2011/02/10 - 2011/02/11
39位(同エリア605件中)
エンリケさん
インド旅行2日目。
デリーでの短い観光を終え、次の目的地ジャイプールへ。
ジャイプールはデリーやアグラなどと比べあまり知名度は高くないですが、アンベール城やシティパレスなどヒンドゥーの戦士集団ラージプート族の王(マハラジャ)がつくった豪華な建物あり、象のタクシーといったアクティビティありで、想像以上に楽しく過ごせた街でした。
<旅程表>
2011年
2月 9日(水) 成田→香港→デリー
○2月10日(木) デリー→ジャイプール
○2月11日(金) ジャイプール→アグラ
2月12日(土) アグラ→デリー→
2月13日(日) →香港→成田
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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-
2月10日(木)
時計を見るともう20時近く。
約260km離れたデリーからようやくジャイプール近郊までやってきました。
暗闇の中にライトアップされているのは市街から2km離れた湖に浮かぶ“水の宮殿”ことジャル・マハル(Jal Mahal)。
この地を治めていたマハラジャの夏用の別荘として建てられた宮殿です。
周りが山と湖で明りがほとんどないため真っ暗になってしまいました。。 -
ジャイプール市街に入りました。
有名な風の宮殿(ハワ・マハル)前で車を止めてもらい、ライトアップされた珍しい姿をパチリ。
こうして見ると、窓の一部がステンドグラスになっていることが分かります。
日中見られる本来の色はよく知られているようにピンクですが、ライトアップされると黄金に輝いているようで、また一風変わった趣があります。 -
織物のおみやげ屋に連れて行かれたあと、21時30分、ようやくホテルに到着です。
この日の宿はマハラニ・プラザ。
ジャイプール駅に近い市街地にあるホテルです。
ジャイプールの通称“ピンクシティ”よろしくホテルの部屋もピンク調のシーツやタイルで彩られていました。
なんとなく恥ずかしい?? -
トイレやシャワーもこんな感じでピンク色です。
例によって手桶(インドのトイレやお風呂にはたいていついています。)もあります。 -
せっかく市街地に面しているので、ホテルで夕食をとったあと(当然カレー)、前日のデリーでは出歩けなかった市街をぶらぶらとしてみます。
ジャイプールの中心に近い通りのはずですが、街灯が少なくやや暗い感じ。 -
通りはまだたくさんの人が出歩いています。
22時30分と遅い時間ですが、開いているお店もあるようです。 -
たまにリクシャーワーラー(オートリクシャーのドライバー)から声をかけられたりしますが、一回断ればついてきたりはしません。
エジプトのルクソールの客引きに比べれば全然大したことはありません。
治安についてもそれほど危険は感じませんでした。
ただ、通りが暗いのと歩道がきちんと整備されていないのとで歩きにくく、適当に切り上げてホテルへ戻りました。 -
部屋に戻り、例によって印流ドラマ(笑)を観賞。
男優も女優も表情が豊かで物語に惹きこまれます。
このドラマも、ラブシーンの後に場面が転換していきなり二人が歌い踊り始めるのですが(もちろんカーマストラ的な意味ではなく健康的な意味で)、それは別にしっかり動画保存しておきました(笑)。 -
2月11日(金)
インド3日目の朝です。
この日はアンベール城やシティパレスなどジャイプールの有名どころを巡ってアグラへと向かう(途中、アグラ近郊の古都ファテープル・スィークリーに立ち寄り)ハードスケジュール。
