
長崎では勿論のこと、
九州でも最古の喫茶店とのことです。 -
ケンミンショーでも
「長崎のミルクセーキは飲み物ではなく、食べ物なんです!」
「ええ〜〜〜っっ」ってかんじで紹介されてましたねw
長崎ではごく普通らしい、
食べるミルクセーキ。 -
しかし予想通り、
お店に入る前から行列ができあがっており、
いまから1時間待ちは覚悟、とのこと。
はぁぁ〜〜
お腹すいたよぉぉ〜(´・ω・`)
階段で待つのってツライですね。 -
階段の踊り場にあった
Ryomaトルコ1,180円。
「長崎はわしの希望じゃ!」と書いてあります。
龍馬さんも食べたんでしょーか?? -
30分ほど待ってよーやく案内された席は3階でした!
創業時の建物は中国の革命家孫文、柔術家西郷四郎が活躍した
東洋日ノ出新聞社社屋。
現在も、店内は歴史を感じさせるレトロ調で、
創業当時の貴重な品物が展示されています。
さて、注文はなににしよう〜?? -
お待ちかねの注文の品がやってきました。
こちらは相方TOMの頼んだRyomaトルコ。1,180円。
ビーフカツにデミグラスソースがかかってます。
文明開花の味がするんでしょうか??
長崎のトルコライスはどちらかと言えば後発で、
戦後の高度成長の中、喫茶店ブームの中で生まれたものだそうです。
長崎ちゃんぽんや皿うどんなどに対抗するため
当時の料理人は知恵と工夫をこらしたメニューをあみ出すのに
苦労したことでしょう。 -
こっちはオーソドックスなトルコライス980円。
ポークカツにカレーソースがかかってます。
これを見た相方TOMは
「こっちのがおいしそう〜、俺のと替えて〜」と言い出した。
仕方ないなぁ・・……(-。-) ボソッ
他にもシーフードトルコ、チキントルコ、
ランタントルコ(エビフライ)、フリカンデルトルコ(ハンバーグ)、テキトルコ(ビフテキ)などがあります。 -
食後に頂いたハーフサイズのミルクセーキ。
これこれ、これがウワサの食べるミルクセーキですw
カキ氷にミルクセーキがかかった素朴な味です。
長崎出身の友人は子供の頃
家で卵と牛乳と砂糖で作ってたそうです。 -
お腹も満たされ、大満足でふたたび思案橋へ。
-
道路の両側に据えられた思案橋の欄干の碑。
この付近にはかつて川が流れ、花街時代、
遊廓へ“行こか戻ろか”と思案したので名付けられたという。
なんとも艶っぽいエピソードです。 -
これまたレトロな丸山町交番。
たいした用もないくせに
わざわざ道を訊ねるw
中にいた若いイケメンの警官は
準備してあった地図を片手に
一生懸命説明してくださいましたw
ありがとうございました〜 -
福砂屋
1624年(寛永元年)創業の長崎カステラの元祖といわれています。
お店の商標は中国ではめでたいとされてるコウモリ。
おー、バットマンのマークだ〜w -
雨が降りしきる中、川沿いに歩いていくと向こうに赤い門が見えてきました。
-
ど派手な中華門です。
門の両方の柱に読めない中国語が書いてあります。
長崎の姉妹都市、福建省福州市からの寄贈だろうか?
南北に伸びる250mの十字路に敷かれた石畳も
福州市の協力によるものだそうです。 -
通りに軒を連ねるレストランのショーウインドーには
おいしそうな中華料理の数々が。
今夜の夕食の場所を品定めw -
雑貨やさんの看板人形?
ちょっとコワイw -
新地蔵跡
元禄11年の火災で22街を延焼し土蔵33棟に収納されていた唐船20隻分の貨物をすべて焼失、
元禄15年、2年の歳月をかけて今の新地が造成されました。
敷地は東西70間南北は50間、総坪数は3,500坪の
ほぼ長方形で12棟60戸の土蔵が建てられました。
安政の開国後、新地も変貌、
慶応元年の献納後は外国人居留地に編入されました。
(案内板より) -
さて、築街から路面電車にのり、新大工町までやってきました。
そぼ降る雨の中亀山社中をめざしますが・・・
さて、どっちにいけば??
