1997/09/11 - 1997/09/12
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SUR SHANGHAIさん
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★2011年4月: 旅記録や写真が新たに出て来たので、これまで1編だけだったチベット旅行記を三つに分けて再編集します。★
ラサからは運転手さん付きのランドクルーザーを雇って、ギャンツェ、シガツェと駒を進めてきたSUR SHANGHAIとその旦那。
高山病も思っていたほどひどくないし、スイスイと事が進んでいくので、ちょっと拍子抜け。
ところが、シガツェまでは順調だったチベットの旅も、ネパールの国境越え前後の一昼夜はトラブル続発。
今となっては懐かしいそれらの出来事も、過ぎている間は終わりの無い悪夢のようだった。(~_~;)
その国境越えのへヴィな一昼夜は、テングリ(ティンリー)から始まった…。
表紙の画像は、中国・ネパール国境越えの直前に、ニェラムとザンムー(ダム)の間で出遭った崖崩れ。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
これは、この時のチベット〜ネパール旅のメモ代わりに使っていた便箋。
SUR SHANGHAIにとって貴重な旅記録。
この一連の旅行記に出す料金などの数字はこの記録内のものになります。
個人的なメモもあるので、画像は縮小してアップします。
この便箋の左上の方にはホリデイ・インのロゴが出ていますが、以前のホリデイ・イン・ラサ(拉薩假日酒店)が使っていた物です。
1997年にはホリデイ・インとの合弁は解消されて、SUR SHANGHAIたちが泊まったときには拉薩飯店になっていたんですが、部屋にはまだこの便箋が置いてありました。
この旅行記の出だしは、この日の最初の見所になったシガツェのタシルンポ寺見学を済ませたところから。
この記録によると、朝の10時半にはタシルンポ寺の見学を終えてお次のテングリ(ティンリー)へ出発。
そこで一泊した後は、さらにネパールとの国境近くにあるザンムー(ダム)の町を目指します。 -
イチオシ
前編でタシルンポ寺を見学したシガツェを出て、この日の宿泊予定地のテングリを目指す道筋。その道の標石を見つけたので臨時休憩。
この画像だと標石の文字が読み取りにくいですが、≪318線 4973≫と書かれています。
≪318線≫というのは、中国の国道318号線で、これはなんとはるか彼方の上海市黄浦区にある人民広場が起点。
ネパールとの国境にあるチベット自治区ニェラム県のザンムー(ダム)の町が終点で、全長は5476km。中国最長の国道だそうです。
≪4973≫という数字は、上記の人民広場からの距離。
延々と続いている電柱の数と共に、その遥かさが信じられない…。
中国とネパール(中国語表記は尼泊爾)を結ぶ中尼公路という名をよく聞きますが、これは上記の318号線のうちラサからザンムー(ダム)部分と重複していて、その後はネパールの首都のカトマンズまで続いています。
国道318号線については、下記のウィキペディアのページで見てみるといいですよ。各地間の距離数も出ています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/G318%E5%9B%BD%E9%81%93 -
この峠の名は何だっただろう。
記録にも標高4700mの峠としか出ていなかった。ツォーラ峠かな。
マニ石を積んだ小山がいくつも並ぶ峠の風情。
青い空を背景にして、五彩のタルチョが翻る。
この風だと、タルチョに刷られたルンタ(風の馬)も、遠くまで仏法を広めに行けただろうな。
お天気の運はここまでで、ここから先は雨が降ったり晴れたりがめまぐるしく入れ替わる天候に変化。 -
これが、このチベット+ネパール旅での通過最高地点となったカツォーラ峠。
この峠は、上の方でもちょっと説明した国道318号線と中尼公路が重複した場所にあります。