まずは例によってカレーで腹ごしらえ。
今見てもスパイシーさを思い出しよだれが・・・(笑)。 -
朝食後、8時前にホテルを出発。
行き交う人はまだそれほど多くありませんが、こんなふうにサイクルリクシャーを立ち乗りしている元気な人もいます。
また、ゆうべは真っ暗だったので気づきませんでしたが、ジャイプールは“ピンクシティ”と呼ばれているように、通りにはピンク色の建物が遠くまで軒を連ねています。 -
こちらもピンク色。
どちらかというとオレンジがかった濃いピンク色ですね。
このように街の色がピンクなのは、1876年、当時インドを植民地支配していたイギリスのヴィクトリア女王の息子、アルバート・エドワード王太子がこの街を訪問した際、当時のマハラジャが街中にある建造物をピンクに塗って統一させ、歓待の意を表したことに由来しているそうです。
以後、ジャイプールの街は“ピンクシティ”と呼ばれ、現在も色褪せながらも映画のセットのようなピンクの街並みが続いてます。
街のカラーがピンクというきれいめの色ゆえ、街なかはきれいかというと、通りはゴミだらけ・・・。
やっぱりインドの街です。
英語に混ざってヒンディー語のデーヴァナーガリ文字の看板が掲げられているのもいかにもインドですね。 -
この日はまず、ジャイプールの市街から北東へ11kmほど行った山中にあるアンベール城(Amber Fort)を訪れます。
街が途絶えてしばらく行くと・・・黄色の要塞のようなお城が見えてきました。
アンベール城です。
ちなみに、左側のより高いところにあるのは1036年に建てられた古い要塞、ジャイガル要塞(Jaigarh Fort)で、16世紀にアンベール城が完成するまで、この地を支配していたマハラジャ(王)が住んでいたそうです。 -
こちらは“ピンクシティ”ではなく“イエローフォート”といった感ですね。
よく見ると、城壁に沿って小さく動いているものがあります。
あれがアンベール城の名物“象のタクシー”です。 -
イチオシ
麓の入口に着いてみると・・・たくさんの象のタクシーが待機していました。
象使いが一人に後ろに二人乗りの象のタクシーです。
これに乗って、上にあるお城まで行きます。 -
ただ、象のタクシーはたくさんの観光客に人気で、並んで順番を待たなければなりません。
待っている間、下からお城の写真を撮りまくります。 -
象のタクシーには階段を昇ったところにあるチャトリ(小亭)から乗るのですが、その前にはこんな長い行列ができています。
並んでいるのは欧米人が多く、その次が日本人、インド人はほとんどいないようです。
きっと小さいころから象には乗りなれていて並んで待つほどのものではないのでしょう(笑)。 -
後ろにも続々と列ができています。
・・・こうして並んでいると、物売りが細工のついたボールペンセットやガネーシャの木彫り人形などを売りにやってきます。
だいたい“千円!”と日本語で話しかけてきます。
値下げして“百!”と言ってきたかと思うと“百ドル”だったり。。
こんなのダマされる人いないよな〜。
やっぱり無視するのがいちばんです。 -
さて、30分ほど並んでようやく象に乗る順番がまわってきました。
象はみな顔や耳にペイントされていますが、おとなしいものです。
ゆっくりとこちらに歩いてきて、係の人に乗せてもらいました。 -
自分の乗っている象は写せないので後ろの象をパチリ。
象はカンボジアのアンコール遺跡で乗って以来ですが、やはり激しく揺れますね。
アンコールでは前向き座りでしたがこちらは横向き座りでした。
城外の景色を見やすくするためでしょうか。
落とされないように、また重さが片寄らないよう、象使いから何度も座席の奥に座るよう言われます。 -
