1993/09/08 - 1993/09/17
892位(同エリア4445件中)
SUR SHANGHAIさん
- SUR SHANGHAIさんTOP
- 旅行記929冊
- クチコミ7097件
- Q&A回答49件
- 6,430,763アクセス
- フォロワー237人
★2024年11月:新たに出てきた画像をアップします。★
スペインのアルヘシラスから船でモロッコのタンジェを目指し、その後列車でフェズ、マラケシュと回って来たSUR SHANGHAIとその旦那。
マラケシュで借りた車で旦那と共に、アトラス山脈越えとカスバ街道+ザゴラ周辺巡りにチャレンジした時の事…。
岩石砂漠の中の道を砂煙を立てて突っ走っていると、向こうからもモロッコのトラック野郎が孫悟空の金斗雲を思わせる砂煙を従えて驀進してきます。
それを見たSUR SHANGHAIは一抹の不安感。「ねえ、ちょっとスピード落として路肩に寄ったら?」
「大丈夫、大丈夫。」と自信ありげな旦那。
そのままのスピードで両者すれ違いの瞬間、 ビシッ!!!
思わず両手で顔を覆うSUR SHANGHAIの真正面に、トラックが跳ね飛ばした小石が当たった模様。
幸い小石は貫通しませんでしたが、たちまちフロントガラス一面に広がるクモの巣状の亀裂。
こちらの様子に気付いたのか気付かなかったのか、トラックはそのまま走り去ってしまった…。
「だから言ったのに~。」と言っても始まらないので、修理屋さんを探しに数キロ前に通過した村へと逆戻り。
「すまん、すまん。」と言う旦那を横目で見つつ、ともすれば風圧で内側に崩れそうになるフロントガラス全体を両手で押さえつけて修理屋さんに横付け。
幸い在庫があったので、その場で取り替えてもらい、モロッコの旅は続いたのです。
表紙の画像は、ドラア谷の朝。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 船 レンタカー タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この時は、スペインとポルトガルを組み合わせた旅にモロッコも追加した三点セット。
スペインのアルへシラスからフェリーに乗ってモロッコのタンジェを目指したSUR SHANGHAIとその旦那。 -
船旅って、天候が荒れなければ一番風情がある交通手段だと思う。
ジブラルタル海峡の向こうにモロッコの山々と大地が見えてきた時には感無量。 -
モロッコの大地が近づいてきた!
この頃の旅は、一人旅でも旦那と一緒の二人旅でもバッグ一つ持っただけの気楽旅。
宿も、毎日夕方に着いた町で飛び込みで探すのがSUR SHANGHAIたちのスタイルだった。
…で、この後着いたタンジェでは港そばのカスバに多い安宿に泊まったような気がする。
この頃はフィルム節約が第一。
写真自体あんまり撮らなかったから、タンジェの町や宿の様子も記憶がおぼろ。
当時持って行ったガイドブックに「タンジェ港近くの○○カフェでは荷物を預かってくれて便利。」と出ていて、あとで通りかかってみたらカフェは廃業して荷物預かり所に変身していたのが、なぜか記憶に鮮明。
同じ旅をした旦那でも、あの時のどこそこでは、という話をすると、お互いに「え、そんな事あったっけ? 忘れちゃった。」なんて事がよくある。
それぞれ憶えていることも違うし、記憶って不思議。 -
今ではもうほとんど列車旅はしなくなったSUR SHANGHAIとその旦那も、この頃は列車を使った旅をしていた、というのが信じられない。
ただ、その時の列車がどんな様子だったとか、乗り合わせた人々がどうだったとかの写真は撮らなかったのが、今では惜しいと思う。
タンジェからフェズに向かった列車は対面4人掛けの席だったような気がするなあ。
これはタンジェからフェズへの途中で停まった駅。
ホームに井戸がある! …と思ったら、井戸型オブジェだった。(~_~;) -
タンジェから列車で着いたフェズ。
フェズでの安宿も、どのあたりだったのか…。
新市街地じゃなくて、メディナの中だったのは確かだけど。
さっそく歩き始めるメディナ。
途中までは太い道もあって、メディナの中はこんなものかと思うんですが侮るなかれ。
観光客用の地図には主な道しか記載されていないし、フェズのメディナは、迷い込んでしまったらもう出て来れないかも、と怖くなるほどの迷路になってます。
これはメディナの中の一風景。
手作りザル屋さん?