≪嘉錯拉山 海抜5220米≫と書かれた碑には、タルチョやハーターが盛大に巻き付けられていた。
これ以後もこの高さを越える場所には行った事が無いから、目下SUR SHANGHAIの人生では到達最高地点。
で、その碑の前に立つのは、SUR SHANGHAI…
…ではなく、無精ひげの顔になった旦那なので誤解無きように。(~_~;)
SUR SHANGHAIも写真を撮ってもらったんですが、ピンボケだったので出さないでおきます。
高山病+寒さでガチガチ震えたこの峠。
辺りをもっと見ておかなかったのが今では心残り。 -
上記のカツォーラ峠近くから見たヒマラヤ山脈方向の景色。
雪を頂いた山々の連なりが、この地の自然の厳しさを具現しているように見える。
画像手前に光って見えているのは水溜り。
高山病の症状が進んで来て、その水溜りを避けて写真を撮るのが億劫になっていたSUR SHANGHAI。
ずいぶん空が暗くなって、チョモランマは雲の中。
これから向かうテングリ(ティンリー)あたりでは雨が降っているんじゃないかと言った感じで、今後の天候の方が気にかかる。
ひょっとしたら雪になるかも?(~_~;)
運転手さんが「いや〜、この後は高度も下がるし、雪はないでしょ。」と言ってくれたのが救い。 -
てっぺんだけが雪をかぶった岩山。
さっき空が重く沈んでいた時に降った雪かも? -
テングリ(ティンリー)近くでは、雨が降ったらしくて、道はぬかるみ。
SUR SHANGHAIとその旦那は一旦ランドクルーザーを出て、誘導係に変身。
今、この道はどうなっているのか、また戻って行ってみたい! -
悪路を乗り越え、シェーカル(ニュー・テングリ)で昼食を摂った後はチベット最後の宿泊地テングリ(ティンリー)に到着。
到着したのは午後の5時だから、シガツェからの所要時間は6時間半。
今ではニュー・テングリとも呼ばれるシェーカルの方がチョモランマ(エベレスト)観光でメジャーになっているようですが、1997年のSUR SHANGHAIたちはテングリに泊まりました。
山を見るにはベスト・シーズンとは言えない時期で景色は期待していなかったのに、雪のヒマラヤ山脈がSUR SHANGHAIたちを迎えてくれた。
これはラッキー! -
この当時のテングリ(ティンリー)は、集落と言った感じだった。
国道に沿って、ポツポツと民家が並んでいる程度。
同じ道沿いでも民家が無いあたりの景色はこんな感じ。
SUR SHANGHAIたちの到着前には盛大な雨が降ったらしく、湿地のようになった野原にはヤクなどの家畜が放牧中。
その家畜の身体に色が付けてあるのは、持ち主を見分けるため? -
テングリ(ティンリー)の民家が数軒並ぶあたり。
国道に面した表には、食肉に加工された羊の半身が下がる眺め。 -
民家の脇にテントを張っていたチベット人家族。
テングリ(ティンリー)の住民ではなく、家畜の放牧でやって来た短期滞在? -
これがテングリ(ティンリー)での宿になったヒマラヤ・ホテル。
今はどうなっているかは分かりませんが、当時のヒマラヤ・ホテルは、画像のように塀に囲まれた平屋建てで、宿泊所と呼ぶのがピッタリ。
十数軒の民家の列の端にあったこの宿泊所の前で見回すと、荒涼とした高原の風景と羊の群。
部屋はむき出しの土間の上に鉄骨のシングル・ベッドがいくつも置いてあるドミトリーで、この当時は1ベッドが10元。
安心して横になれる場所があるだけでありがたい。
客間兼食堂の土間で、宿泊所心尽くしのトゥクパ(チベット風うどん)を食べる頃は日もとっぷりと暮れ、自家発電の20W有るや無しやの裸電球がやけに侘しい。
その土間に、股割れパンツの子が直接用足しをしていたのがずいぶん印象に残った夕暮れ。
食事の後は、運転手さんも含めて全員疲れてもいたし、早々に部屋に引き上げ。
おっと、その前にトイレの場所を聞くと、広い中庭方向を指差し、塀の隅にある小屋の上と言う答え。
「ん?小屋の上がトイレ?あれって家畜小屋だよね。と言うことは、下にいる家畜が汚物処理係。」と納得し、外へ出てみればすでに真の暗闇。
夜がこんなに暗いのは、子どもの頃に街灯もない田んぼと畑と防風林に囲まれた、田舎のおばあちゃんの家に行った時以来?