象のタクシーはこんなふうに石でできた城壁の道を上へ上へと登っていきます。
-
途中、こんな黄色い門もくぐって行きます。
城壁の道は狭いですが、降りてくる象ともうまくすれ違いながら進みます。 -
象の座席は横を向いているのですが、城壁から眺める景色は・・・それほどでもありません。
なんかイマイチ。
このカメラ持ったおじさんもそう思っているかな・・・。 -
前方には、朝日を受け金色に輝いているようなアンベール城の雄姿が迫ってきました。
横よりも前の景色の方がよっぽど素晴らしいです。
そういえば下から写真や本などモノを売りつけてくる輩もいました。
席を横向きにしているのは景色云々よりもそのためかもしれません・・・。 -
城の東側にある太陽門をくぐり、いよいよ中庭へ。
城の中の建物もやっぱり黄色でした。 -
向こうには城の本殿が見えます。
空が青くて高く、高原のお城に来た気分。
それにしてもかなり広い中庭です。 -
この中庭は、現地語ではジャレブ・チョウクというそうです。
象から降ろしてもらい、入ってきた太陽門に向かってパチリ。
偶然撮ってしまいましたが、何でしょう、がっちり握手をしている二人の男性。
その向こうには門から続々と入ってくる象たちが見えます。 -
一息ついた後は城の本殿へと向かいます。
結局象に乗っていたのは15分ほど。
揺られはしましたが、高いところから見る景色はなかなかで、思っていたより楽しいアクティビティでした。
両脇にインド古来のチャトリが配されている階段を昇り、スィンポール(Sing Pol:獅子門)と呼ばれる、フレスコ画の模様がやや色褪せた門を通って中へ。
門の内部の通路は、敵の侵入を防ぐため横に90度折れる形となっています。 -
門を抜けると、まず黄色を下地として門周りに華麗な模様をあしらったガネーシャ門(Ganesh Pol)が目に飛び込んできました。
この地を支配したマハラジャ(王)はヒンドゥー教徒の戦士ラージプート族ですが、一見して分かるようにイスラム様式を取り入れています。
それはイスラム様式の美しさに惹かれたためか、あるいは強大なイスラム勢力であるムガール帝国への服従を示すためだったのか・・・勇敢なラージプート族の性格を考えるとおそらく前者でしょう。
ちなみにアンベール城は、1592年、当時ムガール帝国のアクバル大帝に属していたラージプート族カチワーハ家の王マン・スィン1世により建造が始められ、1727年、サワーイ・ジャイ・スィン2世が平地のジャイプールへ遷都するまで、王都としてその威容を誇っていました。
防衛力の高い山城から経済的発展を求めて商人の集まりやすい平城へ移行するのは、日本の戦国時代の城の変遷とよく似ていておもしろいですね。 -
ガネーシャ門の手前、城の東側にはディワーネ・アーム(Diwan-i-Am)と呼ばれる一般謁見の間が異彩を放っていました。
黄色い城の中にあって赤い柱が存在感を示しており、力強い印象を受けます。
また、柱の上部の支えの部分には、象が鼻を曲げている姿をかたどったレリーフがあり、日本の神社仏閣や家屋に見られるような木鼻(あえて言うならこちらは石鼻か?)のようで、どことなく親しみを感じました。 -
振り返って中庭であるジャレブ・チョウクをパチリ。
相変わらず象のタクシーはここと麓とを往復し続けています。
こうしてみると山に囲まれた平和で静かなお城という印象です。
本当は防衛(=戦闘)のために山に城を築いたのだけれども。
この中庭も本来はマハラジャを護衛する兵士たちの空間として利用され、周囲の建物はかつての兵舎で、ここで軍事パレードや訓練が行われていたのだそうです。 -
ガネーシャ門のアップもパチリ。