おじさん二人が話し込んでいる風情がいいな。 -
フェズのメディナの迷路を案内してくれるガイドさんがほしくても、公認ガイドさんのお値段はこの時のSUR SHANGHAIたちには予算オーバー。(;^ω^)
「自称ガイドに気をつけて。」とアドバイスをもらったにも拘らず、高校生くらいの小太りの男の子を雇ってみました。
小太りながら目付きが結構鋭い子で、まず案内されたのはタンネリ(なめし革染色職人街)。
その途中で見かけたのは、これから加工される生皮をどっしり積まれたロバ。
その異臭が凄まじい! -
イチオシ
フェズでは絶対見てみたいと思っていたタンネリ(なめし革染色職人街)。
露天の広場に生皮を加工するための薬剤や染料をたっぷりと入れた壺がびっしり並んでいるのがまず壮観!
それらの壺の縁を伝って…、 -
…生皮を移動させる人、染料を運ぶ人、染料壺に半身を浸して染の作業をする人で溢れていたタンネリ(なめし革染色職人街)。
こんな光景は初めて見た。
あたりに漂う濃厚な異臭の原因となっている壺に滑って転んで落ちたら一大事! -
…SUR SHANGHAIたちが一番見てみたかったタンネリ(なめし革染色職人街)へは約束どおり連れて行ってくれた自称ガイドの少年。
その後連れて行かれたのは数々のお土産店。
そうなるだろうな、というのは分かっていたので、半分おもしろがりながら一緒に付いて行ってみました。(。・w・。) ププッ
最初に連れて行かれたのは高級絨毯屋。
お茶を飲みながらのご商談が消滅すると、次々に別の種類の商品を扱うお店に連れて行かれ、そのたびに商品お値段のグレードが下がって行ったのには(笑)。
最後には、何も買ってくれそうが無いとあきらめたのか、最初に出会った場所まで連れて行ってくれたガイド君。
次からは、お金持ちそうな人に声をかけてね。ヾ(´ー`)ノ
その男の子も、あれから商売経験を山ほど積んで、今は押しも押されぬフェズ商人になっているのかも。 -
フェズのあとはまたまた列車でマラケシュまで。
外を見れば、「あれ? ここはスペイン?」と見間違えてしまいそうな乾いた景色が続いていた。
その列車内でモロッコの歴史関連文庫を読んでいたところ、地元のおにいちゃんが「何読んでるの?」
本を見せてあげると、イラストを見つけては「あ、誰それが日本の歴史の本にも出ている。」と大はしゃぎ。
そんなおにいちゃんたちも写真に撮っておけばよかったな。 -
イチオシ
マラケシュでの宿は、メディナ内にあるジャマ・エル・フナ広場の安宿街に取ってみた。
いつでもちょっと外に出ただけで、広場やその周辺のメディナの雰囲気が楽しめた宿だった。
これは、夕暮れになって賑わいを見せ始めたジャマ・エル・フナ広場の様子。 -
毎日夕方近くになると、お祭り騒ぎのような様相を見せていたマラケシュのジャマ・エル・フナ広場。
画像奥に見えている塔は、広場北側にあるクサビン・モスク。 -
1993年にはすでにジャマ・エル・フナ広場を見下ろすカフェが出来ていて、そこからの眺めが圧巻だった。
どこからともなく湧いて出て来た人々が、それぞれにアクロバティック演技に見入ったり、ゲームに興じたり、煙の立ち上る屋台に群がったり。
ドラムの音も鳴り響いて、まるで終わりの無いお祭りが連日続いているようだったっけ。 -
ジャマ・エル・フナ広場でアクロバティックな演技を見せていたグループのうちの二人。
頭の上に立った少年は、子どもながら厳しい表情を見せていた。
今頃はどんな人生を送っているのだろう。 -
ジャマ・エル・フナ広場で人目を引いていたのは、こんな派手な衣装を身に着けた水売りおじさん。
この頃の水売りおじさんは、実際に水を売りながら広場を行き来していましたが、2012年に再訪した時には写真モデルが主な収入源になっていたような…。 -
ジャマ・エル・フナ広場近くで見かけた日本武道の稽古場看板。
やっぱり、こういう看板ってプロに描いてもらった方がいいんじゃないの??
