2011/02/04 - 2011/02/05
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Fluegelさん
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モロッコ最初の晩は、マラケシュ・メナラ空港から3時間半、180kmのドライブをしてワルザザートへ。往きは4WDで快適だったものの、翌日帰り(ワルザザート→マラケシュ)は国営路線バスでひどく酔ってしまった。とはいえ、マラケシュ初めての晩、街へ繰り出さずにはいられない。
旅程:2月
2日(水) KL868便 KIX 11:00−AMS 15:15
KL1675便 AMS16:40−BCN18:50 バルセロナ泊
3日(木) VY7332便 BCN11:40−RAK13:10 ワルザザート泊
4日(金) CTMバス ワルザザート12:10−マラケシュ16:30 マラケシュ泊
5日(土) 送迎タクシー マラケシュ13:30−Ouirganeウリガン15:00 ウリガン泊
表紙写真:バヒア宮殿の天井
- 旅行の満足度
- 4.0
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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リヤドにチェックインすると、ミントティーを出してくれた。客室で荷解きするうち日が暮れた。リヤドというのは、客室の窓が中庭に面しているので、夕日などが分かりにくい。
バス酔いで疲れた体に鞭打って、若くて元気な旅友と、Le Marrakchiに出かけた。19:30の開店と同時に入店。 -
内装も凝っているレストランである。客層は、ほぼ白人観光客。
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テーブルからの眺望。この夜景が見たくて、出かけてきたのだ。隣のテーブルは初老の英国人男女4人連れ。一人の男性が、スマートフォンで検索した説明を、ガイドブック代わりに液晶画面を見ながら読み上げていた。
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モロッコでクスクスを注文したのは、この時一度きり。米のような世界最小パスタは、食感を楽しむのだろうけど、一度味わえば充分だった。鶏は手羽先が入っていて、トッピングの黒っぽいものは甘い玉ねぎ。昨日のタジンにしても、このクスクスにしても、野菜の種類が少ないと感じる。ちなみに、一皿を旅友と二人で分けて充分の分量だった。
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デザート。これも二人で分けた。名前は仏語だったけど、余りに疲れていて忘れた…甘くて素朴な味がした。
店内では、打楽器・ウード(リュート)・歌手と3人の男性が生演奏していた。モロッコの音楽には、切れ目(休符)がない。曲の終わり方は、音量が増しテンポが速くなり、ウェイターさん達の手拍子が加わり、それがすっと緩んでおしまい。 -
夜9時を回ると、ベリーダンスが始まった。赤白二人の若い女性ダンサーが、男性客を引っ張り、一緒に踊った。金曜の夜10時になると、フナ広場も人通りが少なくなっていた。
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リヤドの客室は605号室。Oregano(和名はハナハッカ、地中海原産)という名前もドアにある。6Fではなく、2Fだった。旅友によると、600番台は、同系列の複数のリヤドのうち、ここLydinesを指す。だから、Lydinesの5号室ということ。
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翌日の朝食は一人で。旅友は、早朝に出発してしまったのだ。部屋から階下に降りていくと、図書室に通された。冬は寒いので屋外でなく、ドアのある部屋で朝食をとるようだ。Lydinesでは、コーヒーをポットごとテーブルに置いてくれたのが嬉しい。後日泊まったAngsana Riad Blancでは、いちいちコーヒーのおかわりをボーイに頼まなければならなかった。
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メニューの選択肢から一つだけ注文できる。私はフルーツサラダにした。
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Lydinesの外観。戸締りは厳重で、ドアノックを使って人を呼び、解錠してもらって、中に入る。Lydinesは、建物の前まで車が入れないようだ。でも、リヤド前に駐車している車もあるのが、不思議。
