2011/07/03 - 2011/07/03
4414位(同エリア12031件中)
熱帯魚さん
半島1919が思ったよりもさびれていたので、
早めに切り上げて向かった場所は多倫路。
共同租界であったこの場所は、戦前は日本人が
多く住んでいました。(実際には日本租界という
物は存在しなかったが、そう呼ばれることが多い)
戦後は魯迅をはじめとする青年活動家が住んだ場所でした。
去年久しぶりに多倫路を散歩した際、
入りたかった老電影珈琲館が映画の撮影をしていて入れず、
残念な思いをしました。
今回リベンジということで、老電影珈琲館を目指しました。
前回入れなかった老電影珈琲館だけでなく、
鴻徳堂がちょうどミサの日で開いていたので中を見学できたり、
戦時中日本軍官宿舎として使われていた「湯公館」を
遠くから拝めたりとラッキーな日でした。
去年の多倫路お散歩記:http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10520442/
★★ 老電影珈琲館 ★★
住所:多倫路123号
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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多倫路の脇道にある豊樂里。
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…と寄り道散歩を終えて、「湯公館」の前を通ったら、なんとたかーいたかーい壁に阻まれて、これまで見ることができなかった、「湯公館」が!!!住人の方?それともそのお友達か何か?が車で入って行った時に、写真撮りました。こんな建物だったんですね…ラッキーでした。
○ 四川北路2023弄35号 「湯公館」
隣の多倫路210号の建物と同じ様式の建築。戦時中は日本軍によって軍官宿舎として使用されていました。戦後は、湯恩伯の所有となり、「湯公館」とよばれるようになったそうです。のちに湯儀がここに住みました。1949年初め、湯儀は湯恩伯らと蜂起しようとしましたが失敗に終わり、裏切りにあってこの場所で逮捕されました。 -
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路地裏をてくてく。
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壁に毛沢東語録発見…
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○ 永安里
木骨レンガ構造で、前半部分は1925年に、後半部分は1945年以降に建てられました。新しい方式の集合住宅。 -
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前回は入れませんでしたが!!!今回は開いてました。
○ 老電影珈琲館
古い建築を利用したカフェ。中は白黒や一部カラーの映画が放送され、1930年代の雰囲気漂います。 -
1階はこんな感じ。
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中2階。
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2階へ。
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古いタイプライター。
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2階です。
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チーズケーキと炭酸水を頼みました。これで50元位だったかと思います。
何だかすごく眠くなってしまって、うとうと… -
老電影珈琲館の外では、将棋をしているおじさんたちがいました。変わらない風景…
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○ 多倫路66号 「薛公館」
1920年頃、薛氏によって建てられ、薛公館とも呼ばれています。戦時中は、日本海軍武官府が置かれていました。 -
○ 多倫路59号 「鴻徳堂」
レンガとコンクリートの混合建築。1928年竣工。上海唯一の中国寺院方式の基督教会。 -
この日は1か月に一度のミサの日!ということで中を見学できました。
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こんな感じで多倫路散歩を終えて、夕食へ!
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