2010/08/22 - 2010/08/23
444位(同エリア1162件中)
harihariさん
- harihariさんTOP
- 旅行記161冊
- クチコミ0件
- Q&A回答1件
- 513,240アクセス
- フォロワー18人
2010年8月。
夏真っ盛りに伊豆を訪れました。
一日目は源頼朝ゆかりの三嶋大社、小松宮彰仁王の別邸・楽寿館。
太宰治が「斜陽」を執筆した宿、安田屋旅館で駿河湾の海の幸三昧。
二日目は沼津の御用邸を見学して、魚市場で近海もののお寿司。
天気もよくて、景色もよくて、美味しいものと歴史を巡る真夏の2日間。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
早朝に新大阪を出発。
静岡駅で新幹線を降りて、三島までは東海道本線をのんびりと乗り継ぎながら。
写真は興津駅。由比と清水の間。 -
三島駅の観光案内所で市内のパンフレットや地図を貰って、ついでにレンタサイクルも借りて。
梅花藻で有名な三島は、きれいなせせらぎも、また名所の一つ。 -
自転車をふらふらと走らせて。
三嶋大社に到着。 -
伊豆国一之宮「三嶋大社」
創建は古く不明。延喜式には「伊豆国賀茂郡伊豆三島神社」と記載されているようで、現在の場所には平安中期以降に分祀されたものとされています。 -
「芸能殿」
安政の東海大地震の後、慶応4年に総門として復旧した建物でしたが、昭和5年の伊豆大震災後に現在の総門ができたため、移転・改造をして芸能殿として保存されています。 -
「源頼朝 北条政子の腰掛石」
治承4年(1180年)、平家追討の祈願に訪れた頼朝が腰をかけたとされている石。
まあ、一応そういうことで。 -
「神門」
慶応3年(1867年)に竣工。 -
「舞殿」
慶応2年(1866年)の再建。
現在でもさまざまな神事が執り行われているところ。
御祈祷や結婚式もできるようです。 -
「拝殿」
国の重要文化財。
入母屋造で、正面に唐破風と千鳥破風の両方が付いています。
江戸末期の東海大地震で倒壊したものを、慶応2年(1866年)に総欅造りで復活させたものです。 -
彫刻は、伊豆国名工小沢希道と駿河国名工後藤芳治良の二人が競い合って作った傑作。
-
「本殿」は三間社流造。
高さ23mは出雲大社と並んで国内最大級。 -
源頼朝が平家との戦いで戦勝を祈願したことから、鎌倉時代以降は武家や庶民の信仰を集めた由緒ある神社です。
800年前の喧噪が嘘のように、境内は静かな夏の午前中。 -
樹齢1200年といわれる、天然記念物の金木犀。
9月下旬から10月上旬には淡黄色の花で満開になります。 -
自転車で町を散策。
三島市街には大正末期から昭和初期のものと思われる近代建築が、たくさん点在しています。 -
今度は三島の近代建築巡りだけで、1泊2日の旅行でもしてみるのもいいんじゃないかと。
-
観光案内所でもらったパンフレットから、美味しそうなお店を探しました。
「和食蒲焼 高田屋」 -
三島といえば、名物はやっぱり鰻。
高田屋さんの鰻は、濃いめのたれで脂のしっかりのった鰻をふっくら焼いています。
最高に美味しい。 -
昼食後、「楽寿園」にやってきました。
-
降り注ぐのは、蝉の声と木漏れ日と。
-
明治23年に、小松宮彰仁親王の別邸として建てられた「楽寿館」。
その後、李王家の別邸となり、現在は三島市の所有として一般に公開されています。 -
内部は撮影禁止でしたので写真はありませんが、それぞれ異なった趣の部屋と回廊によって構成され、建築材料やあしらいも極めて優れたものです。
精密な意匠の釘隠しや、幸野楳嶺らによる杉戸絵を堪能。
格天井に描かれた野口幽谷の花図や襖絵の部屋が絶品でした。 -
楽寿園は、今から1万4千年前に富士山が噴火した時の溶岩流の末端にあたると考えられています。