部屋に戻って、鉄骨ベッドの古毛布にもぐり込む。
横になっても、乾いた薄い空気と寒さで寝付けない。標高は約5000m。
眠れずに寝返りを打っているうち、宿の自家発電も停まって部屋は重々しい闇の底。
しばらくは、犬の遠吠えや宿泊所の子の泣き声を遠く近く聞きつつウトウト。
それも束の間、呼吸が緩やかになると、どうしても酸欠で苦しい、締付けられるような頭痛も続く、でも眠りたい…。そのジレンマの中、明け方の寒さも募ってきて、眠る努力はギブアップ。旦那も隣のベッドでもそもそ。
思い切って二人で外へ出てみると、空はいつの間にかキーンと冷たく晴れ上がり、一つ一つ確認するのも難しいほど折り重なった星の数。流れ星も数限りない宇宙ショウ。
静寂と暗闇の中でしばしこの眺めを独占。
普段は忘れ去っている、地球と人類を取り巻いている宇宙の壮大さと美しさを感得したチベットの星降る夜…。 -
酸欠と寒さでほとんど眠れなかったSUR SHANGHAIとその旦那。
息苦しさと頭痛が切れ目無く続く…。
このテングリ(ティンリー)あたりでの高山病が一番ひどかったんじゃないかな。
それでも、2人とも倒れるまでには至らなかったのが幸い。
夜が白みかけた朝5時半にはランドクルーザーの運転手さんにも起きてもらって、ヒマラヤ・ホテルを後に。
いや〜、運転手さん、すみません、まだお休み中だったのに。
でも、今日の後半になって、これでよかったと思える出来事が待っているとは、この時には知るよしも無し。
朝早く起こされてしまった運転手さんは眠気覚ましなのか習慣なのか、しきりに「オムマニペニフム。」とお題目を唱えつつ、今日の国境越えの町ザンムー(ダム)方向へ。
いつの間にかまた雲がかかって暗い空。その雲の後には、ヒマラヤ山脈の一部が見える朝。 -
また雲が途切れて、青い空の向こうに山々が連なる景色。
どんよりした景色だと、高山病の息切れが一層苦しく思えるのに、一瞬の晴れ間には頭痛までパアーーーッと軽くなる気がする。 -
ヒマラヤ山脈の山々を見るにはいい季節ではなかったので、チョモランマの姿は今日も見えず。
SUR SHANGHAIとその旦那にとっては、これで上出来。 -
イチオシ
ネパールとの国境近くのザンムー(ダム)に向かって進む道。
高度が下がってヒマラヤ山脈が見えなくなる頃から、息切れも頭痛も軽くなっていくのがよく分かる。
普段は無意識に吸っている酸素のありがたみが身に染み渡る気分。
それまで何度も「今日の体調はどうだ?」と聞いてくれた運転手さんによると、運転手さんもしばらく低地に行ってラサに戻ると、やっぱり数日は息が苦しくなるそうな。 -
ここは、ザンムー(ダム)より手前にあるニェラムの町。
ここも道に沿って、平屋建てや2階建ての建物が並んでいるだけ。それでも民家の数はテングリ(ティンリー)よりずっと多かった。
すぐ裏手には荒れた岩山が迫るこんな場所にも、人が町を作って住んでいる。 -
町とも呼べないような規模のニェラムにも、人々の暮らしがあって、それぞれの日常もあった。
≪彩虹商店茶館旅館≫と看板を出した民家の前では、チベット人のお母さんが編み物をしながら子どもを看ていた。
ボール遊びに夢中な男の子は元気そうだけど、お医者さんがわりになってくれる産婆さんとかいるのかな、と思わず心配に。 -
ボール遊びにも飽きて、ちょっと一休みする男の子。
もうあれからずいぶん経ったし、この子も立派な青年になっているに違いない。 -
「ニェラムまで来れば、ザンムー(ダム)ももうすぐそこ。」というわけで、茶店で運転手さんともお別れのバター茶を飲んだSUR SHANGHAIとその旦那。
あとはザンムー(ダム)まで車で1時間位と言っていたのに、ニェラムからしばらく行った谷間の道でトラブルに遭遇。(^^ゞ
このチベット&ネパールの旅では忘れられない出来事になったそのトラブルとは…、 -
…「あと1時間もすれば、ネパール国境近くのザンムー(ダム)。」と言われて気楽に構えていたSUR SHANGHAIとその旦那。
なのに、ニェラムからさらに高度を下げて行くと、でこぼこ道の行き先に見えてきたのは、同じように国境に向かうらしい20台あまりの車の渋滞。
チベットでは車が渋滞するのは異様な光景。
車を降りて何事かと見に行くと、なんとここしばらく続いたという雨で崖崩れ。先頭の車は二晩ここで過ごしたそうな。え?ホント?