イスラム建築のイーワーン(一方が完全に開き、三方が壁で囲まれて、天井がアーチ状となっている空間)やムカルナス(ドームの裏側にある窪みのような幾何学的要素が層を成して並んだ立体的な建築装飾)そしてアラベスク(幾何学模様)を彷彿とさせます。
このようなイスラム的要素の中にあって、中央にあるガネーシャの絵がヒンドゥー建築であることを象徴しています。
この門より先は当時のマハラジャのプライベート空間になっています。 -
ガネーシャ門を抜けると星のかたちをした庭園がありました。
向こうに見えるのは、1639年にジャイ・スィン1世が建造した“勝利の間”と呼ばれるジャイ・マンディル(Jai Mandir)。
大勢の観光客が集まり、大人気です。 -
なぜそんなに観光客が集まっているのか、ジャイ・マンディルに近づいてみると、きんきらしたものが目に飛び込んできてその訳が分かります。
建物の壁はこのようにきらきらと輝きを放っているようで豪華な印象。
このきらきらしたものは実は鏡で、この建物は天井や壁の模様の中に無数の鏡が埋め込まれていることから、別名“鏡の間”(Sheesh Mahal:シーシュ・マハル)とも呼ばれ、王が賓客を迎える時などに使われたそうです。 -
花瓶のかたちをしたレリーフをズームアップ。
きらきらしているのは空の青さが反射しているんですね。 -
天井もこのとおり鏡が埋め込まれきらきら。
ただ、個人的にはこちらのきらきらよりも、ガネーシャ門のような黄色や緑、ピンクといった鮮やかな色遣いの方が刺激を与えられるようで好きですね。 -
庭園の反対側にある建物にも行ってみます。
こちらは“歓喜の間”と呼ばれるスク・ニワース(Sukh Niwas)。
白を基調とした比較的質素な建物で、王の家族が暮らしたプライベート空間となっています。 -
歓喜の間の内部はこんな感じで、白地の壁には青い瓶のレリーフが施され、涼しげな空間となっています。
壁に差し込む多弁アーチの光の陰も涼やかな印象です。
この地方の夏の暑さを考慮して、このような涼しさを演出する建物の設計がなされたのでしょう。 -
ガネーシャ門の2階にあたる部分にある、ソーハグ・マンディル(Suhag Mandir)という展望室にも登ってみました。
ここからは庭園やスク・ニワースの一段と素晴らしい眺めが楽しめます。
向こうには中国の万里の長城のような長い城壁を持つジャイガル要塞も見えます。 -
城の反対側、城下の街並みを見下ろす景色もパチリ。
下の方では相変わらず象のタクシーがこの城の太陽門目指して登り続けています。
ほんとに平和な風景です。 -
さらに城の奥へ行き、ゼナーナ・マハル(Zenana Mahal)と呼ばれるハーレムへ。
マハラジャの王妃と側室、その侍女たちが暮らしていたそうです。
王以外の男性に姿を見られることが禁止されていたため、ここは四方を高い塀で囲まれており、閉鎖的な空間になっています。
女性たちはこの柱の影ででかくれんぼとかして遊んでいたんでしょうかね(笑)。 -
30分ほどでアンベール城内部の見学を終え、入ってきた太陽門の中庭を挟んで反対側にある月門から外へ出てきました。
こちら側からは中国の万里の長城を彷彿とさせるジャイガル要塞の長城がよく見えます。 -
そして少し坂を降りて、駐車場で待っていた車に乗り込みます。
眼下には住居が広がっていますが、ヒンドゥー教かジャイナ教の寺院のような建物も見えます。 -
これでアンベール城を後にします。
最後にビューポイントで車を止めてもらい、青い空をバックに黄色に映えるアンベール城の雄姿をパチリ。
象に乗っている時間も含めてもわずか1時間ほどの観光でしたが、イスラム様式を取り入れた建築物など見どころが多く、想像以上に楽しく過ごせました。 -
そして帰り道ではこのインド旅行初の野良牛を発見!