そして、富士山に降った雪や雨が地下水となって、地中の溶岩層から湧き水として湧出し、この小浜池をはじめ7つの池を作っています。 -
これら湧水と周囲の自然林とが、国の天然記念物および名勝に指定。
透明度の高い地下水は、真夏の日差しの中でも涼やかに見えます。 -
通り沿いには、古民家を改装したカフェもあります。
-
時間があれば、もっとゆっくりと町中を散策してみたいな…。
-
午後3時、三島駅から伊豆箱根鉄道に乗って。
-
ローカル線をガタゴト楽しんで。
伊豆長岡駅に到着。 -
ここからはバスに乗って。
伊豆三津シーパラダイス前のバス停で下車。 -
バスを降りると、そこはもう海。
午後の日射しが眩しく反射して。 -
今夜のお宿は、創業明治20年の「安田屋旅館」です。
-
ウェルカムスイーツは、抹茶と寒天。
暑い中をやってきたので、冷たいお茶がとても嬉しい。 -
ここが私達が泊まる部屋です。
大正7年に建てられた、松棟2階の部屋。
通称「松弐」。
昭和22年2月から1ヶ月間、太宰治が滞在し、名作「斜陽」の第1章と第2章を執筆した部屋です。 -
今から63年前、この部屋で没落貴族が堕落していく様を描き続けた太宰治。
そういえば、「斜陽」を読んだのは大学1年頃だったかなぁ。 -
荷物を解いて、明るいうちに温泉に入りに行きます。
-
螺旋状に2階へと続く木造の階段。
-
お風呂から上がった頃には、傾いた日が部屋に差し込んできて。
-
穏やかな海に夕陽の帯が伸びています。
海水浴客が帰路に着いて、静けさを取り戻した時間。 -
お楽しみの夕食の時間。まずは先附。
食前酒、胡麻豆腐。 -
鯛しゃぶ。
駿河湾の鯛を絶品のお出汁でいただきます。 -
夕日と海と、運が良ければ富士山の見える最高のロケーション。
-
アコウ、鯵、鯛、シラス、鮑。
プリップリの弾力と身の甘さが際立った新鮮なお造りです。 -
鯛とイサキの握り。
-
ジュレ。何だったんだろう?
思い出せない… -
絶品の料理にはいいお酒。
生酒「奥駿河」を冷で。 -
名物、金目鯛の煮付け。
このサイズのキンメを一人一尾ですから、かなり贅沢。
しかも煮付けの味も最高。 -
サザエ。
ほどよい柔らかさもあり、弾力もあり、噛めば噛むほど貝の美味しさが味わえる。 -
もずく、天ぷら。
この品数、ボリュームはかなりすごい。 -
締めは鯛しゃぶの出汁で雑炊。
お腹は一杯だけど、雑炊は別腹。 -
満腹中枢がおかしくなりそう。
それぐらい美味しいお料理でした。 -
酔いも醒めたころ、再び温泉でまったりと。
運よく夜の露天風呂を独占できました。 -
お風呂上りに、ご当地アイス。
奥さんは抹茶。私はブルーベリー。 -
寝るまでの時間、読書をしたり暗い海を眺めたり。
かつて太宰のいた部屋で、感慨に浸りながら12時頃に就寝。 -
2日目。
6時半に起床。
誰もいない朝風呂で頭の中をからっぽにして。 -
恒例の朝の散歩。
-
安田屋さんの草履をひっかけて。
-
国の有形文化財として登録されている安田屋旅館。
-
安田屋旅館全景。
手前が大正7年に建てられた松棟。
向こうが昭和6年に建てられた月棟。 -
恵み豊かな駿河湾では、何かの養殖が行われています。
海の匂いを感じながら海岸線を歩いて。
穏やかな時間と穏やかな景色。 -
旅館の一角には、太宰ゆかりの品々が置かれているギャラリーがあります。
-
郷土の本に混じって、太宰の本が。
-
太宰がこの宿で執筆した名作「斜陽」。
ページを開いてみると… -
太宰の蔵書印に「昭和23年7月10日発行」の文字。
まさか初版本だとは思いませんでした。
貴重な物に触れることができて幸せです。 -
朝食。
美味しそうな小鉢がたくさん並びます。 -
お造り、一夜干し、お味噌汁。
ご飯は卵かけごはん。
海の幸溢れる、古き良き日本の朝食。 -