復旧もいつになるかわからないと言う話。
さて、どうしよう。
チベットのトラック野郎たちに聞いてみると、ザンムー(ダム)までは10kmほどの下りの一本道。
幅20数mほどの崖崩れの現場ももう何人か通った跡があるし、なんとか徒歩で突破できそう。
午前11時を過ぎたばかり。荷物は2人とも中型のリュックのみ。気になるのは雨に変わった濃霧だけ。
「歩けない距離じゃないよね、ヨシッ!」と気合を入れて徒歩下山することに。
早速荷物をまとめて合羽も着込み、ラサからずっと付き合ってくれたランドクルーザーの運転手おじさんとはここでお別れ。ここまで本当にありがとうございました〜!
SUR SHANGHAIたちを気遣ってくれたトラック野郎に手を引かれて崖崩れ現場を突破。
これは、突破途中で振り返って撮った道の様子。
SUR SHANGHAIたちが渡りきったのを見ていた運転手おじさんは、お別れの手を振ってくれた。(@^^)/~~~ -
イチオシ
SUR SHANGHAIとその旦那の手を引いて崖崩れ現場を突破してくれたトラック野郎は、まだ若いおにいちゃんだった。
おにいちゃん、ありがとう!
さて、荷物をまとめ直して徒歩下山開始。
もう十分に酸素がある高度になって、寒くもないし高山病もいつの間にやら雲散霧消。
あとは下りの坂道を10kmも下りて行けばザンムー(ダム)だよね、と結構気楽に出発。
今から思うと、ずいぶん怖いもの知らずだったなあ。(^^ゞ
来た道を振り向くと、ザンムー(ダム)方向から坂を上って来て崖崩れ現場を眺める人が増えてきた。 -
たった今知り合ったばかりの野次馬おじさんたちにも手を振ってもらい、ネパールとの国境近くのザンムー(ダム)に向かって歩き始めたSUR SHANGHAIとその旦那。
これはちょっと坂を下ってから振り返って見てみた崖崩れ現場の様子。
画像中央あたりから左下の谷川に大きく斜面が崩れているのが分かると思います。その現場前後には車が点々と数珠繋ぎ。
あとは、急斜面の谷を削って作られた未舗装道を下るほどに濃くなる霧。
ザンムー(ダム)からは車も人ももう上って来ない。
遥か下にある谷川から聞こえて来るのは増水した流れの音。
風の加減で不意に霧が一瞬晴れると、狭い谷の対岸に聳える山のとんでもなく高い所からドウドウとほとばしり落ちる滝が見えた。
そしてまた一瞬にして深い霧に閉ざされる視界。
魔界に踏み込んだような雰囲気に、言葉少なくなってただ歩く。
歩く。ただ、ひたすら、歩く。
11時過ぎから歩き始め、3時間もあれば、悠々とザンムー(ダム)に着くだろうと思っていたのに、午後3時を過ぎても状況は同じ。
依然、雲のような霧の中に続く道があるだけ。
ザンムー(ダム)まで10kmだなんて誰が言った?