お店の人も通行人もそして犬も当然のことのように誰も気に留めていません(笑)。 -
そして水の宮殿(ジャイ・マハル)の脇も通っていきます。
これから訪れるジャイプールの旧市街やシティパレスを造らせ、都を平地に移したマハラジャ、サワーイー・ジャイ・スィン2世が建てさせた夏用の離宮です。
山から平地に降りて暑くなったから夏の離宮が必要になったのでしょうね。 -
ピンクの街並み、ジャイプールの旧市街に戻ってきました。
10時を過ぎて交通量が多くなっています。
バイクの量もヴェトナムほどではありませんが、けっこう多いです。 -
10時15分、城壁に囲まれた旧市街の中心に位置するシティパレスへやってきました。
この地を治めていたラージプート族カチワーハ家のマハラジャは、16世紀からアンベール城を居城としていましたが、18世紀にサワーイー・ジャイ・スィン2世が出るに及んで、1726年、平地にこのシティパレスを建造し、周りを城郭で囲って新たな王都としました。
これがジャイプール(Jaipur)の街の始まりで、この都市の名前は、王の名である“ジャイ”と城壁に囲まれた街を意味する“プル”を組み合わせてできた言葉だそうです。 -
シティパレスの入口の門(Virendra Pol)は、社会科見学でしょうか、すでに地元の女子学生などで多くの人だかりができていました。
われわれが日本人と分かると、笑顔で見つめてきてくれます。
こういうところも、インドにはまる人が多いひとつの理由かもしれません。
この門は混んでいてなかなか進みそうにないので、裏口にまわって入ることにします。
ちなみに、この門にもイスラム様式であるイーワーンとアラベスクの影響が見られ、当時のヒンドゥー支配階級がイスラム様式を自らの建築の中にうまく取り入れていることが分かります。 -
カフェの間を通って行き、裏口の門(Udai Pol)から中に入りました。
まず目の前には、ディーワーネ・カース(Diwan-i-Khas)と呼ばれる貴賓謁見の間が目に入ります。
色鮮やかな民族衣装を着たインド美人と一緒にパチリ。
建物は旧市街と同様に、やや赤味がかったピンク色をしています。
入口には左右に二つ、巨大な銀の壺が置いてあります。 -
ディーワーネ・カースの内部も一面ピンクの世界です。
ここでもインド美人をパチリ、と思ったらこちらもしっかり録られていたようです(笑)。 -
入口にある巨大な銀の壺(Gangajali)もパチリ。
これは、1896年にひとつにつき14,000枚もの銀のコインを溶かして作られたもので、1902年、ロンドンで行われたイギリス国王(兼インド帝国皇帝)エドワード7世の戴冠式にマハラジャが出席した際は、ガンジス川の水を入れて持って行ったと伝えられています。
敬虔なヒンドゥー教徒だった当時のマハラジャはその水で毎日沐浴していたそうです。
なお、この壺は純銀製のものとしては世界最大を誇っており、ギネスブックにも載っているそうです。 -
ディワーネ・カースの周りは、このようにやはりピンク色をした防塞壁で囲まれていますが、その向こうには、アーチの形をしたベランダが印象的な7階建てのクリーム色の建物、チャンドラ・マハル(月の宮殿)がそびえていました。
この建物は現在のマハラジャの住居となっており、見学は不可となっています。
現在のマハラジャは王というよりは大富豪的な地位にあり、このように観光事業に投資したりして収入を得ているそうです。 -
ラージェンドラ門(Rajendra Pol)を抜けてこのシティパレスのもうひとつのメインとなる建物、ムバーラク・マハル(Mubarak Mahal)へやってきました。
この中庭に立つ建物は英国人の建築家サミュエル・ジェイコブが設計したもので、もともとは来賓の宿泊施設として使われていましたが、今ではテキスタイルの博物館となっており、マハラジャが各地から集めた衣装や布地、楽器や生活雑貨などが展示されています。
写真撮影が不可だったため写真は残っていませんが、現地の女学生がいちいち展示品を見ては大笑いしていたのが記憶に残っています。
箸が転んでもおかしい年頃というのは万国共通なようです(笑)。 -
シティパレス、1時間ほどで主だったところは一通り見学が終わりました。
シティパレスはアンベール城に比べれば建築的にはそれほど目をひくものはありませんでしたが、見学している現地の女性の色鮮やかな民族衣装を着た姿や、外国人を見かけたときの興味津津といった感じの笑顔が心に残りました。
