2011/02/05 - 2011/02/07
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Fluegelさん
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モロッコ全5泊のうち、唯一の2連泊がウリガンOuirgane。マラケシュから南へ60km、アスニAsniの先にある。バスタブ付きの客室を求めて、辿り着いた場所。リヤドを始め、シャワーのみが主流のモロッコ。見つけた宿は、トゥールーズ出身のフランス人が昨夏オープンし、広大な敷地に全7室の宿泊棟がある。
旅程:2月
2日(水) KL868便 KIX 11:00−AMS 15:15
KL1675便 AMS16:40−BCN18:50 バルセロナ泊
3日(木) VY7332便 BCN11:40−RAK13:10 ワルザザート泊
4日(金) CTMバス ワルザザート12:10−マラケシュ16:30 マラケシュ泊
5日(土) 送迎タクシー マラケシュ13:30−Ouirganeウリガン15:00 ウリガン泊
6日(日) ウリガン連泊。
7日(月) タクシーにてマラケシュへ。マラケシュ泊。
表紙写真:ウリガンから日帰りで訪ねたイムリルにて。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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15時、Domaine Malikaにチェックインすると、まずはルーフトップでミントティー。各客室には、共有エリアのルーフトップへ出られるドアがある。他に客がなかったので、このルーフトップを独り占め。ウェルカム・ティーの風習の意味が、やっと分かった。宿に着くまでに色々な厄介事があるので、到着するとホッと一息入れたくなる(詳しくは前の旅行記参照)。先進国では経験したことのない感覚だ。
Domaine Malika http://www.domaine-malika.com/ -
日本を出国前、メールでMalikaに乗馬と送迎タクシーの予約を入れていた。日のあるうちに、早速、Roseraieへ。ブーゲンビリアの咲く庭は広大で、バラ園・オリーブ園など、ブロックごとに異なる木を植えていた。入口から厩舎まで、それらを見ながら歩くこと数分。
外乗はガイドと共に付近の山へ。ダム湖を見下ろし、天然の塩が所々白く見える小川を歩いた。トレイルはあったりなかったりで、適当に木々の間を縫って進んだ。土曜で休みなのか、若者達が山で太鼓を叩きながら歌っていた。騎乗料は150 DH/h、VISAカード可。 -
乗馬を終えると、迎えに来たタクシー運転手が「5〜10分、時間はあるか」と言う。自分が育った家を見せたいという。Malikaの予約車なので、下手な事はしないだろうと承諾。そこは、廃墟となった塩田だった。1970年代、フランス人が塩田を始め、父がそこで働いていたので、運転手はその傍らに建つ家で育った。家に床はなく、土のまま。夏の夜は、戸外にマットを敷いて寝ていたという。
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塩田の脇に、膝丈くらいの塩山があった。指ですくって舐めてみると、甘みがあって美味しかった。10分どころか、1時間が経っていた。運転手の携帯電話にMalikaから「一体どこにいるのか」と連絡が入り、帰路についた。
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翌朝、ほんのりと赤く染まった真っ白な雪山が、客室の窓から見えた。ルーフトップにあるオレンジのベッド(最初の写真参照)も、真っ白だった。5cmくらい、雪が積もっていた。ここは、標高800m。トゥブカル国立公園内のイムリル(1,750m)に泊まるのを止して、良かった。2月の旅なのだから。
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乗馬の翌日は、登山ガイドと2人でハイキング。Rashidは前の週、トゥブカル山(4,165m)にガイドとして登ってきたと言った。25歳位にしか見えないけれど、利発で会話が楽しい。私のファーストネームを聞き、「それ、どういう意味?」と尋ねられたのは、初めて。名前の漢字の意味を伝えた。モロッコの地名も、全て意味語だという。例えば、ワルザザートは「音のしない街」、フェズは「鍬」。
歩くうち、乗馬中にも眺めた出来て4年の新しいダム湖が、遥か下に見えた。 -