でも、もう戻るわけにもいかず、歩いて行くしか道は無し。
普段は健脚を誇るSUR SHANGHAIも、悪路と悪天候に加えて、いつザンムー(ダム)に着くのかという不安と言い知れぬ恐怖が重なってヘトヘト。
旦那も同じだったことでしょうが、とにかく人がいる所までは、という共通の目的に向かって黙々と歩くのみ。
4時頃になってから、ついにザンムー(ダム)の民家が見え始めた。
安堵のあまり腰が抜けて、道端の石の上にドタッ。 -
ようやく中国とネパール国境のザンムー(ダム)まで下山。
次第に大粒になる雨に濡れながら、中国側のイミグレのある付近までふらふら歩いて、もう今日はここで一泊するものと思い込んでいたSUR SHANGHAI。
なのに旦那は「カトマンズまで行ってしまおう!イミグレ過ぎたらネパール側の車の客引きもいるようだし、カトマンズまでは3時間足らずらしい。車の中で寝ていけばいいさ。」
見れば、イミグレの向こうには確かに数台の車が。そこで今日2度目の決断。「よし、行くぞ!」と、中国側のイミグレ通過。
ここで中国の国道318号線は終わって、ここから先の道はカトマンズまでの中尼公路。
さて、カトマンズへ向かう車の客引きとの交渉。
カトマンズのホテルまで2時間半40米ドルという言い値。思っていたより安いということもあり、割引交渉の気力も無くなっていたのでそのまま成立。
谷底の国境線を越えて、ネパール側のコダリのイミグレ小屋へ。
そこの係官は「いや〜、崖崩れでこっちに渡ってくる人少ないね〜。朝からいるけど、あんたたちが2番目と3番目だよ。」
指差されたその日の記入の1番目には我が同胞の名前がありました。
この画像は、その時の中国側とネパール側で押してもらったスタンプがあるパスポートのページ。元々は別々のページですが、ここでは一枚の画像にしてアップします。
●注: 個人情報保護の観点から、スキャン後に一部を消してあります。
左手が、中国の出国スタンプ。ザンムー(ダム)の名で押されるのかと思ったら、ザンムーの手前で通過したニェラム(聶拉木)の名が出ています。
右手が、ラサで取得したネパール15日間のシングル・エントリーの観光ヴィザで、当時は135元でした。 -
中国側、ネパール側ともイミグレの手続きを済ませて「ああ、これで一安心。」とカトマンズへ向かう車の中で二人がダレ切っていると、
ガタンッ!!
車輪が道の穴ぼこに落ちた衝撃が。
ハッとして目を覚ますと、ドアの下から水がド〜ッ!とふくらはぎまで入って来た。
「何何?!」と外を見れば、出水で途切れかかった道を通ろうとして、穴ぼこに嵌った模様。
外へ出て他の車に助けを求めるも甲斐なく、水につかりながら押せや、引けやと悪戦苦闘すること30分。
トラックにも助けられて、やっと車は脱出成功。 -
水にはまった車をやっと引き上げて、車両点検30分。
幸い特に問題は無かったようなので、このまま同じ車でカトマンズに向けて出発。
それからもウトウトするたびに、タイヤがスリップしたり、ガタガタと揺れ動いたりで身も心も休まる暇なし。
ふと見ると、絶壁の際を走っていたり。(@_@;)
背筋を冷たい物がス〜ッ…。((+_+))
結局4時間半かかってカトマンズ入り。
お疲れ様〜、たどり着けてよかったね。
この夜は、精も根も尽き果て、MANANGというホテルに宿を取った後は深々と寝入ったのでありました。
翌日からのネパール編は、前代未聞の全身筋肉痛で始まります。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 唐辛子婆さん 2011/05/13 08:45:06
- ハラハラドキドキ
- SUR SHANGHAIさん
おひさしぶりです。
貴重な記録をドキドキしながら拝見しました。
気圧の変化に弱い唐辛子婆にはとても行けそうにないところなので
よけいに貴重に感じます。
がけ崩れの道を歩いて国境まで!
若い時の行動力って、おそろしいようなすごさですね!
続きも楽しみにしています。
唐辛子婆
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2011/05/15 22:38:52
- RE: ハラハラドキドキ
- お久しぶりです。ご訪問ありがとうございます。m(__)m
最近は、旅行記一編仕上げるのに、ちびちびと何日もかかる有様で、お返事が遅れまして失礼いたしました〜。
これまでいろんな国境の越え方をしてきましたが、このチベットからネパールへの道は、最も印象的な一つとなりました。
今から思うと、「ひゃ〜、あの時は…。((+_+))」と自分でも思います。
こうして話のタネにできるのも、何事も無く切り抜けられたが故の賜物ですね。(^◇^)
> SUR SHANGHAIさん
>
> おひさしぶりです。
>
> 貴重な記録をドキドキしながら拝見しました。
> 気圧の変化に弱い唐辛子婆にはとても行けそうにないところなので
> よけいに貴重に感じます。
>
> がけ崩れの道を歩いて国境まで!
> 若い時の行動力って、おそろしいようなすごさですね!
>
> 続きも楽しみにしています。
>
> 唐辛子婆
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旅行記グループ うわっ!どうしよう! トラブった旅
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