今ひとつけっぱりの無い稽古の様子と、中央の拳が笑えます。(。・w・。) ププッ -
マラケシュのメディナに並ぶお土産屋さんの子ども用バブーシュ(スリッパ風の履物)。
この頃は、お土産屋さんの品も垢抜けない物が多くてちょいがっかり。
大人用バブーシュのお店で数度のお値段のやり取りのあと、黒くて先の尖った形のバブーシュを買ってみたものの、底がツルツル。
スリッパ代わりの室内履きにしようと思ったのに、滑ってばかりで実用にはならず。 -
マラケシュのメディナには、フェズのメディナのような行けども行けども底知れぬ迷路の怖さは無くて歩きやすいサイズ。
道行く人たちも何だかゆったりしていて、フレンドリーだったと思う。
ただ、やっぱり油断は禁物。
『今日はアレルギーかな?』と、いつもは外歩きには使わないウェストポーチを巻き、ティッシュを詰め込んで出かけたら、Tシャツ売りの子ども達に囲まれてポーチを開けられてしまった。Σ(゚ж゚;)ギクッ!!
ティッシュしか入っていなかったし、何も盗られずに済んだけど、相手には貴重品が入っていると思われたんでしょうね。
それ以来、「外ではウェストポーチは使わない!」と宣言。
幸い今ではポーチは流行らなくなってホッ! -
イチオシ
マラケシュのメディナ。
野菜を売り買いする人たちのやり取りもどことなくのんびり。 -
マラケシュのメディナには、皮つきピーナツの量り売りも。
-
映画『スター・ウォーズ』のオビ=ワン・ケノービを彷彿とさせるおじさんもいたマラケシュのメディナ。
お髭が立派! -
マラケシュのメディナに入ってきた馬車。
わ、おじさん、すごいね、その荷物! (◎◇◎) -
ジャマ・エル・フナ広場を見下ろすカフェから見たブロンズ色の夕暮れの道。
-
ジャマ・エル・フナ広場を見下ろすカフェからの眺め。
何だかずいぶん空気が汚れて見えるのは、広場の屋台から流れて行った煙のせい?
画像奥に見えている塔は、広場から見て南方向にあるクトゥビア・モスクのミナレット。
この時はそのミナレットも補修中だったのね。 -
これは、ジャマ・エル・フナ広場北側にあったカフェから見た夕暮れのマラケシュ。
隣の建物の屋上にいるおじさんたちのシルエットが、夕空にくっきり浮かび上がる頃。
ああ、いい感じの夕暮れだね。
まるで映画の中の1コマのよう。 -
イチオシ
屋上にいるおじさんたちのシルエットが、夕焼けの中で影絵になった。
-
マラケシュからは車を借りて、ザゴラ方面へ行ってみようと思っていたSURSHANGHAIとその旦那。
前日には車の手配も済んで、さあ当日。
と、前日に見せられた車とは似ても似つかぬフィアットがお店の前で待っていた。
当然抗議したものの、レンタカー会社のオーナーは「今日は車はこれだけだ!<丶`Д´>」の一点張り。
何で、そこであんたが威張るのよ? (怒▼ω▼)
それでも値引き交渉には成功したので、気を取り直して出発!!
フィアット君、アトラス山脈の峠越え、大丈夫?