キョロキョロしてると同じ乗客だった女性が
「どちらへ?」と聞いてきた。
「亀山社中にいきたいんですがー」
「それならこの階段から向こう側へ行って*****」と、丁寧に説明してくださった。
ありがとうございます〜 -
女性の案内されたとおりに歩いていくと
今度はこんなものが。
「上野撮影局跡」とあります。
上野彦馬という人が建てたわが国最初の営業写真館だそうです。
あの坂本龍馬や高杉晋作、グラバーなど長崎を訪れた人たちは
ここで写真を撮ってもらってたそうです。
(案内板より) -
川沿いにスタジオ風にあつらえられたスペースには
当時の箱型写真機がw
お天気よければみんな龍馬の気分で
ここで記念写真をとるんでしょうねw -
明日の精霊流しに使われる船がおいてあります。
初盆をむかえる家庭はこのような精霊船を作るのだそう。
ずいぶんしっかりした造りだがどのくらいかかるんだろう??
これを明日海に流すのか??
流したあとどうするんだろう?? -
などと考えてるうちにまた道に迷いました。(;^_^A アセアセ・・・
するとまたまた通りすがりの買い物帰り風のご婦人が
「亀山社中ですか?階段と坂道とどっちがいい??」とにっこり笑って
「そこまで一緒に行きましょう」と案内してくださった。
長崎の人はなんて親切なんでしょーか。 -
「この先をのぼっていけばまた案内板がありますよ〜」
「はーい、ありがとうございまーす」・・・
しかし、長崎は坂道が多いです・・・ふぅふぅ・・・ -
ずいぶんあがってきました。
向こう側は若宮稲荷への参道でしょうか。
赤い鳥居が連なってるがのぼるのキツそうw
しかし、道路脇の川は
渓流みたいになってるしすごい風景です。 -
橋のたもとに沢ガニがいました。
-
「亀山社中資料展示場」と書かれた案内板が。
まだかなぁ〜フゥフゥ・・・ -
あんな高台に学校があります。
瓊浦高等学校(けいほこうとうがっこう)というらしい。
ものすごい難しい字です。
履歴書とか書くとき大変そうw
しかし、あの学校に通う子は
どうやって登校してんだろう??
と、この時点では思ってました。
まさか、この上にバス路線があることなど知る由もなくw -
やっと「亀山社中資料展示場」に到着〜
雨がすごいので靴もびしょぬれ。
ここは土足禁止のようですが・・・ -
館内には龍馬関連の資料がたくさん。
歴史本に出てくるような見覚えのある顔写真もそこかしこに。 -
龍馬の等身大写真です。
さっきの上野写真館でとったんだろうか?
ここに立って記念写真をとることもできます。
幕末の風雲児として東奔西走し
日本の夜明けを見ずして33歳の若さでこの世を去りました。
今の政局混迷時代に龍馬のような人物がいればなぁ〜。。。 -
部屋の片隅に日本刀がおいてありました。
これを持ってみんなポーズをとっていた。
もちろん相方もw -
展示場を出て若宮稲荷神社へ。
-
龍馬の像があります。
龍馬さん、日本をなんとかしてください〜
などと、願いつつ手をあわせる。 -
若宮稲荷から見たさきほどの資料館。
なんかすごい渓谷にでもいるみたいですが
近所には民家が建ちならびふつうに暮らしているw -
すごい眺めです。
長崎の人は毎日この坂を上り下りしてるの? -
さきほどからやたらとネコをみかけます。
結構毛艶もいいけど飼い猫だろうか。 -
やっと亀山社中記念館へやってきました。
入り口で龍馬風のいでたちの人がお出迎え。
ご存知坂本龍馬が設立した
日本初の貿易商社。
所有者のご厚意で長崎市が当時の姿により近い形で整備し、
平成21年8月1日から公開しています。
しかし、亀山社中がこんな山の上にあるなんて〜。。。 -
龍馬が履いていたブーツの復元品。
実際に履いていたブーツは現存しないので
写真や当時のカタログを参考に復元したものだそうです。
現代でも全然違和感ありませんね。 -
身長170cmもあったといわれる龍馬の着ていた羽二重の紋服、
胸には組み合い角に桔梗の坂本家の家紋。 -
長岡健吉、近藤長次郎、陸奥陽之助、沢村惣之丞など
龍馬と共に幕末の激動期を生きた志士達が名を連ねます。
この奥は8畳・3畳の部屋と土間に分かれ、
土間の北側にはかつてはそこから出入りをしていたという
玄関が復元されてます。
ガラス張りの床ごしにのぞくことができる土間はこのところの雨のせいか、
水がたまってましたw