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朝食後、旧市街(世界遺産)にでかけた。初マラケシュにして、一人歩き。Lydinesを出ると間もなく、Mosquee Al-Mansour アル・マンスール・モスクがある。1180〜90年頃に建ったとは思えない、綺麗な塔。午後に予約してあったタクシーの迎車も、ここで待っていてくれた。
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いつの間にか、隣に並んで小学3〜4年生位の少年が歩いている。「宮殿に行くの?あっちだよ。」「ここが、バヒア宮殿だよ。」キャンディーをあげると、お金が欲しいと言う。キャンディーの代わりに0.5DHコイン(5円位)を掌に乗せてやると、走り去った。
写真は、バヒア宮殿の暖炉にあるZellige(モロッコ建築特有のモザイク)。エナメルを施したテラコッタ・タイル。 -
バヒア宮殿。バヒアとは、4人の妻のうち、一番お気に入りの妻の名。Bahiaは英語でbrillance(輝き)。だから「輝きの宮殿」とも呼ばれる。王の宰相の私的宮殿として19世紀後半に建て始められ、1900年には完成。1900年に宰相が亡くなるとすぐ、王が宮殿を襲撃させ、贅を尽くした調度品を強奪した。
こちらは妻の部屋の天井。アトラスシーダー材に細密画が描かれている。全て自然の植物で彩色。赤(ヘナ)、緑(ランタナ)、青(インディゴ)、黄(サフラン)。 -
トップライト。
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奥の中庭は広く、30mの幅がある。バヒア宮殿が、アルハンブラ宮殿と似ているのは、スペインのNasrid style(ナスリッド様式)を取り入れているため。その特徴は、中庭、漆喰細工、エナメルタイル、木彫など。
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stucco panels 化粧漆喰細工。
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zouak wood painting 木にブラシでパターンを手描きする手法。
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バヒア宮殿を後にして、街を歩き始めた。ふと、宮殿で入場料を払わなかったことに気づいた。どこに料金所があったのかも、分からない。小学生にたかられた私への、神のご慈悲かもしれない。とはいえ、後日マラケシュでは、今度は大人の若い男にたかられ、入場料の3倍の金を巻き上げられた。それがモロッコだ。
写真は、Koutoubia クトゥビア。高さ77mのミナレット。12世紀にモスクとして建てられ、今はモスクは残っておらず、塔だけがそびえ立っている。 -
バヒア宮殿からクトゥビアの前を通り、20分は歩いただろうか。目指すEnsemble Artisanal 伝統工芸館に着いた。入口のアーチが、うっとりする程、美しい。
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入口アーチにあるZellige(モザイク・タイル)。
伝統工芸館では、真鍮製ペンダント240DH、ショートカフタン(ブラウス)150DH、ロングジュラバ(フード付きコート)350DHを購入。カフタンは、帰路に泊まったバルセロナでコンサートとオペラに着用。
ジュラバを売ってくれた女性の前を帰りがけに通った時、手を振るとニッコリ微笑んでくれた。モロッコ人の笑顔は、本当に日本人キラーだ。 -
昼過ぎにLydinesに戻り、チェックアウト。Early Bird(早割)のはずが正規室料を請求され、切れた。予約はBlancというリヤドに入れたのに、あちらの都合で辺鄙なLydinesに回された。そして、朝食後チェックアウトしようとすると、荷物を客室に置いたままで良いから後でと言われ、昼に客室に戻ると既に清掃が済み、ドアが開け放たれ、館内の誰もが私の荷物にアクセスできる状態になっていた。その上、既にタクシーの迎車が待っている、時間のない状態を見透かすように、料金を吹っかけられた。Angsana Riadは、最低の宿だった。
タクシーを待たせたまま40分交渉して、何とか早割料金にさせたけれど、税込みのはずが、税金を上乗せされた。タクシーの待つアル・マンスール・モスク前までスーツケースを運んでくれたけれど、もちろんチップは払わなかった。こちらが怒っているのに、ニタニタのらりくらりした態度だった。
タクシーは一路、Ouirganeウリガンへ。今夜の宿に着き、ルーフトップから写真の風景を見た時、Angsanaのゴタゴタは忘れようと決めた。<次の旅行記へ続く>
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