これは、マラケシュから9号線を南下して、アトラス山脈のティシュカ峠に向かう途中で見た集落。
周辺環境も民家の様子も、後年行ったチベットにそっくり! -
水気を感じさせないアトラス山脈の山々の合間の窪地には、地下水の通り道が有るらしい。
濃い緑の色は命の色。
そしてそこには人間の営みも垣間見える集落が。
アトラス山脈の峠越えでよく憶えているのは、山中の道沿いに点在するお土産屋さんの驚きのセールス方法。
どういう方法かと言うと、山を下って来た車が呼び込みを無視して通り過ぎると、車が曲がりくねった道を進んでいる間に商品を持って山の斜面を駆け下り、一段下の道で待ってるんです。
そしてまた車が素通りすると、次の斜面を駆け下り…。
それも一人だけじゃなかったんですよ。( ̄m ̄*)
その時の商品は、きれいな色の鉱石だったり、ウチワサボテンの実だったり。
体力を使う割りに、売り上げ効率は悪かったんじゃない? -
とことこ走るフィアット君でもアトラス山脈を無事に越え、お次に向かったのはワルザザート手前にあるアイト・ベン・ハッドウ。
-
アイト・ベン・ハッドウは、7世紀にモロッコ北部を征服したアラブ人の支配から逃れるため、アトラス山脈を超えて移り住んだベルベル人が造り上げたクサル(要塞化された村)の一つ。
その中でも、このアイト・ベン・ハッドウはその美しさが際立っていて、1987年には世界遺産の文化遺産に登録されています。
さまざまな映画の舞台にもなった村、というのが納得できる眺め。
この画像で見えている干上がった川の手前に、新しく出来た集落があって、崩壊が進むアイト・ベン・ハッドウから移ってきた人々が細々と暮らしているようでした。
2012年の再訪では、その新しい集落には観光客相手の宿やカフェが林立していてびっくり! -
イチオシ
アイト・ベン・ハッドウ全景をパノラマ仕立てにした写真。
この頃のSUR SHANGHAIのカメラにはパノラマ機能が無かったので、こうして一枚ずつ小刻みに撮ったものを切り貼りにしていたんです。(^^;
アナログだったなあ。
でも、その頃の苦心の跡が残る写真が出土するとうれしい。(〃▽〃)ポッ -
アイト・ベン・ハッドウの集落脇の川はこの時には干上がっていて、足を濡らさずに集落の入口まで行けた。
この時既に崩壊が進んで住民が激減していたアイト・ベン・ハッドウ。
青い空を背に崩れ残った塔が立っているのが、この集落の栄華の跡。
青い空に白い雲、かつて人々が住んでいた村の廃墟…。
シュールな景色だね。 -
アイト・ベン・ハッドウの集落がある丘を見上げてみる。
丘の麓あたりの家々は、崩落が進んで廃墟状態。
住民の多くが川向こうの新しい集落に移ったとは言え、中腹あたりにはまだ人が住んでいる家々もあった。 -
アイト・ベン・ハッドウの集落の麓あたりを歩いてみたSUR SHANGHAIとその旦那。
2012年に再訪した時には補修も進んでいて丘の上まで上れるようになっていた集落も、この頃は奥に踏み込んで行き難い雰囲気があった。
無理に入り込まず、このまま立ち去ります。 -
マラケシュからアトラス山脈を越えてアイト・ベン・ハッドウへ行ったこの日に泊まったのは、カスバ街道(10号線)上にある町。
旅記録が出て来ていないので断言は出来ないんですが、ワルサザードから車で1時間くらいのエル・ケラア・ムグナ(ローズ谷)だったと思います。
エル・ケラア・ムグナはバラ栽培で有名な町で、バラ水を売っているお店が多数。
このあたりはバラの花が咲き誇る春には花見街道になるんだそう。
その頃に行ってみるのもいいかもです。
町を貫く10号線に直接面した宿から見たこの日の夕暮れは、やけにしんみり。
2012年のマラケシュ→アトラス山脈→アイト・ベン・ハッドウ→カスバ街道までの様子と比べてみたい方は、下記の旅行記も併せてご覧ください。
★モロッコ再訪車旅(2)マラケシュからアトラス山脈を越えてカスバ街道へ
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10743217/ -
翌日、ダデス渓谷へと向かうべく、カスバ街道を東へ。
その途中の道沿いで見た不思議な形の丘。
上に乗っかっているのはただの岩? それとも昔の遺跡の残骸? -
カスバ街道とは、アトラス山脈南側に沿って、ワルザザートからエルラシディアまで伸びる約300㎞程の道。
昔は交易のために使われてきた道で、モロッコの先住民のベルベル人が防衛のために築いたカスバと呼ばれる住居兼城塞が集中していることからこの名が付いています。
日干し煉瓦で造られたカスバが、ダデス川流域のオアシスの向こうに見える風景は異次元の風景。 -
カスバ街道沿いに流れるダデス川。
カスバもオアシスもその流れに沿って、不思議な景観を見せてくれます。
ちょっと見づらいんですが、その川べりには、家畜に水を飲ませているらしき人の姿が。 -
カスバ街道のブーマルン・ダデスの町から脇道に入って、ダデス渓谷を目指す。
ダデス渓谷は、渓谷自体も見応えありですが、その道筋の眺めもワイルド。 -
イチオシ
ダデス渓谷を目指す道沿いの景色。
ダデス川流域だけが緑濃い眺めで、赤い岩肌の禿山とは対照的。 -
これもダデス渓谷へ向かう途中の風景。
ダデス川の水が流れる部分だけが濃い緑。
SUR SHANGHAIが持っていたカメラにはパノラマ機能が無かったので、分割して撮った写真を切り貼りしてみました。
フィルムをケチって二枚だけで撮ったら、継ぎ目がギクシャク。
でもこういうアナログな手作り写真って懐かしい。(笑) -
これがダデス渓谷どん詰まりの連続ヘアピンカーブの急坂。
しかもこの部分は当時は未舗装だった。
…と思うんですが、間違っていたらお許しを。<(_ _)>
今から思うと、よくこの道をフィアットで上ったと思う。
冷や汗…。(-ω-;)
2012年に再訪した時には、この道のてっぺんにホテルも出来ていましたよ。
それとも、ホテルはもうこの時にはあったかな?