さて、もう一度ラージェンドラ門をくぐって外に出ます。 -
シティパレス内の建物はそれなりに維持補修されているようできれいな印象でしたが、一歩外へでれば、同じピンクの建物でもこんなボロボロになったものが目につきます。
現代のマハラジャももう少し外にお金をかけてあげてもいいのに・・・。 -
こちらのお店の建物もピンク色がはげてしまっていますね。。
ジャイプールは経済成長著しいインドのラージャスターン州の州都ですが、都市の再整備はまだまだこれからのようです。 -
ジャイプール観光の最後に、ゆうべライトアップを見た風の宮殿の本来のピンク色の姿をパチリ。
風の宮殿はシティ・パレスの東側、バザールの大通りに面して建っており、駐停車しづらいところにあるため、一瞬で写真を撮って去りました。
1799年に当時のマハラジャ、サワーイー・プラタープ・スィン(Sawai Pratap Singh)が、マハラジャ以外から姿を見られることを禁じられていたハーレムの女性が姿を見せずに外を観られるよう造らせた宮殿で、一度見たら忘れられない個性的な姿をしています。
5階建ての正面部分は奥行きのない小部屋に区切られていて、全部で953ある小窓から入ってくる空気が循環し、部屋が涼しく保つよう設計されていることから、“風の宮殿”と呼ばれています。
本当は中に入ってみたかったのだけれども、日が暮れる前にアグラに着かなければならないため、泣く泣く後にします。
これがパッケージツアーの悲しいところ。。
(アグラ近郊の古都ファテープル・スィークリー観光へ続く。)
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この旅行記へのコメント (4)
-
- だりさん 2011/06/05 01:46:07
- お礼
- エンリケさん
投票有難うございます。
インド!いいですね。
行きたい気持ち半分と、色々な悪い噂にて
行きたくない気持ちはんぶんです。
でもエンリケさんの旅行記を見て
再検討します。 だり
- エンリケさん からの返信 2011/06/09 21:25:58
- ご訪問ありがとうございます。
- だりさん
ご訪問ありがとうございます。
インドは確かにほかの国に比べテロの危険性は高いですが、その独特の文化や建築物、食事など驚くことばかりで、日常ではなかなか得られない体験ができ、旅の原点、すなわち異文化体験をするという意味では非常に訪れる価値はある国だと思います。
わたしも実際行くにあたっては、出発日近くまで本当に大丈夫か不安の種がつきませんでしたが、いざ行ってみると、親切なガイドや旅の仲間に恵まれ、とても充実した時間を過ごすことができました。
やっぱり旅をするにあたっては“覚悟”も必要だと思います。
ぜひだりさんもそういう気持ちになったらインドに行ってみてください!
-
- nh155さん 2011/03/16 00:44:25
- ご訪問ありがとうございました。
- エンリケさん、はじめまして。
Myブログへのご訪問ありがとうございました。
エンリケさんのご家族、ご友人など、皆さんご無事でしょうか。
津波の影響の甚大さ、原発事故の恐ろしさ、静岡でも震度6とのことで、すわ地域拡大か??...と予断を許さない状況が続きますが、一日も早く落ち着きを取り戻したいものですね。
タージマハールをはじめ、ムガール帝国時代の建物はイスラム美が見事で私も大好きです。またゆっくり拝見させていただきます。
nh155
- エンリケさん からの返信 2011/03/27 23:58:50
- RE: ご訪問ありがとうございました。
- nh155さん
こんばんは。
こちらこそご訪問ありがとうございます。
東北地方太平洋沖地震にショックを受けていたため、なかなかお返事ができませんでした。
わたしの住んでいる関東地方の内陸部はそれほど大きな被害はなかったのですが、今でもまだ毎日のように余震が続き、計画停電も実施されていて、ひとときも地震のことを忘れることができません。
これからもしばらくはこんな状態が続くと思いますが、いつかまた、平和で人々が毎日を楽しめる日本に戻ることを信じてがんばるのみですね。
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