山間の、村とも言えない程小さな集落に、モスクが建っていた。民家に比べ、格段に立派な建物だった。灌漑のパイプを通し、山に段々畑を作って農業をして人々は暮らしている。その農道(徒歩用の道で獣道のような細さ)を歩いた。ガイドなしでは分からないトレイルだ。
しばらく歩いて振り返ると、モスクは白い塊のように小さく見えた。 -
フランス人の家族が、ピクニックをして休憩をとっていた。お父さんはSIEMENSに勤め、昨年からカサブランカ在住。20歳位の娘さんが本国から訪ねてきたので、家族3人でウリガンに観光に来たという。お母さんが、ネイティブ並みのブリティッシュ英語を話す。「日本人に出会ったのは初めてよ。中国人ならあるけど。」
見上げると、目指す村が山頂にあった。 -
村の入口では、おじさんが私達を待っていた。ここで、ランチをとるのだ。
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おじさんが案内してくれた家。奥にバルコニーがあり、そこで山を眺めながらミントティー、そして卵入りタジンを頂いた。鶏も肉も入っていないタジン。この村では、滅多に肉を食べないのだろう。家畜はニワトリと、ロバと、ラバ。冷蔵庫のない生活。おじさんは、ラシッドにベルベル語で話し続け、時々微笑む。話し相手を待ち望んでいたのだろう。英語は全く通じないので、私は黙って耳を傾けていた。マラケシュのレストランで聴いた歌のように、切れ目のない音の連続…
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「リスペクト・ツーリズム、こういうのが良いんだよな」とラシッドは言った。サボテンと雪山を同時に見ながら、今アフリカにいるのだと思った。
山をおりると、車道を歩くよりタクシーに乗ろうと、ラシッドが言った。通りがかったタクシーを止めると、昨日の運転手だった。ラシッドが小銭を払ったので、現実に目が覚めた。私は昨日、同じ位の距離に100 DH払ったのだ。 -
ハイキングの翌日、ラシッドの提案でイムリルにてラバに乗った。鐙がないので、足元は軽登山靴。これが正解だった。途中、下りはラバが苦手ということで下馬、石ころ道を歩いたのだ。ラバは本当に、石ころの間に足が挟まって、人間に足を引き抜いてもらわなければならなかった。カタリーナ・14歳は、鐙なしでも脚の指示に従って、調子良く歩いた。お婆さんなので、腹を蹴っても走ってくれなかったけど。
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ラバ道は、登山道並みに細い。歩いている人もいたけれど、ラバでよかった。村々をぐるりと一周するのに楽で、ほんの2時間位で行けた。カタリーナがトコトコ先を歩くので、ラシッドとラバの持ち主君(名前を失念)は、ラバ道を横切って近道をして歩いた。
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ラバで通った村。小さな村にも、ちゃんと学校があり、200人の生徒がいるという。きっと、子沢山なのだろう。世帯数は多くないだろうから。
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イムリルでのランチ(一人分)。生野菜を平らげ、タジンのジャガイモは残し、パンは手付かず。タジンも、ワルザザートでの夕食、前日の村でのランチに続き、3度目。どこで頂いても、味が似ている。タジン用のスパイスが、同じなのだろう。
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このロッジからの眺めは最高。ランチをとったベランダには、英国人のお爺さんが座っていた。ヨークから来て、マラケシュで一週間を過ごし、今夜からこのロッジに泊まるのだという。富士登山をした時は、春で山小屋が閉まっていたので、野宿したのだとか。やっぱりモロッコは、それ位タフな人が観光に来る国なのだ。
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イムリルから、件のタクシー運転手にマラケシュまで送ってもらった。夕方はマラケシュの公共駐車場が満車で、そこで降ろされた。若い男2人が勝手に私のスーツケースを担いで路地にあるホテルまで運び、金を要求された。「明日出国するから、$10なんて持ってないわ。」「じゃあ、$5くれよ。」「ない。」「いくらなら持ってる訳?」「$3。」ということで、US$3せびり取られた。2006年に渡米した時の使い残しだった。Angsana Blancのフロント係は、チンピラを追い払ってはくれなかった。<次の旅行記へ続く>
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