憶えていない…。
2012年のダデス渓谷再訪車旅の様子とも比べてみたい方は、下記の旅行記も併せてご覧ください。
★モロッコ再訪車旅(4)ダデス渓谷へ
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10745686/ -
ダデス渓谷のあとは、同じくカスバ街道(10号線)のティネリールの街から行けるトドラ渓谷へ。
その途中では、トドラ川に沿って続くオアシスが緑の帯のように見えた。 -
トドラ渓谷への道は、トドラ川沿いのオアシスが付いて来る。
ダデス渓谷のダデス川沿いの荒々しい景観よりずっと優しい雰囲気。 -
トドラ渓谷から流れ出すトドラ川に沿ったオアシス。
その向こう側には昔のカスバの廃墟が。
それともこの頃はまだ住んでいる人もいたのかも?
この道筋では、車を停めてちょっと周りを見て歩いていると、土地の子ども達がこちらに石を投げてきた。
中には、車にまで走り寄ってきて唾を吐きかける子も。
これはSUR SHANGHAIたちだけに限ったことではなく、当時のガイドブックにも要注意事項として出ていたと思います。
2012年に再訪した時にはもうそういう事はありませんでした。
ご安心を。(*^。^*) -
トドラ渓谷のどん詰まりは、切り立った岩山。
ただ、写真が出て来ていないので、当時買った絵葉書で代用。
この奥に数軒のホテルあり。
崖の真下にあるホテルでちょっと怖いんですが、そこでお茶休憩をした記憶が。
2012年に再訪した時にもそれらのホテルはまだありました。
2012年にティネリールからトドラ渓谷を訪れた時の様子と見比べてみたい方は、下記の旅行記も併せてご覧ください。
★モロッコ再訪車旅(3)グラウイのカスバ、そしてトドラ渓谷へ
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10744460/ -
トドラ渓谷を見たあと、どういうルートでザゴラを目指したのか記憶に無い。
旅行記録が出て来ていないので、この部分がミステリー。
カスバ街道(10号線)の西にあるワルザザートに戻って、9号線を南下して行ったと思うのが自然じゃないかと思うのに、東を目指して走ったような気がするのよね。
じゃ、エルフードまで行って、そこから12号線でザゴラを方面を目指した?
いやいや、それだとずいぶん距離がありすぎる。
旦那に聞いてみても、「う~ん、忘れた。」だし。 -
夕暮れ間近のカスバ街道(10号線)。
一頭のラクダを連れて歩いて行くおじさんが一人。
これからどこまで歩いて行くんだろ。
遥かな家路を想像させる。
時には、周囲に何も無い荒地の真っ只中におじいさんがポツリと座っていて、モロッコにも姥捨て風習があったのか!と、Σ(´゚ω゚`;)ドキッ!! -
さて、この街角風景は、トドラ渓谷を見た日の晩に泊まった街。
ただ、上の方でも行ったように、ザゴラへどのルートで行ったのか憶えていないし旅行記録が出てきていないので、この街がどこなのかが分からない。
カスバ街道を西に進んでいたらワルザザートの街になるんだろうし、東に進んでいたならエルフードの街になるはず。
ミステリ~。
何となく、エルフードだったのかな、という気がするけど。 -
上の画像に出した街からザゴラに向かう道筋。
この広大な荒地を見ると、12号線のような気がする。
すると、上の画像の街はエルフードだったのか? -
これはもうザゴラに近づいた9号線沿いのドラア谷の景観?