また頭上には中二階があり、
有事の際には大人数人が潜んでいたとされている。 -
縁側からは長崎の街と港が一望できたそうです。
大河ドラマで福山雅治がやってたように
縁側で月琴や三味線を弾いて龍馬も歌ってたんだろうかw
龍馬ロマンに浸りながら
亀山社中をあとにする。 -
そこから少しおりたところにある龍馬のブーツ像。
すごい見晴らしのいいところにたたずむブーツ像。
ちゃんと足も入りました。 -
再び来た道をひきかえすが
ほんとに入り組んだ道なのでまたもや道に迷うw
すると通りすがりの男性が帰り道はこっちですよと
教えてくれた。
お礼をいって歩き出すが今度は何故か墓地の中に迷い込むww
するとまたもや
下に買い物にいくという女性が途中まで一緒に付き添ってくれたw
「ほんとに長崎の方は親切なんですねー」
「観光地という土地柄、案内するのは慣れてるんですよねー」
とおっしゃる女性。
ケンミンショーでもやってたが長崎は古くから海外との貿易も盛んで
長崎県民は好奇心も旺盛で世話好きなんだそーな。
他県からきた人間にはありがたいことです。 -
よーやく路面電車の通りまでたどり着き、
車の置いてある平和公園の駐車場まで引き返し、
いったん、今日の宿までむかいます。
長崎にっしょうかん
長崎県長崎市西坂町20―1
095-824-2151
このお盆のTOPシーズンにも関わらず
2泊朝食付き3名で驚きの23,000円(じゃらんポイント使用)ということだったので
きっとたいしたとこじゃないんだろうと思ってたが
とんでもなかったですw -
街側トリプルルーム
30平米以上
ベッドはゆったりサイズです。 -
こちらは床が畳敷きです。
-
窓からの眺めも絶景〜
1人一泊の料金に直すと3,833円。
しかも朝食付き。しかも長崎市街から20分くらい。
昨日の海の家は長崎港から50分、
素泊まり内風呂なし、トイレ洗面なし、
洗面セットもタオルもなしで
1泊5000円だったのにw
最初からここに3泊にすればよかったよ〜w -
日もとっぷり暮れ、夕食をとりに再び車で街中へ。
車は夢彩都の有料駐車場にとめ、港界隈を散策。 -
出島ワーフ
イルミネーションがまたたいてきれいです。 -
おしゃれなお店が軒をつらねますが
やはり今夜の夕食は新地中華街と決めていたので
路面電車で築町へ。
やっとこれで1日乗車券の元がとれますw -
大波止まで戻ってきたらいきなり豪雨に見舞われる。
しばし夢彩都で雨宿り。
明日の精霊流しは大丈夫なんだろうか。 -
再び新地中華街へやってきました。
雨に路面が濡れてネオンが映えます。 -
頭上にはイルミネーションのアーチが輝いてます。
お店のショーウインドーを品定めしながら
上も見上げたりして忙しいw
が、お店に入ろうとするとすでにCLOSEの札が。。。
時刻はまだ20時過ぎなんだが
中華街は営業は20時までのところが多いらしい。
次第にあせり出す親子3人w -
結局入ったのは古びたお店。
店内も狭くて老夫婦がやってた。 -
それでもなんとか食事にありつけました。
今夜もまたちゃんぽんと、 -
皿うどん。
-
トリのから揚げ。
正直、ちゃんぽんや皿うどんは
昨日の夢彩都の中のがおいしかったかなぁ〜・・・
おなかが空いてたのもあるかな?? -
夕食も終え、再び路面電車で大波止へ車をとりに。
このあとお土産などを購入して
駐車場代を浮かせ、
今日の最後の目的地、稲佐山の夜景を見にいきます。 -
が、ここでまたもや失敗。
ナビで検索して向かった先は狭い袋小路??
どうやら稲佐山のロープウェイ乗り場にやってきてしまったらしいw
真っ暗な山の中でよくわからず四苦八苦しながら走行、
やっとの思いで稲佐山展望台までやってきました。 -
展望台に上る前に撮った長崎の夜景。
さすが日本三大夜景のひとつに数えられるだけあります。
期待に胸をふくらませ、
展望台に上った途端・・・・
たちまち視界にはもやがかかり、
さきほどのような豪雨におそわれるw
・・・結局展望台の下で撮ったこの写真が一番キレイでしたとさ。
さて、明日はいよいよメインイベントの精霊流し見物です。
さだまさしのロマンチックな世界を頭に描いていたわれわれに
衝撃のラストが待ち構えていたw
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