2008/04/23 - 2008/04/23
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frau.himmelさん
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ツアー7日目 正式のゲーテ街道はゲーテが生まれたフランクフルトからアイゼナッハ、ワイマールなどゲーテゆかりの地を経由してライプティヒに至るルートのことです。私は今まで、ヴェルニゲローデやゴスラーもゲーテ街道編と紹介してきましたが、これは便宜上つけたものです。
さて、私たち一行は、昨日正真正銘のゲーテ街道を通って、ライプティヒからワイマールのホテルにに到着しました。
今日はワイマール観光から始まります。
ワイマールとは…、
神聖ローマ帝国時代のワイマールはザクセン・ワイマール公国の首都でした。
ゲーテは1775年26歳のときに、時のカール・アウグスト公に招聘されワイマールにやってきました。
そして、1782年33歳で宰相に任命され、1832年に没するまで50年にわたり活躍したゲーテ街道の最大のハイライトです。
またその後…
第1次世界大戦で敗れたドイツ帝国は崩壊し、公国の統治は終わました。
1919年にはワイマールの国民劇場で「ワイマール憲法」が制定され、「ワイマール共和国」という名のドイツ共和国が誕生しました。
しかし、それは1933年ヒトラーの台頭で第三帝国が出現するまでの短い期間でした。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ワイマールのホテルで夕食後、夕暮れがあまりにもステキだったので、仲良くしていた相部屋仲間のOさん、Fさんと付近を散歩しました。
観光も明日1日を残すだけ、明後日は帰国日です。3人とも年甲斐もなく別れが寂しくなってきたのです。
思えば、ホテルの部屋が一緒だっただけでなく、朝食をとるのも、自由時間、レストランでの席なども何かにつけほとんど一緒だったんですものね。
名残おしいです。 -
ワイマール郊外にあるホテル付近の静かな住宅街。
こういうところを夕暮れに散歩するのって、ロマンティックですねー。
個人旅行ではまずこんな郊外にホテルはとりませんから、ツアーならではの風景です。
って、情緒に浸っていたのは私だけ?
お土産を買いたいからお店を探してー、との二人の声に現実に返ります…。
もー、こんなところにお店なんかありません!。 -
7日目の朝。
ホテルはパークイン・ワイマールです。
朝食は6時10分からなんですがツアーの皆さんって朝早いんですよね。
時間前にはもう何組か並んでいらっしゃいます。
移動日はスーツケースをお部屋の入口に出して朝食に降ります。
◆◇
数年前、それまで団体旅行の経験がなかった夫を無理やり連れ出した時、部屋の前にスーツケースを出しっぱなしで朝食に行くってことに大反対をした夫のことを思い出しました。
夫にとってはかなりのカルチャーショックだった様で…(笑)。
結局、私達の荷物だけ後回しになりツアーの皆さんに迷惑をかけたことがありました。 -
ワイマールの市内に到着。ホテルから市内まで20分ほどでした。
これからガイドさんに連れられて市内観光です。
まず出迎えてくれたのはこの「CA」と王冠のマーク。
ザクセン・ヴァイマール公国時代、ここを統治していた「カール・アウグスト公」の紋章です。
この人こそ、ゲーテを宰相に任命した人です。 -
劇場広場にやってきました。
おなじみのゲーテとシラーが手を取り合っている像です。
左がゲーテで右がシラー。
ガイドさんの話によると、ゲーテは本当はもっと背が低かったんだそう…。
かなり嵩上げされているようです(笑)。 -
ゲーテとシラーの像の後ろは国民劇場。
1919年ここで「ヴァイマール憲法」が制定され、以後ドイツ共和国ではなく「ヴァイマール共和国」と呼ばれるようになりました。
2007年の写真。 -
同じく劇場広場には、近代デザイン史に重要な影響を与えたワイマールのバウハウスがあります。
国民劇場などの古典的な建物群と共に、バウハウスの存在は世界文化遺産に登録されています。 -
バウハウスは1919年に芸術と建築の学校としてここワイマールに創設され、カンデンスキーやパウル・クレーなども教師として招かれました。
1925年にデッサウに移転しますが、1933年ナチス・ヒトラーの第三帝国の台頭により閉館しました。
今は、近代デザイン史を語るのに欠かせない存在で、展示品の数々が納められた博物館となっています。 -
バウハウス前の花壇。
春ですねー、いろんな花がいっせいに咲き乱れてきれいです。 -
シラー通りにあったワイマールの案内板。
一番下にGinkgo(Ginkoとも言う)ってありますが、これは銀杏のことです。