広い谷間に広がるオアシスがそう連想させる。
昔の一枚の写真から、あれこれ当時の旅を思い返すのって、謎解きのようで楽しかったりするのよね。 -
黒い衣装を身にまとい、道行くベルベル人女性たち。
ベルベル人女性たちは写真に撮られるのを忌み嫌っているようで、後姿しか撮れなかった。
これは2012年の旅でも同じで、カメラを持って歩いていると、あからさまに顔を背けられたりしました。
男性でも同じように拒否反応を示す人もいるので、配慮が必要だと思います。 -
これは、一旦ザゴラに着いてから、更に南のマアミドまで行こうとした時の道、だったかな。
表紙に出した、トラックが跳ね飛ばした小石でフロントガラスが壊れた思い出話が発生したのもこの道筋だったような…。
記憶が曖昧。
結局マアミドまで行くのはあきらめて、フロントガラスの取替えが済んだあとはザゴラに泊まった気がする。 -
これは、ザゴラで一泊したあとに見たドラア川のオアシス。
ナツメヤシの林がエキゾチック。 -
ザゴラで泊まったFibule Du Draa Kasbah D'hotesという宿は、この時のモロッコ旅で一番のお気に入り。
2012年に再訪した時には、以前も泊まった宿とは気づかずにこのホテルを予約。
お部屋に入ってから、「あ!この部屋と、窓から見える中庭のプールは!」と気付いたというおまけ付き。
質素ながら、雰囲気のいいカスバ風の宿です。
そのホテルの2012年の様子は下記の旅行記にアップ済み。参考にしてみたい方はご覧ください。
★モロッコ再訪車旅(5)ティネリールからザゴラへ
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10746753/ -
ザゴラで一泊したあとは、もうマラケシュに戻る日。
また9号線でアトラス山脈を越えて行くことになるので、ザゴラ周辺をゆっくり見る暇もなく朝早く出発。
こういう時って、後ろ髪を引かれる思い。
この時の9号線って、出来たばっかりだったんだろうか。
一応舗装は済んでいたけれど、ドラア谷の斜面を削り取った部分がまだ新しい。 -
ドラア川が造り出したドラア谷に沿って走る9号線。
ワルザザートやマラケシュに向かって北上して行くと、遠く近く、ドラア谷の景色が付いて来る。
朝の光の中で陰影の出来たドラア谷と小さく見える遺跡、それに、鏡のように静かなドラア川の景色が忘れ難い思い出の風景になった。
2012年に再訪した時には、この風景を探してみたSUR SHANGHAI。
川原に木が生い茂って雰囲気は変わっていましたが、まだこの風景はありました。(*^。^*) -
イチオシ
これも9号線から見た、ドラア谷とドラア川の風景。
静かな朝のすがすがしい空気が感じ取れる。 -
この奇妙な岩山の景色は、ザゴラからワルザザートへ出る9号線上で見られます。
地殻変動で歪められた地層がさらに風雨で侵食されて、木目のような岩肌がくっきり。 -
これは9号線のどのあたりだっただろう。
もうアトラス山脈を越えたあと?
土地の女性たちが川に入ってお洗濯。
盛大に干された洗濯物が、長く連なって壮観!
ザゴラからマラケシュに戻る2012年の再訪車旅の様子は、下記の旅行記にアップ済みです。比べてみてみたい方はご覧ください。
★モロッコ再訪車旅(9)ザゴラからアトラス山脈を越えてマラケシュへ戻る
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10753610/ -
戻って来たマラケシュ。
無事に全行程を走ってくれたフィアット君ともお別れ。
よく故障もなく走ってくれた!
この日もジャマ・エル・フナ広場はお祭り騒ぎ。
画像中央で輪になった人々が興じているのはボトル釣りのようなゲーム。
なんだか、とってもほほえましい。(*^。^*) -
マラケシュから列車で寄ってみたのは、大西洋に面したモロッコの首都ラバト。
カサブランカにしようかとも思ったけれど、やっぱりその国の首都は一度は見ておかなくちゃ。
これはメディナの城壁だったかな。
向こうに見える街並みも、これまで見てきたモロッコの町とは違って都会を感じさせる。
画像左奥の塔はハッサンの塔、その右隣に見える三角屋根の白い建物はムハンマド5世の霊廟、だよね。 -
上の画像でも見えているムハンマド5世の霊廟にも行ってみたSUR SHANGHAIとその旦那。
ゲート前に、馬に乗った守衛さんがいるのが印象的だった。
廟の中には行ったかな?