今日は特に急ぐ旅でもないので、朝食のあとはのんびりとコーヒータイム。
-
部屋から望む駿河湾。
太宰の見た景色とは随分違っているのだろうけど。
それでも絶景であることには変わりはなし。 -
チェックアウトしてから、東海バスに乗って沼津方面へ、
途中下車したのは、沼津御用邸の前。 -
国指定名勝「沼津御用邸記念公園」
-
「西附属邸」
明治38年に昭和天皇とご兄弟の御用邸として建てられたものです。
本邸が昭和20年の空襲で焼失した後は、昭和44年まで皇室の御用邸として利用されていました。 -
「御座所」
いわゆる居間です。
天皇陛下の日常の居住空間で、畳の敷き方や電灯の傘などにも当時の生活様式が偲ばれるようです。 -
鳥をデザインした釘隠し。
これはレプリカ。 -
こちらのケースで保護されているものは、明治時代から使われていた本物の釘隠し。
-
御用邸で使われていた釘隠しの数々。
こういうデザイン性の高い調度品が、そこかしこに散りばめられているので本当に楽しめます。 -
ガラスは建築当時を再現するために、わざと凹凸のある手漉きのものをドイツから輸入しているとのこと。
-
ガラス越しに景色が歪んで見えるのも、とってもいい雰囲気で。
-
シャンデリアなどは当時のものを磨いて使っています。
-
「謁見所」
天皇陛下が滞在中に来客と面会される部屋。
この部屋の家具は工芸美術的にも貴重なもので、中でも玉座用肘掛椅子は当時の技術の粋を集めて作られた由緒あるものです。 -
「お食堂」
畳の上に椅子という和洋折衷スタイル。 -
大正時代になってから増築された「御玉突所」。
渡り廊下でつながった唯一の洋館。
ここでビリヤードに興じられたこともあったのでしょうか。 -
西附属邸の外観。
材木は当時のものを洗い出し、腐りや痛みのある部分だけを取り換えて修復しています。 -
広い公園の中を少し歩いて。
-
「東附属邸」
明治36年、昭和天皇の御学問所として移築設置されたものです。 -
邸内には複数の部屋があります。
写真は「第五学問所」。
東郷平八郎を総裁として、昭和天皇への教育が行われていました。 -
多少の増築が行われた以外は、ほとんど当時の姿を留めているようです。
-
部屋の天井には、全く節のない最高級の材木のみを使っていたり。
-
100年以上経過しているとは思えない凛とした気品と美しさ。
-
普請のレベルが規格外に素晴らしいということにつきるのでしょうか。
-
時を経て。
贅を尽くした皇室の学問所も、今や市民が自由に使える時代になりました。 -
沼津垣の小路をすり抜けると…
-
現存する唯一の利休設計の茶室といわれる国宝「待庵」を忠実に写した「駿河待庵」。
-
在りし日の御用邸の姿を堪能して、再びバスで沼津港へ。
-
恒例の御当地マンホール。
富士と美保の松原と沼津の市花ハマユウ。 -
沼津港で遅い昼食。
「すし処 古川」
旅の最後はお寿司を食べると決めていました。 -
地魚の握り寿司10貫。
シラス、鯛、金目鯛、蛸、鯵、イサキなど。
やっぱり近海ものが好きだなぁ、と。 -
食後に甘夏シャーベットを食べながら、市場の中をうろうろと物色。
柑橘の甘酸っぱさが、さっぱりとして美味しい。 -
沼津港で、潮の香りと市場の喧噪を感じながら、バスを待つわずかな時間。
この日は運よく晴れたので、富士山もはっきりと姿を現して。
夏の伊豆で太宰に浸り、駿河湾の幸を味わい、名建築を堪能し尽くした2日間。
このあと三島に戻り、17時頃には新幹線で新大阪へと向かいました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
harihariさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
96