Gingko美術館と名前があるように、ワイマールは銀杏が有名です。
お土産屋さんでもいちょうの苗木や銀杏、それにいちょうをモチーフにしたペンダントやマグカップなども売っていました。 -
この写真は2007年6月に訪れたときのものです。
ゲーテの家の前で、顔をこのようにグリーンのいちょう色に塗った人の集団を見ました。
もしかして「いちょう祭り」なるものもあったのかな? -
ヴィトゥムス宮殿。
カール・アウグストの母親アンナ・アマリーア王女が夫の没後にここに移り住み、ゲーテ、へルダー、シラーなど著名な文化人を招いてサロンを開いていたそうです。 -
父親が急逝したのはカール・アウグスト公が1歳のときでした。
父親から公位を受け継いだ幼いカール・アウグストに代わって、母アンナ・アマーリアが摂政となって公国を統治しました。1775年まで。 -
立派な建物。
-
シラーの家。
ゲーテの招きでワイマールにやってきたシラーは1802年から1805年に没するまでの3年間ここに住みました。
ここにも世界遺産のマークがありました。 -
シラーの家の横道を入るとシラー博物館になっています。
この家で有名な「ウィリアムテル」や「メッシーナの許婚」が生み出されました。 -
ゲーテの家に比べると質素ですが、居心地よさそうな家ですね。
博物館にはシラーに関する資料が展示されています。 -
マルクト広場にやってきました。
ワイマール市庁舎です。 -
市庁舎広場では市が開かれていました。
日本の翁(おきな)草に似た花があったので驚きました。
あれって日本の山野花かと思っていました。 -
市庁舎の正面にあるこのルネサンス様式の華やかな家は、ドイツの画家、ルーカス・クラナッハが住んでいた家です。
この家に彼は、1552年から1553年10月16日までの1年間住んでいました。そしてここで没しました。
クラナッハは宗教改革者のマルティン・ルターの親友でした。
よく見かけるルターの肖像画は、ほとんどクラナッハの作になるものが多いそうです。 -
2007年の写真。
市庁舎広場からクラナッハの家の方向を…。
ルーカス・クラナッハの家の左手にある白とグリーン色の変わった建物の中に、観光案内所とラーツケラーがあります。 -
ツム・シュヴァルツェン・ベーレン、「黒いくま」レストラン。
ワイマール最古のレストランだそうです。 -
看板
-
やっとゲーテハウスの見学です。
だけど、ガイドさんは入口で説明して後は自分達で周りなさいと…。
数年前やはり日本からツアーで来たときは、ちゃんと各部屋で説明してくれたのに、どうして一緒に回ってくれないんだろう…?おかしいなー…。
それに写真撮影も禁止でした。 -
ゲーテハウスにはさすがに大勢の見学者がいました。
出口にいたドイツの女学生、楽しそうー!
「写真とっていい?」って聞くと、みんな集まってくれました。
そして、私たちも一緒の写真には、なんと引率してきた先生方も仲間入りしての賑やかな写真になりました。
ここに載せられなくて残念!。 -
イルム公園にやってきました。
木立の向こうに見える瀟洒な建物はゲーテの山荘です。
この近くには80歳を過ぎても愛し続けた晩年の恋人、シャルロッテ・ヴォン・シュタイン夫人の家もあるそうです。
お若いですね、ゲーテさん! -
イルム公園にはロシアの国民詩人アレキサンダー・プーシキンの像もありました。
ワイマールは文化人にとっては魅力的な街だったようで、既出のゲーテ、シラー、クラナッハのほかにも、ヘルダー(市内にヘルダー教会もある)、ハイネ、ニーチェ、トーマス・マン、リストなども足跡を残しています。 -
ワイマール公のお城。
ゲーテもここで働いていたそうです。
内部は美術館になっており、クラナッハのコレクションも展示してあります。 -
お城の近くにあったピンク色の建物。
何だかわかりません。 -
その家の周りにあった噴水。
もしかして赤い城とも思ったのですが… -
赤い城の横にバッハの家があった…、と何かで読みましたので。
あそこにバッハの胸像が見えます。
胸像の向こうにはホテル・エレファントの象の紋章も見えます。 -
バッハの胸像。
バッハが住んでいた家は第二次世界大戦で破壊されて今はありません。
その家で2人の息子も産まれたようです。 -
フリータイムになったので、市庁舎の路地裏に行ってみました。
旗が立っている建物が市庁舎です。 -
クラナッハの鮮やかな家のお隣はラーツケラーです。
この同じ建物の中に観光案内所も入っています。 -
ラーツケラーの看板
-
マルクト広場の泉
-
フリータイム終了。
再びバスに乗って…。
バスの中よりゲーテの中庭が見えました。 -
これから観光する人たちも大勢いますね。
私達はアイゼナハに向かいます。
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