こうして首都ラバトを垣間見てからは列車でタンジェまで。
タンジェからはまた船でスペインのアルヘシラスに渡った1993年のモロッコ旅はこれでおしまいです。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (5)
-
- バモスさん 2016/11/21 20:59:02
- はじめまして
- SUR SHANGHAIさん
はじめまして
87年にジブラルタル海峡を船旅しました。
パリでカサブランカ行きチケット(列車+船)で1万7千円位でした。
懐かしく拝見しました。
フェズに住む友人を訪ねる旅でした。
きれいに撮影されていますね!
バモス
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2016/11/22 21:00:40
- RE: はじめまして
- こんばんは、こちらこそはじめまして。
80年代、90年代は、今のようにデジカメ全盛になるとは夢にも思わず、旅に持って行くフィルムの数にも結構悩みましたよね。(笑)
そんな頃の紙焼き写真があちこちから出土するとスキャンして取っておき、ある程度たまったら「ちょっと昔の○○」シリーズに仕立てています。
これからも新しい旅記録の合間にアップして行けたらいいな。
バモスさんも旅行記作りを楽しんでくださいね。(*^。^*)
-
- belleduneさん 2010/02/19 14:08:20
- 思い出しました...
- SUR SHANGAHIさん、私が、2度目にモロッコのメルズーがへ行く時、フェズからレンタカーで行ったのですが、日本では免許を取ってからずっとオート車しか乗っていませんでした。
何軒目かでオート車があるよ、というので契約し、表に出てみると車内にクラッチらしきペダルを見つけたので、「オート車は?」と言うとモロッコには無いとのこと。おかしいと思ったのですが、仕方ないので、そのおじさんに「転を覚えるから」と助手席に乗っておじさんのクラッチ操作をじっと見ながら、必死でタイミングを覚えました。
その後、私が運転してみると、見事にエンストの連続。仕方なく、練習しながら、メルズーガへ向かって出発しました。
ルートはその前の年に行った時、確認してあったので、大丈夫でしたが、信号の度にエンストし、村の出入り口に立っている警察や軍隊の停止にも、エンストで止まっていました。1週間程砂漠に滞在し、帰りにはやっと信号でエンストすることなく、停止できるようになっていました。
ヨーロッパの都市では、マニュアル車は運転しない方が良いので、少し高くてもオートマ車にしています。
ところで、3月にニュージーランドで3週間レンタカーで南島を周りますが、SUR SHANGAHIさんの旅行記がとても役に立っています。残念ですが、3月だとルピマスはもう咲いていませんね。
事故には気を付けて、行ってきます。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2010/02/25 10:25:02
- RE: 思い出しました...
- 出先から帰ってまいりました。
お返事が送れて失礼いたしました。
ふる〜い旅行記にお越しくださったようで恐縮です。^_^;
このときの写真も未発掘状態のものがあると思うんですが、埋もれてしまっています。
belleduneさんも車であちこちいらっしゃってるんですよね。
お互いに事故には気をつけて旅を楽しみましょう。
> ところで、3月にニュージーランドで3週間レンタカーで南島を周りますが、SUR SHANGAHIさんの旅行記がとても役に立っています。残念ですが、3月だとルピマスはもう咲いていませんね。
> 事故には気を付けて、行ってきます。
3月にはルピナスの花はどうかな〜と思いますが、私たちが行った時には見られなかったものを発見するかもですよ。
同じ所に行っても時期が違うとまた雰囲気が違うと思います。
そのうちにbelleduneさんがご覧になったニュージーランド編をご紹介くださいね。
お気をつけて行ってらっしゃいませ。
-
- oneonekukikoさん 2005/12/12 10:41:43
- モロッコ行ってみたいです。
- おはようございます
色々な所に行かれているんですね。
モロッコ特にフェズは
そして、フェズの染物工場は
以前絵で見てから焼きついていて
一度行ってみたいのです。
とりあえず、
SUR SHANGHAIさんの
写真で対面できました。
oneonekukiko
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ うわっ!どうしよう! トラブった旅
5
63